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2-18.ドジメイド、忖度する

 数日間の調査の結果、現在クーデター組織は『待機中』のようだと判明した。


 おそらくはククノが帝都に嫁入りに来てからが行動開始だったのだろう。しかしその船は沈み、ククノは今は俺たちの仲間だ。


 つまり予定外のことが起こり、修正に手間取っている状況のようだった。


【現状を見るに、この身はその組織に殺される手筈だったのかも知れんな。


 まぁ生き残りの勘が働いたわけじゃな】


「お見事にございまする。


 で、ククノはいい加減その腕輪のこと話してくれないの?」


 俺は、ククノがジエルテ神から貰ったという腕輪のことが気になっていた。一度水の曲刀を出してみせたが、それ以外は謎のままだ。


【……そんな気軽に奥の手は話せん】


「俺のハレムに入ったんだろ。それなら一蓮托生じゃないか。


 加えて友達じゃーん、教えてよ」


【友程度の関係で教えられはせぬ。


 ハレムの主だというなら、抱いてからが礼儀というものじゃろう?


 この身はお主と睦言も交わしたことがないのだぞ?


 そういった場にもそもそも呼ばれぬ】


 ……礼儀と言われると俺は弱い。礼儀がなってないのに要求してはいけない。




 そんな話を終えたところで、メイドのメルスクさんが近くにいるのに気付いた。話し終わるまで気配消して待っていたのだろうか。


「コバタ様。仕立て屋の準備が整いました。


 ご都合がよろしいときにお申し付けください」


「こちらからお願いしたことですので、お相手の都合に合わせます。


 お伺いするには、いつ頃が空いてそうですか?」


「いつでも、でございます。既に当館の仕立て部屋に待機させております。いつでもコバタ様の御都合で」


 ……おお。そこまでするんかい。やべえよやべえよ。俺のクソ趣味のせいで職人さん待たせる事態になってしまっているよ。


 俺は大慌てで、今いるメンバーに声掛けした。




 職人さんは、俺の趣味を理解してくれる人だった。


 彼女の肩書は『特殊用途専門服飾職人(宝飾受注・小道具作成も承ります)』だった。メルスクさんのメイド服は、防刃加工や暗器ポケット加工がされているらしい。つまりは同様のものが欲しいとメルスクさんは解釈したのだろう。


 今、採寸の終わったメンバーと一緒に、職人さんと話している。俺以外は口数少なく、職人さんを見つめている。


 職人さんは室内でもこだわりの帽子を被り、メカクレ属性を持っていた。


「アタシはなァ、『目的を持った服』がスキなんだァ。用途は何でもいいんだァ。


 目的に沿ッた物を作るのが好きでこの商売やッてるんだなァ。


 アンタの服装の趣味、最大限に肯定すらァ。


 先ほどデザインを貰った『丈の短い使用人服(ミニスカメイド)』『兎や猫などを模した付け耳、尻尾』『濃紺を基調とした大襟(セーラー服)の服』『薄手の合わせ服(ゆかた)』『スリット入りワンピー(チャイナドレス)ス』『布面積が小さい下着(マイクロビキニ)』とかは、すごく可能性を感じらァ。


 異なる世界には、多様な服があるんだなァ。その再現には心躍らァ」


「どれから仕上がりますか? 早く試したいのです」


「今の手持ちで早く、かァ。『布面積が小さい下着(マイクロビキニ)』だろうなァ。調整は必要だがデザインがシンプルだし、用途はよく分からァ。


 実用性までしッかり持たせるならともかく、形と調整だけでいいなら早えェぜ。


 ……優先順位のオーダーをくれ。すぐに作業を始めらァ」


「あなたと出会えたことを、とても嬉しく思います」


 俺は心からの笑顔を職人さんに向けた。


「コバタ、サイフ女にお礼は?」


 アーシェは俺のスポンサーだ。俺はヒモ男になった。アーシェは自らの主義で『災厄対策に保護』してくれてはいるものの『こういう散財』は対象外だった。


「有難うごさいます。アーシェルティお嬢様。わたくしめに何なりとお申し付けくださいませ」


「……ほぅ。じゃあコバタ。毎回じゃなくていいわ。


 私から『職人さん』にオーダーした服は、あなたも着て貰うわよ」


「仰せのままに。アーシェルティお嬢様。同好の士でしたか」


 職人さんは、作業にさっそく入ってくれた。


 職人さんはわざとらしい喋り方と、小さな背丈と、ピンクアッシュの髪の毛を持っていた。そして、彼女が活動中はメルスクさんが失踪する。


 そして、彼女は言葉遣いの荒さと反比例して、細い声をしている。


 架空の職人になり切っているメルスクさんにツッコミを入れてはいけないと、皆が理解していた。だって、フィエもララさんもアーシェも、イメージプレイしたことがあるから。演じている自分を冷めた目で指摘される怖さを知っているから。そしてクィーセとククノは空気読めるから。


「おう、コバタの兄ちゃんよォ。すまねェが、奥様に『メルスク』はしばらくコバタの兄ちゃん専属にするッて伝えてくれねェか。


 引継ぎは終わッているはずだからよォ」


「分かりました。メルスクさんは俺専属のメイドさんですね」


 ……おもしれー人だなぁ。特殊技能たくさんだわ。有能すぎる。


 フィエが我慢できなくなったのか、こう尋ねた。


「ところで職人さん。わたし達はどうお呼びすれば?


 これからも『職人さん』でいいのでしょうか?」


「ハハッ、それでいいさァ。


 職人に名前なんていらねェよ。作ッたもんが全てさァ……!」




 夕食の席で、アルメピテ奥様にはメルスクさんをお借りしたことを伝えた。


「あら、そうだったのですか?


 あの子からは休暇の届を貰っていたのですが」


「……! な、なんとか有給休暇ってことにできないでしょうか。


 メルスクさんは、今も働いていているんです」


「……そうなのですか。あの子は、今何をしているのでしょうか?」


「…………ええと、部屋にこもっての作業をお願いしています」


「……部屋の中で、作業……? …………! あ、ああ。そうなのですね」


 奥様はなにかフラッシュバックした光景があるようだ。頬を染め、目を逸らす。どうやら俺は人様の使用人に手を出す男と認識されたようだった。




 あのメイド、メルスクさんは変な方向にまで手を回していた。俺は翌日、ウイアーン帝都中央に呼び出しを受けた。


 大貴族であるソーセス様、つまりはアルメピテ奥様の旦那さんである。


 俺が伺った先は言ってみれば『政治活動用の事務所』に当たるのだろうか。立派な建物ではあるが、その内部は多数の人が行きかい、慌ただしい雰囲気だった。


 俺はそんな喧騒から充分離れた、奥まった部屋に通された。応接室だ。……政治家はこういうところで密談したりするんだろうか。いや、料亭とかもあるか。


「よく来てくれたね。呼びつけることになってしまい、すまなかった」


 その老人は笑顔で迎えてくれた。この方がソーセス様か。奥様とは結構歳が離れている感じがある。しかし口調はハキハキとして聞き取りやすい。


「いえ、こちらこそお世話いただく以上、挨拶にお伺いするべきだったのですが」


「私の方から不要と言ったまでだ。親戚を泊めるのだから、堅苦しい礼儀はね。


 それに私の忙しさに付き合わせてもいかんだろう」


「寛大なお言葉有難うございます。本日は一人でお伺いさせて頂きましたが、他4人に代わりまして、再度お礼を……」


「ははは、良いのだよ。


 それで、礼の代わりにと言っては何だが、頼みごとを聞いて貰えるかね」


 ……ぬ。政治家からの頼みなんて聞きたくないなぁ。でも断れない。


「なんなりと」


「いいかね。まず、この部屋について話そう。


 ここは防音と、周囲に信頼した兵による警護が成されている。密偵対策だ。大きな声でも聞こえないはずだが、出来れば小声で頼む」


 そう言ってソーセス様は俺に少し間を詰めるように言った。


「……いいかね?


 君は今『アーシェルティ嬢の供として、我が館に滞在している』となっている。それを『実は、私に招かれて逗留している』ことにして欲しいのだよ」


 なんだそれ、意味の分からない要求をされると不安になる。相手は政治家だ。どんな意図があるか分かったものではない。


「……どういった理由があるのでしょうか。お聞かせ願えますか」


「これは醜聞対策だ。……政界は蛇の巣だよ。うっかりすると噛まれる。


 いいかね、メルスクは危険を報告してくれた。


 ……君は……ゲフン。『色狂いの迷い人』と呼ばれているそうだな」


 ……なんでそんな悪名がこんなところにまで伝わってるんだよ。勘弁して。いやまぁそんな奴、確かに危険ですよね。


「いやいやいやいや、そんな、その、やましいことはしていません」


 勘違いされたら死ぬと思い、俺は強く否定した。だがソーセス様は落ち着いた雰囲気のままだ。俺を敵視している様子はない……のだが、政治家だし表情を信用できない。


「違うのだ……違うのだよ。


 いいかね、よく聞いてくれ給え。『アーシェルティ嬢の供』というのはまずいのだよ。『君を、私が呼んだ』とするのが重要なのだ」


「……え? え?


 どういう理屈なんでしょうか、俺はこちらの世界では分からないことだらけでして、おっしゃる意味が良く呑み込めないのですが。


 ええと、俺がその……『奥様に手を出しそう』とか危惧されているのではなく……『呼んだ人間が誰か』という点が重要、と?」


「……そう、重要なのは『誰が呼んだか』なんだ。


 いいかね、口を挟まず聞いてくれ。これは政治の話なんだ。政治、私の仕事だ。


 きっと君には受け入れがたい内容であることは察する。だが聞いて貰わねばならないことなのだ。とても重要な政治的案件なんだ。


 いいかね、『アーシェルティ嬢の供に妻を寝取られたとなると、私は恥をかいた身、妻は浮気女として醜聞となる。政治的にダメージとなる。しかし、欲求不満を抱えた妻に、忙しい夫が情夫を呼び寄せたとなれば、政治的にダメージとはならない』のだよ。


 むしろ『そういう気配り』が出来ていると一部からは評価されるんだ」


 ……ナニ、イッテンダ。……ワケガ、ワカラナイヨ。……??????


「なんですかその複雑怪奇。なんでそうなるんです。うそでしょ。ウソだあ」


 俺はあまりにもよく分からないことを言われたので、もはや口調を取り繕ってはいられなかった。……ソーセス様は、冗談でも言ってるとしか思えない。


「いいかね、君は信じられないようだが、事実なんだ。ウソではない。


 ……ちなみに、私は何歳に見える?」


 男女問わず、自分の年齢当ててみてとか言われても困るが、正直に答える。


「……間違いでしたらすいません。60歳以上……?」


 正直言えば70近くに見える。完全に老人だ。しわくちゃで痩せたおじいちゃん。


「まだ50なんだ。しかし、政治の世界や色々で衰えてしまった。


 私は結婚も遅くてね。30のときに15の妻を娶った。良き妻だ。とても愛しているのだ。しかし私は生まれた家が悪かった。


 政治に明け暮れなくてはならなかったのだ。それが一族のためなのだ。政治に命をすり減らし、また……妻と為すことにも命を削ったように思う」


「…………は?」


「私も結構旺盛なつもりだが、妻はそれ以上でね……新婚当初からよく話し合い、お互いを知り、愛し合った。


 妻は、私の特殊な趣味にも理解を示してくれたし、よく応えてくれた」


 なんかカミングアウトの気配を感じる。なんで初対面の俺にそんなことを?!


「ちょっと待って下さい。他人の性生活を聞く趣味はないです」


「なら話題を変えよう。君は……衣装を工夫することを楽しむようだね?


 いいかね、メルスクに私が『作業の中止』を命じれば、君より優先する。そして帝都周辺地域の服飾店は私が一声かければ君を締め出してくれる。


 言っている意味は分かるね? 私の話を聞かないと、どういう結果になるか」


 ソーセス様は、衣装作成を中止させるぞと脅しをかけている。やっぱ政治家って卑怯だよぅ。その脅しが俺によく効くことを本能的に察知してる。


「……衣装のために聞きましょう」


 俺は性癖まで知られている。逃げるのは不可能だ。なら聞くしかない。


「自分を語ろう。……私は若い頃から政治人間だった。たまったストレスを高級娼館で発散した。そうでもしなければ狂ってしまうからだ。


 いいかね、私が好んだ娼館はあるシステムを取っていた。『覗き窓』から待機部屋の娼婦を値踏みして選ぶというシステムだ。


 それが、私の癖になってしまったのだよ。とても昂るんだ。私はこの恥ずべき癖を直せなかった。懸命に尽くしてくれる妻を迎えても……治せなかったんだ。


 私の不能は、まだ婚約状態の妻を大いに傷付け、心配させてしまったのだ。


 そこで、私は妻に全てを打ち明けた。……妻は私の情けない部分を全て受け入れてくれた。そうして妻の寝室に『覗き窓』を作ったのだ。


 妻には合意・事前確認の上で覗き、妻は『知らぬふり』を演じた。……効果はてきめんだった。私たちはそれで、6人の子を儲けた」


 窃視症……という奴だろうか。まぁ夫婦間で合意の上だから問題ないけど。一度覗かないと行為に及ぶ状態にならないとは……業が深い。


「……ひとつ言いますね。お子さんには絶ッ対バラしちゃダメな奴ですよ」


 要らんアドバイスだとは思うが、俺は言わずにはいられなかった。


「私はそんなことはしない。知れば、我が子らは罪や宿業を背負ったと感じるかも知れぬ。そんな負の遺産を与えようなどとは思っていない。


 そして今、私は衰えてしまったんだ。……いいかね、私は妻の期待には応えられなくなってしまったんだ」


 年上で身分も上で、なおかつ今お世話になっている館の主人であるソーセス様に対して、俺は無礼であっても反抗しなければならない予感を感じた。


「ちょっと待て。コラ。オマエな」


「わかっている。メルスクから聞いたよ。君は風説に比べまともだ。しかし、溢れんばかりの『欲』を抱えているのだろう?


 夜な夜な4人の女性を侍らして、全て満足させていると聞く。しかも全員が気をやっても尚、収まらぬほどに激しいとか」


 あのバカメイド、なにを話してるんだ。人の性生活を勝手にバラすな! そしてこの覗きジジイ、それ以上言うな!


「待てやコラ、オマエちょっと待てコラ、それ以上言うなコラ」


「どうだね、私の妻は美しかろう?」


「そういう話じゃネンだわ。アンタ奥さんのこと愛してるんでしょ?


 あんた覗き以外に厄介な性癖抱えてないか。おれは、いやだぜ」


 俺は基本的に他人の性癖なんてどうでもいい。だがそこに巻き込まれる危険を感じたら全力で反抗する。


 ソーセス様は、声を低く重くして言った。


「……オイコラ、私の妻が美しくないとでも言うのか貴様」


「そんなん言ってない。おうつくしいですよ、だからヤバいんですよ」


「……そうか、そうだよなぁ。しかも貞淑で優しくエロいという自慢の妻なんだ。子供たちを一人も欠けることなく育て上げた。私をよく支えてくれた。


 そんな妻を、『浮気女』とクソ醜聞屋に書き立てられるのは我慢ならないのだ。あのクソどもは有ること無いこと書き立てて『世の役に立った』というツラをしているが、その陰で傷付いた相手に謝りもせんし誤報を訂正もせんし反省もせんのだ。なぜ悪意ある宣伝をしたとしても牢にブチ込めんのか。


 ……いいかね、私は妻の名誉を守りたいのだ」


 直感的に分かる。言葉にウソはない。まぁマスコミってそういうもんだしなぁ。


「……奥様の名誉を守るのには、協力しますが。


 実際、その……行為は必要ないのでは?」


「君はお香を使ったな?


 あれは、妻を『点火』させるんだよ。あの香りは……一種の起爆剤なんだ。


 彼女の父親、つまりはアーシェルティ嬢の父親でもあるが……彼は『戦場の陣太鼓』を聞くと荒れ狂う戦士に変貌したという。血筋というものを考えさせられる特性だ。条件を得ると強く反応するのだ。


 ……多分もう、内心は荒れ狂う『大陸間航行を妨げる海』の如くだろう」


 ……え、なにそれ。変な特性が遺伝する家系ってこと? スイッチ入っちゃうと止まらないってことなの……?


「えっ、それをメルスクさんは知らなかったってことですか」


「いや、雇用時に説明した。備品を取り扱うからには必要な知識だ」


「……じゃあなんで、あのバカメイドは俺に渡したんでしょう?」


「……彼女個人については、少しズレていると言うか、私もよく分からんのだ。


 派遣元はずっと懇意にしていて私を支援してくれている。それにメルスクの報告は私の内心の葛藤にケリを付けてくれた。


 いいかね。私はもう……愛する人を満たそうと思っても……応えられない。だがそれでも、妻には満ち足りていてほしいんだ」


「……俺、ちょっとそっち方面は理解が難しいんです。特にリアルでは。


 よくある性癖のような気もしますけど……」


「そうだ、こちらの世界でもよくあるんだ。さっき言っただろう? 『気遣いが出来ていると評価される』って。


 だから、大丈夫なんだよ。頼んだ。頼んだぞ。約束だ。ありがとうありがとう」


 ……こっちは了解していないのに、先に礼を言われる。政治家がゴリ押しで来ている段階だ。断れば次の段階……それがどういう方法かは分からないが押し通すだろう。


 ……仕方ない。この人には折れたように見せるか、奥様は理性で耐えてくれるだろう。あんな優しく子供想いな奥様が暴走するわけない。


 この覗きフェチのジジイが何を言おうとも、奥様が望まない限りそういうことはあり得ないのだ。


 となれば、ここで利益を引き出しておこう。さっき無理やり性癖聞かされたり脅されたりしたからな。一方的に折れる形で終わらせたら、今後もタダ働きさせられかねない。対価が必要だと認識させよう。


「感謝はともかく、これは俺個人にとってかなり負担となります。


 奥様を悪く捉えてそう言うのではありません。俺の周囲への説明、説得。これがひどく負担となるのです。何かお力添えは頂けたりはしませんか」


「彼女らの機嫌を取るための品なら、裏予算の許す限り配慮しよう」


 ……今、『裏予算』とか言いやがった。こいつ綺麗な政治家じゃねぇな。なんか遠慮する気失せて来たわ。


「機嫌を取るなら、劇や見世物。酒とおいしい食べ物。アーシェはなんか好きなもの知ってましたらそれで。えーと、残りは追加でお知らせします」


 ……そう言えば、クィーセやククノの欲しがりそうなものが分からない。今度訊かなくちゃいけないな。


 クィーセは、身に付けているものとか『先生』のものだったりするんだろう。下手に新しく、同じものを渡してしまうのは無神経かもしれない。うーん、今すぐ思いつけるものがない。


 ククノが欲しいものってなんだよ。最近、寝室への招待を要求されたが、それはまだ却下したい。


 ……なんか俺、本来やっておくべきことが足りてないな。何で今更みんなが欲しがりそうなものが何かとか考えているんだろ。フィエやララさんにもプレゼント……っていうか、ああああ!!!!!!!


 渡すべきものある、フィエに! 『婚約指輪』を渡さなきゃ……!!!


 なんで俺はそういう重要なことに気が回らないんだ! アホか俺!


「どうしたのかね、いきなり黙って悩み出して?」


「……俺、お金稼ぐ方法が欲しいんですが。


 正当な手段でお金を稼いで、自分のパートナーに渡したいものがあるんです」


「ふむ。私の用意したものでは良くないということか。


 仕事の手配か……君の出来ることは?」


 ソーセス様は相談に乗ってくれるようだ。……だが、新たに俺の弱みをさらしてしまった気もする。


 ええい、こうなったら利用するだけ利用してしまおう。


「魔法と、戦闘……あとは糸紬と、技術の要らない肉体労働ですかね……」


 こうして考えると、俺には金を稼ぐスキルがあまりない。早めに『災厄』を片付けて、暮らしていけるスキルを見付けなければ。


 んー、どこかいい感じの田舎でフィエとララさんとアーシェとクィーセとククノと一緒にゆっくり暮らせるようにならなくちゃいけないなぁ。


 みんなで老後、お茶でも飲みながら……えーと『不妊の呪い』が解けたとしてその頃何人、子供や孫がいる感じになるんだ……? やばい、想像が付かない。


 ……まぁ、それはゆっくり考えよう。


「今、一つ紹介できる。正当なものだし、後ろめたくもないものだ」


「助かります。紹介して頂けますか?」


 キラリ、とソーセス様の目が光る。


「いいかね。それを教えるためには、先ほどの件の確約が欲しいのだ。


 君が『消極的に約束を反故』にできないような確約をね。


 ああ、私くらいになると君が帝都で何か仕事をしようとしても妨害できるぞ」


 くっそ、ちゃんと俺の企み見抜かれてた。このタイミングでカードとして出してくるのかよ。


「あんた、やっぱ汚い政治家だろ。奥さんに恥ずかしくないのか」


 ソーセス様は俺の言葉には全く動じない。おそらく政治的なヤジを飛ばされるのには慣れているのだろう。


「……君は、『君のパートナー』に誇れる生き方は出来ているかね?


 悲しいことに私は出来ていない。だが家族は幸せにしてきたつもりだよ」


 ……勝てん。俺は後ろめたく感じる部分が多すぎる。こういう交渉事は『恥知らずになれる人間』が圧倒的に有利だ。つまり政治家の独壇場だ。俺如きでは勝てない……。


 しばらく思い悩む様子の俺を見て、ソーセス様はふっと笑って、譲歩した。


「……まぁ、君がそう思い悩んでくれる人間だと分かった、ということを今回の収穫としよう。


 先ほどの依頼は取り下げる。……すまなかったね、政治家業というのは相手を何とかやり込めようとしてしまう。


 君は政治の人間ではないし、客人だ。……私の悩みごとを聞いてくれてありがとう、それだけで十分だ。依頼された手配の方は全てさせて貰うよ」


 どうやら俺は、あまりに敵役として弱過ぎたらしい。ソーセス様は少し寂し気にもう一度微笑んでから、俺を帰してくれた。


 ……最終的には、得をしただけの結果だ。でもそれは、誇れる立場として得たものではなかった。勝ち取ったものではなかった。

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