2-26.被虐欲求・腹黒・淫乱ピンク
メィムミィと使った小宅。任務の翌日、そこに俺は呼び出された。
……おそらく、昨日メィムミィが転落死した件の密談だろう。
来る途中はずっと憂鬱だった。嫌な記憶がある場所に再訪しなければならないのだから。新しい記憶が蘇る。……気分が悪い。
入ってきた玄関扉が俺の後ろで閉まる。この小宅に入ったとき、濃厚な香りが俺の鼻孔を満たした。……なんだ、この香りは? あのお香にも少し似ているが。
奥からその玄関に現れた小さな影。
……俺は、自分の目の前に現れたものが何なのか理解するのに時間がかかった。しかしそれを理解したとき、憂鬱は混乱に取って代わられた。
リボン・フリル・レースと言った『女の子っぽさ』を演出するアイテム。そしてこれらは一般に『かわいい』と表現される。
……しかし『エロい』とも言える。女の子が身に付ける、つまりはその身を修飾し強調するアイテムなのだから、その連想はあって然るべきだ。
……エロ下着。ふたつの言葉をまとめるアイテム。こちらの世界でここまで露骨なものが存在するか怪しかったので、職人さんに前に依頼したものだ。
エロ漫画やエロ動画や、おそらくはその手のお店で、あるいは親しい恋人同士でなら見る機会もあるかも知れないが、俺は直接見るのは初めてだった。
ミニメイド服の上をはだけさせ、スカートをめくりあげて、メルスクさんは着用事例を示してくれていた。加えて、俺が依頼していないものも身に付けている。
……彼女の性的嗜好を端的に表す、おそらくは彼女が自身で作ったアイテム。革製で、その身を拘束する意味合いを持ったアイテム。
先ほどから漂っている濃密な香りに、メルスクさんの匂いも合わさる。
小っちゃくて可愛くて服を作るのが大好きなメイドさんは、おそらくは、いやほぼ間違いなく淫乱ドMだった。エロ漫画で見た。
俺は正直、ここまでドMな女の子なんて妄想か創作物の中にしかおらんやろ、と思っていたので目の前にいる存在を理解できなかった。
「コバタ様からご提案頂いた下着が、私を。
私をもっと似合いの姿に導いてくれました」
「そっか、似合ってますよ。可愛いです」
俺は限界だった。愛の虚しさに心寂しさ、そして人死にというやるせなさを感じていたところに、肉欲の塊のようなものが投下されてきた。<暴力的だ、エロ過ぎる>
ファッションは自己表現だという。なら彼女の格好は何だと言うのか。
肉体的な反応が、目、吐息、頬、乳首、下腹部から内腿に散見される。分かりやす過ぎる。これをどう間違って解釈することが出来ようか。
室内に充満した香、理性が溶けるような濃厚な香り、目の前にいる淫乱ドM。
かける言葉があるとすれば。
「どうされたいか、メルスクの口から言ってみなさい」
悪のご主人様しかない。
(省略)
クィーセは後れを取ったことを確信した。
あのメイドは直感と拙速。基本思考がそれだ。ボクみたいに様子見を長く行なわないで『行けると思ったら速攻全力』。
おそらく計画立案は数日前。コバタさんが疲れ、心が揺れているのを見て、すぐに思いっきり蹴飛ばす準備をした。プレッシャーや重圧、対処せねばならない問題を追加することで追い詰めた。
普段のコバタさんなら理性や倫理で耐えるところを、そうさせないようにした。機を逃せばコバタさんの精神状態が復調すると察し、機をモノにした。
そして今。クィーセの目の前の光景はメルスクの勝利を示していた。
『負け犬』は尻を赤く張らせ、手足を拘束され、顔は恥辱の跡でぐしゃぐしゃだったが、勝利していた。
クィーセの不覚だった。この家に、まさか地下室があるとは考えていなかった。深く焚き染められた香は間違いなく媚薬の類いだ。それはクィーセの五感を鈍らせるだけの濃度を持っていた。
コバタは、頑張った負け犬を慈しむように撫でていた。自分に征服の快感を与えてくれた相手への慈しみだった。
クィーセは思う。……過去に聞いたことがある。この地方には原住民がいて、最終的には入植してきた我々の祖先と同化してしまった。原住民の女は、その子孫たちよりもっと鮮やかな桃色の髪をしていたという。
桃色の髪は目立つ。枯草に紛れる金や茶、黒とは違う。リスクのある色合いをしてまで目立つ必要があるということは則ち繁殖の有利を取ったということだ。
……彼女の髪にはその桃色の名残りがある。淫乱の桃色。
「……クィーセ、なんでここに?」
「プレゼントのお礼に。素敵な贈り物、ありがとうね、って。
ついでに言うと、ちょっと足りなかったので追加を貰いに」
「……追加って言ったって、用意がない」
「困った生徒さんだなぁ。
ボクの生徒さんが近くにいてくれなければ、あの贈り物には不十分だよ」
「……俺、こんなんだけど、まだ必要?」
コバタはそう言って目を伏せた。階段から声がかかる。
「必要に決まってるでしょ。
……おーぅ。また浮気した。わたしの許可取ってないよね?」
降りて来たのはフィエだ。クィーセは必要を感じたので連れて来た。コバタを動かす力においては筆頭だ。
「……フィエはさ、俺のことまだ好きなの」
「コバタを好きじゃなきゃここまで来ない。嫌いになったらいなくなるよ。
コバタはさぁ、その辺分かってなくない? わたしは『転がってそのままそこにある財』じゃないんだよ。ちゃんと『御足』が付いている。
わたしがここにいるのに、何でいつもコバタは疑問を持つのかなぁ」
「……フィエ……行かないで。俺の傍に居て」
「うん。いるよ」
「……コバタさん、ボクにもそれ言って」
「クィーセはどっか行っちゃいそうで怖い。
ます怖がらせるのやめて」
「……そうだね。そんな風に見せちゃったのは良くなかった。
ボク、傍に居るよ。大丈夫」
翌日、隠れ家の地下室のベッド上で寝ているコバタ、フィエ、クィーセ、メルスクが発見され、夜を徹して捜索したララとアーシェは静かにその場に崩れ落ちた。
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