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2-12.【クィーセリア】長い話・ふたつめ

「ボクは……あたしは分かってた。この人は、ダメな人だって。


 魔法使いとしてはとても優秀。だけど無謀な夢想家。無理な目標を立ててしまった、ダメな人だって。


 あたしに対してもダメな人だった。……うん、最初からわかってた。


 あの人はラートハイト地教団の孤児院、つまりあたしの家に潜り込んだ偽者の防衛要員だった。ボクとの授業以外ではウソしか吐かない。そしてボクへの授業のときにも作り笑いの仮面を崩さない。


 隠してた内面はガサツで頑固で、子供が苦手。執行官気質のおじさん。


 あたしとはお爺ちゃんくらい年が離れている人。もう肌もガサガサで、遠くない先に衰え切って死んでしまう人だって分かっていた。


 だから、最初からこれは『間違った答え』だって分かっていた。『勘違い』だって分かってはいたんだ。


 この人は優し気な態度をしているだけで、女の子の気持ちに敏感でもなくて、ボクは執行官見習いの子供としか思ってないんだって。


 ……でもさ、最初に『魔法を教えて』って言った時にはあからさまに迷惑がっていたのに、段々とボクに優しくなってくれたのが嬉しかったんだ。あたしのことを心底嫌っているとかじゃなくてほっとしたんだ。


 それは間違ってない気持ちだった。あたしを邪険に思っていた人が段々と優しくなってくれたんだもの。嬉しくって当たり前。


 でも、気持ちが増えて来ちゃったんだ。『勘違い』の気持ちが。


 あの人は『ボク』が生徒として頑張れば褒めてくれるし、ちゃんと認めてくれる。それを勘違いしたんだ。『あたし』を認めて、褒めてくれるんだと。


 これは勘違いしただけの気持ちだから、その内しばらくしていれば消えるはずだって思った。でも、その見通しは誤りだった。


 ……それから、あの人と顔を合わせる度に嬉しくて仕方なくて。


 勘違いしただけのはずの気持ちが、とてもあたしの心をくすぐって、心を満たして、気持ちが良かったんだ。


 あの人との授業の機会は限られていたから、なかなか二人で会えなかった。二人だけでいる時しかあの人はこちらを見てくれなかった。だって、皆に隠れて授業しているんだから当然。でも、それは寂しかった。


 それを誤魔化すために、あの人の振る舞いや口癖をさり気なく真似をしてみたりした。その振る舞いの中にあの人が潜んでいるのに気付いてからは、それを見つけるのに熱中した。それがボクの癖になっちゃうくらいまで止められなかった。


 ……でも気付いた。癖になるほど、サミシイ気持ちの時が多いんだって。


 出来ればもっと会っていたい。会っていないときでも、しっかりと形を結んであの人が思い出せるものが欲しくなった。


 無理を言って譲って貰ったり、そう出来ないときは盗みまがいに持ち去ったり。そうして得た物を身に付けることに満たされた。そんな、誉められない楽しみで満たすしかなかった。


 あの人が身に付けているものを、あたしが身に付けている。……もしも、それが特別なことじゃなくなるくらいまで、近くに在れたら。


 あたしは段々その気持ちを『愛しい』と言い換え始めた。そうした方が素直なような気がしたから。それに……そうしないと今持っているこれは『勘違い』してやった盗みになっちゃうって。


 勘違いで終わらせないって。そうして、もっと先まで考えた。……いっしょの、一緒にいられる場所があの『教室』だけじゃなくて。


 ……いつもあたしの横にいてくれれば、って。


 ………………。


 ……あのね、作った笑いだけじゃなくて、あの人は本当に笑ってくれることもあったんだ。ウソで優しげに振舞うんじゃなくて、本当に優しく想っていてくれているときもあったんだ。


 でも、あの人からすればあたしは子供だったんだ。あたしが好きになったって、あの人はそういう意味では好きになってくれない。


 だから、勘違いだったんだ。子供に向けた優しさで、子供に向けた笑顔で、弟子に向けた執着で、大切にしてくれたのだって、きっと。


 あの人が期待していたのは、自分の意志を継いでいってくれる『次代』だった。でも、それは……あたしから産まれるものじゃなく、ボクが成るものだった。


 ボクはどうしたらいいかわからなくなった。あの人の弟子として振舞っていれば間違いなく近くにいられる。でも他の、あたしが望む形になろうとしてしまったら、あの部屋からいなくなってしまうかも知れなかったんだ。


 きっと、気を利かして受け止めてくれるほど、あの人は器用じゃない。どれだけ話して伝えても、きっと分かって貰えない。


 どうしたらいい? ……もう、法も理屈も道理も何もいらない。胸を満たして喉の奥から溢れそうなのに、こんな気持ち。




 ……どう? コバタ先生? この人がいるのに、コバタ先生を好きになっちゃいけないよね? それは悪いことだもんね」


 コバタさんは何やら考える。考える素振りではなさそうだ。……意外と表情が読みにくくて困る相手ではある。


 ……こんな話を聞かせて、あたしは何をしたいんだろう。なんだか、船旅に出てから気持ちが落ち着かない。孤児院で地母神様の娘として育ったからだろうか、陸地や山が近くにないと落ち着かない。


 思考が鈍る、不安定になる。


「クィーセくんに質問。……それは伝えた?」


「……お洒落してみたり、微笑みかけて伝えたつもりだけ。


 ……言葉でなんて、言えるわけない。


 …………あの人ダメダメだったよ。気付かなかった」


「……厳しいことを言うようだけど、それはクィーセくん、君もダメでしょ。


 俺と同じで、その人はすごい鈍かっただけかも知れない。そんな相手に『察して』するのはどう考えても無謀だし、失敗を怖がって諦めたように聞こえた。


 ……次の質問。それは思い出じゃなくて、本当に今も続いている気持ちなの」


「…………わかんない。


 しばらく戦場で戦いながら、成人するのを待った。そこから迎えに来てくれないか、もう1年待ってみた。待ちきれなくなった。もう待てない、耐え切れないと思ったから遠くに離れようと思った」


「……質問。俺はクィーセくんにとって、その先生と……どう違う?」


「若い、弱い、スケベ。……でもまぁ個性かな。


 あの人はボクを幸せにできなかった。……そしてコバタ先生も、ひとつ不安材料がある。


 ひとつ質問ね。コバタ先生。……ねぇ、フィエちゃんと子供の話はした?」


「子供の名前はフィエと一緒に10人考えたけど……?」


「…………その反応だとコバタさんには話してないんだね、みんな。


 仲間外れ。でもボク、クィーセ先生が教えてあげるね。


 コバタくんはジエルテ神の企みによって、子どもを作れなくなっている。


 いいかい? コバタくんはその指輪を付けた時点で呪われてしまったんだ。


 キミは子どもを作れない、誰ともね。


 ……それだけじゃないよ。


 あの神は口を滑らせた。多分ウソじゃなくウッカリで話した。


 『恋が冷めればその縛も解けましょう、歌も終わり。あなた様は次の歌を』


 つまり……キミ以外でなら、フィエちゃんにも子どもが作れる」


「…………? ………………?」


 コバタさんは動揺して何も話せないみたいだ。内容を理解した上での動揺。こういう反応を示すであろうことは予測できた。


 こっちからいつだって反撃できるカードはあった。偉そうなこと言うから反撃してやった。説教なんてして欲しくなかった、そんなのあたしが一番分かってるんだから。……何であんな昔話しちゃったんだろう。


 きっと今、陸が遠いから。こんな海の真っただ中だから、落ち着かないんだ。


 …………そうだ、ボクがコバタさんの近くにいる理由は、もう、ないはずなんだ。だってジエルテ神は言っていた。ボクの待っていた機会が訪れたと。待ち望んだ報せを届けに来た。


 ……もっと言ってやる。全部壊してやる。ボクの口から出てきてしまった昔の話を全部忘れちゃうくらいに、台無しにしてやる。


「ボクは子供が欲しい。


 もしかしたら、それがボクの気持ちを埋めてくれるかもしれないから。


 でもコバタさんはジエルテ神にそれを封じられている。


 だからボクからしたら、有り得ないんだ。コバタさんなんて。


 ボクは得るもののない『勘違い』なんてもうしたくないからね。


 ……良かったね。これでもう騙されることはないよ。


 あの3人に子供が出来ることは『コバタさんとでは有り得ない』から。


 憶えておいてね?


 あの3人は『それを知ってて黙ってたんだから』ね。


 幸せそうに子供が出来たことを報告して来たら『それは騙してる』から」


 内容自体にはウソはない。……ただし、色々悪意ある表現をしたけど。


 ……これでボクがこの部隊から、この関係性から去っても何も問題ない。作戦終了、離脱しよう。

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