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悪役令嬢はとりあえず諦めることにした

作者: 猫井てと

(今日も空がきれい…)


イヴァンジェリカは薄青に広がった空を見上げた。

侯爵令嬢として生まれた彼女は、日光の下で遊ぶことはできない。

それははしたないと教えられてきた。


今年で12歳になった彼女には自由になる時間はほとんどない。

淑女教育だのお茶会だの、分刻みのスケジュールが組まれているのだ。

貴族のして生まれ、幼少のころから上に立つ者としての教育がなされている彼女にとっては当然の環境だった。


イヴァンジェリカの生まれた侯爵家は、良くも悪くも貴族的な家だった。

幼少には乳母がつき、5歳のころには専属の侍女がそばにいた。

両親は子供に関心はなく、彼女の教育の進捗状況を確認して満足する。


イヴァンジェリカは優秀だった。

それゆえに何事にも関心がなかった。

日々決まったスケジュールをこなすだけ。


イヴァンジェリカには生まれた時から前世の記憶があった。

今生きるこの世界よりもずっと進んだ「日本」という国で生きて、そして死んだ記憶。

その記憶が彼女にもたらしたのはいいことではなかった。


まず、成人女性だった前世の記憶を持ちながら赤子として世話をされること。

成人の意識のまま乳母の乳を吸って、下の世話までされる。

清拭の時には全裸で全身を撫でられる。

イヴァンジェリカは諦めた。そうでなければ生きられないし、そもそも赤子にはどうすることもできなかったから。


次に両親との関係が希薄なこと。

そもそもイヴァンジェリカは生まれてから3歳になるまで、両親と会うことはなかった。

前世で庶民だった彼女は淋しいと思った。

諦めた。だって貴族はそういうものだと教えられたから。


そしてごはんが美味しくないこと。

全体的に味が濃い。

前世で美食に囲まれた生活をしていたとまでは言わないが、食にこだわる国民性で口に入れるものは大抵美味しかったと思う。

庶民だったがゆえに自分で料理も当然していた。

諦めた。侯爵令嬢たる彼女が料理など「はしたない」ことが許されるはずがないから。


さらに国全体が臭くて汚かった。

内陸にある王国では、湯船につかる習慣がない。

体臭をごまかす香水は男女問わず必需品。

清掃に使う水すら豊富にあるわけではない。

水の優先順位はまず飲食用だった。

諦めた。「湯水のごとく」などという慣用句すらあった国とは環境が違うのだから。


そうして諦め癖のついた彼女が、最近諦めたのは婚約者だ。


(イヴァンジェリカは「悪役令嬢」だものね…)


目の前に座る婚約者は穏やかな笑顔を浮かべている。

両親が狂喜して伝えてきた、この婚約者はこの国の第2王子だった。

前世の彼女が楽しんでいた小説のヒーローだ。


「イヴァンジェリカ嬢?」


「はい殿下、いかがなさいましたか?」


「いいえ…なんでもありません」


探るような視線を向ける婚約者に、窓に向けていた視線を戻してイヴァンジェリカも微笑んだ。


(顔はいいし、頭もいいからもったいない気もするけど仕方ないわよね)


小説のヒーローなのだ。ゲームですらない。

前世の世界によくあったような、乙女ゲームへの転生ならイヴァンジェリカも少しは頑張れたかもしれない。

だが個別ルートのないシナリオの中でどうすればいいのか。


頑張ろうと思うには、イヴァンジェリカにはできることがあまりにも少なかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



ルーカスは目の前の婚約者を眺めていた。

王命で定められた彼の婚約者は、いつもどこか退屈そうだ。


(美しい人形のようだな)


ストレートの銀髪は美しく輝き、神秘的な紫の瞳は宝石をはめ込んだようだ。

そして神が丹精に作りこんだように絶妙に配置されたパーツ、12歳にして将来は絶世の美女になることが約束されている。

その美貌に、淑女教育の賜物と言っていい曖昧な微笑。


神は彼女をどれだけ愛しているのか、その才知は貴族間でも話題だ。

実際にルーカスも実際に会話をしていて心地よさを感じている。

無知ゆえに話の腰を折る、ということが全くないからだ。


有力貴族の跡取り娘。

この国有数の資産を持ち、ノヴリス・オブリージュを忘れない立派な両親。

壮麗な館に住まい、その美貌を保つどころかさらに輝かせる環境。


だが、彼女の瞳からは常に諦観が漂っていた。


(一体何が不満なのか)


ルーカスにはわからない。

彼も王家の第2子として生まれ、整えられた環境で育ってきた。

そして将来はイヴァンジェリカの侯爵家に婿入りして、王家と侯爵家の中を取り持ち、王となる兄を支える使命がある。


ルーカスには責任があり、その責任を果たすために多くのことを学ばなければならない。

それでも国に住む大半の人々よりも恵まれていることは知っていた。

その環境に疑問を持ったことも、ましてや不満を抱いたこともなかった。


ルーカスは微笑んだ。

婚約者と交流を持ち、その関係を良好に保つことも彼に課せられた責任だから。

イヴァンジェリカと同じような微笑みで。


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