イーライ、呼び出しーー黒幕はあなたなの?
◆サカイ城 ホール
広いホールの中央で、イーライは帳簿を開いていた。
石造りの空間に響くのは、ペン先が紙を走る音だけだ。
「兵糧の数が、記録と大きく違う。乾パンが十五樽も不足している」
低い声が静かに落ちた。
「誰か、虚偽の申請をした」
側に控えていた若い兵が、びくりと肩を揺らす。
「い、イーライ様・・・隊の報告が遅れておりまして・・・!」
「言い訳はいらない」
イーライは顔も上げずに言った。
「必要なのは事実だけだ」
若い兵は青ざめ、深く頭を下げて駆けていった。
その様子を横で見ていたサムが、苦笑混じりに口を開く。
「イーライ。兵も戦から戻ったばかりだ。少しは情けを――」
「・・・だからこそ、曖昧は許せません」
イーライは静かに首を振り、また帳簿に目を落とす。
その横顔は淡々としているのに、どこか張りつめていた。
――戦の後の混乱を鎮めるのは、剣でも声でもない。
細かな数字を積み上げ、乱れを正す彼の手だった。
その時。
「イーライ様」
柔らかな声がホールに届く。
顔を上げると、シュリが立っていた。
「ユウ様がお呼びです」
その名を聞いた瞬間、イーライの手が止まる。
「・・・ユウ様が?」
「はい」
シュリの返答はいつもの落ち着きを保っている。
だが、イーライの胸の奥では何かが大きく揺れた。
あの日以来、一度も顔を合わせていない。
避けていたつもりはない――だが、向き合う勇気がなかったのも事実。
「イーライ、行ってこい」
サムが軽く肩を叩く。
「しかし・・・」
イーライは机に視線を落とした。
仕事は山ほどある。
今のこの混乱を放り出して良いのか――
サムは穏やかに笑った。
「帳簿は、俺のほうが向いている。お前は正確すぎて、兵が泣く」
「・・・ありがとうございます」
深く礼をし、イーライは一歩を踏み出した。
その足取りは、わずかに硬く、重い。
けれど確かに、ユウのもとへ向かっていた。
シュリが静かに並び、二人は無言のままユウの部屋へと歩いていく。
彼の胸のどこかで、微かな恐れと覚悟が入り混じっていた。
――向き合わねばならない。
その時が、ついに来たのだ。
◇
シュリが部屋を出てから、静寂が落ちた。
レイは胸の前で指を組んだまま固まり、
ウイは落ち着かず椅子の縁を握りしめる。
ユウは、ただまっすぐ扉の方を見つめていた。
カチッ
部屋の小窓が開く音。
その瞬間、レイもウイもわずかに肩を跳ねさせる。
ユウの喉が、かすかに動いた。
ユウが頷き、ヨシノが扉を開ける。
扉が、ゆっくりと、きしむように開く。
そのわずかな隙間に、三姉妹それぞれの想いが一気に揺さぶられた。
イーライが姿を現した。
硬い表情のまま、一瞬だけ室内を見渡し、その黒い瞳がユウを捉えた。
ユウの青い瞳と、イーライの視線が触れ合う。
刹那、空気が張りつめる。
レイの指が震え、
ウイは歯を噛みしめ、胸の奥がきゅうと熱くなる。
イーライは深く、静かに膝をついた。
「・・・ユウ様。お呼びにより、参上いたしました」
その声は低く、わずかに震えていた。
ユウは動かない。
だが、背筋が微かに強張ったのを、二人の妹は見逃さなかった。
沈黙。
落ちてくるのは、誰の呼吸かも分からないほどの静寂。
その中で、ユウがゆっくりと口を開いた。
「イーライ。あなたと話がしたいの」
優しさでも怒りでもない。
ただ、逃げないと決めた者の声だった。
イーライの肩が、かすかに揺れた。
レイはその横顔を見て、
胸の奥にひそかな期待と不安を同時に抱き、
ウイは動けないまま、ただ姉の背中を見つめた。
「あの手紙を出すように指示をしたのは、あの男よね?」
ユウの声は、淡々としているのに 鋭かった。
「はっ・・・」
イーライは深く俯いたまま答える。
「では――あの男に進言したのは誰なの?」
わずかに低くなった声が、部屋の空気を冷たくした。
「・・・私でございます」
その瞬間、レイもウイも息を呑んだ。
ーーやはり、この男が。
レイの黒い瞳に、静かな怒りが宿る。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
気づけば、100話を迎えました。
王道テンプレから外れた構造、
静かな心理描写や回り道の多い物語を、
それでも読み続けてくださった読者様に、心から感謝しています。
101話以降は、物語の構造上、
感情や関係性が一段深まる「大人の展開」も含まれていきます。
(露骨な描写ではありませんが、テーマとして扱います)
引き続き、
登場人物たちが選び、迷い、背負っていく物語を
見守っていただけましたら幸いです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
雨日
次回ーー明日の20時20分
「あなたが進言したのね」
嘘の手紙、引き裂かれた運命。
レイの怒りの前で、イーライは沈黙する。
だがユウは言った言葉は、責めではなく、理解。
その一言が、封じていた想いを揺らす。
――抗えない。
けれど、悟られてはならない。




