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2-23.陰謀のお仕事

 フィエとクィーセとの間に挟まった翌日。俺は職人さんに呼ばれ、館にある仕立て部屋に向かった。


 そこには職人さんはおらず、メルスクさんがいた。同一人物ではあるが、今日は立場を変えて来たようだ。


 用意された椅子に座るよう勧められ、お茶とお茶菓子が出される。そして俺という客への給仕が終わると、彼女は立ったまま姿勢を正して挨拶した。


「少し間が空きましたしたので、改めて自己紹介を。


 当館にて使用人をしております、メルスクと申します」


「いや、忘れてないから。大丈夫ですよ」


「……本日は、お客様であるコバタ様に大変不躾ではありますが、お願いがありまして、このようにお呼びさせて頂きました。ご足労頂いたことを……」


「いいですよ、そんなご丁寧に。


 ……あと、使用人さんとしてのプライドとかあるんでしょうけど、俺は相手を立たせたままお茶飲めないです。お話があるなら俺のために座って貰えますか」


 メルスクさんは微笑んで、失礼します、と俺の対面の席に座った。俺はお茶を一口飲んで、メルスクさんを見た。


「お話がある、って言いましたけど……何か言い辛い感じなんですか。


 いつにも増して口上が長いってことはそんな感じですよね」


 メルスクさんはいつもか細い声で儚げだ。しかし、彼女は声を変えた。優しくちょっとドジな愛すべきメイドさんから『大人の女性としての声』に切り替えた。……職人さんに限らず、メイドさんの立場でもキャラ作ってたんだな。


「……お分かりになられますか。


 では、申し上げます。……近辺にて軍事的革命行動の動きがあります。鎮静にご協力いただきたく。これは多額の謝礼を伴う仕事となります。


 コバタ様の能力であればこそ、出来る事なのです」


 ……俺たちが今、調査しているクーデター組織のことをメルスクさんも察知している。俺は動揺を見せないよう『初耳の話に驚いた』表情をする。


 この館にいるとはいえ、俺たちは大っぴらに話しているわけではない。別ルート、メルスクさんが持つ何らかの情報源からのもの……ソーセス様からか、もしくは彼女の実家は『戦衆』とか言っていた。そこが察知したのではないか。


 …………メルスクさんは敵か味方か? しかし、この話を聞かないという選択肢はない。味方なら、情報源と協力者が増えることになる。敵であるにしても、ここで断ることは警戒を呼ぶだけかも知れない。


 ……俺の『能力』。もしかして、魔法の指輪についてもバレているのか。


「……騒乱ということであれば。


 こちらにご厄介になっている以上、ご協力させて頂きます」


 俺は取りあえず話を聞いて様子を見ることにした。メルスクさんは小さく頷くと、真面目な瞳でこちらを見つめながら話し始めた。


「つきましては、コバタ様にはやって頂きたいことがございます。


 クーデターにおける、内憂を一つ、取り払って頂きたいのです。


 西方神聖騎士団の、メィムミィ第三副団長。こちらが外部より調略を受けていることが我らの調査で明らかになりました。


 ……この第三、とは魔法騎兵主体の兵団となります。戦時においては突撃・遊撃を兼ねる部隊練度の高さを誇りますが、金食い虫という側面があり、対フォルクト戦線への脅威が薄い今、冷遇されております」


 ……確度の高い情報だ。『例のあの人』の名前がしっかり出てきている。


「……つまり、クーデター組織に対抗できそうな部隊の副隊長が調略されちゃってるんですか。なにやってんの、中央の方々……」


 俺は取りあえずすっとぼけて、さらに情報を引き出すことにした。


「もし、政治が充分に機能していれば、この企みは早期に露見したでしょう。


 ですが今……本来の目的を忘れて『政争』にのみ傾注される方も多いのです。


 旦那様はそういう相手と戦いつつ、本来の政治を行なわなければならず、ご多忙を極めています。


 ……奥様の件はお聞きのことと存じます。


 立場を持った者が不始末をすると、斟酌されずに引きずり下ろしの材料とされます。旦那様は実のある仕事をされているためか、虚飾にて威を見せる者たちにとっては脅威であり敵なのです。


 ……コバタ様には奥様との距離を離すようお申し付けを頂きましたが、当家の使用人として、その件はお断りさせて頂かなくてはなりません。


 奥様は大貴族の妻として家内の仕切りを十全にされておりますが、広い社交の面においては、あまり向いておられません。


 ご本人のお優しい性格もあって『悪意ある者からの強烈な篭絡』に対する警戒が弱いのです。そのような下劣の輩については、知識はあっても本当にいるとまで思っていない御様子で……。


 今までは、私どもが影ながらサポートすることにより不逞の輩を排除してまいりましたが、現在の奥様は強く動揺されております。


 …………つまり、我々にとって『非常に不本意な結果』となる危険性が上がってしまっているのです。これは『あの香』を軽率にご用意してしまいました私の失態でもあります。


 このような不始末の後処理を、コバタ様にお頼みするのは大変心苦しいのですが……どうか、どうか、そちらのご対応もお願いしたく」


 ソーセス様から依頼を受けた際は『そんなバカな話あるか』と思っていたが、メルスクさんの真面目な表情はとっても切羽詰まっている。


 奥様の話も出て来た……ってことはやはり、これソーセス様からの依頼ということなんだろうか。諦めてなかったのか。


「……。とりあえず副騎士団長の話を聞かせて貰っていいですか。


 俺にできる事って?」


「篭絡です。コバタ様の浮名を利用して、彼女を誑し込むのです。


 世の中には『モテるという風評』を持った相手を好む者は少なからずいます。実体はともかく風評を信じ、それを是とするのです。


 メィムミィ副騎士団長はその手の風評には弱い方です。そしてまた『その時好きになった存在の思想』に引っ付いていくタイプなのです。


 彼女は反体制組織より篭絡を受けていると思われます。近年の停滞した政治体制に反感を持つ者に影響されたのでしょう。


 そうでなければ給金も待遇もいい地位にいながら、あんな馬鹿気た謀りごとに心が傾くわけがないのです」


 ……まさか『色狂いの迷い人』という不名誉な称号の方が必要とされるとは。取り合えず、魔法の指輪の件はバレていないようだ。


「何でそんな簡単に寝返ってしまうような人が、地位ある立場になれたんです?」


 メルスクさんの表情が渋いものになる。


「彼女の大叔父様がエライヒトでして。お飾りとして役職を与えられたのです。


 ……というのは表向きで、本当は第三騎士団長の男性に憧れて、大叔父に無理を言って人事を通させたというのが実態です。この人事によって、第三騎士団内部の不満はさらに膨れ上がったようです。


 彼女自身、騎士としての適性は持っておらず……憚らずに言えばただの放蕩娘に過ぎません。訓練よりも殿方の肩に寄りかかろうとする機会の方が多いでしょう。


 強く相手にアピールを行なったようですが、既婚者で愛妻家でもある団長から徹底した冷遇を受け、やっと熱狂から冷めたと思ったら今度は反体制に心を売っていたのです。


 おそらくは愛国者である団長への反発も含まれているでしょう」


 俺は、頭を抱えたくなった。他人をとやかく言うのは好まないが、正直ちょっと、それってどーなのと思わせる女性のようだ。


「……えーと。


 人を悪く言いたくありませんが、そんなプロフィール持っている人って……あまり関わり合いにはなりたくありませんね」


「お気持ちは分かります。


 本来こういった案件は戦衆である我々の手配によって処分されます。ですが彼女は我々が手を汚すことが出来ない相手なのです。


 彼女がこれ以上陰謀に関わる、もしくは暴動に参加するようなことになりますと『それを材料とした政争』が起こり、政治的混乱に拍車がかかります」


「ええ……? そんなことになるんですか」


「信じがたいことでしょうが、たとえ暴力的革命が起こっても、国民の安寧より『自身の地位の向上のための政争』を望む者はいるのです。


 それは、どうしても阻止せねばなりません。外患より内憂が深刻なのです。


 ここは心を殺して、相手を篭絡することだけお考え頂くしかありません。十分に誑し込み、骨抜きにし、反体制組織から引き離すのです。


 ……コバタ様としては逆に安心ではないですか。お好きになる必要はないのですし、心痛まず操ることが出来るでしょう」


 メルスクさんはとてもシリアスだ。いつものドジっぷりが嘘のように淡々と冷徹に話している。


「…………あの、いや、うーん。


 俺は女性を騙して操れるとは思わないですし、そもそもの話、その方にうまく好かれるような自信もありませんよ?


 他に方法はないんですか」


「早い段階で成果を出せる手段は、残念ながらありません。


 先ほども申し上げました通り、我々による処分は出来ません。そして強引な拉致・監禁も……我々、戦衆の立場を大きく危うくしてしまうのです。


 ……言い方を変えましょう。


 彼女はこのままでは『売国奴の尻軽女』になるのです。最下級の呼称です。


 ウイアーン国内も荒れ、不幸になる人間がたくさん出ます。それを防ぐため、ひとりの騙された女性を、歪んだ思想から引き戻すのです」


 メルスクさんの言っていることは分かる。クーデターが起こればたくさんの人が被害にあうし、それに加担したメィムミィ副団長も断罪されるだろう。


 俺が何もしなければ、不幸な人間が増えるだけかも知れないのだ。


 ……とはいえ、内容が内容だ。凄く気が進まない。こういう気持ち、会社勤めしていた時はよくあったなぁ……。思い出したくないこと思い出しちゃったよ。


 …………。


 だが……これをやらなきゃ、プレゼント代金のお金は手に入らない。


「…………まぁ、仕事ってことですよね。


 自分のしたい仕事を用意して貰えるほど甘くないですよね。ひとつ確認したいのですが、後処理はどう考えているんです」


「こちらでシミュレートしているクーデターの実行可能期間は、今より半月後から2か月先までです。その期間が終わったら関係を打ち切って問題ありません。


 その後はこちらが、コバタ様への接近を妨害します」


 こうして、俺とメルスクさんの間で『仕事契約』は完了した。


 ……フィエがクィーセに浮気したり、何かよく分からん感じの副騎士団長の篭絡依頼を受けたり、アルメピテ奥様の間男になれとか……。


 ……こういったこと思っちゃダメなんだろうけど、女難が一気に降りかかってきたようで気が重い。何だよこれ……勘弁してくれよ。


 剣を振り回して解決できる物事の方が、きっと俺にとっては楽だ。女性という俺とは対岸にあり、心底理解できるか自信のないものに今、振り回されている。

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