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2-10.サバイバルプリンセス

 海上の風が心地良い。雲一つない快晴だと言うのに、秋の太陽は思いのほか穏やかで肌を焼きつけたりはしない。


 煌めく水面。最初はちょっと眩しかったが、今は慣れたせいかその色合いを楽しめる。ちょっとした忘我の時間。風景のみの時間。


【コバタよ。付いてこい】


 ……何度目だククノーロ。一人でいる時間は貴重なんだぞ。お前もう通訳いらないじゃん。笑顔で何か指差せば貰えるし、手招き一つで来ない奴はほぼいない。それなのになぜ俺に寄ってくる。


「ククノ、いい加減にしろ。もう俺がお前に付いて回らなくても大丈夫だろ。俺は一人きりの時間を楽しんでいたんだ。邪魔をしないでくれ。


 こうして心を洗ってから、俺はフィエに会いに行くという喜ばしい日課を果たさねばならんのだ。何度も何度もお前に付き合っている暇はない」


【何を言っておる痴れ者。


 この身に付き従うことこそが、お主の至上の幸せであろう?】


 至上の幸せというなら、俺はフィエといることを選ぶ。断じてお前ではない。ククノは言っても分からないから、最近は俺も態度でも示すようになった。


 普段は見せない不機嫌面でククノに応対する。女の子相手に大人げないと思うが、こうも毎回来られるのには正直困っている。しかもしつこいのだ。


 将来の子育ての練習と思えばいいのかも知れないが、さすがにククノ相手ではイメージし辛い。それに何より、甘やかせば際限なく要求してくるのだから、我慢を憶えさせなければならない。


「ククノ、お前は何を言っているんだ。自意識過剰も大概にせい。


 …………よし、わかった。お前反抗的な奴が好きなんだな。


 いいオモチャにされてたまるか。というか言葉憶えてきてるだろ。


 お前の物覚えの良さは分かってるんだよ」


【ほうぅ?


 この身がお主を好いている、とはそちらも中々に自意識過剰じゃのう。


 お主はオモチャか。この身を随分と子ども扱いするではないか】


「子どもを子ども扱いして何の問題がある」


 最初に対応に気を使いまくったのがアホらしい。コイツ無礼でも全然OKじゃねーか。


 それに、俺がここまでひどい態度を取っているのには理由がある。こいつフィエと俺を裂こうとする行動が多い。


 コイツが最初に、こちらの人間にも通じる言葉を発したのは、俺がフィエと一緒に語らっているときだった。




~~~~~


「あれ? ククちゃんが来てるよコバタ」


「……また通訳ですか? 今度は何です?」


 俺はフィエとの時間を邪魔されるのが一番嫌なのに、お姫様は狙ったように割って入ってくる。


「コバタ、抱いてよ。あの、秋の夜のように。激しく、抱いてよ」


 お姫様はたどたどしい言葉で、クソみたいなことを言い出した。


「…………コバタ? わたし聞いてないけど?」


「誓って言う、やっとらん。てか、あの秋って何だよ。今が秋だろ」


「コバタ。あの、罪深い行為を、私にしてよ。


 とても素敵な、夜だったわ。


 あなたは、何度も何度も、私が気を失うまで、やめなかったわ」


 俺自身、全く身に覚えのないことだ。ククノにそんなことはしていない。なのに、なんか一生懸命な感じで少し涙を目元に調整しながら言われた。


「……コバタ? なんかリアリティあるんだけど?」


 フィエが『お前やったんか』の目で見てくる。フィエには似たような行為をした覚えはある。しかしククノにはしてない。そんなことあるはずがない。


「ちょっと待って。コイツ意味わかって言ってんのか?


 誰かが、ララさん辺りが面白がって言わせてるんじゃ」


「あなたは、ケモノ。ケモノなのよ。


 私に、本来とは違う穴に、何度も何度も。


 私は汚されて、あの快楽から、戻れなくなってしまった」


「……コバタ? あのね、それわたしだけって言ってなかった?


 だから許したのに!」


「コイツには絶対してないよ! 何で言うこと信じちゃうの?」


 ……そしてこの日は散々だった。フィエは怒ってしまった。あんな支離滅裂なウソを何で信じてしまうんだ。


 ……俺の過去の行いが悪かったせいか。因果応報か。


~~~~~




【コバタよ。諦めて投降せよ。この身の従僕となり足に口付けて忠誠を示せ。


 この身は如何な状況からも生き残り、足掻くよう育てられた。


 今すぐフィエを捨ててこの身に尽くすのだ】


「……ククノ。お前とフィエは比べるまでもない。俺の中でフィエ大勝利だ。


 それにお前、ウイアーンに嫁として自分を売り込むんじゃないのか?」


【船が沈み、お主が見付けたのだ。


 ならばそれが綱だ。あれは命綱だった。


 生き残るとき、勝利を掴むときは全力で掴まねばならん。


 綱の都合など知ったことではない。この身に仕えよ】


「あー、もう。……俺はお前を主とする気はない。


 というか『命の恩人』と思っているなら、普通逆だろ? なんで俺がお前の従僕なんだよ。鶴だって恩返しするのにお前……。


 おぅ、愛人にならしてやるよ。でなきゃさっさと諦めろ」


 面倒くさくなってきて思わず叩いた軽口。プライドある姫君を遠ざけるための屈辱的提案のつもりだった。……だが、それは明らかに失言だった。


【言質取ったぞ】


「え……何いってんだコイツ」


【お主の側に居るなら、愛人の身分もまた良かろう。


 このまま、見捨てて去るのはあまりにも薄情であろう?


 お主に足りていないものは分かりやすい。


 この身がその役を買って出ようというのだ】


 なんか訳の分からないことを言い始めた。お前は本当に何がしたいんだよ。


「一応聞いてやる。なにが足りない?」


【友だ】


 ……そうだね、いないね。前から本当にいたかどうか怪しいからそれ。連絡とらなくなって何年みたいな相手が少しいるだけ。


【お主はフィエに他の男が近付くのを嫌がる。


 そのせいで忌憚なく馬鹿話をしたり軽口をする相手がララくらいしかおらぬ。


 しかし……お主はスケベだから『交わし事をした女』にはすぐ発情する。


 ふざけあっているのは形だけで、すぐに渦巻く性欲に負けておる】


 ……コイツ覗き趣味でもあるのか。なぜ言い当てられた?


 ララさんは他に比べ、少し淡白かもしれない。そんなわけでしばらくなら気軽な感じで馬鹿話などもできる。


 だがララさんは虚勢を取り去った内心は乙女。俺はそんなララさんが好きだ。二人きりの室内、会話の中でララさんがロマンチック気配を感じさせると、俺はすぐに応えてしまう。要は縺れ込んでしまう。


【お主にとってはまだこの身は早く感じられるようだ。


 なら友という役は買って出よう。


 お主という王に足りないものを見付けたら補うのも、必要な役目だ】


「……王? 俺は王になった覚えはない。


 身の丈に合わない呼び方をするな」


【それに、あの4人では足りん。


 フィエにはまだ実力が欠けている。才気は感じるがな。


 ララには未知の危機に及び腰じゃ。把握した危機にはしっかり対応するがな。


 アーシェには近しい者への非情さがない。自身が心を許した相手に甘すぎる。


 クィーセは問題を抱えている。あれは不安定だ】


「……ククノ、何かクィーセさんに感じているのか?」


【お主も分かっているじゃろう?


 あれは明るくを装っているが、裏で考え事をしがちだ。あれの目には暗い火が灯っておる。ああいう女は危うい。抱えたまま死ぬ。


 そしてコバタ、あれはお主にとって難物だ。上をいかれて誤魔化されて、お主に捕まえられてしまう距離まで踏み込ませぬ。


 歩み寄る振りをして、お主から遠ざかる口実を探している。お主に興味を示し近付きつつも、逃げる準備は欠かさない】


 ……俺の印象と重なっていた。クィーセさんは親し気に近寄ってくるが何やかんや誤魔化して逃げる。


「…………お前、わざとウザい子供を演じていたのか。


 俺が雑に扱う……つまりは『気安く言葉を発せられる』ように」


【この身にここまでさせたのだ。友として迎えよ。責任取れ。


 ……お主は踊りや歌に感心しても心は許さぬ。我が舞を見て何やら反応してはおったがの。観客同士は互いを見ていなくとも、踊り子からは良く見えておると知れ。お主は実のところこの身を求めているのだ。


 どうだ。この身が熟れる前から、やがて淡く熟し、瑞々しく実るまでを見てみぬか。その全てを贅沢にも、お主だけが得ることが出来るのじゃ。


 今、お主の手の届くところにこの身はある。お主の要求全てに応えよう。


 ……反応しておるぞ。…………しかしそれでも隠し拒むか。難物め。


 ほーれ、この身の見立て通りじゃ。まともに話し、誘うたところで距離は縮まらぬと見た。だからあのように振る舞い、そうしたまでだ。


 まずは友として、この身を迎え入れよ】


 ……ぬぬぬぬぬ。押してみたり引いてみたり、何でこの年でこんなテクニック持ってるんだよ。おかしいだろ?


「お前、本当にお姫様だとして、なんでそんな……。


 さすがにちょっとおかしいぞ」


【ほう。ならばこう言えば信じるか?


 この身はジエルテ神の秘薬により、20ほど若返っているのだ】


 ロ……ひよこババア? いや30程度では年季が足りない、ババアとは言えない。つまりは……ひよこアラサーということになるのか。


「……ほんとに合法? ウソ吐いてない?」


【お主、そんなことを気にしとったのか……。


 よし、お主が信ずるように、一つ証を見せてやろう。


 ……秘すれよ。我が友よ】


 そう言うとククノは、彼女が身に付けていた腕輪に指を当てた。


 そこから水塊がするりと指に付く。ククノが引き出すように腕を動かすとくるりと伸びて、そして曲刀となる。


【ジエルテより与えられた恩恵だ。若返りもその時に要求したのだ。


 まさか、お主のみが持つ恩恵と思い込んでおったのか?


 随分、自意識過剰じゃのう】


 ……なるほど、友達だな。ある意味では。


「わかった。それは内緒なんだな? もう消していい。


 ……色々聞きたいこともある。是非ともお友達になりましょう」


 ククノはニヤリと笑う。そうして俺たちはお友達になった。




「……で、なぜ最初からいろいろ明かさなかった?」


「こちらも様子見をしていたのです。いくさとて相手を知らなければ勝てないことでしょう。……それに、御前は気付いておりましょうか?」


 んん……? ククノがなんか変だ。いつもの尊大な感じが薄れ、なにやら受ける印象が変わっている。


「…………いや、なんか口調変わってない?」


「口調ではございません。


 御前は『何らかの力』で言葉を聞き取り、話すようにございます。ですがわたくしはそれとは違うのです。


 海を渡ってきた者より、こちらの言葉は学んでおりました。わたくしは今まで言葉を知らぬよう、演じておりました」


 ……じゃあ本当に、通訳いらなかったじゃん。


「それも、策略ということか?」


【そうじゃ。今は周りに聞かれんように戻したぞ。


 この前、お主とフィエにたどたどしく話したのは、これを誤魔化すため。


 『誰かに吹き込まれて、変なことを口走った』ことがあるならば、この身がこちらの言葉で話していても、同じことと思うではないか?】


 ……やっぱりアレはララさんに吹き込まれてやったんだな。


「いや、あのクソ発言と『口調変わったお前の発言』ってかなり違うだろ」


【そうであるとしても、『そういう思い違い』をしてくれる可能性は出てくる。


 それにあの時の話しぶりでは、まともに話せるとは思うまい】


 ……うーん、どうだろ。気付かれちゃうと思うけど。


【いずれにせよ、この身はしばらく言葉を隠し続ける。お主といて語り合う口実になるからの。この言葉はこの船の誰にもまだ聞き分けられておらぬ】


「でもさ、それに俺が協力する理由ってなんだよ。


 俺としては、みんなとは普通に話してほしいんだけど」


【……ずっと淫らな誘い文句ばかりを呟いても良いのじゃぞ?


 誰にも言葉が分からんから『お主がこの身と普通に話していて、身体を反応させている』ように見える事であろうな】


「やめぃ。……わかった、そこは従うからホントにそれやるのはやめて。


 そして聞きたいのはお前の目的だ、ククノ。


 そこが俺は分かってない。それが分からないままでは協力できない」


【生き残ることだ。生き残ることこそが悦びだ。


 この身にとっては国も一族も関係ない。あの沈んだ船でさえ、この身を害さんと謀略が張り巡らされておった。それを察して船に火を点け、この身は逃げたのだ。思ったより海が冷たくて、本当に危なかったのは内緒じゃ。


 大爺様、つまりは族長であるが旅立つ前に妙なことを言っておった。将軍ホノペセタリクをこの遠征における長とするとな。


 人選があまりにもおかしい。これは何らかの兆しであろう。大爺様の耄碌であったか、この身への警告であったかは曖昧だがな。


 故に、沈んだ船には乗り込む前から仕掛けを打っておいたのだ】


「……あの時の葬送の詩は『不幸にも海難にあった同胞』ではなく『謀略があって危なかったから返り討ちにした相手』へのものだった、ということか」


【この身に負けた者たちへの弔いだ】


「わかったよ。それならこの話題は終わりだ。他は後から聞けばいい。


 ……クィーセさんのこと。俺が今一番知りたいところだ。ククノの感じたこと、何か助言はないか。友として頼みたい」


【そうじゃな。クィーセについてこの身が感じたことを話そう。


 ……どうじゃ、友がいると重宝するであろう?】


 ……さっさと話せよ、小さなお友達。

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