蒼介篇 シリトとハラキリ丸〜伍〜
毎日21時更新します…
牛舎にパンチがいる。
青色のオーバーホールを着たパンチパーマ。
彼は文政元年、今から二百年前に江戸で生まれた。
四十で鬼になるまで博徒を生業にしていたそうで、今でもギャンブルは好きだしパンチもお気に入り。
鬼落ち後もその腕っぷしの強さを見込まれて始祖の用心棒を百五十年間務めている。
北海道道東の酪農地帯にある小さな牛舎。
パンチ頭の鬼が柔らかい日差しの中、フォークで牛の糞をせっせと処理していた。
その風貌に相反して丁寧なフォーク使い。
クリクリ坊主のシリト様とオレが牛舎に顔を出す。
「加藤、蒼介が帰ったよ」
「へい、シリト様」
そこは『お帰りなさい』だろ、と思うだけで口には出さない。
オレは昔っからこのオジさんが苦手。
だって怖いもん。
シリト様の用心棒兼〝刺客〟さん。
殺す対象を見る目とオレを見る目とどこが違うんだろうっていつも思う。
理解出来ない怖さ、みたいな。
佐部さんにはそんな感じ全然ないのに。
どの道バンパイアは好戦的。
かくいうオレも、遥か異国の地まで行って手に入れた殺しの道具を渡す訳だし。
「これが蒼介にモロッコまで取りに行ってもらった始祖殺しの槍〝蓮華槍〟だよ」
「へい、シリト様」
加藤さんに古い刀袋を手渡すオレ。
三百年前の代物だ。
「オマルは三十年前に殺されたらしくて。お弟子さんが保管してました」
パンチ、ノーリアクション。
慎重な手つきで短槍を取り出している。
それは全長六十センチ程の金属の塊だった。
四角錐状の穂先は十センチ。
実に可愛らしい短槍だけど先端が実に鋭い。
肌に突き刺さるように鋼鉄の盾をも簡単に貫くだろう。
そして、持つと更に驚かされる。
重い。
五十キロはある。
そもそもこれでどうやって始祖を倒すのか?
ずっと頭の中にあった疑問をパンチが晴らしてくれるものと期待して彼を見た。
「?」て感じで首捻ってる。
エッまさか、わかんないのかコイツ?
「さっきハラキリ丸から書状届いたよ。今回の組長殺害の件で話し合いの場を設けたいから、お互い側近一名のみ付けて東京で会おうって」
「へい、シリト様。戦争ですかい」
「だねー。今ヤツを叩いとかないと。それがあれば倒せるかい加藤」
「へい、シリト様。無くたってぶっ殺です」
思わず二度見したオレ。
ケラケラ笑うシリト様。
「ようし。じゃ、戦争やろっか!」
◆◇◆
東京の深夜。
雨がぽつぽつ降っている。
人通りも途切れて久しいこの時間帯。
夜間職員不在のグループホーム。
一階のエレベーターから誰かが下りて来る。
無表情×無表情の佐部さんだ。
スタスタと玄関に向かいオートロックの自動ドアを開けてくれる。
「就薬飲んで寝てた」
珍しく彼の方から話し掛けてくる。
しかし北海道から急ぎで帰京したオレのテンション。
戦争が決まって高揚してるせいか、何か変。
「佐部さん。蓮華槍取り返して来ました!」
「見せろ」
「北海道ッス!」
「……」
「オマルは三十年前に亡くなってて、お弟子さんが保管してたんです!」
「そうか」
「残念シタッ!」
「……」
「実はオレ、明日っから大阪なんスよ!」
「そうか」
「ハラキリ丸が会長やってる『SOUROUグループ大決起会』に潜入するんス!」
「そうか」
「オレの能力〝秤〟って相手の戦闘力を見るだけだと思ってたでしょ?」
「……」
「実はねー。どっしょっかな。佐部さんだから言っちゃおっかなー」
「……」
「実はオレ。相手の能力もわかるんです!」
この時二度目。
彼の感情の揺れを察知した。
アゲアゲだったんで気にならなかったけど。
「えーッと、戦争やるってなったんで。ハラキリ丸とその他の能力見極めてきます!」
「そうか」
「やっとシリト様のお役に立てる。そんで戦略練って、この短槍でヤツを貫く!」
「ムリ」
「へ? は? 今、何て」
ようやく本来のアワアワした自分を取り戻せたオレ。
「お前らじゃ蓮華槍だけだと倒せない」
「は、あああああぁあーッ?」
慌てるオレを見て心地よさげな佐部さん。
「もうひとつ、いる」
それではまた…