蒼介篇 シリトとハラキリ丸〜肆〜
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生まれて初めての海外旅行だった。
1966年の東京生まれ、東京育ち。
人だった時には修学旅行で広島に行った事くらいしか旅行経験がない。
唯一の家族だった祖母は十七の時に他界。
二十四歳の時に付き合っていた彼女絡みで鬼落ち。
当時はまだバブルの後期だったけれど、中卒でフリーターだったオレには全然派手な思い出はない。
その頃の記憶に残ってるのは〝校内暴力〟と〝バンドブーム〟ぐらい。
それでも他校との喧嘩で集まった途端に通報されて逃げ回ってたとか、ギターのFで断念して何も始まらなかったとか、そんなレベルの話しか出てこない。
鬼になってからもそれは変わらず。
能力が戦闘向きじゃないのでハラキリ丸とのあれやこれやも特に何事もなくやって来れた。
オレの人生には何も起こらない…………
そんなナイナイ尽くしの毎日が、佐部さんに出会った事で全てが変わりつつある。
青田蒼介、実年齢五十八歳。
オレは今パリ、マラケシュ行きの機内にいる。
◆
佐部さんは十五世紀後半から世界中を旅していた。
始祖ヴラドを倒す為に。
十七世紀半ば頃には始祖クラスの身体能力とありとあらゆる武術をマスター。
既にドラクレア騎士団の精鋭とも何度か戦って勝利を収めたものの、弱点もまた露わとなっていた。
団長ビクターとの戦いに於いて、頭部を守る鉄仮面をウォーハンマーで割られてしまったのだ。
こんな脆弱な装備でヴラドには勝てない。
同族殺しと呼ばれ始めた彼は二百年以上に渡って世界中を渡り歩いたそのネットワークを駆使して、絶対的な強度を誇る武具を探し出した。
それが〝鍛冶屋のオマル〟の打つ武器と防具。
オマルはベルベル人で元々モロッコで有名な鍛冶職人だったが、バンパイアの眷属となった時に奇跡の能力が出現した。
金属の分子構造に干渉する力。
硬度と靱性。
これが刃物に必要とされる金属の性能だが、オマルの能力は『硬い=脆い、粘る=柔らかい』の矛盾した二つの性能を『極限まで硬くしても限界を越えて粘れる』にまとめ上げる事が可能だった。
佐部さんは彼に鉄仮面と日本刀大小二振り、そして対ヴラド用に開発した〝蓮華槍〟を作らせた。
十八世紀始めに彼がヴラドを倒した時。
止め刺しに使われたのが、この短槍だった。
その後一部の始祖達からこの始祖殺しの武器は存在を許されなかった為、製作者であるオマルの元で保管。
門外不出となる。
まぁ『持ち主の佐部さんが異議を申し立てなかった』という経緯はあるが。
◆
モロッコのマラケシュ・メナラ空港到着。
タクシーで旧市街に出て迷路のようなスークを目の前にする。
空気が乾いてるなぁ、と思う。
今回のモロッコ来訪前にシリト様の方でベルベル側との話し合いが持たれていた。
一、 同族殺しについて。
こちらから干渉する場合協定違反となるが、本人の方から関わって来ている点を考慮し不問とする事。
二、 ハラキリ丸について。
始祖会議でも不穏分子であるという見方で一致しているので、日本が国内で治めるべき事案だという事。
三、 蓮華槍について。
元々同族殺しの所有物なので、本人からの申し出があれば返却に応じる事。
この三点をベルベル側に認めさせている。
最初は蓮華槍に関して煙に巻こうとするベルベル側だったが「本人が返せと言っている」と伝えた途端、態度をコロと変えた。
佐部さんは世界中を渡り歩いた四世紀もの復讐の旅路において、戦闘になった三つのバンパイア一族を壊滅させヴラド以外の始祖二人を倒した。
同族殺しの伝説は今も生きているのだ。
オレ自身、蒼狼隊組長瞬殺シーンを見てなければ多分信じられなかった。
東京の施設入居者が最強のバンパイアだって事を。
混沌と喧騒の街マラケシュ。
この地でシリト様の代理として、蓮華槍を無事に受け取り持ち帰る事。
そしてハラキリ丸との因縁に決着をつける。
気が付くと今回の騒動の中心にいて、何だか不思議な感じもするけれど。
オレ、頑張りますよ。
シリト様。
それではまた…




