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2-15.ポイズン、そしてエロ劇

 俺は前の世界で思っていた。手に入らないものばかりだと。


 世の中とは自分に都合よくは出来ていない。街角で美人を見付けたとて、それは俺とは関わりのない誰かであるし、街頭広告に美しい人がいてもそれは俺とは関係ない人だ。駅のホームの向こう側にいた人とか、ニュース番組のVTRにたまたま映り込んだ通行人など、探しようもない相手だ。


 しかし、その状況に不満を訴えても仕方ない。言っても仕方ない。


 だが思う。世界は本来それでいいのだと。それを探し求めるから、行動力のある人が評価されるのだと。正当なものだ。


 今、俺の周りには不当な環境が構成されている。なんだこれは。俺はフィエが横にいるだけで一生分の幸せを得ているのに、幸運の貸し付けが大きすぎる。




 クィーセは俺の横で穏やかに寝ている。フィエに土下座して、クィーセの心が安定するまで優先権を譲って貰った。通過儀礼の遅らせも頼んだ。


「コバタ。気負うといけないから言っておくね。


 わたしもクィーさんが心配だから、それについては頭を下げなくていい。


 でも、わたしはコバタを離すつもりないから本気で覚悟してね。


 あの子たちは名前だけでは終わらせないからね」


 『あの子たち』とはまだ名前しか存在しない俺とフィエの子供のことだ。こわいなーこわいなー。こわいフィエも可愛いなぁ。


 お酒で心が少し解けたのか、クィーセはこの間ほど激しいことはなく緩やかだった。そしてたまに笑いながら俺を受け入れてくれた。


 そう言えば、クィーセってお酒苦手みたいなことを聞いた気がするが……それも何かのブラフだったのかも知れない。今みたいに心が解けるのを嫌がっていたのかも知れない。


 ……でも結局、何が上手くいったのかよく分かっていない。途中計算式がテキトーなのにクィーセ先生に合格点を出して貰ったようなものだ。不正だ。


 そんなことを考えながら見つめるのは、今日初めて泊まる寝室の、見知らぬ天井。……なんか、天井にまで絵が描いてあるお部屋なんですけど。


 広い館なのでそれぞれに個室がある。俺は何故か大きなベッドのある個室を宛がわれていた。適切ではあるが何故そうなったかを思うと胸が冷える。


 ……どういう説明をしたらこの待遇になるんだ。寝相が悪いとか?


 俺は天井画まである立派なお部屋で寝るという経験をこれまでしていない。アーシェ邸は聖職者の家ということもあってか、派手ではなかった。


 豪華な部屋に慣れないせいか眠れない。枕もデカくてちょっと柔らかすぎる。


 一度、俺は自分が帝都に来た理由を再確認する。


 クーデター組織の調査と、可能ならばそれを撲滅することだ。加えて言えば『砂漠の向こう』からの侵略船団や『対岸』にも対処せねばならない。


 加えて、まだ手付かずの『ジエルテの神託』。


 ……そういえば、指輪の魔法もあまり使っていない。なんか『災厄』に対処するために不妊状態にされてしまっているけど、その原因であるこの指輪、結局いつ使えばいいんだ。エッチ機能として使われることがほとんどだぞ。


 俺にとって頻繁に使われる技能は、ララさんと走り込みで鍛えた足腰と胆力や持久力、トティツ師匠との訓練で身に付けた技術、膂力、腕力。クィーセ先生と話ながら整理していった自分の心とか、そういうものくらいだ。


 ……ん、少し眠くなってきたかも。ちょっと酒臭いが、クィーセの規則正しい寝息を聞いているとリラックスしてきたのかも知れない。


 しかし、何か動いた気配を感じた。音はない。空気の揺れもほぼない。ただ、明らかにいる。こわいなーこわいなー。


 クィーセはお酒が入ると完全に寝入ってしまうタイプのようだ。気付く様子はない。いざというときは叩き起こさなければならないのが可哀そうだ。


 …………あれ。やばいかも。『相手は俺が起きているのにちゃんと気付いている』気がする。薄眼の端に人影。


 ……背の低さからして、そのシルエットからして。間違いない。


 あのメイドさんだ。彼女はこちらに視線を向けてアピールしながら室内を歩き、飾り戸棚の上に音もなく何かを置いた。


 そして、ここに置きましたよ、と言わんばかりに視線を強める。俺は思わず頷いてしまった。……まぁ、気付かれていたから別にいいんだけど。




 次の朝、クィーセをちょっと早めに起こして彼女の部屋で身支度させるため送り出す。朝食は規則正しく行なわれるようなので、遅刻させられない。


 それから飾り棚の上を確認した。昨日からそこには燭台が置かれていたが、その陰に小瓶が置かれている。これを置いて行ったようだ。


 中にはなにか、黒か茶の粒が入っている。うーん、俺には何か分からん。


 朝の内に確認しておきたいと思った。今日からはいろいろ行動が始まる。誰に訊くか考えて、一番適役そうなアーシェのもとへ向かった。


「……あら、コバタ。…………コバタ?! あなたまさか朝から……?!」


 アーシェは何か勘違いしている。部屋に入り込んで座らせ、二つ質問した。


「昨晩、部屋に侵入された。というかここ他人の家だし表現として間違ってるかもだけど。……メイドさんがこれを置いて行った。アーシェに訊きたい。


 隠密の技能を持ってるアーシェからして、あのメイドさんは何者に見える?


 それとこの小瓶の中身って分かる?」


「あれは訓練されているのは間違いないと思います。ですが実力を上手に誤魔化されると正確に見積もれません。


 この家の使用人であるということ以外、何者かは分かりません。


 これの中身は……おそらくお香ですね。


 …………媚薬効果があるもののように思えます。もしかしてアレかも。使いすぎて死ぬ人が出て禁制品になった……」


「えっ、吸い過ぎると毒になるの? まさか麻薬とかそーゆーのじゃないよな?」


「いえ、単体使用しても酩酊効果や毒の働きなどはありません。依存性は……これそのものにはないと聞きます。


 死因は、腹上死ですね。男女両方の性感が高まりやすいとか。お香は何も悪くない。節度を守れない人間が悪いというタイプの毒ではありますけど」


 ……なんて、的確な毒なんだろう。俺に特効の毒なのでは。ちょっと興味湧いちゃってる。なんかエロマンガ的アイテムで好き。


「えーと、違法のアイテム?」


「これは元々、ある地方の奇祭と言いますか……そこで使われていたものです。


 つまりは、多人数で大っぴらに使うのが帝都周辺では公序良俗に反するというだけです。……実を言うとむかしバカな人が奇祭を真似して、人に見られる場所で使ったんです。しかも多人数だから無理をする人もいて死者も出ました。


 それ以来これは禁止されました。バカのせいで規制が強まるという良い例です。


 ……なので、あまり大っぴらに使わなければ咎めを受けたりはしませんよ」


 アーシェはこちらをエロ目線で見た。……お前普段一応真面目だろ。エロアイテムだからって許容してないか。




 朝食の席には奥様、長女、メイドのニューカマー3人が揃っていた。


 長女ハーレンケンセ様は昨晩ララさんに興味を示し、意気投合したようだ。まぁ戦闘の場面とかでは似た行動とりそうなタイプではある。姉御系というか。


 メイドのメルスクさんは普通に配膳業務をしている。


 奥様アルメピテ様は、俺に興味を示されていた。……どーすんだこれ。


「異界からいらして、世界を見て回るなんてなんて冒険心溢れることでしょう。


 アーシェルも良い……思い人を持ったものです。楽しく生きてこそです」


 ……うーん、真面目ちゃんだったアーシェを自由人にしてしまった相手への興味だな、これは。セーフセーフ。


 問題なく朝食を終えた俺たちは、今日の行動を開始した。


 今日、俺たちが行なうのは街の散策だ。アーシェとクィーセは最初から調査に入るが、調査スキルが低いメンバー、俺とフィエとララさんとククノは街全体の観察を行なう。要するに地理把握だ。


 いざというときに迷子になってしまったり、ガラの悪い地区に入り込んで絡まれとかは避けたい。それに隠密調査だから揉め事は起こせない。


 帝都中で魔法は、魔法兵士しか使うことを許可されない。あとは医療スキル『癒しの帯』以外御法度だ。それも無暗に使ってはいけない。


 そんなわけで俺たちは街を散策し始めた。




 4人連れ立って歩き、露天などを覗いてみたりすると、なんだか俺とララさんが夫婦のように見られる。フィエは微妙に釈然としない感じだ。俺とフィエが手をつないで、ララさんとククノが手をつないでいる。……そう見えるかもな。


 しばらくするとククノが俺に話しかけた。


【2対2に分かれるよう提案せい。


 フィエとちょっとサボってきて鬱憤を解消してやれ。


 ちょっとにしておけ、しかしそれだけで効果はあるはずじゃ】


 ……ククノは俺の素敵な友人だ。こんなに気の利いた提案をしてくれる。しかも先ほどからククノはララさんに対して笑顔アピール、『あなたといるのが楽しい』と布石を張ってくれている。無理なく分割できるかもしれない。




 俺とフィエは二人連れ立って帝都を歩いた。やはり二人でないと出来ない会話や生まれる雰囲気の差というものはある。


 俺に求められる役割は、『ちょっとした悪事』を効果的にフィエと共有することだ。アーシェが好む『二人だけの秘密』という奴だ。


 しかし、ただ宿に連れ込むというのも何か違う気がする。それなので俺は都のあちこちをひたすら観察した。フィエに語り掛け、笑いかける以外は必死に探した。


 そして見付けた。ちょっと下町っぽく、色っぽい雰囲気のあるところを。


「フィエ、あれなんだろ。劇っぽい感じ?」


 俺が指差した先を、フィエは凝視した。興味を引かれたようだ。


「い、いやー、あれって多分その、普通の劇じゃないと思うなぁ。


 …………もしかして、分かって言ってるな?」


「フィエと見たいなー」


 まぁ、こちらの世界だとエロ動画はないから、それに類似するタイプの劇だと思えばいい。フィエは本日の演目を見て、電撃に撃たれたようになった。


「えっ? あっこれ。ええ? 本当に?」


「どうしたの、もしかして知ってる?」


「これ多分、有名な劇作家が下積み時代に書いた奴だ……」


 なるほどなぁ、それはフィエにとっていろいろな意味で興味が湧くだろう。有名作品は見ても、こういう普通見れないタイプのものは地方都市にはない。


「…………フィエ、一緒に見よう、見ちゃおうよ。


 集合時間に少し遅れる感じだけど、ララさんとククノにはさ、ちょっと道に迷ってウロウロしてたって言う」


「……見る!」


 そして、フィエとのエロ劇鑑賞が始まった。




 劇場は客席側は薄暗く、舞台だけが間接的な採光と人工照明で明るい。天井のある半地下、すり鉢状に舞台を見下ろす扇型の劇場。


 俺はフィエを周囲からガードしつつ、劇と観客席を半々に見ていた。劇自体も面白そうであるが、単純に異文化要素が強い劇場の様子を見てみたかった。


 観客はやはり男性が多いが、ちらほら女性もいる。しかもその道の方というわけではなく、一般女性が数人まとまって、あるいは俺とフィエのように男女で来ているみたいだ。単独で来ているように見える豪の女もいる。


 文化の差だろうか、劇自体が始まってもずっと小さなガヤガヤ感があるし、たまに演者への掛け声や口笛が吹かれる。劇の内容的に、辛抱たまらなくなった人がガタリと席を外したりとちょっと雑然としている。


 フィエは興味深げに劇を分析している。エロ劇ではあるがエロよりその手法を楽しんでいる感じだ。


「序盤で端的に状況説明して、その後はその要素をうまく使ってるね。


 たったあれだけの前振りなのに、ちゃんと必要な要素が入ってる」


 ……上手なエロ漫画もそうだな。ああ、これエロ漫画としてみればいいのか。


「うーん、ちょっと辛口だけどあの踊りはなー。


 間違いなく私よりは上手いよ、でもなぁー。


 ククちゃんの見るとどうしてもなぁ。粗が見えちゃうんだよね」


 高クオリティを知る者は評価基準がきついな。しばらく分析気味だったフィエだが、なんか劇が盛り上がってくると黙って舞台に見入っている。


 ……俺も大概だけど、フィエもかなりスケベタイプだよなぁ。


 しかし、俺が見た限りだと細かくシチュエーションを変えて、エロ漫画で言えば3回は狙ったシーンがあった。方向性を統一しつつも味わいは異なる。


 一流はエロも上手なんだな。まぁ、ジャンルがハード凌辱系で竿役が金持ち系種付けおじさんだったけど。こっちもエロ文化って強いんだな。


 劇場から去り際に、ある一般客が呟いているのが聞こえた。


「アイツめ、今はお高く止まっちまいやがって。エロ脚本書いてた頃のアイツの方が好きだったよ」


 ……エロ漫画描いてた人が一般しか描かなくなってしまったみたいなものか。




 俺とフィエはやや遅れて集合場所に到着した。ララさん側も遅れて集合したので、遅れるかものドキドキ感と向こうが遅かったホッとした感があった。


 フィエは大満足していたし、なにかあからさまに俺に向ける目が違う。……まさか、再現を望むというのか。あれ結構ハード系じゃない?


 俺は以前フィエに1日半の長丁場を付き合わせた時も、倫理的に著しく許容が難しいものは除外した。要は『こんなんエロ漫画の中だけやろ』レベルだ。……休み休みでとはいえ一日半も大概だと思うが、そのくらいはリアルでもあるんじゃないかなと。


 しかし、フィエよ……。あのレベルを受け入れる気があるとは。




 アーシェとクィーセリアからの報告は、それぞれこうだ。


「光教団には視察名目で行きました。


 ……私の退職理由がもう伝わっていました。


 まぁ、うん。そうですね。噂って伝わるの早いですね。船より早いとは。


 そんなわけで、少ししか調査できませんでしたね。好奇の目で動き辛くて」


 そやなぁ。アーシェの顔や体付きはただでさえ目立つのに、愛人と旅行中とか知られていたら注目の目がひどいことになるなぁ。


 退職届けで正直にぶっちゃけたのはアーシェなりの覚悟表明だったんだろうけどさ。……そもそも公示されるものにそんな理由書くな。


「こちらは成果ありです。


 数人、怪しい執行官がいるのを感じました。ウイアーン帝都で人数が多めとはいえ、『放任・執行』は決して大所帯ではありませんので。


 そこに数人。見立てが正しければ侵食が激しい。『アレ』が起こるとしたら近く、この周辺と思います。


 ククノちゃんの情報も併せて考えると、砂漠向こうからに合わせた実行で間違いないでしょうね。国難に乗じるとかチャレンジャーです。


 あと、アーシェルティ殿が囮になっていたので動きやすかった。大きな役割を果たされていたと思います」


 クィーセはアーシェへのフォローを欠かさない。何気にこの二人って仲が良い雰囲気がある。俺はクィーセに質問した。


「怪しい執行官って?」


「こっそり見させて頂いた『名簿情報・実績や評価』と『ボクから見た実力と雰囲気』の相違です。別人かと思われます。


 評価の割に強い組み合わせの魔法使いとは思えない所作とか、現場実績少ないのに警戒感がキレキレとかです。勘ですね。


 実績評価のブレとは思えない程度に差がある相手のみで3人。加えて移籍が最近でした。ちょっと怪しいかなで更に4人追加です。丁寧に名簿情報に合わせて潜伏されてたらもっと居る。


 読み違いも当然あるでしょうけど、目星は付けてます。


 でも時間かかるのはここからなんですよね。裏付けがまだない」


「ところで、本丸というか、あの『名前が出てる人』は?」


 防諜のため固有名詞で言うことはアーシェに禁止されているが『西方神聖騎士団メィムミィ第三副団長』つまりはクーデター組織の一人だ。


 アーシェが答える。


「顔はちらりと拝見しました。まだ本人に接触するのは早すぎます。狙って会いに来たと思われます。


 ……逆に『仲間のフリをして潜入する』にしても、周辺情報が不明なうちは控えるべきでしょう。


 ……ですが、クィーセリアの見立てを信じ、『実行が近まっているので人が集結をしている』のであれば、好機とも言えます」

【ブックマーク・評価・感想など頂けると助かります】

反応を頂くのは簡単なことではないと分かっているのですが

読んで頂けているのかちょっと不安です。

よろしくお願いします。

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