2-44.百の天然要塞
「道ならぬのが恋ならば、
化けて出るのが女の恋。
娘盛に足らぬを埋める。
のっぴきならぬ恋焦れ。
恋と言うのは戯けごと」
レルリラさんの声であって、そうではない何か。
それが聞こえた瞬間、俺はどこかに呑まれた。まず間違いなく今まで経験した覚えのない現象。つまりは『災厄』であることの一応の裏付け。
世界は先ほどまで、寂しげな曇りの色合いだった。それが夜闇よりは明るい藍の色合いに変わる。
先ほどまで、ここはウイアーン帝都中心近くにある大邸宅、ガランとした差し押さえ物件の建物に過ぎなかった。
今は異界。世界がどこか歪んだ先。先ほどまでの場所と類似しているものの、何か違う場所。何か違うと感じさせる場所。
……よく、怪談とかで聞く『現実世界とはちょっと違う、迷い込んだ先』みたいな違和感のある場所。……ああいう話って意外とホントなのかもな。
そして。
その異界……異空間はやがて『溶けて置き換わった』。光景が変わる。
先ほどまでの邸宅内とは全く違う場所。……広い広い荒野。乾いた荒野。見渡せば大きな岩山。曇り空。どこか非現実的な色合いの世界。
そして。
そこにいたカリカチュア的な存在。あれは百足のカリカチュアだと感じた。
リアルな虫とは違う存在。それは特徴を強調し、象徴した存在。長い胴とたくさんの足。それを強調した超常的な存在。
巨大。それだけで感心するか恐怖してしまう大きさ。ビルと似た高さを持ったものなんて久しぶりに見た。サーカスの大テントよりおっきい。
いきなりボス戦が始まってしまった。なんだこれ、ゲームだったらイベント戦かバグ利用のRTSとかじゃなきゃ有り得ない状況だぞ。
レルリラさんはどこ? さっきまでここにいた。…………いた。ムカデ野郎の端っこのあたり……っていうか頭側か。そこに気絶してくっついている。ちょっと遠い。
……えーと、マンガならこれを倒してレルリラさんが戻ってくるという筋書きになるんだろうが、実際リアルで目の前にすると、対処方法が分からない。
なにすりゃいいんだこれ。……一見すると相手は悪者に見える。『災厄』だろうし。……でも本当に悪者なのこれ、見た目で判断しちゃいけないよね。益虫かも。
いや、もし益虫だったとしてもだ。俺にとって『益虫<レルリラさん』なので、相手に悪意が無かろうと、こちらに有害なら対処しないといけない。
今できること。最善の方法は分からないから、次善と思われる方法を取るしかない。そうするしかない。
つまりはレルリラさんの救出・保護だ。あのムカデさんが良い奴か悪い奴かは分からないけど、取り合えず返して。俺、その子を連れて帰る気満々だったんだぞ。
『早駆け』……使えない。
ぬぬぬ? どういうこと。魔法禁止の縛りってこと? こんな風になってるってことはちょっと危険だよな。
ならば走って、百足の頭の方まで向かう。あのくらいまでならダッシュでいける。可愛い道化師さんを早めに回収して、逃げるか隠れよう。
がが。 ががが。 がががが。
が、がががが、かが、が、ががががが、ががが。 ががががが。 がが。
がががが。 がががが。 が。 がががががが。 がががが。
世の中というのは、ある程度テンプレ思考が通用するらしい。『相手』は敵対の意思を見せた。
なんで分かったかと言うと、雰囲気。ジエルテ神が威圧してきた時みたいに、露骨な雰囲気みたいなものを発してきた。
ええと、その……。あなたみたいに大きな御方が、矮小な俺に敵意を向けるのはちょっとその、勘弁して頂けませんか。
『地鞘の剣』きてくれや。……え。来ねえ。今、踏みしめている場所って地面じゃねぇの? 俺が死ぬまで一生一緒にいてくれるはずだったのに。
チクショウ役に立たねぇな。……じゃあ、これだ。レルリラさんはムカデ頭の方にくっついているから、尾の方に『太陽の矢』。
……あれ、出ねぇ。発動してねぇ。……なんで???? ウソだろ、クソの役にも立たねぇ。……いや、デカすぎるから単に発動対象外なのかもしれない。
『弓張月』は意味ない。俺が二人いても意味ない。
『下弓張月』は今はエッチしてる場合ではない。
『満月』……うーん、魔法反射か。今使って意味あるか?
『新月』で隠れ…………あ。『下弓張月』でよかったわ。最近エッチ機能としてしか使ってないから忘れてた。まず、あれで『皆の分身出して相談』すればいい。
出てくれ……出たな、ヨシ!
異界ともいえる空間に、裸の美女が5人。非現実的光景だ。
「なるほど、これが災厄かぁ。わたし、分身とはいえ裸で見たいものじゃないね。
……こっちに気付いていない。威圧だけ。探してる。あの動きは探してる動き。
耳も目も鼻も良くない。……おそらくは触覚だけ。モノに触れると反応する」
分身フィエは胆力を持って巨大な脅威を見つめ、分析している。
「じゃー触られるまでは気付かれないな。
どうやら魔法は使えん。魔力の流れがアレだね。あのムカデが集約しちゃってるように見える。……ん、集約じゃないな、ここら一帯『全部使ってる』のかもな。
どーするよキミ。相談しても行動できるか怪しいぞ。相手デカいし」
分身ララさんが魔法的な視点から意見を言い、分身アーシェが言葉を継ぐ。
「……これはおそらく、『百塞』ですね。記録にありました。
過去に対処しきれなかった存在、災厄。……なるほど、偉大な先人達が『先送り』してしまったのも、見れば納得せざるを得ませんね。
どうやって対処したものか……」
「250年前は、人に閉じ込めたまま鎮静化を待ったといいますね。
災厄の内、幾つかある『人に憑く』存在。心を塞げば溢れない存在。
決して起きないよう、心乱されぬように壊された眠り姫の記録」
分身クィーセ先生は無表情な声で言った。『壊された眠り姫』か。……結構に非人道的な処置がされたようだ。そして分身メルが口を開く。
「適切な処置ではあります。一人を犠牲にして多くを守った。そういうことでしょう。……ただ、将来に禍根を残してしまうとか、処理が甘いと感じます。
ご主人様……ククノーロ様はどこに?
あの御方の意見はこの状況ではとても頼りになります」
ククノは『下弓張月』で分身は出せない。エッチしてないから。
「ごめん、ククノはダチだから。俺のマブダチだから。
……あと、ちょっと体が心配というか。倫理が心配というか」
「そうは言うがな。ヤっとけよ、コバタくん。……出来るだけ優しくな。
ん? 『意見』ってことはククノ、やっぱ喋れるんか。コバタくん以外とも。
あいつ勘がいいだけじゃすまない感じがしたんだよなぁ」
「ククちゃん喋れるの?! 言葉分かるの?!!
え、え、え、話したい。一緒にお布団の中でおとぎ話とかしてあげたい」
「……ご主人様、クィーセリア様の情報を採用するなら。
どういたします、レルリラを壊しますか。鎮静するやも」
「「「「「その案はない」」」」」
分身メルは『非人道的な提案』を全員に否定され、ふっと微笑んだ。
「わかりました、皆様方。……安心いたしました」
「コバタ『月の力』は使えたんだよね。わたしがここにいるってことは。
ジエルテ神が『災厄の解決に与えた力』だというなら、多分そこが答え。
あのクソ神、ゲフゲフ。……アイツは少なくとも『目的を持っている』。
無意味に力を与えてくるほど……んー、多分……イカレてはいないはず」
「……アレ、あのムカデがもしかして『魔法的な何か』なら。
キミ、この間の試合で『満月』使ってるんだろ、それでイケたりしない?」
「ララトゥ……いい案です。使って問題ないものなら、使うべきですね。
なにより、あんな異常で大きな存在です。対抗手段は多くない。
あんなバケモノの頭に引っ付けたままでは、彼女も苦しいはず。そう見えます」
「ボクは……うーん。
今のボクの意見って……うーん、慎重策になっちゃうかもだから。事態の打開に向かないかも知れない。ノーコメント。
……でも、救うべきだ。なら、使うべきものは使う。技術も、魔法も」
「…………。
レルリラは。
辛いながらも、生きてきました。私が生かしました。そして生きてきた。
この言葉は、ご主人様や皆様方は好きではないかもしれませんが、私が何度も思った言葉です。彼女を見ていて、そうしようと思った言葉です。
『死は時として、憐れみ深い救いである』
でも、今。
ついさっきまで、きっと。
あの子は恋が出来るほどまでに、なっていた。
…………なら、まぁ、その、うん。
生きる方向で、何とかして頂けませんか。お願いします」
「まぁ、死なせちゃうのはどう考えてもアレだよね。ヤダ。
……フィエ、レルリラさん欲しいって言ってたよな。
……ん?
あ、そうか。今日言い始めたことだからまだ『下弓張月』更新されてないか。
えーと、じゃあ……俺、レルリラさん欲しいから、頑張って救うね」
「……まー、そうしなさい。認めます。
『今日の本体のわたし』が何を思ったかは分からないけど、少なくとも昨夜のわたしだって、レルリラさんには悪い感情なんてないから。」
こうして、行動方針は決まった。ウチのメンバー、割と意見統一を上手にできるよね。船頭多くして……って普通なりがちだけど。
まぁ、やることははっきりした。……やはり、この指輪の力って。
……ただのエッチ機能と言うわけではなかったんだな。うん。
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