2-46.情報共有・意思統一のための会議。つまりはカミングアウト大会
『災厄』をひとつ解決し、明けて翌朝。
昨夜は帝都中央の差し押さえ屋敷で寝た。フィエと一緒にレルリラさんを挟み、川の字になった。エッチなことはしていない。さすがにちょっと弱ってる女の子にそれはできない。
早朝にソーセス邸にレルリラさんを連れて戻り、皆で揃って朝食を食べた。そして朝から会議だ。そして今日の会議の主催はフィエだ。
『自分がコバタの一番、奥方様!』と宣言し、全員の同意を得たことで『コバタ家』は正式に発足した。
ララさんは『ついに議長ポジまで……』と遠い目をしている。
会議場となった俺の寝室には、フィエ、ララさん、アーシェ、クィーセ、ククノ、メル、レルリラさんが集まっている。
「えー、この度。
……と言うか最初から『コバタの奥方様』であるわたし、フィエエルタがこの家の取り仕切りを行なっていこうと思います。
内助の功のみならず、やれることはやっていく所存でございますので、一家の皆様にはご助力、ご協力をいただくこともあります。
改めてよろしくお願い申し上げます。従ってね。
なお、今回より『奥方様権限』で新しくこの場にレルちゃんを加えました。まだ慣れてないから優しくするように。
……レルちゃんも大丈夫? 問題ない? …………ん、大丈夫だね。わたしもコバタもあなたのことスキだからね。ここにいてね。シッカリ守るからね。
それではまず、本日の議題。『一家となったんだから、ちゃんと情報共有しようよ』の件になります。
この点、わたしは良くないと感じてるんですよねー。
アーシェ様とかクィーさんは『光教団の上位機密』について説明が少ないですし、わたし達もコバタに対して『不妊の呪い』の件をちゃんと説明していなかったせいで、余計な混乱が起こっています。
あと、恥ずかしながらわたしも『クィーさん、なんか好きになっちゃった』件を旦那様にちゃんと説明していなかった。余計なショックを与えてしまった。
当然ですが、全部を洗いざらい話せなんて言わない。でも、もっと共有すべきところは共有しちゃおう。面倒臭いことにならないように」
フィエの言うことはもっともではある。お互いプライベートや職務上の理由で隠している部分があり、それによる齟齬がトラブルの元になっている。
「では、この身から最初に打ち明けるとしようか。
すでに数人気付いて、あるいは知っておったが、この身はこちらの言葉を話すことが出来る」
お、いきなりぶっちゃけたな。今までどういうわけか隠していたことを。
「ク……ククちゃん…………???!!!
お喋り……できるの? ず……ずっとずっとしたかった。お話し……」
「そうじゃな。フィエよ。この身もそう思っていた。
……これこれ、あんまりそう抱き付くでない。苦しいぞフィエ。
それと良い頃合いじゃし、あるじ様にも言っておく。いい加減覚悟決めろ」
ククノはドサクサに紛れてこちらに要求を突き付けてきた。……周囲の同調を得られるとの予想と、俺の周辺関係が安定してきたと機を見てのことだろう。
しかし、その提案はウヤムヤにされた。メルがカミングアウトしたのだ。
「私は使用人の立場でありながら、ご主人様に一服盛りました。
二人でお話しする機会を得た際に、お茶に混ぜ『悲観的な心持になる薬草』を使用しました。一時期大きく心乱されたのはそのせいです。
加えて言いますと、その薬草は『悲観する効果が切れたときに、その反動で大きく心が解放される』のです。隠し家で、媚薬のお香に混ぜて『悲観的効果を治癒するための薬草』も使用しております。
これが我が実家に伝わる『堕とし薬』の使い方にございます」
「…………は?」
え、えええ、あの滅茶苦茶心が沈んでいたのって、状況がキツかったとかだけじゃなくて、メルが何か盛ってたの……?
そう言えば前に言っていたな。『暗器と"毒"と銃と魔法』を使うって。
……やっぱりコイツ、メルカスだったわ。今度はメルゴミとでも呼んでやろうか。メルクズでもいいな。
「ちょっとメルちゃん。今のは聞き捨てならない。
ウチの旦那様にヘンなものやたらに使っちゃダメでしょ」
さすがにフィエが憤然としてメルゴミを睨みつける。周囲の何人かからも非難の目線が向けられる。だがメルクズは落ち着き払って言う。
「ご主人様の『フィエエルタ奥方様への御執心』は簡単には溶かせません。
ええ、ご主人様は『心の底から奥方様を強く強く愛しておられる』のです。
それはとても『厚い御執心』で『深い慕情』なのです。越えるに困難です。
ならば外道・鬼畜と言われても、やらねばならぬことをやるのが女の道です」
チョットマテ、女の道だと……? メルが言ってるのはどんな修羅道だよ。そんなのは女の子が通っちゃいけない道だよ。
だが、フィエは何故か納得してしまった。
「ぬぅ……むむむ。……まぁ、今後はやらないようにね。憶えておきなさい」
……メルってフィエを操縦するのうまいな、と俺は思った。だが、その裁決に対してアーシェが異議を申し立てる。
「ちょっとフィエエルタ。それ許しちゃっていいの? さすがにダメでしょ?
……メルスク。今後、薬品の濫用を行なったら官憲に突き出しますからね。あなたはどう考えても後ろ暗い身の上でしょうが」
アーシェ……ご禁制の『お香』を使った人間がよくこんなことを言えたものだ。いや、俺を心配するからこそ言ってくれているんだろうが。
だが、メルは事も無げに言う。
「私の実家は、官憲の上層や現場の人間ともつながりがありますので。『短刀のメルスク』と名前を出せば、皆が知らん顔をしてくれます。
後ろ暗く感じたこともありません。過去に私が何らかの犯罪で『手を汚した』という記録もございません。この通り、手袋もその中身も綺麗なままです」
メルは不敵に笑い、メイド手袋を脱いで机に落としてみせた。……ウイアーン帝都ってヤクザと警察がズブズブなのかよ。オイオイ。
「じゃあ私が個人で、全力で制裁するわ。
……勝てると思う? 私に」
「すぐには無理でございますし、するつもりもございません、アーシェルティ様。
それには充分な準備と罠、状況の不利を作らねば。……そして小細工をするうちにあなた様なら気付かれることでしょう。非情に困難です。
今回の件、アーシェルティ様、クィーセリア様、ククノーロ様の目を掻い潜れたのは、ひとえに地盤と状況の利、そして奇襲であったからにございます」
「ふぅん。『やろうと思えばやれる、今回やって見せた』って聞こえるわよ」
アーシェとメルが険悪な雰囲気だ。そこにララさんが割って入る。
「アーシェ、メルっち。そーゆー言い争いみたいなのやめなさい。
コバタくん。一度この二人、仲良くさせてあげな。まぁ、それでイケるだろ。
お互い警戒し合ってるから怖く感じたり張り合うんだよ。ふたり揃って情けない姿を見せ合えばきっと打ち解けるって。なんかタイプ似てそうだし。
あとククノとレルっちはまだなんだろ。コバタくん、ちゃんと面倒見るように」
元『議長』の貫禄でララさんは場を収めてくれた。シモの内容ばかりだったが。
コホン、とフィエが咳払いをして進行を促す。かわいい。次のカミングアウトは、クィーセだった。
「……ボクの『先生』は。
『災厄』のひとつ、『火の口』に関わってしまった。
……ボクが『発見』して『その力を利用すること』を思い付いた。つまりボクのせいだ。ボクが提案して、先生はそれを受け入れた。
……結果として、先生は『どこにいるのか分からない』ようになった」
一転して、シリアスな内容だった。それにククノが応える。
「……クィーセ。『そやつの命は諦めろ』。
いくさに関わる身なら、親しい者の命が失われるのはよく見てきたじゃろう?
残酷なようじゃが、言うておく。苦しんでおるのは……諦め切れないからじゃ」
「ん、ありがとね。ククノちゃん。……うん。
……諦めてはいる、ハズなんだけどね」
クィーセは半ば無意識に首からかけた『鍵の証』のヒモをいじろうとした。……その指に俺が送ったネックレスの感触があることに気付き、こちらを見て笑う。
「……いや、ちゃんと諦めるよ。
先生だって『そんなの望みやしない』に決まってる。ボクが『申し訳ないという気持ちを捨てたくないから』……だから、残っちゃていたんだ」
俺が声をかけなくてはいけない。俺がこれからもクィーセをここに留めて離さないようにしなくてはならない。
「クィーセ。全員への報告がまだだったが、俺は『災厄』をひとつ解決した。
それは『百塞』というムカデみたいな奴だ。『下弓張』で皆を出して意見を聞いたら、アーシェとクィーセは知っているようだったから、分かるよな。
『火の口』がクィーセに関わるものだというなら、俺は絶対に解決してみせる。クィーセを放す気なんてないからな。
俺は、ここにいる全員と『お爺ちゃんお婆ちゃんになって一緒の墓に入る』つもりだ。フィエが奥方様だというなら、俺は一家の旦那様として皆に言いたい。
一緒の墓に入るまで誰一人として離れる気ないぞ、マジで」
「クィーさん。旦那様の言う通り。
……と言うかさ、逃げられると思うなよ。人の純情弄びやがって、浮気まがいの行為させやがって……チクショウ、逃げられると思うなよ。憶えとけ」
俺とフィエからの言葉を受けて、クィーセは『覚悟したよ』と笑った。
……ん、レルリラさんが俺の袖を引っ張っている。……ああ、あのことか。
「それでさ、俺とレルリラさんの手の甲にアザというかイレズミみたいなのがついちゃったんだ。
これ、どういうことか分かる?」
今、この部屋にいるメンバーは全員が魔法使いで、人によってはかなり研究レベルが高い。その知識の擦り合わせが行なわれる。
「これは魔法的なものですね。
……外への魔力の乱れを出していない。気付かないはずです。ですが触ると分かる。強烈に内在しています。
ララトゥ、意見を」
アーシェ、ララさんともに真面目顔だ。ふたりとも研究者の顔をしている。
「……これって『地鞘の剣』に似てるかもな。
『地鞘の剣』触ったことのない奴は、あとでコバタくんに実物触らせて貰いな。感じ似てるから。……アーシェは似てると感じなかったの?」
「いえ……その辺はララトゥの方が得意でしょう?
肉体的とか直感的になら私は鋭敏だと思いますが、魔法の細かな感じ取りや解析はララトゥの方が長じています。
他に意見は?」
アーシェの問いかけにはククノが応えた。
「これは残滓……でもないのぅ。
『まだ生きている』。首と胴体が分かれてなお、仮死と言ったところじゃ。
しぶといのぅ……とはいえ鎮静しとる。動き出す気配がない」
「ククノちゃんに同感。これは『生きているけど終わっている』
下手に利用しようとしなければ、多分このままだ。
……コバタさん。レルリラさんと『印のある手同士を繋いだり』とか……えっと、その『えっちなこと』してたりはない?」
「まだです。まだないです。
昨日、遅めの時間に『災厄』を解決して、俺もレルリラさんも疲れた状態で眠っています。無意識状態でもそうはしてないと思います。
えっと、レルリラさんはどう? 憶えある?」
「……な、……ない。でもしたい」
いきなり臆病で可憐な感じなのにエッチ要求されてしまった。かわいいし嬉しいけど、この場で言わないで。周囲が反応するから。
やっぱりこういう話題にニヤニヤ反応するのはララさんだ。
「ほーら。コバタくんは困った奴だなぁ。
会議なんていったん中断しようぜ。こっちを優先してやりたいんだけど」
「あのねぇ、ララトゥ。
さっきの発言でクィーセリアが、明らかに危険を示唆していたでしょ。なんでいつもノーテンキなのよ。脳ミソ入ってないから晴れてるわけ?」
アーシェが辛辣だ。アーシェは近しい相手にほど口が悪くなる。
「ちょっと待て。
そんなことよりこの身、この身が後回しにされ過ぎではないか?」
ククノがそう主張してくる。……マイフレンド、いつまでもトモダチじゃダメなの? あと数年待ってくれたりもしないの?
「……したいの。
…………メルも、ダメ……?」
「レルリラ。ちょっと我慢なさい。少し落ち着いた状況になるまで」
「えっ、メルっちとレルっちってそーなの」
なんだか会議場がわちゃわちゃし始めてしまった。女三人寄らば姦しいと言うが、今この場には7人もいる。
「ちょっと皆さん、奥方様であるわたしの取り仕切りに従ってください。
アホみたいなお喋りはストップ! ステイステイ!
アッ、コラ。なぜ無視する。スタァァップ!」
会議は、一度頭を冷やしての仕切り直しとなってしまった。
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