2-22.女は海、波止場、政治、大地、月、太陽……女ってなんやねん
フィエがクィーセに百合浮気したということは、俺の心に大きな傷を残していた。……俺のわがままな独占欲、それを裏切られたことへのショックだった。
別に、フィエが他の男と浮気するのではという懸念までは持ってない。……でも、心を俺以外の誰かに持っていかれたことがひどくキツイ。
俺は疲れた。ククノに膝枕して貰う。
【お主もこの身の大切さがわかったか?】
「……死にそうです。なんでこうなっちゃったんだろう」
【今、何かテキトー言ったらお主は信じてしまいそうじゃから黙る。
答えは沈黙】
ククノは優しく撫でてくれる。俺の目からホロホロと涙が零れる。これが篭絡という奴なのだろうか。愛や恋とかいうより、絡め捕られるような居心地。
……離れられん。きっと。俺に弱いところがある限り、困ったときに浮かぶ顔。
「ククノ。いつもありがとね。まだなにも返せてなくてごめんね。
……見捨てないでね」
ククノは小さくため息をついて、それでも優しく撫でてくれる。ずっと俺を気にかけてくれるという気持ちを、手のひらを通して伝えてくれる。
言葉ひとつない。なのに、こんなにも頼もしい。
そんな様子を、ララとアーシェは見ていたのだ。
「やはり、只者ではありませんね。
あそこまでガッチリ心を掴んでくるとか、普通では出来ません」
アーシェは感嘆した。見事な篭絡の実例を見た。技術への賞賛だった。
「……コバタくん、以前は困ると私のとこに来てくれたんだけどなぁ。
見事にポジション盗られてる。ちょっと待って。どうしよう」
「…………しかし、滅私奉公ですね。
我々は大なり小なり面倒くさく、コバタに要求をしてきました。彼女はその隙を付いて『コバタに要求をしない立ち位置』に悠々と座りました。
その役割の優位が、コバタを捕らえて離さない」
二人はともに考えた。我々は恋に浮かれ『持続可能な関係性』を疎かにしていたのではないかと。男一人に女4人+母性幼女1人、近場にいる館関係も加えれば3人追加される。
ララは思った。『コバタくんってスケベで仕方ないなぁ』と思っていたものの、この異常な関係性を看過し、面白がっていた自分にも問題があるのでは、と。
アーシェは思った。コバタの心を弄んで楽しみたいが、さすがに今の状況にコバタは参っている。コバタに安心感を与える試みも必要なのでは、と。
そんなわけで二人は話し合った。
「流石にさ、コバタくんに責任を集中し過ぎたんじゃないか?
……結構、私らも無理言ってた様な気がする。コバタくん自身が自制しようとしたところを無理やりとか、特にアーシェ。
コバタくん繊細なところあるからさ、人間関係というか女性関係というか肉体関係に精神的に疲れちゃってる」
「……確かに無理させ過ぎたかもしれませんね。
そもそもコバタは王侯という立場でもない。女たちの管理をする配下がいるわけでもない。コバタ自身での管理というのは、簡単なことではないでしょう。
女は4人、コバタは一人です。各人の対応に追われ、コバタが限界を感じてしまうのも当然です。
……クィーセリアは分かりやすく『現状を揶揄』して見せました。我々はコバタに対して、集団ではなく個人ごとに様々な要求をしている」
「舎弟はなぁ。
アイツ、ウソ吐きだけどさ。基本的に他者のための行動しがちなんだよな。
……あれれ。舎弟の奴さ。フィエを支える役、私から盗ってない? 明らかにフィエにとって重要人物化してるよな」
「ララトゥは、のんびり構え過ぎなんです。
……もっと互いに話し合うべき時期が来たのかも知れませんね。単なるお喋り、雑談ではなく、この関係性のための話し合いを」
「……そうかもなぁ。
今のこの状況になるなんて、二か月前には考えもしなかったからさ。
……いや、こんな状況になることなんて普通あるか?」
ララ、アーシェに非があったわけでもないだろう。彼女たちとて本来想定していた恋愛とは大きくかけ離れた状況に置かれている。
フィエ、ララ、アーシェ、クィーセは協議の場を設けた。
「議長は私だ。ララとかライラトゥリアとか呼ぶな。ここでは議長で通せ。
いいか宣言するぞ。議長ポジションは渡さない。
今回のテーマは『コバタくんってフィエが好きなのに、面倒くさい事になっちゃってぶっちゃけ限界だよね』について話し合いたい」
「……議長。
わたしも合意しましたけど、議長が面倒くさい事の発端なんですよ」
「……ごめん、フィエ。
しかし謝っているばかりでは建設的な話にならない。前向きに考えていこう。
アーシェや舎弟がやりがちだけど、あんまコバタくんに心理的負担をかけない方が良いのではないかと愚考するんだが、どうかね?」
「ボクから言わせて貰いますね。
コバタさんはあの程度で動揺してしまうから、いけないんですよ。ボクは同性ということで警戒感が薄かったフィエちゃん狙ってかかりました。
フィエちゃん、ごめんね。優しさは本当だけど、前から狙ってたのも本当。寂しそうにしているところに色々話しかけて仲良くなろうと画策した」
クィーセは悪びれもしていない。その笑顔を向けられたフィエは答えた。
「……クソ、コイツやっぱり性質悪いよ。
辛いときとか何か話したいときに寄ってくる率が高いとは思ってたよ!
くそぅ……くそぅ。良い友達だと思っていたのに」
「友達だよ~。大好きだよ~。
ボク、出身が地教団の女子孤児院だからさ。年下の子の面倒見ること多かったし、そこで仲良くする実験たくさんしたから得意なんだ。
ボクの先生が言ってた。『人と仲良くする技術は身に付けておいた方が得をします。自分はあまり上手くなかったから苦労ばかり』って。
フィエちゃんは『ボクに懐いてはくれなかった』。でも、好きにさせることをボク全力で頑張ったから。
……ちょっと、フィエちゃんも感情をうまく処理できなくなっちゃったんでしょ? 慣れないタイプの好感だったから、ああいう風になった。
意外と深くハマってくれたのは想定外だったけど、ボクにとっては嬉しい想定外だったよ。こっちを見つめてくるフィエちゃん、すごく可愛かったよ~」
「ちくしょうコイツ……!
さっきしたキスとか色々返せ! わたし汚されたよ。気持ち色々汚された!
オマエ、いつか刺されるぞ。二度とやるなよ!!」
「フィエちゃん以外にはしないよ~。
フィエちゃんがコバタさんに構って貰えなくて寂しいときは、いつでも相談や愚痴にも付き合うからね。添い寝もしてあげるからね」
何やら二人だけの世界を作り始めているところに、アーシェが割り込んだ。
「えーと、クィーセリア? 私も呼んで。なんで二人でやってるの。
私だって雑談とか相談とか愚痴だって聞くし、添い寝だってそれ以上だってしたい。好きな相手ならもっと頼られたい。
……どうです、フィエエルタご主人様。私のことお忘れになってないですよね?
あれだけのことした間柄なんですよ!」
「アーシェ様。ストップ、ステイ、ステイ。黙り、口を閉じ、そのままになさい。
……わたし含めこの4人、仲悪くないですよね。そこで連携はしましょう。
というか、コバタがククちゃんに甘えざるを得ない状況を作ってしまったことは、わたしも反省ですね……。ククちゃんは我々をカバーしてくれています。
……ただ、将来的に和を乱す相手。
今回クィーさんがワザとやったみたいな、トラブルを起こす存在が現れぬとも限りません。わたしはそれを危惧しています」
「そうだね、議長も同意する。絶対また女は増えるよ。確信できる。
あと、議長から舎弟に一つ注意しとくぞ。
善意でやってそうなのは感じる。でなきゃ私も舎弟と呼ばない。……だが、自分が悪者になる振る舞いばかりするな。痛々しい」
「議長。そう感じて頂けるのは議長が優しいからです。
ボクはそういうの、あまり気にならないタイプなんです。
ラートハイトにいた頃は知り合いが良く死んでいたから、人間関係なんて相手が生きててくれれば上等なんですよ。死んでいたら改善できません。
仲悪いままを最後に、『これから先ずっとそのまま』な人も多いんです。
フィエちゃん……許してくれてるなら、もう一度ここでキスしてくれる?」
「ギギギ……。重い話したあとにキレイな面しやがって。
………………、…………ほら、これで満足なんでしょ」
「……フィエエルタ、私には?
え、ダメ? ……議長、お願いできませんか」
「わかったわかった。アーシェは私が大事にしてあげるから。ほら、来い」
こうして、会合は終わった。内容はあまりなかったが、全員の意思確認が取れた形となった。
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