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2-39.姫様人形

 クィーセ先生に魔法の掛け直しをして貰い、ククノに靴をプレゼントして、メルちゃん銀行の金利を吊り上げた翌日。


 俺はふと思い当たった。レルリラさんの舞台衣装って、明らかに特殊性能を持っている。……あれってまさか、メルが制作したとか?


 そう言えばメルが俺を罠にかけた時の協力者もレルリラさんだった。


 レルリラさんのキスの意図は……うーん。ストレートに好かれているならまぁ……いいんだけど、メルの関係者だからチョット油断ならん。


 問い詰める覚悟を持ってメルに事情を聞きに仕立て部屋に行ったのだが、まったくもって隠す素振りもなかった。


 しかし、朝も早くから仕立て作業とは……本当に職人魂もってんなぁ。


「あの娘ですか。ええ、私の人形です」


 あまりに意外な言葉が出てきた……どうやら前提知識が必要な話のようだ。まずはそちらを聞いてからだな。


「……何? 人形って何かの比喩?」


「比喩と言えばそうかも知れません。血肉はあるのですから。


 ですが手に入れた目的と彼女の素性を知らば、そう評するに値するものかと思います」


 うーん、そうは言われても『人形』か……どういうこと?


「そうか。じゃあメル、詳しく話せ」


「心得ました、お望みのままに。


 まずは出会いからお話ししましょう。私が8つの頃でしたか、一つ剣呑ごとがあったのです。政治的に匙加減が難しい亡命劇です。


 ヨチカ王が暗殺され、その妻子……つまりは王妃と姫ですね。それが抗戦も降伏も表明せず、国をほったらかして逃げてしまったのです。


 嫁いだ先が荒れるとならば、恥も外聞も王統の矜持も捨てて、母として大事な子を抱えて逃げると言うのも一つの選択だったのでしょう。


 ですがその王妃というのはやや、ボンヤリした方だったようです。政治的見識と根回しに優れてはいなかった。つまり、ここウイアーンに逃げついても受け入れ先がありませんでした。


 保護して政治のカードに使うのが難しい存在だったのです。利用価値の少ない相手が国内をウロチョロするのは有難くありません。


 そうした厄介ごとは我が一族が処理するのがこの国の裏側における習わしです。


 要するに『ウイアーン帝国内に逃げ込んだと思われるが、野盗に襲われたかなんかで多分、野垂れ死んだのであろう。ウチは関係ないよ。知らない』というアクションを取れるように我らが計らったわけでございますね」


 なんか、政治の裏っ側の話が始まっちゃったぞオイ。いいのかそんなことを話して。……しかし、動揺した姿は見せられない。


 俺はメルのご主人様として毅然とした態度で話を聞くよう心掛けた。


「……メルの実家とは、戦衆と聞いていたがそんなこともするのか」


「ええ。都合の良い外部委託の暴力装置でございます。


 便利過ぎて手放せないくらいには権力に食い込んでいます」


 ……ん? なんというかその、もしかしてメルの実家ってアレか。


「ざっくばらんに聞く。つまりはカタギではないお家ってことか?」


「そういうわけではありません。本来は真っ当な戦衆なのです。


 ですがですね、あまり大きな戦がないと維持費だけで金倉が干上がってしまいます。蓄え無くして随時対応が可能な戦支度は出来ません。そんなわけで事業開拓というものを行なっておりまして。


 博徒に乞食にふらつき者、喧嘩っ早くて扱い辛い風来坊に我々が『そういう奴らへの使い用』を与えてシツケて稼いでございます。


 私は今やコバタ様の端女として生きる覚悟にございますが、一族の末席を預かる身でもあるのです。


 下町色町にてショバ代稼ぎやテキ屋稼業、禁制品や専売品の裏通しやらをやっている連中、土地転がし・盗品売り・女衒・人買いなんぞをしている連中には『姐さん』と呼ばれていたりもするのです」


 わーお。なんでヤクザの娘が俺の側でミニスカメイド服着てドMやってんだよ。わけがわからないよ。


 まぁいいや。ビビっても仕方ないや。メルにはすでに散々やってしまった後だ。度胸を持った振る舞いをした方が、そういうスジの人間には好まれるだろう。


「それで……そのヨチカ王国のお姫様がレルリラさんってことなのか」


「ええ。


 親父殿は『扱いに困るような奴をモタモタと取っといても仕方ねえ、トットと潰しちゃえ。後のことはオレが考えてやらあ』というタイプの性格の持ち主です。


 とまぁ、その時に死ぬはずだったのですが。ふたつの偶然が重なって、あの子は生き長らえたのです」


「その偶然について詳しく」


「まず、処刑人と言いますか。


 そいつは普段なら『大地に血を吸わせることが地母神様への御奉公だ、命は土に返すべきだ』とか抜かすイカレポンチなのですが、その時のレルリラの齢はまだ両の手で数えられました。


 王妃たる母親の方はアッサリ処分してしまったものの、地教徒としてそちらの扱いに苦しんでいたというわけです。つまりは親父殿の人選ミスということです。


 次に私のその時の状況ですね。


 私は仕立て仕事を愛するのですが、どうにもその頃は未熟者。熟達が及ばず、数字や目算だけで見当を付けることに不慣れでした。


 つまり衣装を作る際にはそれを着せて試す人形、マネキンが必要だったのです。しかし生憎とちょうどいいものが無かったので親父殿に強請ったのですがその時はご機嫌優れずでした。


 そんなわけで、トサツ部屋からレルリラを持ち出すことにしたのです」


 サツバツ! 人が簡単に処理される。そして命を救う目的ではなく、廃材置き場からチョロまかすように人間を持っていくとか倫理的にひどい。


 メルって、そんな環境で育ってきたのか……。まぁ、命に対して酷薄にもなるよな。環境がそうなんだもの。


「……それで、何で今レルリラさんは道化師やってる感じになっているんだ」


「使い道が限られていました。まぁ大抵の人間はそうですが。


 あの娘には吃音があります。数年に及ぶ亡命生活における冷遇やら、処刑場……土壇場の緊迫に心に傷を負ったことが原因です。


 ……あとは元々、姫君として外交用の教育をされていたためか、『言葉を選ぶ』ことに強くこだわるのですよ。


 しかし、死に瀕した状況に『適切な言葉』を発することが出来ぬまま怯えていた彼女は、言葉に自信を無くしてしまったのです。


 レルリラは『どんな言葉を選んでも、それが良い結果をもたらすものか判断がつかない。つまりは言葉を気楽には発せない』と思うようになってしまったのです。


 そしてこれは根深いもので、おそらくはもう消えない。


 私はレルリラとの意思疎通が難しいことへ対処を考え、いろいろと試してみました。筆談をしても筆は進まず、笑いかけても怯えるばかり。


 幸いと私は気が長い方でしたのでそれに業腹も立てずに、むしろその内に得られるであろう『意思疎通の正答』を見付けようと様々に彼女で遊んでみたのです。


 結果として『言葉に責を持たぬ道化の立場』『仮に意味が曖昧でも許される、言葉遊びとしての詩』が彼女の癖となったのです。


 というわけで、レルリラは『詩を歌う』ときは吃音しないのです。


 ああ、『レルリラ』と言う名前も私が付けました。本来の名前はあの娘にとってあまり良い記憶のないものなので。


 手に職も用意してやるのが上の者の務めです。武芸や魔法を仕込んだり、興行師に売り込んでみたりして今の状況と相成りました」


 ……なんともまぁ、複雑な生い立ちに育ちだ。


「まぁ、昔からの友達という解釈でいいのか。


 ちょっと特殊に聞こえる出会いと付き合いだけど」


「トモダチ……なんでしょうか。


 そのような語らいはあまりしてきませんでした。私は『仕立て上げる』ことを愛していますから。彼女をうまく仕上げることに注力していただけにも思えます」


「そうは言うが、今の今まで彼女が生きているという事はメルからの庇護があってこそのものなんだろ? 俺には友情の一形態に見える。


 ……彼女の友達として、他に何か知っていることは?」


「知っていること……そうですね。


 いつもは緩い縛りの『六行詩』でテキトーに話すことが多いのですが、最近は自由律でも表現するようになってきました。


 こうなるとほぼ通常の口語と変わりありません。私の前では型にはまった風でもないときもしばしばです。


 ただ、感情が高ぶると暴走します。言葉が脈絡なく出て来たり、言葉がこんがらがった糸のようになってしまったり、逆にやたらルールにこだわったりもするのです。そうなると面倒臭い」


 俺とメルがそんな話をしていると、不意に仕立て部屋にララさんが訪れた。


「おー、なに話してるの?


 メルっち、杖の直しありがとなー。これ、もう持って行って大丈夫?」


 レルリラさんがなんかお姫様だった、というのがメルとの会話内容で一番のビッグニュースだったが、軽率に言っていい事か計りかねたので、俺は曖昧に濁した。


「ララさんも戦った道化のレルリラさん。


 彼女ってヨチカ王国の出身とか、そういう話で……」


「なんだ。同郷だったのかぁ。


 でも今、ヨチカ王国なんてないから、正確ではないな」


 そういえば、レルリラさんとララさんは同じ濃灰の髪色に青い瞳と似た特徴を持っている。すらっとしたモデル体型という点も同じと言えばそうだ。


「あ、ララさんの言ってた『島』って、世界八分一地図の真ん中の島だったんですね。んん、島というには結構大きくないですか」


「いや、私は本島の隣の長細い方。同じ国……だったんだけどね。


 王様が殺されちゃってからタカ派とハト派で分裂しちゃってさ。


 本島の方がハト派の『ゼルピオ民衆国』で、タカ派が隣島のヨチカ傭兵団……正式名称『王党派軍閥政権"王血を帯びたる御方が帰り来るを待ちいて、悪辣なる波から領土を護りし堤"』を占拠しているわけさ」


 なんかクッソ長くて具体的な組織名だな……。そりゃ通称で呼ばれるわ。


「軍閥なのに、なんで『傭兵団』と通称されているんです?」


「そりゃ軍事政権だから、一番の輸出品は軍隊なんだよ。


 島もあまり作農に適してないから屯田兵だけで事足りちゃうし、それだけじゃ足りないから食料も輸入している。傭兵稼業で外貨を稼いでなんとか国体を維持してるってわけ」


 国家の歳入に傭兵収入が重要とか、とんでもなく自転車操業では?


「よく分からん状況になってるんですね」


「まぁ、クィーセの故郷のラートハイトに位置的に近いし、結構荒れてるのさ」


「それにしても、ララさんとレルリラさんが同郷とは驚きましたね。


 島の人たちって皆そういう髪色なんですか?」


「いーや。別にそんなことないぞ?


 お袋も弟もおやっさんも黒髪だからなぁ」


 …………ん? どーゆーことだそれ? 俺のそんな表情を察したのか、ララさんは補足した。


「ああ、おやっさんは私からは義父にあたるね。お袋が昔、夫と死別したらしくってさー、私は前夫の子ってわけ。


 分け隔てなく育ててくれたおやっさんには感謝が尽きないね」


 そのとき、俺になんか電流のような直感が働いた。


「ララさん……ヨチカ王国の王様って見たことあります?」


「20年くらい前に暗殺されているんだぞ。私は直接見てはいないと思う……あ、肖像画は見たことがあるな」


「ヨチカ王の肖像画、髪色と瞳の色は?」


「髪は灰色で、青い瞳だったかなー? よく憶えてない」


 俺、そして横で黙って話を聞いていたメルは、ノーテンキなララさんを見て頭を痛めた。俺たち二人とも眉間を抑える。


 ちょ待てよ。まさかとは、まさかとは思うが……。


「ララさん。自分が『ヨチカ王の御落胤』とか思ったことはないですか?」


「んなわけないじゃん。だってうちの実家、庶民だぞ」


 ……だからこそ『御落胤』なのでは、と突っ込みたいのを我慢する。


「ララさんって、凄い魔法の鋭才じゃないですか。


 ヨチカ王って、もしかして魔法に優れていたとかありませんか」


「あー、聞いたことあるわそれ。お袋が言ってた」


 ……オイオイオイ、御落胤だわ、この人。俺はメルにそっと囁いた。


「……メル、人脈使って裏取りとかできる?」


 こーいう時にニンジャのような調査スキル、情報網を持っているメイドがいるのはありがたい。インターネットの検索エンジンより時間はかかるが、便利だ。


「やれ、と命じて頂ければすぐにでも。


 どうぞ、任ずると承認を」


「そっか、じゃあなるべく早くでやれ」


「心得ました。少しおいとまを頂きます。


 実家に戻り、指令を出して参ります」


 メルは即座に行動開始し、部屋には俺とララさんが残された。


 ……まぁ、ララさんの悠然たる態度は王者の風格かもしれない。でも、俺の勘違いかもしれないしな。単なる偶然かもしれないしな。


 …………あ、レルリラさんがキスしてきたことについて、メルに尋ね忘れた。

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