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2-27.ピアシング

 あれはいったい何だったのか。


 俺はなぜ、あそこまで切羽詰まった気持ちになり、ああも強烈にメルスクさんに惹きつけられたのか。


 俺の中ではその問いにひとつの答えは出ていたが、それはなかなか口に出し辛いことだった。


 メルスクさんから打ち明けてきてくれないかと、今もこうして仕立て部屋に来て、彼女の作業の様子を眺めていた。


 しかし、こうしていることですら、メルスクさんを焦らしている嗜虐なのではないか。だってあのメイド服の下って絶対アレだもん。


 ……俺はリアルで人を傷付けるのは嫌いだ。だから逆に、読むエロ漫画の中では幾つかの嗜虐的な性癖も好んだ。リアルで出来ないことだから非現実感があってのめり込める。……俺のまだ抱えていたものは、メルスクさんによって全て発散できてしまいそうな気がする。


 メルスクさんはあの一回を除き、こちらにアプローチをかけて来はしなかった。つまり俺が耐え切れなくなるまで、待つつもりだ。


 取り合えず対話を試みる。黙っていても埒が明かない。


「メルスクさんは、依頼の件をどう考えていますか」


「衣装は一通り、作り終えるつもりです。


 待ちの間にはちょっとしたものをこうして作っています」


 違う。俺からメルスクさんへの依頼のことを聞いているんじゃない。……だが曖昧な言葉で話しかけたこちらが悪い。


 メルスクさんは職人さんコスは今はしていない。なのに仕立て部屋でしれっと作業をしている。あれは何かの遊びだったのだろうか。


 今は何か小物に色を付けているようだ。小さな卵の殻、ウズラの卵くらいのものを絵の具入れにしている。そこに筆を入れては模様付けを行なっている。


 話題の方向を修正する前に、そっちについて聞いてみることにする。


「模様付けって、そういう風に行なうんですね」


「全部ではありませんよ。これですと洗うと色落ちしやすいですし。


 ちゃんと絵具は落ちにくいものを使っているのですけれど、それでもやっぱり落ちてしまいます。ですから、細かく模様や色を付けたいものだけ、そして色落ちしにくい所だけです」


 メルスクさんはそう言って、筆でちょいちょいと模様を付けては、その具合を確認している。手早く精確。幾つもの品を仕上げていく。


「メルスクさんは、またあんな関係を望むんですか」


「……望むとか、ではなくて。そうでは、なくて。


 …………私をちゃんと、見て下さいませ」


 言いたいことは分かる。彼女はいちいち確認を取らないで強引な行動に出てほしいドMだ。彼女の口から『やめて』という言葉が出てきても続けてほしいドMだ。『メルスクさんを見て、どうすればいいか』なんて問うまでもない。既に答えはもう俺の中にある。


 ……俺の確認癖や、合意を取る癖は彼女にとっては最も合わない。


 俺は今、選択しなくてはならない。このクソドMを受け入れる覚悟をするか、超長期の放置プレイをするかの2択だ。


 …………。


 決めた。コイツは必要。こんなクソドMは他に渡してはいけない。こんなの本当に悪い奴に取られたら完膚なきまでに壊される。そんな勿体ないことにされてたまるか。


「じゃあメルスク。今、何をやっている?」


「工房から出来上がってきた耳飾りの彩色です。行動的な方が身に付ける場合、宝石などは紛失しやすいためその代替の色付けです。


 これはクィーセリア様から依頼を受けた分です」


「……耳飾り。


 メルスク、お前用の耳飾りも作れ。俺からお前に贈る。


 俺がデザインして、お前に付ける。


 メルスクの耳は綺麗だし、まだ何もつけてないんだな。


 穴開けは俺がやる。取り合えず一か所だ。そのうち他にも付ける」


 こちらを見たメルスクは、いつか見たような眼をしていた。初期のアーシェを思い出させる。暗い欲望で淀んだ眼。歓びの眼。


「蒸留した強い酒、穴開けに使う針を用意しろ。すぐにやる。


 針は熱湯でも消毒するか。それもだ。用意しろ。


 初めてやることだから、きっと跡が汚くなる。それでいいな」


「うれしい、お待ちしていました」


 俺がご主人様となるなら、このイカレたドM相手にビビってはならない。




(省略)


(メルスクの右耳全体を消毒、針は煮沸消毒)


(コバタはメルスクの右耳の上側に付けることにする


 メルスクには、普段は隠すようにと言う)


(メルスクを貫いていく鋭く太い針)


(喜びに震えるメルスク)


(ピアス穴を保持しておくための針を入れて作業完了)




「終わった。ピアスはシンプルで地味にデザインする。


 メルスクが派手なのはダメ。俺の趣味じゃない。


 目立たせるのはダメだ。俺にだけ見せるように、いいな」


「わかりました」


「メルスクはいつでも俺について来られるか」


「はい、いつでもです」


「じゃあ、これからメルって呼ぶ。いいな、メル」


「はい!」


「良い子だ。メルの望むようにばかりはしない。俺の都合に合わせるように」


 俺はメルの頭を撫でた。俺はずっと厳しくなんて出来ない。優しくするのがNGっていうのは流石に覚悟の外だし。


 ただ、基本ドMでも優しくされるのは嬉しいのか素敵な笑顔だ。そう言うタイプで良かった。


 ……さて、聞いておかなくては。


「…………じゃあ、メル。……ひとつ、ウソを吐かずに話せ。


 メィムミィを、殺したのはお前か?」


 この疑問はあった。あまりにもタイミング良く仕込まれた動揺と誘惑。あれを偶然の産物と思うことはできない。


 こればかりは直接聞かなければならない。『下弓張月』で作った分身に答えさせるのではなく、本人に問いかけなければならない内容だった。


 しかしメルは、この不意打ちともいえる質問に、何の動揺もなく応えた。


「いいえ。殺したのは私でもなければ、私に関係する者たちでもありません。


 …………ふふ。


 ですけれど、もう受け入れて頂いてから『その質問』をして頂いたということなら、こちらも最後まで話さねばなりません。


 『あれ』はもともと、重要なことは何も知らない。囮です。


 存在することで第三騎士団内の不満を煽り、不満分子の結束を高めるためのスケープゴートです。そして都合の良い伝言役。


 そして、捜査の手が及んだことを知らせる『警戒の鐘』の役割です。


 加えて言えば、彼女を誑かした『誘惑者』も、ただの末端に過ぎない」


 ……メルの声は、怪しく艶を帯びていた。今までに聞いた『か細く可愛らしい声』でも『大人の女性としての真面目な声』でもない。


 多分、彼女の本来の声。


「……そこまで分かっているなら『誰が殺した』かも分かってるだろ。


 勿体ぶるな、言え」


「直接、手を下したのは賭博で借金を抱えたロクデナシですよ。『事故である』と証言した者たちの何人かも、似た身の上です。


 誰が命じたか。それはノゥネーヌという酒場女です。


 彼女に誰が命じたか。それはホルヘイフと偽称する男です。


 その男は何者か。それはメルトヴィロウス王国の『名無し』です。


 なぜ名前がないか。もともと持っていないからです。


 その男の目的は何か。『警戒の鐘』を鳴らして誤認させることです。


 なぜそんなことをするのか。きっと蜂起を急かしたいのでしょう。


 なぜ私がそれを知っているのか。蜘蛛が糸の震えを知るのは当然だからです。


 なぜ『あれ』の死を見逃したか。政局が乱れないなら、消えていいからです。


 なぜ、危機と思われる状況を前に、私はこんなにも落ち着いているのか。


 力強い味方が現れたからです。ご主人様のことです。


 あなた様は村娘と婚約し、ジエルテ神より選ばれた。


 あなた様は優れた魔法使いからの信頼を勝ち得た。


 あなた様は力ある祭司を味方に付け、その権能を利用できる。


 あなた様は災厄を知る執行官からの助力を引き出せる。


 あなた様は『砂漠向こう』の姫を海から拾い上げ、側に留めた。


 私がご主人様に近付いたのは何故か。『ご主人様ほど、私を扱うに値する者はいない』『ご主人様ほど、この心を揺るがせる者はいない』『こんな私を、ご主人様ほど求めてくれる方はいない』


 ……ご主人様は、大切に壊してくれそうですもの。


 雑に縛られて、叩かれて、切られて、焼かれて、刺されて、殴られて、踏み付けられて、抉られて、千切られて、潰されるなんて、趣味じゃないんです。


 そうやって死ぬ人、たくさん見て来ましたけれど……貧しい痛み、傷、死にしか見えませんでした。私はあれに憧れはしません。


 だから、そういうのじゃないもの。ご主人様が『愛して刻み付けてくれるもの』『時に躊躇いながら、それでもなお、欲して止まずに付けてしまう傷』


 そういうものが、欲しいんです」


「そうか。


 情報通なのは分かったよ。あと、俺にどうされたいのかも。


 ……ひとつ約束しろ。メルが何者であれ、俺を主人と呼びたいのなら『俺に従って判断を仰げ』


 メルのした判断の中には俺が好まないものも多い。どれが気に入らなかったかはよく分かってるよな? 二度としないように」


「はい、御命令のままに」




 やはり、この世界は人の命が軽い。……俺が知らなかっただけで、向こうの世界だってそうだったのかも知れないが。


 俺は複雑な気持ちを抱えたままだ。メルが『メィムミィを直接に殺さずとも、その死を看過した』のは……倫理的にあってはならないことだ。


 だが、俺は山賊を殺した。それが人々に害を与えるという理由で。メィムミィもまた、メルにとってはそんな存在だったのかも知れない。


 ……しかし……どうあれ、俺は救えるはずの人を…………。


 <損なわれた者を、嘆いても帰りはしない>


 ああ! くそ! また思い悩むばかりか!! 次は、こんなことにはさせない。こんなことにならないようにしなくては。


 <そう、手のひらを零れ落ちるように、救うことが出来ない存在はいる>


 <神ですら、すべての人々を救うことなど出来はしないのだから>


 ……クィーセが話してくれた地母神の話を思い出す。


 『神聖な地母神の身体から出来ているのに世の中は腐って不条理に満ちている。地母神様の首だけの世界だから、神様、ひいては世界は完璧な状態ではない』


 それにそう……世界が綺麗で汚濁を許さないのであれば、俺自身がここに居られる理由もない。

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