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2-24.次回予告:女騎士、陥落する

 俺は、死んだ目で皆へ相談に行った。


 ひどい内容だ。こんなことを自分の口から言わなければならないのはツライ。


 ……加えて、フィエとクィーセに顔を合わせ辛い。この話をして、相手の反応がイヤな雰囲気のものだったら……という気詰まりさがある。


「あの『以前から名前の出ていた人』なんだが、対処せよとの指令を貰った。


 メルスクさんを通しての、ソーセス様からの依頼だと思う。


 ……殺せる相手ではないから、俺の悪評を利用して篭絡しろとのことだ」


 皆は一瞬、目を見合わせたが俺が思ったのとは違う反応をした。


「コバタ、わたしは賛成する。


 『アレ』に対処するには、遅かれ早かれ必要になることだもんね。


 負担のある仕事をさせてしまって、ごめんね」


 ……フィエが嫉妬とか、嫌がったりとかしてくれない。どうして。どうして。


 見放されたのだろうか。クィーセとの関係が深まり、俺が重要でなくなってしまったのだろうか。俺はどうしたらいいんだ。フィエに見放されたら、俺は何のために生まれてきたんだ。


「コバタくん。


 とにかく気を楽に持て。私たちのことは気にしなくていいぞ」


 ……ララさんが、ふざけたりしない。


 『役得だな』とか言ってからかってくれると思ったのに。なんで。なんで。『気にしなくていい』って。俺ってそんなにもう、意味が薄い存在なんだろうか。


「コバタ、頑張って下さいね。


 これは意義ある仕事と言えます。協力は惜しみません」


 ……アーシェはいつも通りに見えるけど、前二人の反応がおかしかったせいか信じ切れない。あの美しい仮面の下で。まさか。まさか。俺に対して軽蔑を向けていたりするのではないか。


「…………ボク、ちょっと嫌かな。心配。


 コッソリついて行っていい? 一緒にいてあげるよ~」


 クィーセはいつも通りっぽい。でも。でも。クィーセってフィエに手を出してくる敵なんだよな。もしかして、さっきみんなで目を見合わせたのはこの段取りが出来ていたからなのでは。え、クィーセの罠なの……?


 俺は恐怖と不安にさいなまれながら、フラフラと立ち上がった。


 ……もう気にするな。悩めるってことは心にまだ余裕があるってことだ。これから『仕事』するんだから、悩むような余裕なんて持たなくていい。


 仕事なんて機械的にやればいい。そして仕事中に心を揺らしても、良いことはないのだ。淡々と処理していこう。


 俺はクィーセの同行、実際には隠れての尾行を承諾した。仕事の抜き打ち検査なんて慣れたものだ。真面目にやっていれば問題ない


 …………そうだ。これは仕事として条件がいい。多額の報酬が出る仕事なんだ。それで皆へのプレゼント料金を払うんだから。


 ……やりがい、というかやる意味はある仕事のはずだ。




 早くも翌日に段取りは完了していた。メィムミィ第三副騎士団長との接触までは驚くほどスムーズだった。


 個人主催の小さなパーティ会場。30名程度の場所に紛れ込んで面識を作る。この少人数であれば紹介されて不自然ではない。狙われたとは思わない。


 そして、このパーティに俺を連れ込む役。同伴者と面会した。彼女はレルリラという名前の道化師だった。


「これはこれは。初めましてこんにちは。


 ご機嫌は、あまりよろしくない御様子。


 迷えるものよ、顔は青褪めて死人の色。


 よもやよもや。墓堀り出でての参上か。


 さすれば、死化粧代わりの笑みを一つ。


 さて奇術軽業、手管の限りを御覧じろ」


 道化女はいきなり何やら奇術を始めようとする。道化特有のなんか二股に長くびょんびょん伸びた帽子を被っていて、その先に付いた大鈴がシャンと鳴る。赤と黒と鼠色を主体とした奇抜な服装で、とんがり靴。


 こんな装飾の多い格好で軽業ができるのかと思ったが、服の手首足首腰回り部分など、細かい部分はきゅっとつめられていて機能的だ。


 どうやら俺は顔色が悪く表情が硬いらしい、気を取り直さねば。


「ご挨拶はどうかお言葉のみで。奇術はあとの楽しみにしておきます。


 とはいえ、ご挨拶有難うございます。道化のレルリラさん。


 コバタと申します。よろしくお願いします」


 俺は道化と同じで『色物枠』としてパーティに参加することになる。ソーセス様やアルメピテ様、アーシェなどの名前を使わない。


 賑やかしとして呼ばれた道化が、話題の種に連れてきた人物という体を取る。多少回りくどい方法で送り込まれることになる。


 当然だが俺がソーセス様の館に世話になっていることもアーシェの愛人とされているのも噂話を好む人には筒抜けだ。


 『色狂いの迷い人』が、その相方のアーシェも連れずにパーティに紛れ込むのだ。そこに注目して寄ってくる相手はいる。つまりは『話題の人物』に注目しがちな相手、メィムミィに向けての罠ということになる。


 国家転覆の一端を担う彼女の精神状態が如何なるものか、俺なんかに寄ってくるのかという不安を抱えていたが……簡単に釣れてしまった。


「あら、ごきげんよう。あなたが噂の人ね」


 相手は俺に向けて、興味を示した笑い顔で話しかけてきた。


 ……俺はなんか悲しい気持ちになった。女騎士メィムミィは愛想の良い美人だった。こんな人生に不自由なさそうな人が、悪の道に誘い込まれているのが悲しい。


 彼女はもっと堅実な生き方をすれば、普通に幸せが手に入るのではないのだろうか。……まぁそれはこの人の望むところではないのだろう。人それぞれだ。


「おお! これはご機嫌麗しゅうございます、メィムミィ様!


 コバタと申します。嗚呼! 貴女のようにお美しい方とお会いできて私は大変嬉しい! その美しさには万感の至りです!」


 俺が恥を捨てて行なった大げさな身振りと歯の浮くようなセリフに、相手は笑顔を浮かべる。こういうアホみたいな行動が喜ばれるというのは事前調査で明らかになっている。……ホントにこんなんで喜ぶのが驚きだ。


 要するに普段の俺の態度だと、彼女は喜ばない。派手で大げさで強気な態度で気を引けと言うことだった。……ここは都会なんだし俺より適任いるだろ。いやガマンだガマン。お仕事なんだから、これでお金貰えるんだから。


 その後は俺が流した浮名について、あれこれ聞かれたので適当な話をでっちあげて面白おかしく話すようにする。……9割9分はウソだ。自分で考えたのもあるし、メルスクさんに用意して貰った話もある。


 さすがに俺の大事な人たちのプライバシーは晒したくない。架空の人物さんに泥をかぶって貰った。


 俺に面白い話ができるわけでもないが、『勢いよく話し、話した後で俺自身が大きく笑う』ことでなんか相手は雰囲気に呑まれてくれた。……俺が喋っている内容ほとんどないぞ。ノリと勢いだけだぞ。


 小一時間ほどはそれで頑張った。盛り上がりに陰りが見えてしまう前に、道化師レルリラが俺を呼びに来る。これは『もっと話したいと思っている内に引き離す』という策だ。ぶっちゃけそろそろ俺の限界と察して気を利かせて貰えた。


「お話の途中、これはこれは誠に失礼をば。


 興を途切らす道化の無念は如何ばかりか。


 されど迷える者を、更に迷わすこの報せ。


 暇無(ひまなし)の熱中、ならばならば(あらた)に招待をば。


 切符もぎらす道化の思念は如何な(たばか)りか。


 さぁさ迷える者よ、用意支度を致しませ」


 次のパーティの誘い……これで俺を連れ出して、メィムミィも釣る。


 道化は言葉を終えると、急かすかのようにバシバシと杖で俺を叩いてくる。それは痛くは感じないが派手な音の鳴る仕掛けがされている。ハリセンとかピコピコハンマーと同種のアイテムだ。スラップスティックともいう。


 道化師はこういう頭のおかしい行動をとっても許容されるのが暗黙の了解だ。つまり多少強引で気紛れであっても『そういうもの』として片づけられる。


 そして『他人に誇れる噂話』は、メィムミィにはまだまだ必要のようだった。




 誘い出されてなおメィムミィに危機感は皆無だった。


 第二のパーティなんて存在しない。ここからは先ほどの『大袈裟モード』を捨てて『悪い色男』を演じていかねばならない。


 正直、メィムミィに対してはあまり良い感想は出てこない。この人に何ができるって言うんだろう。単に、よく考えてない人なんじゃないか。


 …………こういう人を食い物にするのは最低な奴がやることではないか。


 とはいえ、彼女を連れ込む先までもう手配されている。後は道化と二人で彼女を誘導していくだけ。道化は『用を思い出した』と門前で帰る。


 ……一応騎士副団長とか言う肩書がある人が、少しの酒とお世辞で気分良くなって素性の知れない男についてきちゃうのってどうなんだ。


 道化が去った後の彼女の一言は、俺を更に虚しい気持ちにさせた。


「……あら、道化と共謀してこんなところに誘い込むなんて。


 噂通り悪い人なのね」


 ……そうだね、俺は悪い人。そしてあなたはワザとついてきた股の緩い人だね。




 さて、用意された小宅は外見はさほど冴えないが、内装は趣味良くまとめられていて高級感がある。隠れ家。いかにも悪い遊びに使われていそうだ。


 こんな建物を用意する方もアレだが、それに興味津々で入って来ちゃうのもどうかと思う。俺には理解できないタイプの人だ。……あとは語るほどのこともない。愛も、何にもない行為。


 それなのに、相手は不思議なくらいに満たされていた。俺が嘘を吐いて、相手はそれを受け取って満足げに微笑んだ。




 俺は相手を送り出した後に、どっと疲れを覚えた。何やってるんだろう俺。


 俺はジエルテ神が予言した『災厄』や、クーデター組織だとかいう奴らの企みを防ぐための行動をしていたはずだ。……こんなクソみたいなことが何の役に立っているというんだろう。


 いや、これで『下弓張月』でメィムミィの分身も作れるようになったんだ。情報収集においては大きな進展のはずだ。……あんな人に、機密をペラペラ喋っているとも思えないんだけどな。


 どこかに隠れ潜んでいたクィーセが出てきて話しかけてくる。


「世の中クソって顔してますよ」


「……うん。疲れた」


「……コバタさんは弱いなぁ。


 何にもできないかもですけど、ボクにできる事ってありますか?」


「……俺、皆に嫌われてない?」


「うーん、どうしてそう思ったか聞きたいです。


 先生に教えて」


「……フィエにちょっかい出す人にはヤダ」


「あれはボクの負け。そうだったでしょ?」


「……こんなことまでして、フィエに好きでいて貰える自信がない。


 それになんか、フィエとすれ違ってばかりだ。


 俺が会ったときジエルテ神は言っていたよ、『財を守れ』ってさ。


 フィエには価値がある。財と言われるのも納得だ。


 俺に価値があるとフィエは言ってくれたけど、そう思えなくなってきた」


 クィーセは、とても寂しげな表情になった。……ウソの表情じゃない。俺はきっとクィーセを傷付けてしまった。


 なのに、心が響こうとしない。麻酔をかけられたように鈍くなっていて、罪悪感や後悔といった感覚が出てこようとしない。


「……今のコバタさんには掛ける言葉がないね。叱咤しても響かないし、慰めても甘えてくれない。励ましも嘘に聞える。


 確かにすれ違った。悪い感じにすれ違っちゃったね。ボクがやったことで悪い方向に。……前もあったなぁ。ダメだなぁ。


 ……ごめんね、ボクはウソ吐きだからさ。こういう時に本当のことを言っても、信じて貰えない。


 でも言うよ。フィエちゃんも、ララトゥリ姉貴も、アーシェルティ殿もキミを想っている。……ボクだって、そうなんだ」


「……」


「今、聞こえないよう溜息吐いたなー?


 ………………。


 ……やっぱりボクじゃ無理なのかな。


 ごめんね、ごめんね」


「いいよ。ウソじゃないって、うん」


「ごめんね」


 俺はもう、なんかもう。今の状況をどうにもならなく感じていた。


 フィエ、ララさん、アーシェ、クィーセ。彼女たちが一緒にいてくれることは嬉しい事なのに、心に疲れがたまっている。


 ほんのちょっと前まで、いろいろポジティブに考えることが出来ていたはずなのに、何で今になってこんなネガティブになってるんだ。


 ……今日の『任務』が、俺の思う愛やらなんやらとは大きくかけ離れていて、それがとても悲しく思える。


 なんであの人は、こんな下らない仕掛けに引っかかって……それどころか『引っかかりに来て』しまうんだろう。




 そしてもう一つの問題。


 メィムミィの『下弓張月』は機能しなかった。彼女はあの後、帰り道に橋から転落して死亡した。……複数の目撃者証言から、間違いなく事故死だという。


 だが、それは……ほぼ間違いなく暗殺だった。情報の漏洩を恐れ、『始末』されたとしか思えなかった。


 ……俺は、昨日関係を持った女性が死んだことに、心を抉られた。彼女はもしかしたら、ただ寂しい気持ちが埋まらないだけの人だったのかも知れない。


 俺が彼女をもっと気にかけていれば、助けられた相手だったのかも知れない。

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