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3-46.【クィーセリア】ヘルカトナジオ近郊の山荘にて


 ウイアーン帝国、その南西にあたるヘルカトナジオの街、その近隣山腹の山小屋。


 ここは地図上の位置だけで言えば、メリンソルボグズと近い。ただし、ここから南に連なる大山脈が陸上通行を妨げている。


 あれら大山脈は夏でも雪が消えない。分厚い雪は『早駆け』を阻害するし、なにより『大山脈一帯の奥深く』は危険すぎて通行に適さない。


 獰猛な野獣、危険な植生、妖怪が住まうとの噂が、人を寄せ付けない。危険に挑むことを生業とする冒険者さえも、入ったきり戻れないところはさすがに避ける。


 ボク達がこちらに到着して3日目。


 まだ異変の予兆はない。静かなものだ。


 滞在生活の基礎は固まり、同伴者であるハーレン殿とも距離を縮めた。


 ハーレン殿は育ちが良く、多くの場合素直で扱いやすいのだが……内心奥深くには繊細かつ頑固な部分がある。アーシェルティ殿と近縁なだけはある。


「クィーセどのー。今日明日分の薪割りが終わりましたぞ。


 さ、クィーセ教官殿。今日も我へのご教授をよろしくお願いします」


 素直だしよく働くし、勉強熱心。……本当にいい子なんだよね。むしろあまりに円満に育ったせいで、内部の小さな歪みにうまく対処できない子。


「うん、薪割りありがとうございますねー。


 じゃあ今日も、魔法訓練始めましょうか。よく習熟するほど、他者も自分も守れるようになりますからね。頑張っていきましょう」


 ハーレン殿はもとより、『炎の扇』と『炎衣』を習得していた。近接で扱う魔法としては上等の部類だ。その習熟もなかなかに良い。


 それに加え、ハーレン殿はこちらに来てより『癒しの帯』『内慈』『早駆け』を習得した。……内容がとても恵まれている。前衛としてかなりの適性だ。


 だからこそ気になるのが『彼女の心うち』だった。なまじ素質が高いから、どうしても求めるところが高くなる。すると彼女のハートに抱えた部分が露呈する。


 そこが、ちょっと頼りない。……ハーレン殿の心の中の未解消部分。




 本日の訓練を終え、山小屋の裏手にある露天風呂にてふたりして入浴する。


 ハーレン殿とは、こういう時に話すに限るとボクは察した。……彼女は衣類を脱ぐのと心の壁を消すタイミングが似ている。


 鎧や服を着ている状態だと『実直な騎士』として振舞おうとするのだが、裸になってしまうと純情な女の子になる。……ボクよりひとつ年上とは言え、こういうときはむしろ年下っぽい。


 甲斐甲斐しく、ボクの背中とか流してくれる。しかもそうするのが好きなタイプ。尽くすことに喜びを覚えたり、充実を感じるようだ。


「いつもありがとうございますねー。ハーレン殿」


「なんのなんの。これしきの事で訓練して頂いた恩は返しきれません」


「いやー。ハーレン殿にはボクの体の隅々まで知られちゃいましたね」


「……えっ?! あっ……?! ううっ」


 ホントに純情。下ネタ耐性がない。……おかしいなー、ハーレン殿が『技術講習会』で結構乱れていたのボクは見たはずなんだけど、あれは白昼夢だったのかな。


「……じょーだん。冗談ですよハーレン殿。


 ボクの悪い癖なんです。ついつい冗談や嘘を吐いてみたくなっちゃう。


 そういう方が、なんだか『仲良くなれた』みたいに思えちゃうから、かな」


「……確かに、騎士団の男連中もよく、卑猥な話などで盛り上がったりと」


「そうそう、それです。……ボクもヨチカ傭兵団にいたからかな。軍隊オトコのノリというかを学習しちゃった部分があるんですよね。


 そういうところで気楽に言い合えることが、なんというか『仲の良さの証明・確認』みたいに思えちゃって」


 これも口からデマカセ。騎士団所属のハーレン殿には『軍隊系の話題』がフリ易いし、ボクが探っておきたいのがハーレン殿の『性的なコジレ』だからだ。


 ……こうしてふたりで温泉に入って、打ち解けて会話していれば解決の糸口が見えるのではと思ったのだけど……とてもとても奥手。


 女性同士なんだし、ちょっと露骨な下ネタ話題くらいいけるんじゃないかと思ったんだけど、ガチガチに恥ずかしがり屋さんだ。


 ……壁に耳を当てて性行為の音を聞いていたり、衆人環視の状況であっても、吹っ切れてからは乱れてみたりと。……興味があるからこその秘匿だと分かる。


 つまり、そうだね。……探るにしてももうちょっと材料が必要。多方面に反応を探そう。糸口が意外なところにあるはずだ。


 いろいろ、てきとーにいろいろ。下らない話でもなんでもいい。……彼女が少し違った反応を見せる箇所。それを見付けるのが、対話による諜報だ。


 ……うーん『諜報』かぁ。この言い方、ララトゥリ姉貴に怒られそうだな。『そーいうのは味方にやることじゃないだろー』って。


 でもボクとしてはさ、『情報を出来るだけ集めて、脆弱箇所に対処する』っていうのはトテモ大切な作業なワケですし。


 ヨチカ傭兵団のレインステア筆頭隊長から教わった内容に『部隊の不和というのは、たいてい下らない行き違いから始まる』というものがある。


 それにハーレン殿とコバタさんって、まだ『全力で好き合えているか』というとボクには微妙に見える。


 この『部隊:コバタ家』はコバタさんが軸だ。コバタさんのことが好きじゃなきゃ成立し得ないものだし、『心が離れた子』が出たら……本当に危険。


 戦争における生き死にって、そういうところから始まるから。




 湯から上がり、ふたりで仕込みをした料理を温めて、夕食の時間。


 うん、上出来だね。ハーレン殿とボクに共通する『軍隊的でストレートな旨味』と、ボクが持っている『地教団女性陣から教わった各地の伝統料理』と、『ハーレン殿の母親・アルメピテ奥様直伝の料理』が組み合わさってバラエティ豊かだ。


 『軍隊的でストレートな旨味』は『塩と油、肉と野菜と穀物の上等な配合』だ。軍隊メシは美味くなくてはならない。兵の士気と生存率に関わる。


 『地教団女性陣から教わった各地の伝統料理』は、ボクの武器だ。東西イェルトとヨチカ……つまりは既知世界のほぼ全てをボクは浅く覚えた。


 これは多くの場面でとても有利に働いた技能だ。『美味しいゴハンは、心を溶かす共通言語』だからね。


 『ハーレン殿の母親・アルメピテ奥様直伝の料理』は、栄養バランスが良いし、柔軟性のある構成をしている。材料をちょっと別食材で代用したところで美味しさが崩れない。料理としての設計図が優れている。


「ハーレン殿、ぜひともボクは今度こそ教わりたい。


 見て技術を盗むだけじゃなく、この美味しい料理を講義して貰いたいですね」


「ハハハ。それは我のお母様に直接教わるべきところかもしれんです。


 我はどうも、幼いころに修めて以降、料理を教わってこなかった」


「なんでまた?


 ボクとしては『技術の活用と習熟』に値するだけの料理だと思いますけど」


「ハハ。クィーセ殿はそう考えられるから、きっと強いのだな。


 ……我の場合は、単にそれが『強くない』ように思えてしまって、サボってしまっただけなのだ」


「どうしてです?


 美味しい料理なんて『広く使える武器』ですよ。どんな大男でも戦上手でも、異邦人であろうとも、その心の壁を打ち崩して倒せます」


「そうですな……。


 単に『弟・メーラケに対しての振る舞い』として、それが無為に見えたのです」


「弟さん。……闘技場での観戦時にお会いしましたね。


 どういったことなんです。……ボクには『直接、血のつながったキョウダイ』なんていないもので、かえって興味が湧くんです」


「あ……。そうか、クィーセ殿はそうであったな。


 ……姉としての威厳というか、可愛い弟をどう御していくかと、随分考えてな。


 …………メーラケは、寂しがり屋な子でな。小さい頃から我によく付いて回った。


 ただ、姉と一緒にばかりいる弟など『こどもの男社会』においてはなかなかうまくいくものではない。最大の友といえるのが『姉である我』ではな。


 そして。


 幼少のみぎり、我は今のようではなかった。家の内で本を読んだり、人形遊びなどしたりと……自ずとメーラケも近くで遊ぶようになった。


 ただ、やはり性格に差があってな。メーラケが好むのは剣術の真似事であったり走り回ったりすることだったのだ。


 メーラケは我に『構って欲しい』と近寄ってくるし、かといって一緒に人形遊びが出来るわけでもなかった。我の弟は活動的な男の子だから」


 ボクはピンときた。ハーレン殿は『弟のこととなると、やたら饒舌』だ。なんだか『不満点を言いつつも、大切に思っている』感じだ。


 なるほどなー。多分、これはハーレン殿の人格形成の根幹っぽい。小さい頃にインドア派だったのが、今は騎士志望の活動的側面をメインに出しているのだから。


 ハーレン殿が一度口をつぐんでしまった。……話そうかどうか迷っているな。


 そこでボクは軽く相槌を打つ。


「そうなんですね。……それで、今は騎士として?


 うーん。ちょっと間が飛んでいるせいか、どうしてそうなったんでしょう?


 『ボクって血のつながったキョウダイいないからなぁ。知りたいなぁ』」


 ハーレン殿は優しいから、こういうワードを言うと断れない。


 ……正直なところ、『相手に話をさせるキッカケ』なんて結構テキトーでもいいのだ。食事するのに、ナイフでもフォークでも箸でも竹串でもいいように、テキトーで。




 さて、この夜は平穏のままに。


 『砂漠向こう』からのイカレた殺人鬼どもが現れる気配はなかったので、ボクはハーレン殿からの『我の弟・メーラケとの思い出』を聞いて過ごした。


 ボクの見たところ、ハーレン殿は昔も今も『弟大好き』で、メーラケンス殿は『お姉ちゃんっ子』だった。……お互いに慕い合ってはいるが、噛み合わない姉弟だった。


 そして、幼少のアーシェルティ殿が起こしたという『メーラケンス殴打事件』やらイロイロな要素が関わってくる話だった。


 ……人生って、複雑怪奇だなぁ。


 お淑やかで大人しい子だったハーレン殿が、不思議な性癖を持っちゃうわけだ。

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