2-35.難局は続く
道化師レルリラは器用に後ろへ後退する。球乗りしながらあんな早く動けるとかマジですごいなと感心した。
しかし、すぐに追わなかったことは明らかに失態だった。相手の武器は短弓。つまり間合いの不利を俺は背負ってしまった。
肩、腿、鼻先、股間への4連続の早射り。……股間はやめて。世の女性全てに言いたいけど、割とガチでシャレにならん。
幸いにして当たった位置は膀胱の辺りだ。痛いし衝撃もあったけど大丈夫。……問題なのは鼻先に中った一撃。割とこれ、威力ある。
クラクラ来たが、そこで射撃は止まった。相手を見ると余裕綽々でなにやら芸を始めている。……挑発というより、観客へのアピール。
さすがにカチンと来て俺は『早駆け』で急速接近する。……しかし、的確に射られた矢は、俺を立ち止まらせた。
……あ、やっべえ。今ので分かっちゃった。『近付けさせない戦い方』だけじゃない。『魔法を使おうとしたときに、精神集中の妨害』も出来るヤツだこれ。
道化師レルリラが、芸をして観客にアピールする理由は『何もできない相手をいたぶるショー』に観客が飽きないようにするためのものだ。
やばい、このまま俺が何もできないと塩試合になってしまう。ある程度反撃できなくちゃお客さんだってツマラナイはずだ。
…………やってやんよ。俺は『地鞘の剣』をこっそり出して、地面を抉りながら土を相手目掛けて飛ばす。普通ここまで距離が開いていたら届かないか威力が足りないところだが、幸いにして剣の特殊能力は強い。
だがレルリラは球の上で跳ねてそれを回避する。全身バネかよと思えるほどの垂直跳躍。高くに飛び上がったレルリラに俺は更に『炎槍』で追撃する。
相手はそれを『風の拳』で相殺。俺は『早駆け』で距離を一気に詰める。
そのとき、レルリラは球乗りの球を横に蹴っ飛ばし、『風の扇』を使って空に舞った。……空中で逆さになりながら、弓を引く。
俺が一撃を食らって立ち止まると、彼女は悠々と再び、球の上に着地した。
……球を転がす先と落下位置を計算済み?! ちょっと芸達者過ぎないですかレルリラさん。いくら何でも……勝てる気しなくなってきちゃった。
しかし諦めるわけにもいかない。……ひとつ、勝機はある。
今のところ、相手の攻撃方法は短弓による射撃のみだ。芸達者でいろいろな動きが出切るとはいえ、ショーファイター。遠距離魔法攻撃も使ってくる。
…………珍しい。俺が『賭け』をする気になっている。何でこんなに気が昂っているんだろう。
……声援、群衆の注目、そして何よりフィエ、ララさん、アーシェ、クィーセ、ククノ、メルだって俺を見ているのだ。アルメピテ奥様やハーレン様も来てくれているし、まだ会ったばかりのメーラケまで何故か応援に来てくれている。アイツいい奴だな。
<恐れることはない><やっちまおうぜ>
何かよく分かんないけど、自信が湧いてきた。
道化師レルリラは、なおも果敢に攻める俺を弓で射たり、あるいは『風の拳』などで牽制したが、さすがにもう試合を決めた方がいいと判断したようだ。
ぶっちゃけ、これ以上長引かせてしまったら塩試合だ。彼女の選手としての評価にも関わってしまうだろう。
威力のある『水弾』を放ってくる。俺はそれに合わせて、ララさんから『試合が見えなくなる魔法はダメ』と禁止されていた『魔法の霧』を、あえて使う。
一見すればこれは、魔法を他の魔法で打ち消す『相殺行動』に見える。だが強力な魔法は、俺程度の『魔法の霧』では相殺しきれない。
俺は、月の力のうちの一つ『満月の魔法』を初めて使う。これの効果は『魔法の反射』だ。ララさんやアーシェが怖がった『人間に分かっている魔法の理屈では説明のつかない現象』。
俺自身が展開した『魔法の霧』が丸く抉れる。球状のバリア。そこにレルリラが放った『水弾』が当たり、そのまま跳ね返る。
『満月の魔法』を解除。跳ね返した水球の後を『早駆け』で追う。
行く先は、試合相手、道化師、レルリラのいる場所。
不意を突かれた相手に、水球が着弾する。レルリラがよろけてバランスを崩したところに、霧から飛び出した俺はそのまま大きく跳ねて飛びついた。タックル。
地面に落ちる前にレルリラの後頭部を手で保護する。さすがに当たり所が悪かったら申し訳ない。
衝撃。……ちょっと柔らかい感触。<試合中とはいえ、やったな!>……邪心さん、こんな時に出てこないでください。
……レルリラは水球の衝撃と、俺のタックルの衝撃の合わせ技で、気絶していた。
俺は抑え込んで制圧する必要はないと判断して、彼女を抱え上げて立ち上がり、救護班を呼んだ。頭は打たないようにしたけれど、なにか打ちどころが悪くて障害とか残っちゃったらよくない。
俺自身も『癒しの帯』を展開する。ちなみに発動方法は『両手を一度普通に組んで離して、指をズラして組む』だ。アーシェと同じやり方、教科書通りのオーソドックススタイル。
審判もKO、もしくはTKOを認めてくれたようだ。試合終了の鐘が鳴る。
俺の腕の中で、道化師は目覚めた。こちらをキョトンと見て、自分が負けたことを悟ったようだ。
「大丈夫ですか。今、救護の人来ますから」
「…………あ」
道化師は、何も言えないままだ。やはりショックだったのか。……いや、しかし、えーと……なんかもじもじしてて可愛いな。
レルリラさんは、頬に描かれた雫のマークを拭った。……『涙』を表すメイク。そう言えば道化師って、なんで『涙のマーク』を頬に? 笑顔の象徴みたいなキャラクターのはずなのに。
救護班が駆け寄ってくる。レルリラさんはもう一度、俺と目を合わせた。
そしてレルリラさんは俺の頭に腕を巻き付け、深くキスをした。
しばらくしてレルリラさんは顔を離し、こちらを、俺の目だけをひたすらに熱っぽい視線で見つめてくる。結局、救護班に引き渡すまで、そして引き渡してからもこちらに視線を向け、ずっとそうしていた。
難敵との試合という一難が去って、また一難きてしまったようだ。ぶっちゃけ有り得んだろ。
試合後、リングアナがなんか『死ね、マジ死ね、女たらし』と煽りのアナウンスを入れて来たり、観客がそれに同調の声をあげてきたり、婚約指輪をあげたばかりのフィエからさえ『やっぱコバタってそうなん?』というジト目で見られたり、アルメピテ奥様やハーレン様からもワイセツ物を見るような目で見られた。
俺の称号はしばらく『色狂いの迷い人』から動きそうにもない。悪名は無名に勝ると言う。だが俺は試合に勝って、この悪名を負かしたかったのだ。
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