須木奈篇 同族殺しとマリア〜肆〜
毎日21時更新します…
その夜。
私はマリアちゃんの夢を見た。
でもコレは夢じゃなくて彼女の昼間の記憶だ。
まだどこかで私達は繋がっていて、それを共有してるんだと思う。
夢の中で。
マリアちゃんと佐部さんの物語…………
◆
観光バスを一台借り切ってここへやって来た。
奥多摩の山奥にある廃村。
鬱蒼とした木々に囲まれて侵入禁止の看板が立つ荒れ果てた小学校。
所々山林に侵食され、人を拒絶するかのような佇まいの木造体育館に私達は潜んでいた。
四十名の人知を超える力を宿した老若男女。
その全てが今、息をする事さえ憚られた状態で、ある男の一挙手一投足から目が離せない。
その人は。
大小が入る刀袋を背負い、頭には中世の鉄仮面を被った白いスウェット姿で体育館入口に立っている。
集団の中から初老の大男、ローゼが動く。
小柄な鉄仮面の人を見下ろす筈の彼は、自ら低い目線の高さになって頭を垂れる。
膝まづいたのだ。
「まずは武骨な招待にも関わらずお越し頂きました事、心より御礼を申し上げます。百五十余年の間お探し致しましたっぺ。ゲオルゲ様の下僕ローゼと申します」
「知らない」
「いかにも。大公殿下の眷属であった我が主は」
少し間が空く。
異様な程の緊張感。
「先の大虐殺であなた様の手によって」
「それは覚えてる。1875年アメリカのカンザス」
「左様。この戦いで生き残っていた十一人の眷属すべてを討ち取られたあなた様は、その後長きに渡り身をお隠しになっていたっぺ」
「用件」
突っ慳貪な物言いにも動じないローゼ。
「大公殿下亡き後、眷属はあなた様とご息女マリア様のみ。我らの願いはヒューゴ様によるヴラド家復興……」
「断る」
「何卒ッ」
「教えて欲しい」
場の空気が変わった。
「バンパイアは何の為に生きる?」
背中の刀袋にゆっくりと手をやる彼。
「答え次第では皆斬るけど」
答えられない。
ローゼだけでなく、ここにいる全てのバンパイアが硬直して動けなかった。
「やめてパパッ」
私が叫んでも意に介さない父。
その時、何かに気付く。
「……人がいる。男、女。一人ずつ」
自然な動きで二刀を抜いた。
『✳✳✳✳✳✳✳非常食か?✳✳✳✳✳✳✳』
その場にいた全てのバンパイアの脳に直接響く声。
そして。
彼が深紅の殺気を放つとその辺り一面の山々を瞬時に飲み込んだ。
バンパイア達が体を突き抜ける殺気に戦慄を覚えたと同時に、方々から数千羽の鳥達が一斉に飛び立つ。
ババババサバサバババサババサバサババサバサババババサバサババサーッ。
「もし喰ったら皆殺すけど」
視界が紅く染まる程の殺気に当てられて、失禁する者や崩れ落ちる者多数。
玉粒のような汗をかいたローゼは視線を上げる事すら叶わない。
「パパ、もうやめてッ」
懇願する私に何かを見た彼。
表情に一瞬だけ感情が戻ったが、すぐそれは失われた。
「しんどいから僕は帰る」
「バンパイアの王になれるっぺさよパパ!」
「じじばばの王だろ……」
去っていく魔人を前に平伏す吸血鬼達。
◆
夜中に目醒めたら私はまた何も覚えてなかった。
ただ、マリアちゃんを通して触れた佐部さんの乾いた魂の残滓を感じて。
朝まで泣いた。
それではまた…




