蒼介篇 シリトとハラキリ丸〜弐〜
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吐く息が白い。
洋間のこの部屋には窓が二つ。
カーテン越しに辺りが真っ暗なのがわかる。
今、何時なんだと寝ぼけ眼で思う。
「四時……」
まだ牧場の仕事も始まらないよ、と心の中で愚痴る寝間着姿のオレ。
「佐部さんから初めての電話。嬉しいけど何でビデオ通話なんスか」
「やってみたかった」
「でしょうね! もうちょい離れて。口しか映ってないから」
言われた通りにする佐部さん。
無表情で画面に映ってる。
「で。何でこの時間に」
「僕は夜十時に寝て朝四時に起きる」
「バンパイアとは思えない程朝型なんですね。オレはまだ夢の中でしたけどねッ」
「ハラキリ丸の手下と話した」
一発で目が覚めた。
「……ノギクですか」
「うん」
「そか、奴らは決まりの外にいるからな。あの女は〝ささやき〟を使います。超遠距離タイプのテレパスなんスよ……何か言われました?」
「うん」
「教えて下さい」
「面倒」
「教えて下さい!」
無表情で、抵抗の意思を示してくる核ミサイル級の相手に対し。
ゴリ押し。
「……じゃ、丸ごとリピートするから」
「丸ごと?」
そういうと彼は会話部分を丸ごと話し始めた。
佐部さんの特殊能力か。
最強バンパイアにそんな能力いる?
しかも声色を全然使わないセリフ棒読み状態。
「同族殺しのヒューゴ様。お初にお目にかかります」
「用件」
「あては日の本の国、鬼の長。ハラキリ丸様の眷属でノギク言います」
「長はシリトじゃないのか」
「あら、ヒューゴ様。お子様ランチご存知でしたん? クスクスクス」
「寝る」
「ヒューゴ様! ハラキリ丸様からの伝言預かってますえ。『1840年、アヘン戦争の時に清国で酒を酌み交わした』と」
「覚えてる。ハラキリ丸はヤツか」
「覚えててくれはって嬉しおす。次の日曜に会食をセッティングしときましたさかい。どうぞ京都の島原までお越しやす」
「無理。今、一人で長時間電車乗れない」
「えッ、そら困ったわ〜。どないしましょ」
「お前らに興味ない」
「ヒューゴ様いけずやわぁ! したらハラキリ丸様にそうお伝えしときます。ほなさいならならなら……」
無表情でやりきった。
これが佐部さんの能力か。
イヤ違うよね、絶対。
「あッ、ありがとうございます!」
「ハラキリ丸の事は知ってる。お前ら戦争してんのか」
「にらみ合いが続いてます。顔、近い」
言われた通り後ろに下がる丸ごとの人。
「シリトって通称〝座敷わらし〟だろ。僕の知る限り最弱の始祖だ」
「この国の始祖鬼は、一代限りでなくて継承されるスタイルなんです。だから強さは必要ないんス」
オレはこの時初めて、彼の感情が揺れた場面を目撃する事となった。
それは池の水面に雪が舞い落ちた程度の、ほんの僅かな揺らぎだったが。
オレの〝秤〟なら感知可能。
「どうやって」
「継承? 術式があるみたいですけど門外不出ッス」
その後約一分、間が空く。
この画面静止画じゃね? と何度も疑う羽目に陥ったくらいだ。
「お前らじゃハラキリ丸に勝てない」
「佐部さん程じゃなくてもね。ウチらにも戦闘に特化した鬼の一個中隊いますもん」
思わず子供みたいな言い方になってしまう。
寝る時はちゃんと寝間着を着る子。
「まぁ、ハラキリ丸の野郎は当時のやり方で眷属達を粛清しまくって。切腹切腹切腹の嵐で鬼の軍隊を作り上げてるらしいスけど」
「軍隊……」
「元壬生の浪士として世に出て来ました。箱館戦争で表舞台から消えた後は資金集めに奔走してたみたいですけど。今はSOUROUグループの会長で実業家を装ってます」
「昔アメリカに渡る前に大陸で会った」
「そうだ! 言ってましたね。中国でハラキリ丸に……百八十年前?」
これまで日本の鬼と考えられていたハラキリ丸にそれ以前の経歴があったとは。
シリト様に報告を、とベッドから立ち上がった時。
「ヤツはその後この国に来たみたいだけど。元々は世界で最も古い始祖バンパイアの一人だ」
六世紀近くを生きた偉大なるバンパイアから告げられる事実に。
戦慄が走る。
「蒼き狼の末裔。それがヤツの通り名だ」
それではまた…