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2-21.プレゼントデイ、プレゼントタイム

 戦争というものは、気配があってもなかなか始まるわけではない。


 ただ、始まるときは始まるものだ。何というか、そういうものなのだ。危ないかもだけど、まさか起こるわけないでしょ、と思っていた。


 ウイアーンに到着してから11日目。日々内偵調査や訓練に励んでいる中であった。突如として戦は勃発した。




「クィーさん。本気ですか」


「当たり前じゃないですか。ボクは良い子じゃない。せめてもの宣戦布告です。奇襲殲滅しなかったのは、正々堂々負けを認めさせた方がスムーズかと」


【犬も食わない喧嘩、猫の殴り合い。女の戦いが始まったようじゃのぅ】


 ……クィーセ。なぜだ、なぜ俺の胃を殺す。俺は何度も宣言している。フィエが一番だから、と。なんでなん。やめてよ。


「……二人とも、やめてください。


 俺はフィエ第一です。そこは……」


「「コバタは黙ってて」」


「アッハイ」


 俺は黙るしかない。こういう状況で強引に割って入れる度胸は……ない。


「じゃあ、ボクの意見を言いますね。


 ボクは『独り占めしたい。好きな人を他の女に触らせたくない』


 どうです、この時点でフィエちゃんより想いが強くはありませんか?」


 クィーセは明らかに煽るような言い方だ。それに対して『喧嘩上等の心意気』を持つフィエは激しく応戦した。


「テメェ、もうフィエちゃん言うな。


 言うに事欠いてそれか。オマエに想いが負けると思ってるのか」


 フィエの怒りはもっともだ。多分、何度も我慢してきた思いなのだから。


「じゃあ、次に行きますね?


 フィエ~は前にこう言ってらしたと聞きました。


 『あの子たちは名前だけでは終わらせないから』と言っていたとか」


「コバタと考えていた子供の名前のこと?


 何で知ってるの、……まぁいい、それが何か?」


「ボクは今こう思います、『好きな人がいれば子供にはもうこだわらない』と。


 どうです? 子供が前提となっているそちらより強くないですか?」


「HAHAHAHA。なんだよ『強い』って。


 愛する人との間に子を持ちたいという欲求が足りてないんじゃないです?


 それのどこが強いんだよ」


「そう? ウソ吐いてない?


 それと、将来の見通しが立っていないんじゃない?


 夢見がち~。『災厄』がいつ解決するか分からないんですよ~。


 それまで、フィエ~頑張る?


 『他の誰かでいいんじゃないか』とか、ならないかな~」


「あのさ、それが無理筋だって……。


 …………クィー、オマエ分かってやってるな?


 オマエ、性格悪いわ」


「じゃあ、そんな性格悪いボクに勝てるんです?」


 なんだ、この喧嘩は。この喧嘩の先に何があるというんだ。ククノが言ったようにキャットファイトが起こるのか?


 少なくとも俺には、建設的な応酬とは思えない。非生産的だ。


「クィー、オマエちょっとこっち来い。


 もうわたし達、喋る意味ないだろ」


 フィエが暴力宣言を出す。クィーセが歩み寄る。止めねばと思ったが、フィエは早かった。


 フィエは乱暴にクィーセを掴みよせて、さらにクィーセの頭を引き寄せた。フィエが爪先立ちになる。


「………んっ」


 …………俺の目の前で、何故か二人はキスをしていた。俺は混乱した。美しい光景だと思う。でもなんで今、こう、悔しい気持ちがあるのか。


 クィーセはしばらくフィエからのキスを受けた後に、顔を離して言った。


「……ボク、よくわかんないなぁ。


 フィエはどうしちゃったのですか?」


「オマエ、分かってるじゃん。最後までふざける気か。


 ちょっと来い。ふざけやがって」


 フィエがクィーセを引っ張って、俺の寝室の方に引っ張っていく。俺は事態が呑み込めない。彼女らの考えが分からない。


「ククノ、俺どうしたら?」


【早くいけ、遅れて締め出されたらもっとモヤモヤする】


 俺は危機感を感じて、俺は危機感を感じた。もう危機感しかない。


 遅れたら、フィエとクィーセが、俺を締め出した部屋で、何を?


 俺はギリギリで部屋に滑り込もうとして、閉じる扉に挟まれた。だが中には入れた。セーフだ。しかし目の前の光景はアウトだった。


 フィエがクィーセを押し倒して、抑えつけ、なおもキスしている。もう始まっている、俺はそう思った。


「……フィエちゃんが、浮気してる。


 んふふ、ボクの勝ち。……イケナイ子だなぁ」


 俺はのうみそがはかいされた。フィエが浮気した。クィーセに。


 なんだよそれ。そもそも目の前で浮気されるとかいう特殊性癖は俺、許容外なんです。何でそんな、訳の分からないことを好む人がいるんでしょう。


 フィエはクィーセの服を脱がせ、クィーセはフィエの服をはだけさせる。




(省略)




「コバタ、手伝って」


 フィエは悔しそうな顔で言う。クィーセはフィエの攻めに対して余裕を持った表情をしている。俺はのうみそが破壊されて、それを呆然と見ていた。


「フィエ、説明責任がある。俺は混乱して動けない」


「クィーさんが、まだ満足できてない」


「そうかもね。でも聞きたいのはそれじゃない」


 フィエではなく、ベッドに横たわったクィーセが余裕を持った声で答える。


「……コバタさん。わかんない?


 フィエちゃんボクのこと大好きなんだよ~。


 いっぱいお話して、ボクもフィエちゃんにいっぱい優しくした。そしたら好きになってくれた。何度喧嘩しても許してくれるくらいに。


 通過儀礼の時も、変だなって思わなかった?


 フィエちゃん、ボクにやたらとキスしてくれるんだもん。『他に渡したくない』って感じで。ボク、とってもフィエちゃんからの愛を感じちゃった」


 …………あのさぁ、オマエラなぁ、………………勝手に百合ってるんじゃねぇよ。ふざけやがって。ふざけやがって。しかもガチっぽく百合すんな。


「あのさぁ、これって俺は怒るべきところだよね。


 フィエ、浮気してるじゃん。クィーセ……女の子相手に」


「……コバタはさ。


 わたしにこういう思いをさせてきたんだけど」


「そうだね。本当に良くないことをしました。


 でも今、怒らない理由にならないよね」


「うん、ごめんね。


 ……クィーさんが満足できてない。手伝って」


 クィーセの身体を見る。左乳房にフィエの小さな噛み跡、いくつか残る吸い跡、汗で濡れた肌。……顔は、やや恍惚とした目で、こちらに勝利者の笑みを向ける。


「フィエは、今。


 フィエはどんな気持ちなの?」


「わたしのことはいいから。


 クィーさんを、どうにかしてあげて」


 俺は、さすがにその発言に許せないものを感じた。今さ、俺さ、フィエのために指輪作りお願いしてるところで、出来上がりをとても待ち遠しくしてるんだよ。


 それで……なんかこんなことになってる。


「クィーセ。ちょっと寝てろ。お前は後だわ。


 ……フィエ。ちょっと立て」


 俺はフィエの手首を荒く掴んで立ち上がらせた。




(省略)




 フィエは俺の果敢な攻めにヘタってしまった。こちらはこれでよし。


 俺はクィーセを見ながら思案した。そして出てきた言葉はひとつだった。


「お前何したいん?」


「コバタさんも欲しいし、フィエちゃんも欲しいな。アーシェルティ殿とも仲良くしてますし、ララトゥリ姉貴とも関係良好です。


 ……もっと欲しいな、って。


 ね。ボクは『みんなの中の一人』じゃないんですよ。コバタ先生。ボクにとっては『ボクが主体』なんですから。


 でも、コバタ先生はボクだけ見て。ボクは他の娘も見ちゃうけど」


「あのね。……うん、分かりましたよ。生徒として、俺を真似ているんですね。


 余計なことまで学ぶ、優秀な生徒さんで困るわ。


 ……クィーセに言葉は不要。フィエ正しかった。


 フィエとの悦びを知りやがって、許さんぞ」




(省略)


(そして、そんな様子をアルメピテ奥様は見ていたのだ)


(そして、長女ハーレンは聞いていたのだ)


(そして職人さんは、なんか上の方がうっせえなぁと思っていた)




 アルメピテは思った。彼らの乱行は目に余ると。あまりに眩しい。


 彼らは、今このときを生きている。自身のように『終わってしまった時間』で漂ってはいない。人生を、強く泳ぎ続けている。


 水が入ってしまって鼻の奥が痛いことも、口に水が入ってむせたり、足や腕が水に冷やされ、疲れで力が出ないという経験を今なお続けている。


 自分は、漂っている。力も使わず空を見上げている。それは泳ぎ終わって休んでいる状態だ。でも、これからずっと漂い続けるのだろうか。


 手元には、夫から贈られてきた封書。その紙には香が焚き染めてある。


『私は、君に溺れることもできなくなってしまった。


 しかし、君が満たされ続けていることこそ、私の何よりもの願いだ』


 ……もう、普通の方法では叶わないことだ。自身も夫も、それはよく理解している。


 贈られた封書に、『夫』にキスをすると、あの頃の香りが鼻中を満たした。


 あの人は、いつも回りくどい。照れ屋なのだから。




 ハーレンは、壁の前で思った。


 幼い頃、自分の部屋のベッドは向こう側に置かれていた。今はこっちだ。


 ある時、ふと夜中に気付いた。


 壁の前の床に膝をついていると、いつまでも眠れなかった。


 ベッドの温かみに朦朧としなければ、一睡とて。


 ……自身は、歪んだ欲を抱えている。正せないままに育ってしまった。


 以前は、壁の向こう側を見に行くことなど、恐ろしくて出来なかった。


 しかし、今はその時ほどに恐ろしいわけではない。


 というか、あいつら何やってんだよ。人の実家で何してくれてんだよ。


 青春だからって大概にしろ。許さんぞ。

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