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2-29.興行の事前打ち合わせ

 次の日、馬車にて帝都のサーカス会場に向かった。


 昼からお伺いするのは俺とフィエ、ララさんとアーシェだ。残りは興行開始前の入場時間に合わせて到着する予定となる。


 フィエとアーシェは興行に興味津々だし、ララさんもなんか楽しそうだと思ったのかついてきた。クィーセとククノは今日も帝都を調査してからの合流だ。ちなみに興行が始まってからはメルにも世話に来るように言ってある。


 だいぶ遠くからも見える超絶デカ天幕。あんなものを作れるだけの技術力をこの世界が持っているという事に俺は驚いた。


 天幕は風雨の影響を防ぐため、そして宣伝の意味合いも持つのであろう。しかしあんな巨大なものを見せられると、俺も緊張というより興奮してくる。




 出迎えてくれたサーカス団の団長は、背が低く口ひげを生やしたオッサンだった。デカ帽子を被っており、それを外して挨拶をする。見事に磨き上げられたハゲ頭だった。……これは芸の一部だな。帽子を外すまでハゲとは思わなかった。しかもここまでテッカテカに磨かれているのは作為を感じる。


「これはこれは。ようこそいらっしゃいましたアーシェルティ様。


 そして迷い人のコバタ様。その婚約者のフィエエルタ様。そしてコバタ様の恋人のライラトゥリア様ですな。


 いやはや、お美しい方ばかりで目が回りそうでございます」


 そう言ってくるりとターンして団長は地面に倒れた。……この人も演者の一人だったんだろうな、もしかしてまだ現役なのかもしれない。


 何事もなかったように団長はすぐに立ち上がると、座れる席まで案内してくれた。そして打ち合わせが始まった。


「わたくし共も流行というものに敏感でしてな。


 話題となっている方をお招きできるというのは大変に助かるのです。


 あまりこちらは知られていないことなのですが、コバタ様は山賊討伐に一役買ったとの情報を得ましてな。どうにかツテを得たいと手を尽くしました」


 ……そんなことまで知っているのか。俺は少し動揺した。情報通ってレベルじゃなくないか。詳しすぎる。他の面子からしてもそうだったらしく、驚きの顔だ。ララさんが団長に応えて言う。


「なるほどなぁ。何でいきなりコバタくんご指名なのか分からなかったけど、そんなとこまで情報得てるとか、普通じゃないね。


 誰から聞いたの、教えて頂戴な」


「メリンソルボグズにも知り合いというものはおりまして、そこからです。


 山賊討伐の報は周知されるもの。そしてそれに誰が関わったかというのは少し調べれば分かるものです」


「にしても早いし、ちょっとピンポイント過ぎない?」


 ララさんは笑顔だが、内心に疑念を持っているのは明らかだった。


「わたくし共は商人とも関係深くてですな。


 興業の合間にちょぉぉっと宣伝をする代わりに、こう言った儲け話は貰っておるのです。まぁ、その筋からのお話ですな。


 いやぁ、ちょっと花形演者が持っていたモノ、舞台上で食べてみたモノがわんさか売れるものですから、商人としてもこちらは重要なのですよ」


 あー、タレントとかがサクラするのやコマーシャルという事か。こっちの世界でもそういうのって効果あげてるんだなぁ。浮世絵とかも当時の大衆文化というか、あれも役者絵とかで広告的な意味合いとか持っていたんだろうし……。まぁ、詳しくは知らんけど。


 ララさんは半分くらい納得した感じだ。


「ふーん。じゃあコバタくんにも何か宣伝させるわけ?」


「それは『コバタ様自身』でしょうな。ソーセス様としても…………。


 ああ、ひとつお聞きしてよろしいですか。


 ざっくばらんでも構いませんかな?」


 サーカス団長は俺に視線を向けてくる。言いかけてやめた内容が気になったので、彼と目を合わせて肯定した。


「俺は構いませんよ」


「要は、失礼ながら素性不確かな『迷い人』では少し困るという事です。


 ある程度、確たる名声を持っていない相手を自らの館に留め置くと言うのは、失礼ながら胡散臭い相手と交流を持っていると思われるわけです」


 まぁ、世間的に俺はよく分からない存在だから、言ってることは納得できる。


「失礼も何もないですね。俺は妥当な評価だと思います。……でも、興行試合に出る……それで何とかなるものなのですか?


 いや、俺は迷い人だから、こちらのサーカスの影響力をよく知らないので、こちらこそ失礼な物言いになっているかもしれませんが……」


「ハハハ。失礼はないですからご安心を。


 こちらも人気という水物、それを売る商売です。胡散臭いとは言われ慣れております。ですが大衆とはそこまで気にしないものです。


 むしろ、お堅い政治商売のソーセス様やアーシェルティ様と、コバタ様の組み合わせは少し唐突で奇異です。


 こちらのサーカスでその間を埋める意味合いがあるのですな。要するに緩衝材で接着剤。ちょっと順序は前後しておりますがな」


 ふーむ。納得いくようないかないような微妙な感じではあるが、取り合えず理屈は付いた気がする。


「……それで、コバタの戦う相手とは?」


 アーシェが待ち切れぬように団長に問う。やはりコイツ、闘技ファンだ。


「ウチの花形と2戦、ご用意させて頂いています。


 失礼ながら、そのうち一戦だけはお勝ち頂くよう手配しております。最初に派手な見せ場を作って、あとは流れの中でコバタ様にお勝ち頂く」


 おぉーぅ。八百長かぁ。裏側だからいいけど、表には出しちゃいけない奴だ。アーシェがちょっとしょんぼりしている。ガチ派の人だったようだ。


「…………まぁ、2戦2敗ではコバタを出す意味がありませんものね……。


 そうですよね……うん……」


 しょんぼりアーシェとは逆に、フィエはそういった演出と割り切って全然大丈夫な派閥のようだ。


「じゃあコバタが派手に勝ってくれる感じで演出して貰えるんですか!


 もしかして決め台詞とか言う時間もらえたりします?!」


「勿論です。


 試合前には啖呵を切って頂く。加えて勝った後には勝者としての振る舞いを観客は欲するのです。何かリクエストがありましたら考慮させて頂きます」


 フィエは興奮気味であれやこれや考えているようだが、やるのは俺だ。俺からの意見も言っておかなくてはならない。


「……ええと、敗者に対してあまり厳しい振る舞いはしたくないです。


 わざと負けてくれた相手に大見得切るのはさすがに俺、いやです」


「でしたら、相手の健闘をたたえる形ではどうでしょう。


 謙虚ですなぁ、ですがそれがいいと言う方もまたいますのでご安心を」


「あっあっ!


 コバタ! そこでそのあの、勝ったコバタの元にわたしが駆けつけて『勝利を我が婚約者に捧げる』とか! そんな感じどう?! 良くない?!」


 フィエは興奮気味に舞台演出について提案してくる。……ちょっと派手すぎる気もしたが、最近フィエに報いれている部分がないから肯定する。


 そんな感じで、打ち合わせは進んでいった。




 しばらく打ち合わせをしていると、二人くらい近付いてくる気配がした。ララさんは勿論、熱狂しているフィエとアーシェも気付いたようだ。なんだかんだ常在戦場だな。


「おお、二人とも来たか。


 皆様、この二人が先ほどお話したウチの花形二人でございます。


 さ、ご挨拶を」


 団長が促すと、女道化が自己紹介を始めた。


「おやおや見知った顔に見知らぬ顔まで。


 これはこれはご機嫌よろしゅう皆様方。


 道化レルリラ、ここに参上つかまつる。


 はやばや走ったかと思えば跳び脚まで。


 あれやこれやの見栄よろしゅう派手姿。


 宵のサアカス、頬に笑顔を添えまする」


 つい最近聞いた声だ。何というか芝居がかりつつもワザと平坦にした喋り方。……前にお会いした道化さんって、ここの人だったのか。


 道化師レルリラは相変わらず道化衣装だ。舞台裏の姿ではない。この人戦うのかぁ……道化キャラは強キャラだよね。


 鼠色のミディアムボブ。透き通るような青の瞳。色白細身。赤黒鼠色を基調とした格子模様のや水玉模様で構成された道化服に二又の道化帽子。道化帽子は中に支えを仕込んでいるのか山羊の角かのように緩やかな曲線を描いて伸びる。その先端には金色の大鈴がシャンと鳴る。


 なるほど。衣装と髪の色合いから瞳の青色と鈴の金色が浮いていて強調されている。前は余裕がなかったからか気付かなかったな。


「ああ、皆様方ぁ。よろしくおねげえしますだ。オラはこちらでお世話になっとるケペーと申しますだ。あ、舞台上では『暴虐のケルペロウス』と呼ばれとります。


 いやはやなんとも、こっ恥ずかしい名前でごぜえまして……」


 こっちは訛りの抜けない田舎の素朴な兄ちゃんといった感じだ。人が良さそうで好感が持てる。深々と下げた頭はボサボサだ。


 立派な体格ではあるが、花形というのにはちょっと疑問が残るタイプだ。


 道化レルリラは素早く身軽タイプ。ケペーさんは結構体格が良い。この二人と戦うのか……。




 打ち合わせを終え、俺たちは控室を借りて用意した正装に着替えた。サーカス付きの衣装さんやメイクさんが着付けを手伝ってくれる。


 先ほどの話し合いで、俺が八百長で勝つ相手はケペーさんと知った。どうもそういう役回りらしい。


 俺を着つけてくれている衣装担当の男性に、ちょっと対戦相手について雑談してみた。


「ん~、レルちゃんはあの通り細っこいでしょう?


 だから見たままよ。見・た・ま・ま。速さで相手をかき回してぇ、いきなりグサって感じねぇ。勿論それだけじゃなくてぇ、ちゃんと見せ場のために色々やるわよぉ。


 でもあの娘の小憎たらっしいところがあってねぇ、戦うときの衣装は外注してるのよぉ? ウチの衣装係の使わないなんてぇ、もぅ! って感じよぅ」


 衣装さんはダンディな外見と、女性的に強調した言葉使いの中年男性だった。サーカスってのは裏方さんまでキャラ立ってんのか。


「それでね、ケペーくんはそこそこ早くてそこそこ力があるタイプ。でもちょっと、最初は目立たなかったのよねぇ。


 それで、衣装とメイクとキャラ付けを派手にしたの。そしたら大当たりよぅ。勝っても負けても大盛り上がりなの。傲慢不遜で派手なイケメンキャラよぅ。あの子ってメイク映えするの。


 勝てば強者キャラが好きなオトコノコとか女の子がキャーキャー言うし、負けると『イケメン死すべし』って思ってるオトコとか、イケメンが負けるのを見るのが好きな女の子が盛り上がるのよぉ」


 ……なんか微妙に歪んだ性癖の対象にされてそうだな。衣装さんもなんかたまにケペーさんに対して熱がこもった話し方をしている。


 触れてはいけない部分かも知れないが、俺は興味に負けて聞いてみた。


「もしかして衣装さんって、ケペーさんが負けると盛り上がるタイプですか」


 衣装さんは驚いたように目を見開き、俺を見た。


「あら、もしかして『あなたも』なの? 生涯の友を得ちゃったかも」


「得てないっす。俺は違います」


「またまた~。女だけじゃなくてオトコも行けるタイプ~?


 ケペーくんの負けっぷりを見るとね、股ぐらがいきり立つわよ保証する」


「俺は違います」


「も~、照れ屋さんで可愛い~」


「俺は違います」


 そんな風にお喋りしているうちに着付けは終わった。ふぅ、楽しく話せたな。

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