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2-05.旅立ち、そして確率の女神に愛されない姫君との出会い

 秋も中ごろ、残暑も衰え涼しい。俺たちはメリンソルボグズから、ウイアーンの帝都へと旅立つこととなった。クーデター組織の調査と、その阻止のために。


 アーシェが使用人さんに鍵を預け、こう言い含めた。


「私がこの街に戻らぬようなら、この家はあなたに相続させます。


 渡した給金の前払い分が尽きた場合も同様です。


 戻らぬとの便りもなく、死んだとの報せもないようならば現状維持です。


 私が生きていると思う限り守りなさい」


「便りがないことを祈っております」


 ……忠臣かぁ。アーシェの信奉者なのかなぁ。


 俺たちの乗り込んだ馬車がアーシェ邸から遠ざかる中、今までよく知らなかった使用人さんの素性について聞いてみた。


「ああ、彼女ですか。私に無礼を働いたので、以降仕えて貰うことにしました。


 彼女は最高ですよ。仕事は手を抜かない。私の詮索はしない。用が終わったら早々に帰る。必要以上に私と関わりたがらない。最高の使用人です」


「……えと、忠臣じゃないの?」


 横からララさんが口を挟んでくる。


「アイツさ。私と同期なんだけど悪い癖があってなー。


 弱い者はイジメない奴だけど、強いと思ったらやたらに噛み付く娘なんだ。


 アーシェに仕えてるのを見た時、あっ……ってなったよ」


 ララさんは軽い口調で言ってるけど、それってつまり。


「つまり、あの使用人さんてアーシェに恐怖支配されている感じ……?」


 アーシェは落ち着いた表情のまま、淡々と答えてくれた。


「私は誓ってもいい。使用人を虐待するようなことは一切していません。


 ですが家畜のように従順な、本当に便利な使用人でした」


 ……忠臣という美談ではなかったが、アーシェ邸をいつも維持していてくれた使用人さんに感謝し、俺は車窓の外を見つめた。




「そういえばさ、アーシェって11人兄弟だっていうけど、ご兄弟ってどんな感じなの?」


 これから船旅をして向かうウイアーン帝都にて、お世話になるのがアーシェのお姉さんの嫁ぎ先ということなので話題を振ってみた。


「次期当主の大兄さま、次兄の兄さま、私より十五上の姉さま、五つ上の姉さまを除けばほぼ他人ですね。会ったことがないです。


 それと現在は八人兄弟ですね。戦と病で三人死にましたので」


 アーシェの家は貴族階級だから、医療体制とかは平民より整っているはずだ。それでも兄弟が何人も死んでいるのか。


「コバタくんはアーシェの姉に興味ある感じか。リアル姉妹丼する気か?」


 ララさんがクソみたいな方向に話を誘導しようとしている。


「いや、人妻とか倫理的に無しでしょ。……なんでみんな疑いの目なの?


 俺は純粋に家族構成を聞いてみたかっただけで」


「……まぁ、大丈夫でしょう。今回行くのは34の姉のところなので」


 アーシェは問題ないといった表情だ。


 ……この世界の基準だとそんな感じなのか。元の世界だとエロ漫画では割とシェアがある層だと感じるが。


 まぁ、美容技術とか化粧品とかいろいろ現代社会は凄かったから、こっちの世界だとその辺があまり及ばないのかも知れない。何でも現代社会基準で考えてはいけないな。社会制度も技術の方向も違うんだし。


「でも、貴族の人妻というと……わたしが見た劇やお芝居では、不倫キャラの定番みたいな感じなんですけど……」


 フィエ、お前の見てる劇って成人指定の奴じゃないよな? こっちでは成人指定ってないのか? なんでそんなものが出てくる劇を見てるんだよ?


「まぁ、長子と予備数人作ったら放任な感じの家もあるそうです。長子以外の分け前はさほどでもないですしどこの種でも構わないのでしょう。


 反面、長男次男辺りは連携して家を運営するよう教育されます。下の奴らに家を渡さないように協力しろと」


「えっ……、そんな感じなの? アーシェの実家も?」


「私の実家はそうではないようですが……。


 まぁ、政略結婚になりますから。基本は家と家、あるいは宗教勢力とのつながりです。


 『すまないが、3人お願いね』『わかりました、よろしく』が挨拶の次の会話だったなんて話もあります。そんな感じと聞きます」


 ……すげぇ世界だなぁ。性行為というより政治行為なのか。


「貴族社会は複雑怪奇と聞きますね。ボクは関わりなくてよかったです。そんな複雑な状況下って混乱しちゃいそうです」


 クィーセさんの発言に、アーシェはピクリと反応した。


「クィーセリア。目を見て話してくれる?


 貴族などとは本当に関わりないんでしょうね?」


「ないですよ。どうぞ見て下さいこの誠実な目を。


 ボクは今までケルティエンズ筆頭執行殿の個人雇いです。今はララトゥリ姉貴に心服しその旗下にあります。貴族に雇われてなんかいませんよ」


「……ぬぬぬ。以前に密偵ではないと断じてみたものの、あなたってちょっと不安に思わせる発言をするのよね。


 あなたを悪人とは毛の先ほども思わないわ。でもブラフを多用するから言葉の方にいつも気を払わないとこわいのよ」


「ボク個人は信頼して頂けたってことで、それは嬉しいんですけどね。


 アーシェルティ殿はボクの言葉の方は信じてくれないんですか。たとえば『愛してる』って言ったらそれを疑うんですか~? ひどいなーボク傷付いちゃう」


「またそうやって言葉を弄ぶ。それは良くないことよ。本当のことを言っても信じて貰えなくなるわよ」


 ……なんか狼少年の話みたいなことを話しているな。


 言葉の正確さとは結構難しいものだ。例えば『狼少年』と書いて『ウソつきの子供の寓話』を思い浮かべる人もいれば『狼に育てられた少年』を思い浮かべる人もいるだろう。場合によっては『狼男という怪物の若いバージョン』または単に『若い狼』を指す言葉と捉える人もいるかも知れない。


 世の中は曖昧で不正確なことばかり。言葉だってそうだ。


 とにかく、この世界は俺が良く知らないことだらけだ。もうちょっと常識を身に付けてからじゃないと、貴族の御屋敷で無礼を働くことになるかも知れない。




 しばらく馬車に揺れると、メリンソルボグスの港が見えてくる。


 これからは中継地点を経ながら、半月ほどの船旅となる。……船酔い大丈夫かな、あまり船って乗った経験ないけど、あまり得意じゃなかった気がする。


 今回はチャーター便となる。よく短期間で手配出来たな。アーシェって、さっき『貴族とて長子以外の分け前はさほどではない』って言ってたけど、やはり金持ちなのでは? 札束ビンタならぬ金貨袋ビンタでもしたのか?


「そういえば、フィエ。村長には伝えたのか?」


「好きに生きろとか言っていたし、まぁ要らないんじゃない?」


 ……ドライだなぁ。まぁ村長とフィエってそういうとこあるよな。信頼関係があるからこそのドライさというか……。


 大小さまざまな船が停泊する中で、俺たちが案内されたのは40Mはありそうな船。豪華客船というわけではない。おそらくは荷を運ぶのがメインの船だ。港の人夫さんが大きな木箱を幾つも積み込んでいる。


 乗り込む前に船長から挨拶を受けた。白髪で禿げた年季の入った爺さんだ。


「おー、お前か『色狂いの迷い人』って。


 ……アーシェルティ様以外に3人も、か……。まぁ、ちょっとくらい揺らしても船は揺れには慣れてっから安心しな」


 俺の呼称は『迷い人』からランクアップしていたようだ。


 今、自分の街での風評を脳内確認する。フィエの婚約者であり、若返ったララさん(ララちゃん)と目立つデートをして、アーシェを愛人にした男か。


 ……なんで生きて街を出られるんだろう? この世界の人たちって優しいのかなぁ。それともゴシップに興味が薄いのだろうか。


 周囲を見渡しても襲撃者の影はない。……まさか船内で殺されるとかじゃないよな。船上は慣れていないから不利……っていうか『地鞘の剣』使えるのか?


 事前にこういうこと予測できていないのが俺なんだよな。クィーセ先生の言う通りだ。俺は将官向きじゃない。行き当たりばったりで生きてる。




 出航から5日が経った。航海は順調だった。船酔いこそ少しあったが、今は甲板から眺める海の景色が楽しい。


 フィエとしばらく一緒に見ていたのだが、風景を眺めるのはあまり趣味ではないらしい。今は空いたスペースでクィーセさんと遊んでいる。


「おう兄ちゃん。相変わらず元気かぃ?」


 船長や船乗りのおっちゃんからは気に入られた。俺が魔法『風の拳』を使えるのを見せて、なんか気に入られたらしい。


 宗教的な仲間意識みたいなものか? 船乗りは風の神様の信徒とか言う話だし。ララさんは風魔法は宗教的にあんまり活発でない的なことを言っていたが、仲間意識みたいなのは残っているのか?


 そのことを船室で本を読んでいたアーシェに聞いてみる。宗教のエライ人だったわけだしその辺りの事情を訊くには適任だろう。


「コバタ、それは単純に『敵に回したくない』という意識です。


 今、この船の上に5人の魔法使いがいます。これは小規模な軍船と大して変わりません。それだけのものを乗せているのです。好意的な応対にもなります。


 そもそも客とはいえ破格の待遇ですよ。


 割り当てられた船室が、空きの小2部屋、荷が積まれども空きスペースのある中2部屋、大きなベッド付の大部屋1つ。しかも部屋の位置を固めて船員の立ち入り範囲まで制限してくれました。スペースにも限りがあるというのに、ここまで配慮してくれています。


 ……コバタ、『風の拳』は150年ほど前ですかね、一時期船上で忌避されました。気に入らない奴を海に突き落とすという行為が頻発したのです。


 『管理・裁決』が近年重んじられる背景には、過去の愚行が影響しているのです。皆が真面目なら『放任・執行』の方でも悪くはないのです」


「えっと、今はそういうこと無いんだよね?


 船員さん達をうっかり『風の拳』で脅しちゃってないよね?」


「よく考えてごらんなさい。


 航海初日に練習とか言って、海上に向けてあなたに『風の拳』を使わせたのはララトゥでしょう? 何か意図のある行動だと思いませんか?


 女4人も抱えているんです。多少脅しを利かせないとさすがに危ないのではと考えたのではないでしょうか」


 つまりは嫉妬団を恐怖で遠ざけたということなのだろうか。


「というかコバタ。あなたこそ航海後しばらくフィエエルタを抱え込んだまま船員をにらんで周囲警戒していたのに、今はもう気にしていないでしょう?


 フィエエルタも魔法使いと分かればうかつに手を出して来れないと、あなたも肌で感じていたのではないですか?」


「いや、初日は船員さんがどんな人たちか分からないからちょっと怖かっただけでそこまで意識的ではないかな。


 皆さん紳士的というか、ガサツで下品というわけでもなかったし」


「……それが『怖がられる』ということです。今の魔法使いの姿なのです。


 地位や名誉、給金で釣ってはいますが、成りたがる者が減っています。漠然とした忌避感です。幾つか理由はあれど、それより何か空気感で嫌がられている。


 この乗船にしろ金銭やコネだけではありません。私達のそういう立場と、彼らが航海中、海賊から守られるという利益があってこそです」


 社会の風潮みたいなものか。こういうのって何が原因かよく分からなかったりのままだよなぁ。


「そっかー。じゃあ俺にとっては便利な社会ということになるな。魔法使いが希少で、俺が魔法を使えるだけで畏れられる。


 他人を威圧して回るとかやりたくないし、便利かもしれない」


「……まぁ、そのくらいに考えるのが一番です」


 船室で本を読んでいたいというアーシェと別れ、再び甲板から海上に目をやる。自然綺麗だなぁ。……あれ? あっちの海上になんか浮かんでいる。木切れ、焦げた木切れ、タル? ……あれ、あそこに掴まっているのって人間じゃ……。




 俺が見付けて、船に引き上げられたのは少女だった。


 黒の長いストレートヘアが褐色の肌に貼り付いている。前髪は真横に切りそろえられて、整っている。美しく大人びた子供の顔立ち。


 服装は異国風の露出度の高い服だ。ある意味水着的な肌面積だったのが、彼女の命を救ったのかも知れない。着衣水泳ってかなりきついしなぁ。


 もう秋も深まりつつある。低い水温に少女は衰弱していた。


 今は船の一室を借りて、アーシェが看護している。船には船医さんもいるわけだけど、『癒しの帯』が使えるアーシェの方が優先された。


「命に別状なし。衰弱し気を失っていますが『癒しの帯』を3人交代で使い続ければ早くに回復するでしょう。若いですし」


「無事でなにより。コバタくんの目が女の子見付けるの上手で良かった」


「なんすかララさん。……俺に対して随分な言い草ですね」


 確かに俺自身、ちょっと思うところはある。俺って『どうしようもないスケベ』なので、女の子を見付けてしまうのは特性なのかもしれないと。


 ……褐色の年若い少女。フィエより下だな。海上を漂っていたため少し肌や髪が荒れている感じはあるが、元は手入れが行き届いている感がある。


「かわいい子だね。……おっぱいはないけど」


 フィエは俺に対して『この子に興味持ってるかな』の目を向ける。


「……フィエ。さすがに弱って寝ている子にどうのこうの言うのはやめてね。というか何で……座礁? 事故? それともまさか俺と同じ『迷い人』とか?」


「ボクはその可能性はなくはないと思いますね。


 まだ若いから顔立ちで特定は難しいけど、ラートハイトでも、こっちに来てから見た人ともなんか少し……雰囲気違うかも?」


 褐色仲間のはずのクィーセさんから、同胞っぽくない判定が出される。そこで俺はピンとくる。


「あ、もしかして『砂漠向こう』の子とか…………え? まさかね」


 四人がギュイっとこちらに向く。俺の言った言葉は、少し刺激的だったようだ。

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