須木奈篇 庭師と世話人〜弐〜
毎日21時更新します…
お気にのガレージロックを聴きながら。
ベッドの上で銃の手入れをする。
これが私の至福の時間。
法人の寮に住んでます。
五階建てビルなのにエレベーター無し、ワンルーム、壁薄い、けど家賃二万円。
お隣さんはベテラン看護師のおばさんなんでヘッドフォンは必須。
シマウマ柄の部屋着で軽くリズムに乗りながら、スライドを外して綿棒で各所をフキフキ。
リコイルスプリングガイド、バレルを外してシリコンスプレーぷっしぅぅぅ。
デイケアには 三十分ばかし佐部さんと参加した。
何とか落ち着いた彼は、ちゃんとナイトケアまで参加するコトが出来た。
スライドやハンマー部にもスプレーしゅしゅ。
ガチャンと組んでからティッシュで銃身を丁寧に拭いて終〜了〜。
佐部さんに感謝される想像をしてみる。
『ありがと須木奈。デイケア頑張って行くから』
全ッ然イメージが湧かん!
あの人「うん」しか言わないし、まだ笑ったトコも見たコトないわ…………
それでも今日。
デイケアでの『あの時間』を私は思い出していた。
前回の面談で初体験。
彼が唯一、自分語りをしてくれる。
あの不思議なお話の時間を。
◆◇
ほっぺたから徒歩一分の法人グループビル。
このビルに佐部さんの苦手なデイケアが入ってる。
今朝から行われていたガーデニングプログラムに私達も見学で参加中。
すでに屋上では二十名程の利用者さんが作業していて。
プランターにはチューリップやヒヤシンスの球根類からカモミールやローズマリーなんかのハーブ類まで育てられてる。
「佐部さんはお花とか好き?」
「うん。人間だった頃、庭師だった」
「え、意外〜。何年前?」
「1450年代だから六百年位前」
ベンチに並んで座る私達。
この距離感……今までで一番近くね?
久々に嗅いだ土の香りも相まって『聞いてみよっかな〜その妄想話』的なウェルカム状態の私。
女子はシチュエーションに弱い。
「城で仕えてた時、初めてあの人に会った」
え、ヤダ。
今回ラブストーリー仕立て?
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
1451年の夏。
僕が十四歳であの人は二十歳だった。
トランシルバニアの南カルパチア山脈東、ブチェジ山麓にある岩山に聳え立つ堅牢な城塞。
元々南東部から侵入してくるオスマン軍の監視が目的で十四世紀後半に建造されたこの城だが。
城下には美しい庭園があって見る人々の心を癒しもしていた。
地元の村出身だった僕は庭師の見習いとして庭園で働いていた。
藍色のチュニックに麦わら帽姿の少年。
「亡命先のモルタヴィアから、トランシルバニア候のもとに逃げて来たっぺさ」
「ワラキア公な」
二人の庭師が世間話を始めた。
「今は違うって。二ヶ月の天下だったぺ」
「所詮オスマンの飼い犬さ。いいように利用されてんだぺさ」
もう一人が話に加わる。実に辛辣な意見。
「ここに何しに来たんだぺ」
「この城の元君主の孫だからよ。田舎でのんびりすんだぺさ」
ゲラゲラ笑う三人の庭師達。
大人と話すのが苦手な僕は、ひとり黙々とバラの手入れに精を出す…………
それではまた…