3-50.傾国姫、大水と共に去りぬ。さあ生きめやも
ティフェ、ディドア、トゥイ、俺は生き残れた。今は大岩の上に昇っている。近場には誰も人がいない。静けさのなか、とても遠くからは人の声が聞こえる。
昨夕の大破壊から一夜明けて、今は朝焼けも近い時刻だ。
「どこかで水がせき止められているんでしょうか。
なかなか水が引きませんね。まだ膝上……腰まで届くかも」
トゥイはこの異常時でも夜間は少し寝ていたので、割と消耗していなかった。
「もう、朝ですよ。お兄様。
4人で固まっていたとはいえ、結構、冷えましたね」
ティフェはずっと起きて警戒を行なっていたので、消耗を感じる。
「ひとりだったら凍えてかなりキツかっただろうな。
みんな、体調は良くないだろうけどさ。なんとか、水を避けて帰ろう。
なるべく、水に浸からない方法で。この季節だと、多分マジで死ぬ」
俺は皆を温めつつ、暖まりつつ、寒いながらも昨夜はそこそこ寝れていた。
「……お兄ちゃん。大岩に引っかかっている中に、大きな木箱あるよ。
耐水性は怪しいかもだけど、少なくとも浸水していない。
木片を櫂がわりにすれば、ある程度なら……あそこ辺までなら行ける。
あの辺りからなら、屋根伝いに動いていけるはず」
ディドアは昨晩しっかり寝ていた。夜はティフェに任せ、翌朝からの活動を行なうために、強いハートと胆力でグッスリ眠っていた。
……ティフェもディドアも、ホント優秀だわ。加えてエッチだし可愛いし。
「ん。そうだな。それで行くか」
「お兄様、船の名前は、どうします?」
疲れた様子のティフェが口を開き、変なことを言う。……まぁ徹夜に加え、こんな状況だしかなり参っているのだろう。俺はスルーせず答えることにした。
「んー、サクラマルにしよう。
俺も今は寝惚け気味だ。サクラマルかタイタニックくらいしか思い付かない」
箱の船サクラマルはその役目を果たし、俺たちを向こう岸まで避難させてくれた。
そして、拠点の小宅に帰る途中で、かなり目に隈が出来たメルと出会った。
まだ早朝だというのに、街の大通りにはいろいろな人がガヤガヤと行き交う。……救援、野次馬、あるいは危機を感じて帝都から逃げ出す人々なのだろう。
メルは人混みをスルスルと……たまにちょっとぶつかりながらこちらへ来た。
「……良かった。生きていました。
夜通し探しましたが、帝都は広すぎます」
メルは最近のハードワークに加え、強い心労からか特に消耗していた。かなり悲惨な状態だ。早く休ませなければならない。
「……メル、喫緊の報告を。
緊急性の無い報告は今は要らない」
メルは、周囲に聞えない程度に声を抑えつつも、はっきりと報告した。
「あれをやったケルクキカはいまだ行方不明、予断許さず。
ご主人様の現拠点は帝都内、再度の無差別破壊に巻き込まれる恐れ。
拠点移動を、速やかにお願いします」
「……その、ケルクキカの目的はわかっているのか?
どんな理由で……あんな……。
いや、まぁ、戦争に関係するアレだろうってのは分かるが」
「目的など考えても無駄です。
無害な狂人ならまだしも、人を害する狂人のことなど考えても無駄です。
殺して処分せねば、被害が増えるだけ」
「…………まぁ、そだな。危険だ。
あんな魔法、初めて見た。
あんなのが……本当に魔法なのか」
「誰よりも才能に溢れ、幼少からそれを開花させ……。
キーアベルツという英雄による薫陶が、彼女を育てたのです。
あまりにも強大な力を持ってしまった娘。
長く、世との関わりを断って、引き籠もっていました。
なぜ、あのような…………。
いえ、『なぜ』は不要ですね。
あんな危険物は、どんな理由があれ殺処理するべきとだけ」
「わかった。うん。
すまないなメル……いや。
メル、ここらから遠ざかる手段は」
「混乱で、馬車は使えません。街から出たら『早駆け』で他拠点まで……。
ソーセス様邸に行くのは、今はダメです。良くない。
もし、我らが行ってしまいますと、警護対象が増え防備薄になります。
こういう混乱時ほど、ドサクサに紛れた陰謀が蔓延るのです。
我々一家はそれに巻き込まれてはならない。
今はとにかく。
今はとにかく。
ここから離れて様子を見るほかありません」
「わかった。メル。
命令だ、こっち来て俺に掴まれ。
命令だ、俺が運ぶからお前はしばし寝ていろ」
俺はフラフラ状態のメルを強引に抱え上げて、しっかりと支える。
「ご主人様。命令通り寝ます。
ですがおぶって下さい。そちらの方がいい」
……メルがそう言うのは、多分『俺が背中から狙われたときに、自分の身が盾になる』という気持ちからだと思った。
なんか、ティフェっぽくもあるな。……いや、逆か。メルっぽいところがティフェにもあるのかもな。
俺は望みどおりにメルをおぶり、歩き出す。……早くもメルの寝息がする。
「……お兄様。
きっと、近場にある宿場は利用不可能です。帝都から逃げ出した人々もいるでしょうし、宿場側も異常事態に警戒感を強めるでしょう。
避難するには拠点利用が無難です。直行しましょう。
他拠点への案内は、メルスク様、ディドア、私が出来ます」
「うん。ホーム近くまで『早駆け』での移動だな。
近場まで行ったら一度、周辺警戒で。
多分、尾行なんてされないだろうけど念のため。
ティフェ、ディドアは交代で動いてくれ。俺はトゥイの移動補助をする」
「了解しました」
「了解です。
それでお兄ちゃん、一度帝都拠点には寄らないといけないです。
警戒は大事ですけれど、これからの移動をスムーズにするために用意が必要。
仮眠まで出来るかは要検討ですけど、着替えと道具の持ち出しはしないと」
「わかった。
……ふたりとも疲れているだろうけど、警戒しながら拠点への先導を頼む。
いきなりの繁忙期でごめんな」
後から聞くに、広い帝都の32分の1が被害を受けたとのことだ。
ケルクキカ姫は消えた。
死者は多数。3,000を越すとは言っていたが、おそらくカウントは物凄く大雑把だ。丁寧に死体を数えるなんてこと、この世界ではやれはしない。
被害を受けたのは、富裕層の多い地区とのことだ。トゥイが案内してくれる予定だったレストランは、人的被害はなかったそうだ。
これで今までの『戦争かもしれない状態』は完全に終わりを告げた。
自国の姫が為したこととは言え、これはもう。
戦い、争い、逃げ惑う人々に溢れる時代の到来を示していた。
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