表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/154

3-49.オウ・ハッピイ・デイ


 明けて翌日。時候はすっかり落ち葉の季節から、冬の色合いに変わっている。


 今日はティフェとディドアが交代で周辺偵察する以外は、予定がない。……なんというか、のんびりとした穏やかな日。


 他拠点のメンバーからの連絡もない。……本当に静かな日。


「コバタ兄さん。午後から4人で出かけてみましょうか。


 なんだかんだ、朝夕の食事時以外は揃うこともないので、親善にはいい機会だと思いますよ。


 ……双子ちゃんたちも、今日は兄さんに甘えたそうな雰囲気でしたし」


「そうだね。その提案は嬉しいよトゥイ。


 ……偵察任務に4人全員で行く体裁で、ブラ付いたりゴハン食べたりしようか。そういう日を経験しておくのはいいことだと思うし。


 トゥイに頼りきりでスマナイけど、おいしいお店をまたお願いできる?」


「いいですよ。


 落ち着く感じの店でゆっくり食べたいですね。せっかく女が3人揃うんですから、食事は勿論のこと、良いデザートも欲しいところです。


 コバタ兄さんは何か食べたいものはあります?」


「一応、メインは肉系希望してみるけど、基本女の子優先で考えて欲しいかな。


 あんまり嫌いな食べ物とかないから、美味しければ俺は問題ナシ」


「なら、ふたりにも希望を聞いて決めることとします。


 ……多分、第一希望はコバタ兄さんの『両腕』ですね。ひとり一本ずつ」


 トゥイがジョークを言ってきた。俺もそれにノッてボケてみる。


「食べられちゃうのかー。怖いなぁ。


 ……トゥイはどこの部位にするわけ?」


「なら、兄さんの首でしょうか。しがみ付いて牙を立て、血を啜るとしましょう。


 後ろにおぶさりましょうか、それとも前からがいいですか?」


 俺の両腕にぶら下がる双子二人と、首にしがみ付いてくるトゥイか。……想像するとかなりヤバイ絵面だな。


 俺の表情を見て、トゥイはその無表情の裏で笑ったようだった。




 そして夕刻近く。


 右腕にティフェ、左腕にディドアを擁して俺は歩いていた。トゥイはそんな俺たちの様子を後ろから歩いて見ている。


 トゥイはさすがにオトナなお姉さんとして、双子に譲る姿勢のようだ。


「お兄ちゃん、大型肉だよ、骨付き大型肉ー。テンション上がるよねー」


 ディドアはダウナーから、ややダウナーにテンションを上げて言った。


「今まで、外から見るしかなかったお店! お兄様、本当にいいんですの?」


 ティフェも興奮気味だ。……偵察任務で見張るしか出来なかったお店なのかな。


「ふたりとも、勘定は何も問題ない。支払いは俺にバリバリ任せとけ。


 トゥイのおかげで、個室の席を用意して貰えているからな。


 ドレスコードも厳しくないから、気楽に楽しもうな」


 実際、今日の服装は一応いいものは着て来たものの、4人とも堅苦しい格好というわけではない。……とても贅沢な状況と言える。


 俺は後ろにいるトゥイを振り返り、改めて感謝の目を向ける。


「トゥイ、ありがとな」


「トゥイお姉ちゃんありがとー」「トゥイお姉さま、ありがとうございます!」


 俺たちからの感謝に、トゥイは少し微笑みを浮かべた。


「まぁ、貴重食材の卸先として長く世話をしましたからね。


 感謝されるほどではないですよ。信用があれば無理難題ではないんです」


 トゥイはそう言うが、それにしてもスゴイ人脈だな。頼りになり過ぎる。


 夕暮れの街角は、仕事帰りの人々が行き交っている。どこか穏やかな喧騒。




≪……祈れ!


 今このとき、戦うときは来たのだ!


 そう、我ら、我らが罪を。


 …………我らがッ! 罪を!


 今、いま……ッ!!


 そう、罪に盲いて見えぬ目を……ッ!!


 その閉ざされた眼を……ッ!!


 祈れ……ッ!!


 罪深きを……ッ!!≫




 ……なんだ? 遠くから女の声が聞こえてくる。かなり大声だ。


 選挙演説とか? なんか宗教系っぽい? どこから演説してる?


 こっちは政教分離ってわけじゃないから、やはり何かの演説か?


 ウイアーン帝国でもこういうことやるんだ? ……帝国なのに?


 でも、なんか変だ。……叫ぶ女の声。まるで悲鳴……危険信号。




<上だッ。上を見るんだ! ……あの塔。その天辺ッ! ……その上ッ!>


<不吉な塔からの災いが、落ち来たる。


 狂える女の涙が今、滴り落ちる>




「ふたりッ、退避行動ッ。アレから遠ざかるぞッ!」


「「了解」」


 俺の両腕から双子の手が離れる。俺は振り返り、トゥイの手を掴む。


「トゥイッ。手を離すな、俺の側から離れるなッ。ついて来いッ」


 俺はこういった時の移動力に優れないトゥイを誘導する。


「何ごと、いえ。わかりました」


 俺たちは『声が聞こえた方の反対、塔から遠ざかる方向』へ走って向かう。


 街中だ。地面が石畳で厚く覆われ、『早駆け』の魔法は使えない。


 ……空気の揺れ、そして『魔力感知が低い俺ですら分かる』ほどの、圧倒的な魔力の奔流。


 あまりに非現実的過ぎる現象。『近場にいる魔法使いの多くですら、これまで未経験の現象』だ。……不意を打たれ、唖然としてしまうほどの。


 大きく、大きく、目が回るようにユラユラと揺れる視界。


 突然の薄暗さ。


 夕日が落ちた? 山陰か建物に隠れた?


 違う。まだ日は空にある……それが日蝕のように欠け、すぐ消えた。


           薄闇。

          塔の上空。

         不思議なもの。

        見たことがないもの。

       それは…………大きな雫。

     とてもとても………………大きな。

   月よりよほど広く、空を占める雫状の水塊。

  信じられない………………有り得ないほどの質量。

 それが塔の上……………………………………空に浮かぶ。

 裁きの大水、世の中を飲み込む水、陽の光を遮る程の水。

 とんでもない現象、普通有り得ないこと。異常な大魔法。

 なぜ、あんなものが存在してしまうのか、わからない。

  あまりにも分厚過ぎ、それが水であると思えない。

   世界がゆっくり動いている。音すらゆっくり。

    早く逃げろ、走れ、アレの近くは危険だ。

      トゥイもティフェもディドアも。

        アレが落ちたら終わりだ。



 俺はトゥイの手を引き、人波を縫うように逃げる。……必死で前を見て、とにかく先に進んでいくことだけを、ひたすらにそれだけを。


 逃げなければ死ぬ。絶対に死ぬ。


 魔法自体は『満月』による魔法反射で防げるだろう。如何な大魔法であろうと。


 問題となるのは『魔法で出来た水で、勢いを付けられて流されたモノ』だ。瓦礫や家財が砕けたもの、アレの水圧に押し潰されて命を失った人間もそう。


 大通りにいるのはダメだ。水の勢いをモロに食らうことになる。


 建物のスキマは危ない。きっと崩れる。


 高台に避難したいが、頑丈さと高さを兼ね備えた建造物は近くにない。


 なら、少しでも先に進んで、安全な場所を見付けないと。


 ……安全は望めないにしても、せめて死なない場所に。流されない場所に。




 アレはきっと……以前、話に聞いたことがあるヤツだ。


 13年前に、フォルクト王国軍を半壊させたというケルクキカの大魔法。……単身で行ない得る魔法とは信じられぬ、軍や街すら滅する大規模破壊。




「ふたりッ! いるなッ?!」


 俺は、手首を握って所在が分かるトゥイ以外のふたりに呼びかける。


「います!」「ここです!」


 周囲の人混みではなく、思ったより近くからふたりの声がした。


 人々はまだ、すべてがあの異常に気付いているわけではない。


 ちらほらと、俺たちと同じく距離を取ろうと逃げる人間はいるが多くはない。それらは周囲から奇異の目で見られている。


 群衆の多くは魔法が使えず、魔法感知もできない普通の人々だからだ。


「あそこの大岩の影ッ!


 着いたら俺に抱き付けッ!


 トゥイもだぞッ! しがみ付けッ!」


「は、はいッ……!」




 これは正しい判断か? まだ、もっと遠くに逃げられるんじゃないのか?


 いや、大岩は『一塊になっていて崩れない、質量があって動かない』んだ。


 ここで3人を守る。魔法反射だけでなく、俺に出来る事なら何でもする。


 生き残れ。俺の大切な人たちを死なせてたまるか。死んでたまるか。


 俺が好きな女の子たちだ。


 こんなに尊く、失いたくない存在。


 『財』を失ってたまるか。俺はケチなんだ。


 水流如きに、ディドアもティフェもトゥイもやれるか。


 放してたまるか。傷付けて損なってたまるか。


 俺はこの娘らと、いずれ子を成す。


 幸せに暮らし、寿命まで。




 暗闇。さきほどから変わらぬ轟音が、いっそう近場に。


 人の声などより、パキバキガリゴリ、ガンガン、ガツン、ゴンガン、ゴンと。


 ザザザ、ガギン、ゴン、ザザザザザザ、ガン、ペキッ、ザザザ、ザザザザザ。


 ズズズズズズズ。ドドドドドドドドドドドドド。ゴン、ガン。ドドドドドド。




 『満月』の魔法反射は、大質量の水さえ防いでいた。


 とはいえ、なにか流れ来るものがないか、集中して警戒しなければ。


 命が危うい状況。寒さが大気だけでなく、水からの冷気でも感じられる状況。


 だけど、柔らかくてあったけえ。吐息もあったかい。


 俺の財宝は、こう言う良さもあるな。貴金属や宝石などより素晴らしい。


 こんな時でさえ……俺、やっぱスケベニンゲンなんだな。

【ブックマーク・評価・感想など頂けると助かります】


筆者のやる気につながります。是非ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ