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第二章 雑踏の街

街に来るのは久しぶりであった。人混みよりも静けさが性に合う私の性格には、この雑踏は賑やか過ぎてすぐに疲れてしまう。普段は郊外のショッピングセンターで事足りる生活をしているのだが、今日はそんな事も言ってはいられない。中学生の時からの友人がこの街の病院に入院したからである。

 普段、車を運転する私は、めったの事では電車やバスには乗らない。乗るとすれば、飲み会の時だけに限られるのであるのだが、今日は朝から車検に出して代車を借りている状況。馴れない車で街中の運転は少々心許ない。それで電車を利用したのだが、駅から歩くのに疲れるのは普段のだらしない運動不足のせいであろうか。たまにはジョギングでもしようとかいう決行も出来ないアイデアが脳裏をかすめたりもした。 


 途中、見舞いの品を購入し、街の中心程に位置する個人としては比較的大きめな病院の出入口に到着した。前もって聞いていた部屋番号を忘れないように書いたメモ。駄目だ。いくらバッグの中を探しても見つからない。忘れないように書いたメモを忘れるなんて、どうにかしてる。

 一階のナ―スステーションで入院患者の名前を告げ部屋を聞くと、忙しく動かしている身体を止めて詳しく教えてくれた。私だったらどうだろうか。もしも、私があの立場だったら丁寧な対応が出来るだろうか。多分、自分の忙しさを優先し、面倒臭い表情を顕にするに違いない。そんな事を考えながら教えて貰った通りのルートを辿った。


304号室は廊下の突き当たりの角部屋であった。四つ並んだ名札には二つの空きがあり、杉山千夏は他の患者と二人でこの病室を使っていることが見て取れた。 

 他の二人はどうしたのだろうか。めでたく退院したのか、それとも亡くなられたのか。それを知るよしは無かったが、何故か気になった。

 ドアは開放されていた。そこから顔だけを覗かせ、室内の雰囲気を感じ取る。大丈夫。暗い感じは微塵もない。これなら明るく入っても問題は無いだろう。左側の二人のベッドが空きであることはドアから確認済み。足音に気を付けながら手前のベッドを覗き込むが、人の姿は無く掛け布団が半分に折られているだけである。もしかしたら、ここが千夏なのか。だとしたら、ロビーにでも行って寛いでいるのかも知れない。それとなくベッド頭上のネームプレートを読んだ。見知らぬ名前だった。なんだ、と思いながらも奥のベッドに歩を進めると、上半身を起こした千夏と目が合った。 

「あらっ」

 千夏が先に作った笑顔のせいで、私は真顔の対応を迫られたような気がした。「起きてて大丈夫なの?」「大丈夫、大丈夫。ただの胃潰瘍だもん。どうも無いって」

「入院なんだから、どうも無いって事は無いでしょう。それに、大丈夫な人がお見舞いに来てってメールするかね?」

 千夏は、尚も笑いながら「大丈夫だから話し相手が欲しかったのよ。それより知ってた?病院って人は多いけどね、入院となると意外と淋しいもんなんだよ」「知らないよ、そんなもん」

 私は少しムキになって答えた。 

「知らないか。じゃあ、しょうがないな。取り敢えずここに座って」

 千夏は、ベッドから起き上がると、「よいしょ」という掛け声とともにベッド下から備え付けの椅子を引き出した。

 

「ここ、ここ」

 千夏はポンポンっと椅子を叩くと、早く座れとでもいうかのように目で催促してきた。 

「元気そうだね」

 私は、そう言いながら椅子に腰を下ろすと、バッグを右に置き、見舞いの品を袋から取出し差し出した。「はい、お見舞い」

「私達の仲じゃないの。気を遣わなくても良かったのに」

「何言ってるの。手ぶらで見舞いだなんて、そんなみっともない事なんて出来るはずが無いじゃない」

 千夏は、「まあね」と言いながら受け取ると、開けても良い?と聞いてきた。私が「どうぞ」と答えると、何だろうなんて言いながら丁寧に包装紙を剥がした。


 私は、千夏が開けてしまう時間を待てなかった。 「本当につまらないものよ。ただの本の詰め合わせだから」

 千夏は、ムッとした表情で言った。 

「なんで先にいうかなあ」 私は笑いながら受け流した。 

「あ、助かった。暇で暇で凍死しそうだったんだよ。これで時間を有効活用出来るってもんだ」

「何が有効活用よ。ただのマンガ本じゃないの」

 私は以前、千夏の部屋に遊びに行った際、余りにも大量の本が棚に並んでいることに驚いた事があった。そこで初めて、千夏がマンガにハマっている事を知り、それに似たような別のマンガを今日、探して来た訳である。ともかく、千夏が喜んでくれたことは有り難い。

「じやあ、これは真理恵が帰った後に読むか」

「それって、私に早く帰れって聞こえるんだけど」

 今度は、千夏が笑って受け流した。 

「それより、真理恵。彼とはどうなの?結婚まで行きそう?」

 いきなり何を。私は、どう答えようか悩んだ。嘘は言いたくないが、だからと言って今更あいつの事を話題にしたい気分では無い。「まさか、上手く行ってないんじゃ?」       もたもたする私に業を煮やしたのか、千夏は私の様子を察すると、聞かないではおれないという勢いで直球を投げてきた。 

「あんたねえ、少しはオブラートに包む技を身につけなさいよ」


 私は、何とかしてこの場を凌ごうと必死になった。

 「これでも優しく言ってるつもりだよ。ケンカが絶えないって言ってたから、その後ずっと気になってたんだ。真理恵が何も言わないから聞いたら悪いとも思ってたし」

 心配してくれてたのは正直に嬉しい。でも、もう口にしたくないの。やっと癒えてきた傷に、また血を流したくないもの。二人しか居ないこの部屋に沈黙だけが容赦なく迫った。 


「分かった。もう良いよ。言わなくても良い」 


 ごめんね、千夏・・・


街は華やかな色と音と形を絶やすことなく繰り広げていた。

 見舞いに行って病気の話もせずに帰ってきたことを後悔しつつ、それでも足は規則的に並べられた石畳の上を進むしかなかった。 

「なんだかなあ・・・」


 不意を突いて出る言葉に気持ちは更に重くなるばかりで、これからどうしようかと考えても、これといって名案など浮かぶはずも無いことは自分でも分かり切っている。それでも、このまま帰宅の途につくには余りにも虚し過ぎる。


 ガラス張りのショップに並ぶブランドのバッグ。照明に照らされ浮かび上がる貴女たちは、まるで買い手を求める娼婦のようね。真理恵は、そこに並ぶ一つ一つの顔を入念に見ると、彼女達に手を振りその場を立ち去った。


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