2-25.【クィーセリア】プレゼントのネックレス
フィエちゃんがコバタさんの軸だとは分かっていた。
でも、さすがにあそこまで依存していては危ないと思った。
コバタさんは『自分は基本的に好かれない』と思っているようだ。だからその思い込みを壊してくれたフィエちゃんが大事なんだろう。
でも、他にも好いている人がいるのにも関わらず、なんで今でもそう思っているのかが気になった。だから仲良くしていたフィエちゃんを突っついてみた。
……それでボクは悪いタイミングで、間違った行動をしてしまったようだ。
ここまでとは……こうなるとは思ってなかった。
コバタさんは心の底では『自分に価値を認めていない』から、フィエちゃんに価値を認められるのが大きな支えだったんだ。ボクはその軸を蹴っ飛ばして、ただでさえ心が疲れているコバタさんを追い詰めてしまった。
加えて、仕事として行なった『愛のない行為』がコバタさんの不信、不安を増大させてしまったようだ。
ボクの部屋にプレゼントが置かれていた。
メイドに書いて貰ったと思われる添え書きもあった。
…………なんか、本当に悪い形ですれ違ってしまったんだな。こんなに嬉しいプレゼントを、悲しく感じちゃうなんて。
……他の人にはプレゼントが届いていなかった。直接訊いたわけじゃない。何かプレゼントがあったなら、みんな大喜びだったろうから、それがなかっただけで。
ボクは、一番遠いからプレゼントを渡すのが怖くなかったのかも知れない。あるいは昨日、ボクが謝罪したのを気にしてくれたのかも知れない。
コバタさんはフィエちゃんに、今の気持ちでは婚約指輪を贈れない。
ボクを引っ張る小さな手。ククノーロ。個室にまでついて行くと話し出した。
「気付いていたでしょう?
改めまして、初めまして」
「……ボクなんかに相談? いいのかい、みんなにバラしちゃうぞ」
「お好きに。
貴女が責任を持ってコバタ様を呼び戻しなさい。あの御方は、今はわたくしに頼るのすら気が引けるようです。
わたくしにも贈り物はありませんでした。あなただけ、貰っているのです」
大人びた口調と態度の、大人びた少女。なのに最後の言葉にはちょっとだけ子供っぽい怒りが感じられた。
「多分、ボクが一番距離が遠いみたいだから。
……なのに、ほら。……こんな風に、尊重してくれているんだなぁ」
『鍵の証』の古い吊るし紐と、色合いが良く合った細く丈夫な鎖。聖句の刻まれた小さなプレートには地母神の印も目立たぬよう刻まれている。
「あなたが間の悪いことは察しがついています。
……かつての思い人にも、間の悪いことになったのでしょう?
罵りたいですが、言の葉が足りない。罵り言葉をもっと学ぶべきでした。
……愚か者、いつまで『可哀想ぶって』いるんです?」
「……叱ってくれるとはお優しい。
…………うん。ボクが悪いよね」
「貴女は積極的で試行回数が多い。
だからこそ、これからも間が悪い機会を得るのは変わらないでしょう。
それで傷付いたとしても、たかがそんなことで、わたくしは許しません。
貴女が仕損じて壊したものの始末を付けなさい」
……よく分かる。この子はボクが失った要素の一つ、『母親』として接してくれている。さすがに地母神様からは、直接お叱りは受けられないしなぁ。
「……どこまで読まれてるのやら。こわいなぁ」
「さて?
ところで今の敵は分かっているでしょうね」
「あのメイドでしょ」
「ええ。早くも、厄介な女が現れたということです。
貴女は多少なりとも思いやりがある。あれは残酷で病んでいて優秀な犬です。
今のコバタ様、あの御方の空虚を満たすに一番適う相手です」
「独特な表現。ボクの見立てとは言葉が違うからかな。
一度考えを聞かせてくれる?」
「……愛の本質は争いであり、生き残りです。
求愛という争いごと。子を成すとは相手の精なり卵なりの略奪品を以って、将来を繋ぐこと。要は『次代の命を得る』という意味での生き残りです。
あの御方は『負けを恐れるあまり、戦いを避ける王』です。そしてあの御方が好むのは『能があると感じ入った娘』ばかり。
能のないように感じた相手、つまりはメィムミィは愛せない。しかし、だからといって『その死』に動揺しないわけではない」
「ククノちゃんから見たコバタさんって、やっぱりボクの見え方とは違う。
もっと優しいように、ボクには思えるんだけどなぁ」
「……あの御方が一見、柔和に見えるのは『戦いを避ける』ため。本質は違います。『勝ちを欲している』のです。わたくしがあの御方を支える理由です。
そしてあの卑しい女は、あの御方に足りていない種類での勝利を与えられる。溜まった虚しさや鬱憤の捌け口となり得る。
つまりは『見下し踏み付けて心遣いも要らぬ。だが、能のある負け犬』。
あれは当然の顔であの御方の足を舐めて、頭を踏み付けられることを望むでしょう。そして、あの御方の虚しい心を独占する」
「……コバタさんの理解が、ボク足りてなかったのかな。相手を蹂躙する欲は当然あるとは思ってた。人だから。
でも、満たされていないとは思っていなかった。フィエちゃんに結構いろいろなことをして満たされているとばかり」
「貴女方は優秀です。コバタ様はこうも思っているでしょう。
『貴女方は価値高く優秀で、我が元を離れて何処へとて行ける』とね。
それを恐れて、踏み付けるのに躊躇うのです。
あれはひたすらに下に這いつくばる。まずは『踏み付けるしか愛する方法がない』。そして決して離れぬと確信させるだけの手管は持っていましょう」
「確かにコバタさんが『踏み付けられる相手』となるとなぁ。
フィエちゃんにしてもララトゥリ姉貴にしろ、ボクにも無理だよなぁ。
……アーシェルティ殿は……まぁフィエちゃんの方がご主人様だよね」
「それに、立場の違いもあります。
アーシェルティは庇護者でもある。ある意味において仰がねばならない。
……さて、いつまで話す気です? やるべきことは分かっているでしょう?」
そうだね。ボクが動かなくちゃいけない。早々に作戦開始だ。
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