2-33.勝利を捧げる戦い、贈り物が花を添える
翌日、俺はまずケペーさん、そして団長に会いに行った。
二人を呼び集め、俺は今日の試合について話した。
「手加減無用でお願いします。そうせねばならない理由があります」
団長は困ったなぁと言う顔で、ケペーさんはおろおろしている。
「コバタ様、それはどういった理由でしょうか。
こちらとしましても、既にソーセス様とのお話あってこの試合を組ませて頂いております。それを反古とすることは……とても難しいことです」
「俺は、試合後に婚約者のフィエに贈り物を渡す予定があります。
さすがに、偽って得た勝利のあとにそんなことはできません。
逆にそちらへのご提案として、この『俺が婚約者に贈り物を渡す』ことを盛り上げの材料に使って貰って構いません。
試合前からそれを材料に使って頂いても構いませんし、俺が勝って試合が終わった後からでも。……どうかお引き受け頂けませんか」
「コバタさん、オラは構わねぇだ。
……でもよぅ、本気でやれって言われたらオラだって手抜きは出来ねぇ。オラはどうにも不器用でよ。試合の具合を見て力加減を変えるなんて、できねぇだよ。
だから勝つときはいつも本気で、逆に負ける時はしっかりと負ける気持ちで舞台に上がるだよ。
……勝つ自信は、あるだな?」
「勝つ気がなければこんな提案はしません。
啖呵の時間にはまだ早いですが言っておきます。俺は、勝ちますよ」
ケペーさんは人情家との情報をララさんから得ている。こちらが強く意思を見せれば、損得抜きでの行動をしてくれる……という賭けだ。
まぁ、現実的に考えればソーセス様の意図を優先するだろう。社会的地位が高くて権力というパワーがあるんだから。俺に同調しても得はない。
しかし、意外なことにあっさり通った。団長も同意したのだ。
「……気が乗らない状態のコバタ様を舞台上にあげるわけにもいきますまい。結局試合というものも我らの家業と同じ水物です。
なにより、盛り上げる材料があると言うならそれを受けましょう。
まぁ、もしコバタ様が負けるようであるなら、最初にソーセス様にお話を頂いた時点でお断りしておけば良かったと思うだけのことです」
漢気というかなんというか、あっさりしたものだ。しかし、こう言う人柄でなければ一座をまとめるという事は難しいのかも知れない。実際、俺もこの言葉を聞いて『やらなくては』という気持ちにさせられた。
俺の出番は2戦目と13戦目だ。それぞれケペーさんとレルリラさんと戦うことになる。試合間によく休息して『魔法疲れ』を癒すこととなる。サーカスお抱えの治療班に加え、フィエとアーシェからも『癒しの帯』を使って貰えるのだから恵まれた体制と言える。
「コバタ、私は大ケガであろうと治すだけの力量はあります。
ララトゥから必勝の命を受けているというのなら、全力で行きなさい。中途半端な試合では観客としても反応に困ることになります。派手にやってやりなさい」
アーシェは余裕の笑みを見せて俺を元気付けてくれた。フィエもそれに倣うように微笑みながら言う。
「わたしが見てきた戦うコバタはいつでも格好良かったよ。
……だから、今日はもっといい所見せてくれるって期待している。これは試合だからわたしは横にはいてあげられない。でも、ずっと見てる。だから安心して戦って来てね」
すでに第一戦目は始まっている。試合は前座と言っていい組み合わせで、やや締まらないと言うか微妙な試合展開だ。お互いに決定打に欠けていて、少ないながらも客からヤジ飛んでいる。
試合の終わり方によっては、ちょっと場が冷えた状態から開始しなければならない。……いやぁぁぁ、俺が頑張らんとヒエッヒエになるかもだ。
そして、微妙なラッキーヒットで微妙な空気のまま第一試合が終わった。
≪……続きましての試合、序盤のビッグカードとなります!
異界からの来訪者! シャールト王国のメリンソルボグズに突如として現れた謎の男! 数々の浮名を流し、このウイアーン帝国へと訪れました!!
実力者か?! それともただの女たらしか?!
"迷い人"ッ!! コォォォォォォバァタァァアアァァァァ!≫
微妙に扱いが気になる選手紹介ではであったが、そんなことを気にしている余裕などない。そもそも人が沢山いるところなど苦手なのだから。
しかし、意外と心中は落ち着いていた。非現実感が高い状況のためか、それとも前にララさんが飛び入り試合とか言う派手な演出で負けているからだろうか。
俺は選手入り口からゆったりと歩き出て、軽く観客席を見渡す。好奇の視線。でもまぁこれって割と慣れた視線だよな。……意外と否定的なヤジのようなものは聞こえてはこない。じゃあ平気じゃん。
闘技が行なわれる円形の舞台。石ころなどは良く取り除かれているが普通の地面で、観客席がぐるっとそれを取り囲んでいる。舞台中央まで歩いて、心音がやや高鳴っているのに気付き、大きく息を吐く。アガってしまう前に息をしっかりできるようにしておく。呼吸は大事。
≪それに対するは! 我らが誇る暴虐の王! その頭頂に冠はなくとも最早その威風こそが闘技王たる証です!
昨日の一勝で勢いに乗り、またその雄姿を見せ付け続けてくれるのか?!
"暴虐の"ォッ!! ケェェェェェェェエルッッ!! ペロウスッ!!!≫
俺と逆側の入場口からケペーさんは入場してきた。派手な衣装にメイク、そして威風を帯びた大きな身体。……まぁ、あの体格だけでも普通に強いよな。
どうやらやる気十分のようだ。観客席へのアピールの仕方が形だけでない。力を誇示するポーズにアクション。そして悠々と俺の前まで来て、睨みつけてくる。
「生意気な小僧め! 我こそは"暴虐の"ケルペロウスッ!!
貴様は、このウイアーンにて地に這い、我が威のもとに平伏すのだッ!!
無謀な挑戦者よ! 我を畏れ、この暴虐に成す術もなく散るがよいッ!!」
威圧としては上等だと思う。実際、内容はともかく声がビリビリと空気を震わせていてそれだけで効果を感じる。……さすがプロだなぁ。
俺は、楽しくなってきて笑った。これから『俺がこいつに派手に勝つ』、それだけでいいんだから。シンプルで分かりやすい。やれること全部やってやる。
「ならばッ!! その暴虐の冠を叩き落とすのが俺の役目だッ!!
愛する人を守るために、俺は戦い勝たねばならないッ!!!
大きな力の前に、屈する者ばかりとは思わぬことだッ!!!」
審判よりルールの最終確認をされ、初期位置につく。魔法戦となるので審判は端っこまで下がる。そして、始まる。
≪試合ッ!! 開始ッ!!!≫
俺はゆったりとしたマント姿だ。やや屈んで『地鞘の剣』を出して握る。抜刀のフリをしてそれを表に出す。同時に『早駆け』を使用する。
マントをなびかせながら一気に距離を詰める。ケペーさんは応戦の構え、大きな両手剣を大きく上段に構え、タイミングを合わせて斬るつもりだ。刃は潰してあるようだが、あんなものまともに食らったら半分くらい死ぬ。
刃の届かない間合いで一度横にフェイントして、相手の剣の振りを誘う。振ってきた。やはり序盤は本気で当てに来るわけでもないようだ。<叩き折れ>
余裕をもって斬り上げた俺の剣は、ケペーさんの腕を大きく弾き上げると共に、刃先を当てた相手の大剣を欠けさせた。ケペーさんの目が大きく見開かれ、信じられないことが起こったと理解するや、彼は笑った。
ケペーさんは弾き上げられた腕を、その手に握った欠けた大剣を再びこちらに叩きつけてくる。今度は当てる気だ。思いっきり後ろに跳ぶ。そのまま俺は『炎槍』を放って追撃を牽制する。相手は炎に巻かれたが、それに動揺せずに『散る霧』で相殺する。ケペーさんの身体から円球状にブワっと霧が現れ、素早く拡散していき消える。魔法相殺だけでなく、霧は一瞬俺の視界を潰した。
ケペーさんはその数秒ほどを使って『早駆け』で間合いまで詰めていた。折れた大剣ではなく、腰に帯びていた小剣を抜いている。巻き込むように力を溜めた腕を横薙ぎに。<避けられない、剣で受けろ>
ゴインッッと言う重く硬いもの同士がぶつかった音。霧が完全に拡散して晴れる。俺はケペーさんの剣を受け、数秒力比べのような鍔迫り合いをする。俺は相手の腹を蹴って離脱した。追撃防止に『風の拳』を使って間合いを取る。
やっと一息つける。観客席からの歓声がやっと聞こえる。よく考えたらそこまで舞台映えする試合展開とは言えない。多分騒いでいるのはケペーさんがやたら実戦的に戦いに来ている点だろう。ショーファイターとは思えない程度に、ガチガチに戦いに来ている。
俺の要望通り、真面目に戦ってくれている感じがする。相手が良い人で嬉しい。心置きなく倒せる。嫌な奴だったら俺の怒りや憎悪が試合中に出て、スッキリしない気分が残りそうだ。
俺はちょっと早いかもと思ったが、試合を決めることにした。相手が『早駆け』で間合いを詰めて来るからこっちも素早く『早駆け』でぶつかりに行く。
俺はまだ間合いが広いうちに『早駆け』の勢いそのまま低く長く跳躍する。数秒の滞空、その間に魔法準備をする。俺とケペーさんの剣がぶつかる一瞬前、『風の拳』が発動する。相手を斬り付けてしまわないように剣の横腹を当てて、風の勢いの方向に強く押し出す。
ケペーさんが宙に浮き、大きく吹っ飛ばされる。俺の魔法の習熟ではあの巨体に対して本来有り得ない現象だが『風の拳』がいいカムフラージュになってくれそうだ。5Mほど宙を飛んだ後にケペーさんは受け身を取り、更に10Mほどゴロゴロと転がる。
ケペーさんは転がりの勢いが落ちたところでバッと勢いよく立ち上がったが、その姿はもうボロボロだった。こちらを見てケペーさんはニヤリと笑い、そのまま糸が切れるように崩れ落ちた。
おそらく根性全開で戦えばケペーさんはまだ動けるだろう。しかし既に肉体は大きく消耗している。対して俺にはまだ大きな余力があった。圧倒的な不利を抱えており、勝負はもう付いている。
ここから頑張ったところで見苦しく一方的な試合にしかならないだろう。つまり、ケペーさんは演出上でいい感じに終わる段階で負けを認めてくれたという事だ。ともあれ、俺の勝ちだ。
≪3! 2! 1! ……暴虐のケルペロウス、行動不能です!
勝者ッ! ッコバタ選手ですッッ!!!≫
この試合はスリーカウント制だ。魔法を使う関係上、命の危険が大きく長いカウントを取ることが出来ない。ケペーさんには救護班が、そして俺にはフィエ、ララさん、アーシェが駆け寄る。
「コバタ! やった、やった、勝ったね! ケガ無くて良かった……!」
フィエは俺の胸に勢いよく飛び込んでくる。まだ硬い鎧を着てるんだが大丈夫か、と一瞬思ったが特に問題ないようなのでそのまま抱き締めた。
歓声。……微妙に罵声も混じっている気がするが、まぁ人気選手を倒したんだからそういうのは当然あるだろう。ララさんがニヤニヤしながら言う。
「美女3人が勝利に駆け付けたことが一部から反感を買ったようだぞ」
……まぁ、それはそう。それはそうだよね。
「雑音は気にしないことです。声援に応える役目もあるでしょうが手短に。魔法の回復や体の治療のために控室に退きましょう」
アーシェがそう促すが、こちらとしては一つやっておかなければならないことがある。フィエへの指輪を渡すことが必要だ。ようやく渡せる。
ちなみに、フィエには婚約指輪のことはまだ伝えていない。サプライズだ。
「フィエ、渡したいものがある。婚約の証としての、指輪だ。
職人さんにお願いして作って貰った。今日のファイトマネーで支払う」
フィエは、驚いて一瞬停止して、それから慌てたように言葉を継いだ。
「え……うぇ?
え、え、え、え、え?
コバタからの、婚約の証……?
………うぇ、うぇぇぇ、うぇええええ」
フィエが感極まって泣き始めた。……喜んでくれたようで嬉しい。俺の前では涙を見せないとかいう目標は、嬉し涙は除外のようだ
でも……どうしよ、どのタイミングで指輪付けてあげればいいんだろ。フィエの顔、涙でベッチャベチャだぞ。
アーシェがフィエを諭すように言う。
「……フィエエルタ、嬉しいのは分かりますが、コバタが困っています。
劇やお芝居だって、こういう場面でいつまでもそうしてはいないでしょう?
あなたは、それに対して相手がやりやすいよう応えなくてはならない」
ララさんはハンカチを用意し、フィエの背中をポンポン叩く。
「そーだぞ。こんな場面で、目立つように貰えるのお前だけなんだから。
ほれ、涙止めろ。涙腺を頑張って締める。鼻水も出すな。
……よし、拭けたぞ。まだちょっと漏れてるけど」
なんとか、ちょっとだけ整えた状態になったフィエを見る。
劇場のアナウンスも、観客の声援も、今はほとんど聞こえない。……今、俺の耳はフィエの声だけ聞く状態になっているからな。
「フィエ。いつも苦労かけてごめんな。
もっと俺、うまく出来ればいいんだけど。
今はこれくらいしか」
フィエの指。それを伝う銀の輪。あつらえは良し。ちょうど嵌まった。
フィエはそれを嵌めた手と、俺の顔を交互に見ながら、笑った。
「……うん。これからも苦労多いんじゃないかって気がしてる。
でも、こうしてくれることが、とっても嬉しいの。
…………んん。くそぅ止まれ涙め。…………ヨシ。
これは、コバタがここにいるから、いてくれるから。
そうじゃなければきっと、なかったはずの幸せだから。
ありがと……ありがとうね。
どんなことがあっても、これからも一緒にいようね」
【ブックマーク・評価・感想など頂けると助かります】