2-28.私の殻を使うと良いわ、コバタ
きっかけは、メルとのしょうもない話題からだった。
「メル。俺のいた世界ではご主人様と言うのは様々な強制をする。
例えば、今メルが指に挟んでいる絵の具入れサイズくらいの器具を、入れたままにさせる」
メルは鳥の卵を使った絵の具入れを、興味を持って眺めた。
「……使えます、これ、使えます。
これは殻が厚くて頑丈にできています。だからこうして入れ物に使われます。
ええと、空の容器は……いいですか、こうしても割れません」
メルは空の容器を両手で挟んで、思いっきり力を入れた。あの圧力は相当のはずだ。一応俺も借りてやってみるが、それでも手で割るのは難しい。一応思いっきり踏み付ければ割れる。
俺が踏み付けて割った殻をメルは羨ましげに眺め、そして手早く掃除した。
「こんな硬い殻で、ヒナは出てこれるのか?」
「卵を捕食させ、捕食者の体温で温め、捕食者の体内に留まりつつ少しづつ溶けて孵化すると言います。有用な殻ですので、その鳥は養殖され定期的に入手可能です」
「卵の表面は、少し柔らかくコーティングしたい。出来るか?」
「では、カルンドラムの皮を使いましょう。避妊用具などにも使われる素材です。弾性がありまして多少伸び縮みします。
体内でも問題ありません、多くの実例で証明されています」
「……加えて言うと、微振動出来れば最高なのだが」
「少し手段が限られます。何らかの小型動物や虫をいれるとか」
「それはちょっとNGだなぁ。そこは妥協するか」
そして、試作品は出来た。うん、ピンク〇〇〇〇ーだ、これ。
メルがおずおずと言う。
「わがままをお許しください。
できればその、この中にご主人様の体液を詰めたいのです」
メルの提案は中々に変態さが出ている。ただの卵の殻では面白くないと感じたのだろう。この工夫の発想は職人ならではといえる。
「イカレた趣味だな。しかし面白い。
じゃあ、俺から採取してみろ」
メルは丹念に俺から採取を行なった。そして口から垂らし、卵の殻に詰めた。ここから、奇跡は起こった。
栓をして密封した卵の殻は、なんと微振動を始めた。そしてあの音を発し始めた。ヴヴヴヴヴヴヴ……。
俺はこんなギャグみたいな展開あっていいのかと思った。現代のローター職人さんが朝早くから頑張って作成している技術の塊を、こんなギャグ展開で作ってしまったことに申し訳なさを感じた。
思えばローターなんて、小型モーターやらなんやらの、近代科学のアレコレを性的消費したアイテムだ。……そうだ、これの応用で電マも作れるな。
「……これは?! 一体どうなっているのでしょう。初めて見る反応です」
「メル、貸せ。服の上をはだけろ」
俺は取りあえずメルに使ってみることにした。……結果から言えば、非常に有効な振動だった。
俺に計2-30分、4-5か所ほどに使用されただけで、メルはなんかメイド服を含めてぐっしゃぐしゃになっている。ヤムチャ状態で倒れたままだ。
俺は冷酷なご主人様としてメルを放置し、フィエに使ってみようと部屋を飛び出したのだった。
フィエはアーシェと何やら話していた。最近はいろいろゴタ付いていたのでその相談をしているのかと思ったが、違った。
「コバタ、真面目な話があります。
……なんですかそれは」
アーシェがガチの真面目顔だった。俺は自分を恥じた。俺の手の中で振動を続ける物体が憎かった。
「すいません、ちょっと置いてきます。
ちょっと待っていてください」
俺は仕立て部屋に戻ってメルの後ろ側にその物体をぶち込んで戻ってきた。勝手に出さないよう厳命しておいた。
ホールの談話スペースに戻り、改めてアーシェの話を聞く。フィエは何か考え込んでいる表情だ。
「コバタ、もう話を聞く準備は出来ましたか?
……ソーセス様より、あなたに仕事の依頼が来ています。
それから、ウイアーンの大サーカスの招待状もね」
「仕事の依頼? サーカス?
……え、どういうこと。あの人の篭絡任務で終わりじゃないの?」
「ソーセス様に確認しましたが、そちらに関しての依頼はご存じないよう。
……あなたはその依頼を誰から聞きましたか?」
「……メルです。…………え」
サーッと、俺の背筋に寒気が走る。
「してやられましたね」
……あのメルカスゥッ! ウソだろあれって、ソーセス様からの依頼じゃなかったのかよ。
……今すぐお仕置きを追加しに行ってやりたいが、今はこちらが優先だ。
「……なるほど。じゃあソーセス様からの依頼って何なんです?」
重く考え込んでいたフィエが口を開いた。
「闘技場。そこで見世物としてコバタは数戦しろ、だってさ。
わたしにはちょっと意図が分からない依頼。何かに利用されている感がある」
「闘技場で戦う……俺がか?
そういうのってプロの人がやることじゃないの?
俺も鍛えてはいるけどさ『見ていて楽しい戦い』ってプロの人じゃないとできないことじゃないの?」
この世界における見世物や興行がどんなものかは知らないが、素人をいきなり放り込んで成立するとは思えない。ショーアップされた試合や、ガチガチに勝ちを争う試合にしても俺が入れる余地はないように思える。
俺のその疑問にはアーシェが答えてくれた。
「ウイアーンの闘技試合というものは様々な魅せ方がされています。
ひたすらに血みどろで死者も出る戦闘もあれば、技の美しさを見せることに主眼を置いたものもあります。ストーリー立てた即興劇の一部としてのもの、素人参加の大会のようなものまであります。
決してコバタが思うようなものには限られないのです。観客を飽きさせないように多彩です。そして都会で人が多いのですから需要も様々なのです」
アーシェの説明をフィエが受け継ぐ。
「さっきさ『大サーカスの招待状』って話あったじゃない?
コバタに依頼があったのは、そこがやってる興行の一部なの」
「……サーカスの人が戦うの?
えーと、俺の世界にはそういう絵物語あったけどさ、実際サーカスの人は戦ったりはしないでしょ? どういう理屈でそうなったの?」
アーシェが俺の疑問に答える。フィエは『教えたがり』とはいえ、やはり田舎の村娘だからこういった事情にはさほど明るくないようだ。
「まずですね、世の中のルールとして『街の近郊では魔法の使用は禁止されている』のです。生活の安心の為です。
例外として『医療』『防衛』『資格を持った兵士による治安維持』『許可を得て職業上の魔法を使用する職場』『宗教・学術施設の訓練所』『許可を得た特定の訓練所』などがあります。
その中の『許可を得て職業上の魔法を使用する職場』に闘技興行やサーカス興行が含まれるわけですね。
サーカス興行は人気はあるのですが……何というかその、世の常と言いますか、もっと稼ぐために事業の幅を広げたのですよ。
加えて言いますと、闘技場と同じスペースを利用してサーカス興行も行なわれていますから、闘技ファンから『なんであんなお遊びにスペースや時間を取られるんだ』という不満の声があったのにも対処した形です。
今ではサーカス興行の方にも闘技ファンの人間が来て、集客的にも成功しているようです。単にその『演者』のファンになったという形がほとんどですが、『選手』の調子を見にいくといった意味合いもあるようです。
普段は人々を芸で楽しませる『演者』が、闘技の時は『選手』となるということに面白みを感じる方も多いようです」
……理屈は分かった。とはいえサーカスの人、業務内容増えて可哀想……。成功収めているにしても、下っ端がハードワークしなきゃならん職場環境って良くないよね。良くない。
「サーカスの人、怪我とか過労とか大丈夫なの?」
「怪我に関してはサーカスで演じる時にも発生しますし、ここは帝都ウイアーンですから医療従事者の質と量がしっかりしています。リスク自体はありますが闘技場に医者が待機していますから、一般人より早急な治療が受けられます。
演者の負担に関しては、事業規模が大きくなってからはちゃんと人員を増やして対応しているようです。給金も大幅に増え、志望者も増えたとか。
何と言っても人気稼業です。風評は大事ですからね。ファンのついた演者に悪い労働環境を告発されでもしたらひどいことになりますし」
……良かった。安月給で過重労働させられる不幸な人間はいなかったんだ。一生懸命働けば見返りがある。この優しい世界に祝福を。
「……で、そんなところに俺がゲスト参加する理由って?」
フィエは遠い目をして窓の外を見つめている。アーシェが少し答え辛そうに言った。
「コバタは『色狂いの迷い人』という風評を持っています。ここウイアーンでも一部ではそう認識されています。
あ、勿論ですがただの『迷い人』というだけでも話題性として充分です。……要するにイロモノ枠として需要があると言うか、たまにやるイベント枠の出演者としては上等なんですね」
「……俺ってさ、こっちの情報網ナメてた。
なんでそんなのが、国を超えて話題になっちゃうの」
「平和だからです。
……いろいろな批判や小競り合いこそありますが、ウイアーン帝国、それとシャールト王国やヌァント王国、トゥエルト王国にしても国内は平和な状態なのです。残念なことにフォルクト王国はまだ荒れがちですが……。
あなたとフィエエルタがメリンソルボグズで広めた『婚約宣言』や、その後に私が出した『退職届』が……思ったより反響を呼んでしまったようなんです。
……あ! 一応言っておきますけど、誰でも知っているというわけではないですよ。飽くまで一部界隈の話です。ゴシップが好きな方限定です。ええ」
フィエは複雑そうな顔をしながらアーシェの話を聞いていたが、俺に向けて苦笑いをしてから口を開いた。
「コバタ、ここは良い方向に考えようよ。
『色狂い』じゃなくて『強くて格好いい』に風評を塗り替えられるように」
……確かに、そっちの方がフィエの婚約者として相応しい。俺は試合に出て勝とうと心を決めた。風評を改めてから、フィエに婚約指輪を渡そう。
「分かった。いい所見せられるよう頑張るよ。
試合はいつだ?」
「三日後だよ。打ち合わせは明日の興行前にしておくみたい。だから明日のお昼過ぎからの時間は空けておいてね。
わたし達に特別待遇の招待状貰ってるから、特等席で料理を食べながらサーカスと闘技試合の観戦できるんだよ。夕にご飯食べながら劇仕立ての楽しいサーカス見て、食後落ち着いた辺りで闘技試合かな。かなり豪華二本立てだよね。さっすがウイアーン帝都」
フィエはこういうの好きそうだもんな……。よく考えると、ソーセス様にお願いした『俺の周りの女性たちへの労い』が多分に含まれている。
フィエは劇や見世物が好き。ララさんは食べ物とお酒。……そしてアーシェはおそらく、闘技ファンだ。なんか界隈の事情に明るすぎるし、外面的な仮面で抑えてはいるもののオタク特有の熱を感じた。
「みんなで見に行く感じ?」
「私たち全員と、アルメ姉さまとハレン、それからこちらの御長男メーラケンスもですね」
「……どういう組み合わせ?
なんていうか、さっきフィエが言ってたように意図を掴みかねる」
「……政治的な効果を狙っているのでは、と。
まぁ、どうやらソーセス様は『コバタを自分が帝都に呼んで歓待している』という事を強調したい様子ですね。目立つ場所にまとめて連れ出す理由はそれでしょう。それがどの様に政治的な効果を出すかが見えないのですが」
……ソーセス様が奥さんの性的な不満に対処しようとしているというのは、どうやらアーシェにも分かっていないようだ。
やっぱり、これってただの仕事じゃないな。見方を変えれば『間男候補と奥様』『奥様の子供たち』『俺の恋人たち』を同席させるわけだから、結構イカれてる。……こっちの政治情勢って複雑怪奇すぎるわ。
その頃、仕立て部屋でメルは振動に耐えながら作業を行なっていた。
ハーレンは闘技観戦を楽しみにしつつも、何か複雑な心境だった。
アルメピテは、疼く身体を抑えつつ、明日着ていく衣装を考えていた。
長男メーラケンスは思った。親戚の堅物叔母さんがやっと男作ったのか。めでたいなぁ。でも何で自分まで呼ばれたんだろ、と。
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