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海が教えた、三つの恋

丘の上に差し込む冬陽は淡く薄く、冷えた空気を透かすように青かった。


ユウの馬は、ゆるやかに歩みを止める。

真紅のコートが潮風を孕み、ふわりとひるがえった。


視界の先には、言葉を奪うほどの蒼。


「・・・これが、海・・・」


掠れた声は、驚きでも恐れでもなく、

胸の奥が静かに開いていくような響きを帯びていた。


空と海の境目が遠く滲み、どこから青が始まり、どこが終わりなのかさえわからない。


サムが後方から馬を進め、声をかける。


「少し休憩をいたしましょう」


ユウはゆっくりとうなずき、馬を降りた。


丘の土を踏んだ瞬間、確かな重みが足裏に伝わる。


背後から、シュリが静かに寄り添う。


ユウは海から視線を離さないまま、ぽつりと言った。


「・・・シュリ、覚えている? フレッドのこと」


「はい」


短い返事。


それだけで、共有する過去が蘇る。


あの明るい青年。

何事にも笑って挑んだ、太陽のような少年だった。


――海を見せるよ。ユウ様が見たことないなら、俺が連れていく。


出陣の前、照れたように言ったあの声。


もう二度と返ってこない。


ユウは風へ向かって、静かに呟いた。


「・・・フレッド。見たわよ。海を」


涙はなかった。


けれど、海の青を映した瞳が、わずかに揺れている。


シュリはその揺れを見逃さなかった。


「・・・懐かしいですね」


語られる想い出は細く、途切れがちで、

しばらく二人は、風の音に紛れるほどの小さな声で言葉を交わした。


そんな二人を、少し離れた場所でイーライが見つめていた。


胸の奥で、鈍い軋むを感じた。


――自分の知らないユウ様。


自分が触れられない過去。


シュリは、ユウの涙も、笑いも、約束も知っている。


自分はそこにいない。


それだけの事実が、ひどく重かった。


目を逸らしたいのに、逸らせない。


風に揺れたユウの金の髪の一本一本まで、目が追ってしまう。


「・・・ああ、もう・・・」


吐き出した声は、誰にも届かない。


城を離れた瞬間、押さえていたものが滲み出る。


足が動かない。


近づく資格などないと、理性は知っている。

それでも――


イーライは手袋越しに、拳を握った。


――届かないと分かっているからこそ、

これほど強く、意識してしまうのか。


潮風が強く吹き抜け、真紅のコートの裾を舞い上げた。


ユウは振り返り、海を背に、深く息を吸い込む。


その姿を見たサムは、ふと二年前を思い出す。


りんご並木。

まだ幼さの残るユウが、木の根元に座り、笑っていた。


あの頃は、まだ皆どこか幼かった。

背丈も低く、声も細く、馬の扱いにもぎこちなさが残っていた。


今――


ユウは真紅のコートを翻し、

背が伸び、身体のラインは滑らかになった。


硬い蕾の開きかけ。


馬上に立つ姿は、もはや“領主の娘”ではなく、一つの旗印だった。


すぐそばのシュリも、気づけばユウよりも遥かに背が高くなっていた。


腕や指先にうっすら浮かぶ筋が、大人の男へ変わりつつあることを物語る。


その後方に佇むイーライは、二年前とは別人のようだった。


頬の線は引き締まり、背もすっかり伸び、

少年の面影は欠片もない。


「・・・大きくなったな」

サムは思わずそう呟いた。


かつては子どもの背中だったものが、

今はそれぞれ“担うもの”を背負った若者の背中になっている。


二年前ーーユウの隣に座ったのはシュリだけだった。


シュリの目は、今と同じく優しかった。


だが今。


ユウのそばに寄るのはシュリだけではない。


もうひとり、あの姫を見つめる者がいる。


しかも、明らかに強い眼差しで。


サムは馬のたてがみを撫でながら、低くつぶやく。


「・・・こりゃあ、面倒になるな」


それは、若さゆえの火種。


だがーー


誰にも消せない火だ。



※フレッドは前作で、ユウに「海を見せる」と約束した青年です。

その約束は、前作191話に「好きだと伝えた日」にかかれています。


前作 秘密を抱えた政略結婚 

〜娘を守るため、仕方なく妾持ちの領主に嫁ぎました〜

https://ncode.syosetu.com/n0514kj/



次回ーー明日の20時20分


港に並ぶ“海を渡る城”。

その巨大さと静かな力を前に、ユウは初めて戦の現実に触れる。


数字と準備で軍を支えるイーライ。

その働きを、ただ一人、真正面から見抜くユウ。


光を向けられた影は、

いつしか“忠誠”を越えた想いを抱きはじめ――その変化に、シュリだけが気づいていた。

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