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3-45.宿の内アダルティック


 変態が去って、翌日。


 ……まだ平穏。少なくとも帝都の様子はまだ平穏だ。戦争の気配はあれど、それが始まっているとは到底思えない穏やかな冬の日。




 こちらへの転居初日に、俺のベッドへ無邪気に潜り込んできた双子姉妹だったが、それぞれとデートして以降、ちょっと恥じらいという風情が芽生えた。


 なんというか、意識されがちだ。俺と目が合った後の反応が、前とは明白に異なって来た。


 ディドアは少しだけ照れた表情をしてから、すぐテレを誤魔化すように『以前はしなかった、ほんの少し艶を帯びた目で笑みを向けてくる』ようになった。


 ティフェはもっと純情で、ぽっと頬を赤らめ、そそくさと逃げてしまう。逃げられない状況の場合は赤い顔のまま俯いてしまう。


 ……うん。これって一応、俺の想定通り『段階を少しステップアップ』出来たということでいいんだよな。


 ……大丈夫だよな俺? 『乙女心を弄んだだけ』じゃないよな?


 ……大丈夫だよな? 邪心、俺の邪心よ。こんな時こそ出てきてくれ。不安な俺を勇気づけてくれ。……こんな時に限って、邪心は俺に何も言ってはくれない。




 俺はトゥイと話をして解決を試みた。


 彼女はこの拠点での共同生活者のメンバーであり、これからもっと親しくなりたい相手だ。会話の機会を増やしたいし、相談役としても頼りたい。


「……というわけで、ふたりとデートをしてみたはいいものの。


 その後、どうやっていくかのプランが全くなかったんだ」


「まずは、私もデートしてみたいですから連れて行って貰えますか?


 経験がないと分かりません」


「いや、今こうして連れ出しているのがデートの一環ではあるんだが」


 俺とトゥイは今、ウイアーン帝都の郊外方面へ向かうべく、歩いていた。


 偵察双子姉妹は地獄耳だ。耳がいいから拠点内で相談するわけにもいかない。


「……さっき、聞いた話ではふたりとも街中でのデートでしたが、私たちはどうして郊外方面へ向かっているんです?」


「え、デートの内容、ネタ被りしたらイヤとかないの?


 ふたりとは違う場所を頑張って考えてみたんだけど……」


 トゥイは少し考えて、俺と手を繋いできた。


「……これがないと、デートと分かりませんよ? コバタ兄さん。


 ふたりからは『どんな風にあなたの近くにいるか』の注文があったでしょう?


 ……私はこれがいいです」


 双子姉妹に比べ、トゥイはオトナだから……俺はやや気遣いを疎かにしてしまっていたようだ。そりゃそうだよな。並んで歩いてるだけだったもんね。


 トゥイは無表情を崩し、ちょっとニヤリと笑った。


「ま、あのふたりと『ネタ被りしないように』という配慮はありましたので、チャラにしておきます。


 こちら方面に、誰かと来るのは初めて?」


「うん。観光スポットがあると聞いて、そこに行こうかと」


「もしかして『ウイアーン大塔の坂なる橋』ですか。


 あれって、吟遊詩人の歌が有名ですけど、ガッカリ観光地ですよ?


 それに、私にとっては『仕事の通り道で見る風景』です。


 この辺、お得意先の富裕層が多いんですよ」


「……え、マジ?


 名前だけの観光地だったか……あー、それに、そうだよな。


 トゥイにとっては地元なのに『既に知っている可能性』を考えてなかった」


 ……俺は、双子姉妹とのデートが一定の成果を収めていたので、慢心していたのかも知れない。……ヤバイ、ヤバイ。トゥイに楽しんで貰う計画が破綻……!


 そんな俺の表情を見たのか、トゥイは提案してきた。


「私もデートプランなんてありませんが、この辺でおいしい料理を出すお店は知っています。この辺はいい料理店が多い。


 ヘンに風情ある場所に行くより、無難に食い気を満たしませんか」


「……ありがたい。支払いは任せて下さい」


「それは、キッチリ分けて頂いた方が私好みですね。商人の端くれなので。


 そういう奢られるのって、ちょっと警戒心が出てしまうんです。『食事代ていどとは言え、信用問題はそういうところから始まる』のですから。


 それに、『たかが計画していたプランがポシャった』だけではないですか。そんな良くあることを責任問題にしていたら、長期のお付き合いは出来ません」


 トゥイはオトナの女性としての度量を見せてきた。……包容力、というかトゥイ的には『信用力』なのだろうが、そういうパワーを持っているのは魅力的だ。


「せっかくトゥイがフォローしてくれたんだし、俺も気にしないことにするよ。


 えっと……そこのお店ってどういうメニュー出す感じなの?」


「水のキレイな海から取ってきた魚介を調理したものですね。


 特に貝がいい。帝都広しといえど『一度も食中毒を出していない衛生管理』が出来ている店は多くない。値の安さを、価値が大きく上回っている店なんです。


 コバタ兄さん、貝は大丈夫? アタったことがあって苦手とかありませんか」


「アタった経験はあるけど、苦手じゃないよ。むしろ好きな方。


 トゥイは魚介系好きなの?」


「川魚辺りはあまり得意ではないのですが、海産系はだいたい好きですね。


 シンプルな塩味から激辛だろうが異国風だろうが大体好きです。


 処理シッカリ鮮度シッカリなお店は生臭くないから贔屓にしています」




 トゥイの紹介してくれたお店の料理は、ガチで美味しかった。


 鮮度と質の良さを大々的に売りにしているわけではない。店内は清潔だが、店構えが目立つわけでもない地味な店。……だが、明らかにウマい。


 シンプルな塩味に、お好みでタレや調味料を付けるタイプが多い。素材の味を引き出す系のお店だ。


 それだけではなく、『ちゃんと個性ある味付けや、手の込んだ料理』も用意されており、それも絶品。料理人のセンスが高いことが分かる。


 料理が出てきて以降しばらくは『この料理がウマい』の話題だけでしばらく会話が出来てしまうくらいには、良いお店だった。


 食事に夢中になっている俺を、トゥイは微笑まし気に見て、言った。


「そろそろ双子ちゃん達についても話しましょうか。


 その相談をサカナにして、食後のお酒でもゆったり飲みましょう」


「あ、つい食事に夢中になっていた」


「おやおや、それは誉められた態度ではないです。


 色気より食い気ですか? ……ふふ、冗談です。コバタ兄さんのギクリとした顔が見てみたかっただけです。


 あのふたりに何か問題でも? 特に悪い様子には見えませんでした」


「いや、問題はむしろ俺で……。


 乙女心を弄んでいるのではないかという不安があって」


 俺の問いに、トゥイは余裕ある態度で答えた。


「ん? それは心得違いではないですか。


 私もあの双子も、兄さんの『色狂いの迷い人』という風評は承知の上です。


 むしろ会ってみて、強引な感じの人間ではないので意外に思ったほどです。


 ……それで、私はむしろ興味を覚えました。


 『この遠慮がちな人が、どんな風に弄んでくれるんだろう?』って。


 私もあの双子ちゃん達も『無力で何もできない女ではない』のです。望まずして兄さんの近くに居続けたりなんかしませんよ。


 つまり、答えは……もっと、弄んでみて。


 そういうことです。少なくとも私にとっては」


 トゥイは淡白な表情なのに、妙に色っぽく流し目をして見せた。




 注文した食後酒と、軽いデザートが届き、それを楽しみながら話は続く。


「……トゥイは『弄んでみて』なんて言うけどさ、俺出来ないよそんなの」


「え。……二桁に及ぶ人数の女を、近くに留め置いてそれを言う?


 参りましたね、天然? それともそういう持ちネタですか」


「弄んでるつもりないんだけど、やっぱ弄んでるの俺……?」


「兄さんは真面目に悩んで、心を尽くして、不器用ながらも対応して……。


 結果として弄ぶことになっていますね。


 単なる浮気性なら、もっと雑で執着心もないんでしょうけど、兄さんは違う。


 ……考えてもみて下さい。


 奥方様からして、最早その性質は受け入れている。あちらからしても『旦那様を手放す気など毛頭ない』から、長期の関係を築くためにそうした。


 普通、3人の若い女を旦那の側に置いたままになんかしませんよ。……しかも奥方様が『ウチの子』扱いをしてくれるということは、手を付けるのも公認。


 ……ま、一番弄ばれた乙女心があるなら、それは奥方様ご所有のものですね」


 俺は、トゥイが落ち着いた口調で話してくれたとはいえ、自分が罪多きロクデナシということと、フィエが健気な嫁さんであることを再確認した。


 俺が何も言えないでいると、トゥイは軽く酒を楽しんでその沈黙を味わった。


「コバタ兄さん。大丈夫です、大丈夫。


 兄さんからすると大変でしょうけど、私は不満なんか覚えていませんから。


 ……信用があるんです、私からの。


 兄さんにとっての一番は奥方様。ここは揺るがない。


 そして、私を好いてくれている気持ちだって、撤回したりしないでしょう?


 きっと何年経とうが『奥方様が一番、なのに私も愛してくれる』という不思議な状態だけは変わらないという信用があります。


 兄さんは、強欲。ガメツイんです。……商人としては一種の誉め言葉ですね。私のことを抱え込んだまま『手放す気も譲渡する気も捨てる気もない』のです。


 その強欲さが功を奏して『あなたは、私専用じゃない。でも私は、あなた専用』という立場をずっと保障して貰えています」


「……それって、不公正な関係じゃないの……?


 俺側が一方的に有利過ぎない?」


「兄さんが、一方的に有利?


 私がそう思うなら、サインもしないし担保も預けません。


 私は『何も分からぬガキ』じゃあないんです。……契約書をよく読んで、内容を確認して納得の上なんですよ。


 それとも兄さんからは『内容が理解できない"分からず屋"』『状況や文字も読めぬ"見通し利かず"』『契約にイチャモン付けたがる"ゴネ屋"』に私、見えますか。


 少なくとも私、自分では、そうではないと思っています」


「……納得の上で、と言ってくれるなら安心するけど。


 俺ってトゥイが払った対価に見合うものを渡せてるの?」


「んむむ。無表情だから分かりづらいですか。


 私は表情固めるのに慣れてしまっていますからね。


 ……じゃあ、得意の言葉で。


 『私は"充分な見返りがある"と、あなたに投資しただけ。気負わないで』


 『あなたに不満があるなら、まずは言葉や書面で分かりやすく伝えます。


  そうすることはこちらの"権利"であり、"義務"なんですから』


 『配当とは、焦って受け取るものではありません。少しずつジックリと』


 『今の私は、"もっと投資を上乗せ"したいくらいには満足しています』


 ……。


 『ねぇ、あなたが"私への見返りが足りていない"と思うなら、行動で示して』


 『あの娘たちと違って、私にはもっと露骨にあなたのことを教えて欲しいの』


 『もしも、臨時の配当が頂けるというのなら、これから私を"弄んでみて"』」


 ……トゥイの言葉は、後半はもう、ただのストレートな誘惑だった。


 ほんの少しだけトゥイは思わせぶりな目をしているが、それでも表情は隠したままだった。……俺が察知しきれないだけで、内心、結構、勇気が要ったのでは?


 ここまで相手に言わせておいて、俺が何もしなければ恥をかかせただけになる。


「……分かった。


 俺はこの辺に不案内なんだが、いい感じに泊まれるところってある?」


「ふふ。近場にいいところ知っていますよ。内装やサービスは風評でしか知りませんけど……一度、実地調査に行ってみたかったんです」


「じゃあ、ここでゆったりとデザート食べてから、行ってみようか」


 トゥイは茶目っ気ある仕草で葡萄酒のグラスをこちらに掲げる。……乾杯のタイミングにはやや遅いが、俺も自分のグラスをそれに合わせた。


 軽やかな音が鳴り、トゥイは少し、声を漏らして笑った。




(概略は下記の通り)




 トゥイの口座開設は、穏やかに緩やかに手順を踏んで行われた。


 まずは俺からの押印、トゥイからの押印。それを何度も繰り返した。


 少し酒の匂いがする押印を終え、開設前の手続きを時間をかけて行なった。


 トゥイへの手続き中に、俺は脆弱性を発見し、重点的にケアを行なう。


 目視確認、じっくりとした口頭確認、慎重な指差し確認、ダブルチェック。


 俺がこれまでしてきた手続業務の経験が活き、トゥイからは好感触を得た。


 俺は手続き確認を丹念に行ない、いよいよ口座開設は本番となった。


 時間をかけての入金と引き落とし。それを何度もゆったりと繰り返した。


 やがて、トゥイが俺からの入金に慣れ始めたころ、最初の臨時配当を出した。


 トゥイは『初取引は上々の成果であった』とのレポートを枕元に提出した。


 俺はトゥイに、口座にまだ余裕があるかの確認を取り、再度入金を始めた。


 俺が行なった丁寧な入金手続きに、トゥイは初めて入金限度に達した。


 俺は更に何度も臨時配当を出し、トゥイはその多重振込に歓喜し、満悦した。


 トゥイは入金の合間に、熱烈に押印してくれた。それは俺の肌に赤く残った。


 トゥイは『取引相手があなたで良かった』とのレポートを枕元に提出した。


 俺は『エッチな女の子には充分な満足度を以って報いる』という理念のもと、現余剰分をすべて放出し、トゥイへの配当に充てる判断をした。


 トゥイはやや激しさを増した俺からの入金に、幾度も入金限度に達し、また事前に少量摂取したアルコールの効果もあってか、最終的には寝落ちした。


 トゥイは寝る前に『次回の取引も約束したい』とのレポートを枕元に提出した。




 ……トゥイの寝顔かわいい。


 あと、トゥイからの『兄さん』呼びが、エモいわれぬほどステキだった。

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筆者のやる気につながります。是非ともよろしくお願いします。

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