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2-13.タイムリミット

 クィーセさんは明らかに怒りながら『その発言』をして、去った。


 俺はそれがデマである可能性を考慮していたが、同時に少し空っぽな気持ちになっていた。……あんな発言を鵜呑みにはしてはいけない。鵜呑みにしたら死ぬ。でも、気になるから確かめたいという気持ちが溢れてくる。


 ……あ、どうしよう。誰に確認取ればいいか分かんない。なんか、怖い。


 俺がジエルテ神の呪いにかかって子供を作れなくなっている……それをみんなが黙っていたのは優しさからのものだと思う。それは間違いない。


 こちらの結婚制度が『出来てから婚』である以上、フィエとの結婚が遠ざかったというのはショックだ。……しかし、それは名目であって実態ではないと割り切れなくもない。


 あとは、俺とフィエの子供が産まれてこない……というのもショックだ。10人も名前考えてあるのに……。


 子供……子供か。


 ……加えて、クィーセさんはなんか、あからさまなくらいイヤな不安を俺に植え付けていった。……あんな、内容を。


 俺はみんなを信じているけど……なんなんだこの不安にさせる気持ちは。


 俺はフラフラと彷徨い、甲板の中ほどでククノを見付けた。1メートルほどの高さの木箱に腰かけている。




【で、誰に聞くのも怖くなってこの身を頼ったと】


「……うん」


【友がいて良かったのぅ。


 ……先ほどの会話は、隠れてこの身も聞いておった。


 恋仲にある相手には中々、面と向かって話しにくい内容じゃ。


 まぁ……『信じろ』『心配するな』の一言で片付けはせん。


 友としての力量の見せどころじゃな。


 安心せい、信じさせるだけの言葉は用意してある】


「……うん。……うん? 言葉の用意? なんだ騙すつもりか?」


【人聞きが悪いな。一生、あるじを幸せにし喜ばせるだけのことを学んできた。


 それをするのも仕事の内というだけだ】


「仕事上の関係? 俺にとってククノはそうなの? レンタルフレンド?」


【おー、心に傷を受けたのう。今は心が痛んどるんじゃな。


 ……わかった。それを友として頑張って癒そう。


 それ以上を望んでも受け入れよう。この身はお主のためにあると思え】


 ククノは木箱に腰かけたまま、俺を迎い入れるように両手を広げた。


「…………甘えさせて、慰めてくれますか」


【それを聞きたかった】


 俺は、跪いてククノの腹に顔を埋めた。涙が溢れ出る。力が抜けて、やがて腿の方まで崩れ落ちる。ククノが俺の背中を優しくポンポンする。


「ふぇぇ。ふぇぇぇぇぇ」


【よしよし。怖かったじゃろう。


 見事に離間策にひっかかってしまったのう】


「ふぇぇ。ふぅぅぅぅぅん。うぇぇ」


【いいか、クィーセの言ったことはよくある離間策じゃ。


 ……しかしよく効いておる。すごい効いてる、効いてるのぅ】


「ふぃぃぃ。ヴェェ。うううぅ怖いよぅ」


【この身に最初に頼ったのは正解じゃったのう。


 他に会いに行ってしまったら、悪い結果になっていたやも知れん】


「やめて、わるい結果とか言わないでぇぇぇ」


【よしよし。


 少し落ち着いたようじゃから、カラクリを話すぞ】


「ふぇぇ……カラクリ?」


【クィーセの使った策はな、王宮でもよく事例があるのだ】


「ふぇぇ、ひぃぃぃぃ王宮こわい。人間きたない」


【これこれ。


 あーよしよし。あーよしよし。


 ……落ち着いたか。大丈夫か、おっぱい揉むか?】


「……いや、それ揉んだらククノが痛いだけでしょ」


【言いおる。ぬかしおるのう。


 ……説明するぞ。クィーセはお主に、悪意ある想定をぶつけてきた。


 つまり『その種が誰のものであるか』という問いじゃ。


 これはまだ、誰も孕んではおらんから未来の不安を煽るものでしかないがな。


 ……いいか、それを言われると男は怖い。当然じゃ。確認が難しい。


 そして女も、それを言われると困ってしまうのじゃ。どう証明しろと?


 うまく効いてしまうと、相互不信で見事に関係が破壊される。ジワジワと募る不信ほど関係にヒビが入るものはないからのう。


 それを防ぐために去勢した奴隷を使ったり、妃を隔離したりする。


 ……わかるか?】


「向こうの世界でも昔はそういう制度ありました」


【世界は違えど、悩みは同じじゃのう……。


 ……今は友として、お主に寄り添おう。


 この身は今、女としての立場や言い分を捨てよう。


 ひたすらに友として、お主の心の支えとなってやろう。


 ……お主が怖く思うのは当然じゃぞ。


 『男がしっかり愛し、信じていれば不安にならない』なんてたわ言じゃ。


 『男側がしっかり愛しているからこそ、怖くなる』のじゃ。


 むしろ『愛していなければ誰の種でも関係ない』からのぅ。捨てるだけじゃ。


 お主にとって『換えが利かない相手』じゃから心細くなるのじゃ。


 ……あーよしよし。あーよしよし。そんなに震えるでない、泣くでない。


 お主が怖さを忘れるまで、いっしょにいてやるからの。


 あーよしよし。この身が傍に居るぞ。怖くないぞ。


 ……だからあのジエルテ神は悪い噂も多いのじゃ。


 おそらくはクィーセをそそのかして、不安定にしたのじゃろう。


 あの娘は本来、お主を傷付けたがるようなイジワルではないはずじゃ。


 まぁ、ブラフや誤魔化し、独断専行を無暗にする娘じゃから問題児でもあるが。


 ん、どした】


「…………フィエに、見られました」


 フィエは逃げるように去っていってしまった。




 フィエは激怒した。必ず、かの新参幼女の娘を除かねばならぬと決意した。フィエにはコバタがわからぬ。コバタは、フィエの婚約者である。床を敷き、そこで夜な夜な睦みて暮らして来た。けれども浮気に対しては、人一倍に寛容であるつもりだった。


 ……でも幼女相手に甘えて泣くとか、大人として恥ずかしくないんか、とフィエは思った。フィエには母性ある幼女に甘えるという性癖は理解不能だった。


「ララさんララさん! ララさん聞いてください……ッ。


 フィッシングストォッップ! キャッチァフィッシュ、スタァァップ!


 君魚釣りたまふことなかれ! やめなされ、無益な殺生はやめなされ!


 コバタが何もかもが違う、あのヴォケッ。


 なんでククちゃんに甘えてるんですか。


 違うでしょう? 違うでしょー? 何も違うでしょう?


 そこはわたしに甘えるところでしょう?


 相手が違うから、当然意味合いも変わってくるでしょう?」


「落ち着け。何言ってんだフィエ。


 ……あ、ほらコバタくん来たぞ」


「今、会いたくない。いないって言って」


「フィエお前なぁ。こんな隠れ場所ない位置でそれ言うなよ」


 ララは、駄々っ子フィエに困っていた。こういうことは昔からたまにあった。いつも対応に困る。


「あれ? コバタくん戻ってっちゃったぞ」


「?!」


 フィエは信じられないことを聞いて、のうみそが壊れそうになった。




 俺はフィエに弁解しに行こうとしたが、ククノに強く呼び戻された。


「なんだよ、なんで行かせてくれないんだ」


【優先順位が違う。


 フィエはいつまでもお主を待ってくれるおなごだと分かっておろう。


 無論それに頼り過ぎてはいかん。


 だが今このとき、時間をかけてフィエを対処するのは愚策じゃ。


 早くクィーセに対処しにいけ。このままではあれはイジメっこじゃ。


 お主も言葉で殴り返してケンカにしてこい】


「ナニソレ」


【イジメたりイジメられたら仲直りなんて出来ん。


 早いうちにケンカということにして仲直りできるようにするんじゃ。


 引き分けでも負けでもいいから、ケンカという事にしてくるのじゃ。


 言葉での殴り方は教えてやる。


 クィーセの『弱みを見付けた』から、それで彼奴を言葉責めして脅迫してこい】


「……トモダチ、それは本当にやっていいことなの?」


【このままクィーセがいなくなることを望むなら『何もせんでいい』。


 少しでも可能性にかけるなら、以下の二つの材料で戦え。


 ひとつめ、『彼奴はフラれとる』。暴言を吐いてそれを隠した。


 小娘が胸の内に秘めた思いなど、戦さのさなかのキビシイ生活中に抱え続けるのは無理じゃ。おそらくはフラれて『心の傷になったから残ってる』と見た。


 ふたつめ、それを『言いふらす』と脅迫せよ。


 少人数ならともかく、大人数に知られるのは相当に気分が悪いじゃろ。


 外聞というものをまったく気にしない人間というのはおらぬ。


 もし事実無根であったとしても、それを言い張ってお主が悪者になってやれ】


「……ひとつめからして、不確定要素じゃ?


 ちゃんと想いを胸の内に残していたのでは?」


【お主は初恋の相手を今でも焦がれるほどに好きか?】


「……ん、まぁ焦がれるほどでは。それに今はフィエがいるし」


【お主は過去に恥をかいて、思い出すと胸が裂けそうに痛くはならんか?】


「恥…………ンッ……! ギィィィィッ! っっ俺のバカ! 俺死ね! ……ふぇ、ふぇぇぇぇ」


【過去の辛い思い出を穿り返されたら、人により差はあれどイヤな気分になる。


 楽しい、喜ばしいことも確かに胸に残ろうが、強く残るのはイヤな記憶じゃ。


 あ奴もそういう気持ちにさせられたから、怒ったんじゃと思うぞ。大丈夫か】


「……大丈夫、マイフレンド。


 でも俺なんかと、女の子の気持ちが同じなわけないじゃないですか」


【性別などこの際どうでもよい。人間というくくりで考えろ。


 そして、さっさとやってこい。ケツを蹴られてシバかれんと動けんのか】


「でも……その案は我が友、過激ではないか?


 ……ほんとにそんなことしていいんだろうか」


【お主もウジウジと躊躇ってばかりじゃのう……。


 いいか。あの娘はこのままでは


 ファザコンこじらせて、ダメ男のオッサン好きで、依存体質のメンヘラで、


 好きだからという理由で盗みを正当化していて、人間関係リセットしがちで、


 自分もカスのくせにマウントを取るクソ女で、自分を罰したがる自暴自棄女で


 これからずっと気持ちがフラフラしたままのダメ女になってしまう。


 お主が救って自分の許に留めてやれ。そーゆー気持ちで行け】


「……ククノさん、フレンド解除していいですか?」




 俺はクィーセさんに戦いを挑まねばならない。しかもそれが女の子の気持ちを傷付けるという内容だ。


 俺の倫理の中で、それは中々に恐ろしい事だったが、ククノに言われた。


【すでに3人多かれ少なかれ傷付けておろう。


 傷を付けて、相手の心に血を滲ませてでも、ついて来てくれた者を否定すな。


 そもそも誰も傷付けず、また傷付かずに生きて来た人間なんておらんじゃろ】


 返す言葉もなかった。




 クィーセさん……いや、クィーセは俺の顔を見て、無表情だった。見下し気味の無表情。大きな木箱が何段も積み重なった高い所にいるから見下ろすのは当然か。


 高い。俺のパルクール技術ではとても登れない。……クィーセはどうやって登ったんだ。登攀技術か魔法か。


 ……ケンカ、ケンカかぁ。慣れてないからいまいちやり方分からんぞ。ええい、それっぽい感じでやるしかない。


「クィーセッ! コラァ! 降りてこいッ!」


「何しに来たの」


「なんか『最後に文句言ったからボクの勝ち』みたいに逃げて行ったから。


 これは奇襲・撤退をされたものと感じ、報復に参った!


 我こそはコバタ! そこにいるとクィーセが音に聞くにも大声で喋らなくではならない、近くに寄って来い! メンチ切らせろ!」


「やだよ、バカか」


「さっきの話を思い返して気付いたことを言う!


 クィーセお前、告白してフラれたんだろー!!


 だから誤魔化して逃げたんだろー!」


「…………フラれてはいないよ」


 ククノの推測は恐らくハズレだ。役に立たねぇな俺のダチは。


 ……まだケンカという域に達していない。クィーセがこちらの挑発に乗ってきていない。ここで言葉を詰まらせたらケンカ不成立だ。勢いのままゴリ押しでいくしかない。


「ウソ吐け! ウソ吐くなよ! フラレたんだろー!!」


「デカい声出すなよ。頭おかしい奴」


「じゃあこっち来いよ! もっとこっち来いよ! 熱い言葉交わしていけよ!


 人間熱くなった時が本当の自分に出会えるんだ!!


 だからこそ、もっと近くに来いよおおおお!!」


「アブナイ人に近付きたくない」


 ちくしょう、平行線だ。ケンカに慣れていない俺には打開策がない。イヤだけどククノから献策された方法を使うしかない。


「じゃあ、他の人に話して『クィーセがフラれた』って広めるね!


 俺さぁ、内緒にしてくれとか言われてないから、広めるね!


 これからウイアーン帝都だし、無差別に広めるね!」


「そんなことして、何の得があるって言うの?」


 ……得? そんなのひとつしかないだろ。このままじゃクィーセが側からいなくなる。この脅迫を取引材料にして、それを防げる。……自分に正直になれ、ふたつ目もあるだろ。


「フラれたってことにすれば、俺のこと好きでいて貰って問題ないだろ!


 クィーセ。もしフラれて諦めがつかないんなら、諦めてくれ!


 俺はクィーセに好きになって貰いたい!!」


「…………そんなこと言いに来たの」


「見当外れだったらすまん!


 でもクィーセ、お前さ分かり辛いんだよ。分かり辛い!


 俺は鈍感なんだぞ、あんな引っ掛け問題みたいなことされたら間違えた答えだすに決まってるじゃねーか!


 クィーセ、オマエな! 卑怯すぎるわ! 『察して』だけでこっちに解決押し付けんなよ!」


 クィーセはしばし考えた。しかしそれは考えたフリで実際は『風の扇』を使ってきた。俺は予測していたので『風の拳』で相殺する。今のクィーセは精神状態が不安定で、言葉より魔法攻撃で誤魔化そうとするのは分かっていた。


 熟練度で言えば圧倒的にクィーセの方が上だ。しかし効果範囲の差がある。広い範囲に風を起こす『風の扇』は、威力を集中できる『風の拳』に不利だ。


 当然だが、船上は暴風域のような有様になる。帆が風で煽られ、中型規模の大きさがある船なのにグラグラと揺れる。


「何やってるの大馬鹿! 魔法はそういう風にやたらと使っちゃダメでしょ! だから『放任・執行』は衰退したのよ!」


 アーシェが異変を察知し、遠くから駆け寄りつつ叱ってくる。船員さん達もすごくビビっている。幸いにして海に落ちたものはいないようだ。


 ララさんは遠くからこっちを見て『何かバカなことやってる』と半分呆れ顔だ。ララさんと一緒にいるフィエはのうみそが溶けたままだ。


 ふ、とクィーセが未だ残る魔法の風に乗って高所から飛び降り、俺にニードロップする。


「バカ! 死ね! なんも分かってないくせに! バカ!」


 こうして、喧嘩は終わった。


 俺は、最後に精いっぱい罵ってきたクィーセを見て、新たな快楽に目覚めそうになっていた。涙目で罵ってくる女の子ってかわいいよね。


 それはそれとして、俺の鎖骨大丈夫か、折れてないよな……?

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