2-34.試合前、道化師の情報、リングアナウンス
俺はケペーさんとの試合を終え、休憩に入った。
試合進行の具合にもよるが、第13戦目のオオトリで、道化師のレルリラさんと戦わなくてはならない。
魔法をそれなりに使ったが、まだ『魔法疲れ』の兆候はない。……とはいえ、ゲームのようにMPが数字で見えるわけでもないのだから、十分に休みを取っておくしかない。
フィエからは控室に来てからも沢山の感謝のキスをされた。アーシェに『後にしなさい、コバタが休めないでしょ』と注意され、今は自分の指に付けた婚約指輪を嬉しそうに見つめている。
アーシェは『癒しの帯』で俺の治療をしながら、アドバイスをくれた。
「コバタ、返答はいりません。目を閉じ、充分休みながら聞きなさい。
次戦の相手、道化師のレルリラはいくつものファイトスタイルを持っています。闘技フリークの集団に聞き込みをして得た情報です。
今回、コバタに対して使われる戦法は『弓レル』と言われるスタイルのようです。これは格下相手へ使われる戦闘スタイル。
要するに余裕を見せて、その強さをアピールするスタイルです」
格下相手の戦法か、妥当ではある。……なるほどなぁ、やっぱりショーファイターって飽きられないように工夫するんだなぁ。
「格下相手の戦法。……だからと言って弱いわけでもないと聞きます。
球乗りをしながら、刺さらぬ矢じりの短弓を射るそうです。移動力は削がれますが、その試合運びのうまさによって客を魅了するそうです。
サーカスが主体であるということのアピールもあるのでしょう」
……球乗り曲芸しながら戦うのかよ。舐めプもいいとこだが、わざわざやるってことはそれだけ自信があるということだろう。
「相手の使う魔法について、再確認しますね。
前に伝えた内容は『炎槍』『風の拳』『風の扇』『早駆け』『癒しの帯』ですが闘技フリークからの聞き込みで新たな情報が判明しました。
『水弾』と『炸破』も彼女は使える。最低でも『法掌七ツ』以上ですね。
『水弾』は腕で抱えられる程度の大きさの水塊を飛ばす魔法です。衝撃がかなり強いです。必ず『相殺』するか回避するように。
多分、試合ですからあまり本気で撃ってはこないでしょうが、彼女の熟練度から見て相当な威力を持ちます。本来ならこれで勝負が決まりかねない。
次に『炸破』ですが、かなり希少な魔法です。魔法使いの近場に『高熱を帯び、破裂する』小さな光球を発生させます。……あ、ちなみに火魔法です。
見た目はかなり地味なので試合では使わないでしょうが、強敵相手に使用した例があり、闘技フリークが憶えていました。
この魔法はかなりタチが悪いです。別名『鍵開け』とも呼ばれます。鍵穴に入って破裂させると、大きな変化や音も出さずに鍵が開いてしまう。
……それを人間に対して使えば、かなり強力な行動妨害になります。痛みを与えるも良し、重要器官を狙ってビビらせるも良しです。
当然、被害は大規模魔法に及ばない。ですが、目視でパッと察知できない程度に小さく、魔力流動も見え辛い。だから逆に怖い。つまりは地味で、強い。
以上です。健闘を祈るとともに、派手な試合を期待していますよ」
厄介な相手だとはよく分かっている。『癒しの帯』は戦闘継続能力に関わってくる癒しの力だし、ララさん相手に使った魔法の熟練度も高かった。
しかも、まだ奥の手を持っているとか……闘技ショーの花形っていうのは伊達じゃないんだなぁ。
俺は充分に回復し、試合の時を迎えることが出来た。
≪名残り惜しいことですが……本日、最後のカードとなります。
続きましての試合はァ……挑戦者として再び登場致しました!!
先ほど"暴虐の"ケルペロウス選手相手に見事勝利を収めた実力者ッ!!
加えて勝利を捧げた婚約者に対し、指輪の贈った女ッたらしッッッ!!!!
"色狂いの迷い人"ッ!! コォォォォォ!! バァタァァアァァァァ!≫
……オイ、リングアナ。もうちょっと、良い感じのアナウンスしやがれ。初戦の時は普通に"迷い人"って二つ名で呼んでくれたじゃねーか。何で悪化してんだ。
≪対しましては……今宵の道化は球乗り遊びで敵を射るッ!!
先の試合で"暴虐の"ケルペロウス選手を下したコバタ選手に対し大胆不敵ッ!!
しかしッ!! この戦い方でも強いという異能の持ち主ッッ!!
"変幻自在の道化"ッ!! レェェェェェエル!!! リィィラァァァァッ!!≫
前情報通り、レルリラさんは球乗りをしながら試合場に入ってくる。
……ん? 衣装がちょっと変わってる。道化帽子の先についているのは太陽と星のモチーフだ。手に持っているのは短弓……つまりは月がモチーフか。
太陽、星、月……そしてあの球は大地を表すってことか。なるほどなぁ。衣装っていろいろ工夫してるんだなぁ。
そんな風に感心しながら、ルール説明を聞いているとレルリラさんはこちらを少し見下ろしながら、ふっと微笑んですぐに消した。
……? 余裕の笑みをしようとでもしたのだろうか。まぁハンデ戦みたいなもんだしなぁ。でも自重した感じか。
身長的には彼女の方が低いのだが、こんなときまで球から降りようとしないとは見上げた芸人根性を持っている。
「今宵は新月、狩月も終わりの真っ暗闇。
なれど我が手に弓張る形の月がひとつ。
これを大きく満ちさせ射抜くは心の臓。
相手は潭月、直ぐ床に伏せての枕食み。
されどその目に映る轍の不埒は明かず。
けれど知られぬ歪の思慕は叶わぬ懸想」
ぬぅ、よく分からん。韻を踏んでいるっぽいが、俺は『なんかよく分からん力』で翻訳されて聞いているからか……ぶっちゃけ意味わからん。
クソ、俺からも啖呵切らなきゃいかんのに……相手の言ってること分からん。こっちから先に言っちゃえばよかった!
『射抜くは心の臓』……まぁ倒すって意味か。『床に伏せて』ってことはボッコボコにされて治療されるということか。……まぁ、そういうことだな多分。
えーと、『枕食み』ってうつ伏せに寝てろってことでいいのか? 枕でも食ってろって意味ではさすがに無いよなぁ。
ええい、適当に分かったフリして答えてしまえ! ……都合良く客席は既に大盛り上がりで声援が凄い。多分俺の啖呵は客席までよく聞こえないはずだ!
「なるほど!! お前はそう言うのか道化師ッッ!!!
だが、先を丸めた矢尻で何が射抜けるというのかッッ!!!
俺を寝床に伏せさせるだと?! 俺が勝ってお前を床に伏せさせてやらぁ!!」
俺の啖呵に対し、何故か道化師は動揺を見せた。……どした? 割と無表情キャラの癖になんでいきなり動揺した?
≪最終試合……開始ッ!!≫
試合は始まってしまった。ウダウダと考えている暇はない。
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