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2-07.少女の目覚め、そして歌い踊る

 フィエがなんか怒鳴っているのが聞こえた。気になって声の方に向かおうとすると、途中の廊下で会った。


 なんか琵琶みたいな楽器持ちながら怒っている。どうしたんだフィエ。


「コバタ、楽団を作ろう。


 じゃなかった、ジエルテ神が現れた。わたしに挑戦状突き付けて行ったよ」


 またジエルテ神、出て来たのかよ。フィエはぷんぷんしている。可愛い。怒ってるフィエ可愛いなぁ。でもさすがになだめよう。


「なんか怒鳴ってたけど、フィエは大丈夫なのか? 問題ないのか?


 挑戦状ってなんだ? 楽団……? 演奏対決でもするのか?」


「察し良いね。そういうこと。やること増えるなぁ。楽しくなってきた」


 軽くフィエと言葉を交わした段階で、アーシェが俺を呼ぶ声がした。医務室にて少女が目覚めたことを知らせる声だった。




 目覚めた少女は何というか、年相応とは思えない。


 今の状況は彼女にとってはよく分からない状況のはずだ。なのに、呆然ともせず混乱した様子もない。ベッドの上で身を起こし、落ち着き払って余裕綽々だ。


 アーシェがこちらに言う。


「悪い予感が当たったのかもね。この子の言葉が分からない。


 おそらくは『砂漠の向こう』から来たと思われます。船員に言葉が分かる者がいないかの確認、それまでは何か絵を描けるものなどで意思疎通を試みましょう」


【また新たに二人。騒がしいこと】


 ……アーシェは意思疎通が出来ないと言っている。でもなぁ、俺には今普通に喋っているの聞こえちゃったんだよなぁ。


「えーと、普通に言葉通じない? なんか騒がしいとか言ってるぞ」


「……? 確かに彼女は何か呟きましたが、知らない言葉です」


【おぬしは話せるよう。騒がしきはいくさ場のみで結構。


 名は? 聞いてあげましょう】


「なんか静かにしてってさ。


 ……こんにちは、俺の名前はコバタです。初めまして。


 具合の悪いところないですか?」


【問題ない。


 この身はククノーロ。憶え置きなさい】


 大丈夫なようなら取りあえずは良かった。この子の言葉が分かるのって、やはり俺にはなにか魔法がかかっていて、異世界語が分かるのか。


 ……通訳で稼げる? いや、今はそんなこと考えている場合ではない。


「アーシェ、フィエ。この子はククノーロさん。


 ……本当に言葉分からない? 二人とも?」


 なんかフィエとアーシェが微妙な顔でこちらを見ている。『彼女の言葉』はやはり分からないようだ。『俺の言葉』は双方に通じているように見える。俺は知らないうちにチートスキル持ちだったのか。


「……何だか分かんないけど、コバタが分かるって言うならその子に聞いて。


 砂漠の向こうから来たの、って」


「わかった。


 ククノーロさんは砂漠の向こうから来たんですか?」


【如何にもそうだ。ラパルペルア・ロドンの一族のものだ。


 嵐にあって船が沈んだ。昔からこうだ。


 この身が動くと不幸が起きることが多くてな】


 やはりというか、乗ってきた船が沈んでしまったのか、可哀そうに。でも、不幸体質を自称されても反応に困る。偶然か思い込みなんだろうけど本人がそう思っているなら否定せずにおこう。


「砂漠の向こうから来たそうです。


 乗ってこられた船は沈んでしまったと。……お気の毒に思います。


 それで、申し訳ないですがククノーロさんの一族の名前をもう一度。


 俺が言い間違えて伝えるのも失礼かと」


 こういう異文化交流においては慎重を要すると俺は思った。なんか気位が高そうに思えたので、へりくだり過ぎない程度に気を使って話そう。


 外交問題の原因に俺がなってはならない。


【ラパルペルア・ロドン。


 よく憶え置け。"戦火を撒く我らがラッパの音を"】


 このアルカイックスマイル。なんか場合によっては語尾に「のじゃ」とか付けそうな感じの古めかしい高貴感。


 なんだろう、創作物のイメージで言えば中東とかエジプト辺りにいそうな、やたら高貴な血の御方に見える。しかも戦闘民族っぽい。


「えーと、戦火って……?」


【我らは大地に血を撒くことを生きがいとする。


 しかし今は使節の身だ。……この船はどこに向かっておる?】


 うまく翻訳しないと周囲からの目がヤバそうだ。まだ年若い女の子のせいか発言が今の状況に即していない。いきなり物騒なこと言う中二病の子みたいだ。


「……戦に生きる誇り高い生まれの方のようです。


 使節として、どこかに向かっておられるようです。


 えーと、アーシェ。次の停泊地はどこだっけ?」


 出来るだけ周囲に情報を落とし、責任者に判断を仰ぐ。俺たちの中でのカーストは低いが、アーシェは一応大貴族で元・光教団幹部だ。社会的地位は高い。


「……風の具合によって寄る港を変えるそうです。


 この方の行く先をお聞きしてください」


 アーシェは相手に情報を落とさないよう、そして相手からなるべく情報を引き出せと言っているようだ。


「風の様子を見て調整中です。


 ククノーロさんはどちらに向かうご予定ですか?」


【ウイアーン。帝都には報せが行っておろう。


 ラパルペルア・ロドンから、末姫のククノーロが遣わされるとな。


 さて、船は沈み、新たな船に。これはどうなるやら。面白い】


 ウイアーンの音はフィエとアーシェにも聞き取れたようだ。二人が目を見合わせる。これは対応が難しい場面かもしれないので俺が時間を稼ごう。


「そうですか、ラパルペルア・ロドンの末姫様ですか。


 ……ウ・イ・アー・ン。はい、行く先のお名前は承りました。


 それでですねぇ……実を言いますと俺、下の方の人間でして。


 今ちょーっと確認取れない感じですので、そちらのご希望に添えるか、一度上に確認取らせて頂ければなと。はい。お願いできますか」


【よかろう。しばし待とう。


 ……退屈であるし話し相手をせい】


 あ、やべぇ。俺がこの場から逃げられない奴だ。しまったな。でも当然か。今この子と話が通じるの俺だけだもんな。そりゃ手元に置いとくか。


【なんだ、手慰みに良いものがあるではないか。


 それを貸すように言え】


 お姫様はフィエが持っている楽器を指差す。そうか、お姫さまって何かこういう教養持ってるのあるよな。


「フィエ、お姫様はその楽器をご所望らしい。


 それ、ジエルテ神のっぽいけど、貸してあげられる奴?」


「わたしも今は弾けないから、弾けるって言うなら貸すのは良いんだけど。


 ……なんか変な魔法かかっていたら、その子に悪くない?」


「……フィエエルタ。彼女は一度海で死んだ身と思い、渡しなさい。


 あなたがいきなり弾き真似をするよりはいいでしょう」


 アーシェが冷徹な指示をする。んー、困った困った。フィエは勿論のこと、俺はこの子に不幸があるのもなんか嫌だ。


【どうした。何を話している?


 ジエルテ神の名が聞こえたが、所縁の品とでも言うのか】


 ……あの爺さん、砂漠の向こう側でも有名なのかよ。向こう側から来たって言われてるんだしそりゃそうか。


「そのようです。


 頂いたばかりのもので、如何な効能があるか分かりませんので、お姫様にいきなりお渡しするのも……どうかと思いましてね」


【危険など感じぬ、貸せ。


 この身は生き抜いて勝ち続けることを宿命づけられておる】


 なんだろう、戦闘民族だから洗脳教育されているのか? それとも単に若い女の子の無謀さとか、あるいは王族ゆえの自信過剰か?


 なんにせよ、このままでは収まらない感じがある。……たかが楽器だ。貸してしまおう。ジエルテ神だって災厄解決を委託している奴を呪いはしまい。


「フィエ、貸して。俺から渡す」


 フィエから渡させるのは、もし何かあった時にフィエが余計に心を痛めそうでイヤだったので俺から渡すことにする。フィエから受け取り、お姫様に渡す。


 お姫様は流麗に楽器を構え、軽くつま弾く。チューニング確認か。


 そして、綺麗な声と演奏が始まる。……戦闘民族、なんだよな? 文化レベル高くない? 綺麗で優しい。何故か歌詞は分からない。彼女からの異国的な声を聞いたのは、この歌が初めてだった。


 軽く弾き終わると、お姫様は憮然としてこちらを見た。3人とも聞き惚れていたし、歌声に外からララさんやクィーセさん、船長や船員さんまで聞きに来たというのに何が不満なのか。


【歌の意味が分からんのか。


 葬送の詩だ。海に沈んだ同胞のために歌った。


 しかし……わからんのか?】


「見事な演奏でした。沈んだ船の弔いのために歌われたのですね。


 浅学ながら教えて頂きたいのですが、何かご不満あり気なのはなぜでしょう」


【これは彼らが往く先を歌っているのだ。


 美しい調べと歌に満ちる。そして踊り遊ぶ者たちがいる世界なのだ。


 それを葬送においては、地上の者たちが模して弔う】


「わかりました。


 えー、皆さん。葬送の歌はあちら側の風習では踊って弔うそうです。


 いきなりで……あとちょっと狭いですが踊って頂けますか」


【よい。この身が甲板に出て歌う。


 体調に問題はない、案内せよ】


「あ、甲板でいいそうです。甲板に行くそうです。


 ……あ、そういえば踊りの種類とかこちら分からないかもですが……」


【楽し気であれば良い、そこまで求めぬ】


「あ、分かりました。楽しいダンスですね」


【案内せい】


 ふ、と俺の目の前に手が突き出される。小さな手。先ほど見事な演奏を行なった手は俺に委ねられたようだ。




 甲板までぞろぞろと一団が動く。大名行列だ。


 船員の皆さんは仕事大丈夫なんですかね。結構来ているけど。海の男は音楽に弱いのだろうか。ローレライか。


 俺はお姫様の手を取り導いていく。フィエがむくれている。可愛い。嫉妬しているときのフィエはとても可愛い。こんなのにも嫉妬するフィエ可愛い。


 俺のそんな様子にお姫様は目敏く気付いたようだ。


【あれが連れ合いか?


 ……よくお主に落とせたの】


「今はお静かに願えますかお姫様。船が揺れますので舌を噛みますよ」


 うるせぇ、俺がフィエを見ているときに声かけてくんな。傍目に釣り合ってないのは承知の上だ。




 甲板に出て位置取りをセッティングする。船長と船員は複数で組むか単独で踊る感じだ。筋肉男同士二人で踊る可能性もなくはないが。


 俺の近くには、4人いる。フィエ、ララさん、アーシェ、クィーセさん。


 俺は迷わずフィエの手を取る。ララさんは諦めたような顔をして、アーシェは目を左右に激しく動かす。踊りたいらしいが、俺とフィエは埋まっている。クィーセさんは近くにはいるものの木箱に座り込んでしまい、少しぽつんとしている。踊る気まではなさそうではある。


 ララさんは彼女の舎弟の様子をちらりと見て、アーシェに声をかけた。


「こういう時に譲らないといけないのが二番手以降のツラいところだな。仕方ない、アーシェ。一緒に踊るぞ」


 ララさんは格好良い仕草でアーシェに手を差し出す。


「なによララトゥ。私じゃ不満なの?」


「お前とは踊りにくそうだもん。圧迫される」


 ララさんとアーシェは軽く言い合いながらも楽しそうだ。俺はフィエと組みつつも、クィーセさんに声をかけた。一人だけあぶれたようにも見えるからだ。


 余計なお世話かも知れない。しかしクィーセさんは普段明るいし、ボッチというわけではない。俺はボッチ気味だったからこういうときに声をかけられるのは苦手だった。同情されてツライ、相手の優しさがツラかったことを思い出す。


「ボクは今、気分じゃないんだ。……葬送自体は大切だと思うからここで祈っておくよ。ありがとうね、コバタさん」


 さっきむくれていたフィエは、俺が素早く手を取りに行ったことで機嫌を直したようだ。……もうちょっと、嫉妬してむくれててくれても、可愛かったのに。でも今のちょっと得意げなフィエも可愛い。フィエ可愛いよフィエ。


 こちらを見てお姫様がふふんと笑う。なんかアイツ、目敏い感がある。こちらの関係を全て見透かされたような……。


【歌うぞ。……色ごとの好きな男め。


 色男とは美男子ばかりを言うのではないのだな】


 このクソガキ。さっさと始めろよ。




 やがて、音楽は終わった。美しく楽し気な音楽を、俺とフィエは踊った。これが葬送の詩だとするのなら、なんとも雅な文化だなぁ。


 微笑みながら踊って死者を送り、音楽が終わった後は少し寂しい気分になる。楽し気な音楽の終わりの寂しさは、人生の終わりを想起させた。


 ……ただ、この音楽のように美しく生きて、少し寂し気に終わるような完璧な人生なんて高望みかも知れない。でも、俺にはフィエがいるから、きっと。

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