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3-42.撫子な娘のエゴイスティック


 今日は午後からティフェとのデートだ。ディドアとのデートから二日後となる。


 比較的静かな、聖堂前での待ち合わせ。ティフェは先に来ていた。……ちょっと待て。30分前に既についているとか、いつからいたんだ。


 こちらが来たのにもう気付いたいるはずだが、ティフェは長椅子前にいるハトに少量のエサを撒いてみたりと、余裕ぶった態度だ。


 可愛らしい帽子を被り、繊細な意匠の柔そうな服とスカート、上品な外套。


 ディドアがそうだったように、今日のティフェは自分の趣味に合った私服を着てこの場に来ている。そのためか『ティフェらしさ』が強調されて感じられる。


 ディドアの服装はシンプルでクールだったが、ティフェは女性的なデザインを好むようだ。白系の色を基調としやや抑えた色合いでまとめながらも、彩りは多様。


 俺が近寄ると、石造りの長椅子にハンカチを敷いて座っていたティフェは、こちらを見上げて得意げに微笑む。


「ふふ。先回りです。お兄様」


「早い、早いって。……ティフェ可愛いから、男に絡まれたりとか大丈夫なの」


「斥候ですもの。近付かれた気配がしたら、さり気なく消えられます。


 そう言うお兄様とて、有名さを増していることをお忘れなく。むしろ、お兄様の耳として常に付き添いたいくらいですのに。


 そして、ここ二日というもの……先を越された姉は、妹に羨望の目を向けなくてはならなかったんですよ。


 ……少しくらい待ち切れなくて先回りするくらい、ねぇ?」


 ティフェはいつものようにディドア側を見そうになったが、今はいないことに気付いて、こちらに視線の向きを変えた。


「え、自慢とかされたわけ?」


「まさか、ディドアはそういうことはしませんけれど、ね。


 ……でも、何というか『嬉しげでワクワクした顔』をされると、こちらに危機感や憔悴の心というのは湧いてしまうものなのです。


 お兄様も、意外とイジワル。


 ……あるいは、そういう気持ちにさせるのも計算のうちなんでしょうか」


 ティフェは少しお茶目に非難してみせた。別に本気で怒っているとかではなく、どちらかというと『感じた非難の気持ちを言ってみたかった』だけに見える。


 つまり、この非難に対して俺が謝る姿を見たかったとか、なのかな。


「ごめん、そういうつもりじゃなくてさ。


 出来る限りその、それぞれの好みに合うようにデート出来ればって思ったから。


 ……いや正直言うと、姉妹ふたりで意見が割れたら『どっちかに味方するか、曖昧に中立な態度』するしかないのがイヤで。


 だから、今日は全部ティフェのために」


 ティフェはこちらをじっと見つめてくる。いつもの余裕面で。……俺が返答を間違ったかちょっと不安を感じてきたところで、優しい笑顔で噴き出した。


「ふふっ……ふふ。


 ではお兄様。お約束して下さいね。ディドアとのデートの『二番煎じ』はなし。……今日帰って、お互いに報告し合った時に『双方が羨ましがれるように』


 そういう風に、お願いいたします」


「ティフェが早く来ていたから、時間的な意味では間違いなくティフェが長くなるよ。きっとね」


 そう言った俺に、ティフェは少しイジワルっぽい顔を向けた。


「あら、そんな感じでは期待薄でしてよ。お兄様。


 『ちょっと時間が長かった』なんて自慢なんて虚しいじゃありませんの」


「いやまぁ……まだ始まったばかりだし。


 まだ挽回できる。頑張る、ティフェのために」


「あらら。……頑張らないと、ダメ?


 私じゃ頑張らないと楽しくなれないのでしょうか~?」


 ティフェは言葉に反して、やたら上機嫌だ。……妹に対してもそうであるように、どちらかと言えばイジリ体質というか、ちょっかいをかけるのが好きそうだ。


 俺はディドアとは、何か感性に近しさを感じた。……多分、今日はティフェにずっとイジラレ続けるのが正解なのかもしれない。


 しかし、それではある意味で『焼き直し』だ。いつもティフェとディドアでやっていることを、配役を入れ替えただけになってしまう。


 少しこちらからリードを取ってみよう。……座っているティフェの手首を優しく掴み、立ち上がるようにと、そっと引っ張る。


 ティフェはそれにスムーズに合わせ、軽やかに立ち上がった。優雅だ。


 女性的という表現が適切かは分からないが、ティフェは何気ない仕草や立ち振る舞いにおいて、すごく柔らかな印象がある。


「いつまでも待ち合わせ場所で話すんじゃ、自慢の増えようがない。


 ちょっと歩こう。街を見たりしながら。


 ……手、繋いでいこうか?」


「う~ん。……手を繋ぐのは少し、趣味に合いません。


 私はお兄様の後ろに付いて、背中を見ながら歩いてみたいのです。


 私に語り掛ける際も、お兄様は振り向く必要すらないのです。聞こえ辛くても頑張って聞き、私の声がちゃんと届くよう、お兄様の背中に語り掛けたいのです。


 どうか、このように振舞って頂けますか。お兄様」


 ぬぬぅ……。自ら『三歩後ろを歩く』ことを望むタイプなのか。……趣味とは言うが、だとしたら結構筋金入りのコダワリの持ち主だ。


「ホントにそういう感じでいいの? デートだよ?」


「そういうときほど……です。言ってみれば『二人だけの時』ではありませんか。


 お兄様の背中をお守りできないのなら、それは主義に反します。


 お兄様は『背中を任せられるだけ頼りになる女性』を幾人もお持ちですけれど、私にはそうする殿方はお兄様ひとりなんですから。


 まだ、誰よりうまく守れるとまでは奢り高ぶれません。練習も出来ていない。


 だぁーって。お兄様が背中を任せてくれようとしないんですもの~」


 ティフェは自分のコダワリは押し通す姿勢を見せる。……これは、お淑やかで謙虚なのだろうか、それとも意外にワガママで強情なのか。


 まぁ、希望に沿うようにはしよう。彼女のためのデートなのだし。


「わかった。……じゃあティフェに俺の背中は任せた」


「はい、お兄様」


 街中を見て歩きながら、ティフェといろいろな話をする。


 うーん、しかし。……ティフェの望んだこととは言え、顔をあまり見もしないでいるのは正直ヤダ。


 ティフェ可愛いし、今日は頑張ったオシャレもしてきている。……それを見ないのはもったいない。俺はティフェを見ていたい。


 ……こうなったら、歩くのをやめて喫茶店的なところに行くか。さすがに席についてはくれるだろう。




 喫茶店に入り、向かいの席に座ったティフェはちょっぴり愉悦の表情だ。注文したお茶をふたりで飲み、お茶菓子を味わう。


 いい感じの店に入っただけあって、シッカリ香りの良いお茶と、バターの風味と砂糖の甘さが利いたクッキーだった。


 それらを充分に楽しんだのちに、ティフェは口を開いた。


「惜しく思った頂けたのですね、お兄様?」


 こちらを見透かしたように嬉しみをあふれさせた表情。


「まーね。かわいいティフェが見えないなんて勿体ないよ。


 俺はさ、ティフェがしてくれるような『尽くしてくれる振る舞い』は嫌いじゃないけどさ……正直、これは雑な扱いしているようにしか思えなくて。


 ティフェはそうは感じないの?」


「お兄様の言って下さることも、もちろん分かります。


 でも、実感が欲しくて。……だからああいう風にしてみたかったのです」


「実感?」


「そうです、『好きだという実感』です。


 私がおめかしをして、立ち居振る舞いにもこだわって。それをワザと、お兄様に目も向けずにいてもらって。


 最後には、お兄様はそれを惜しく感じてこういう風にして下さった。


 ……完全に私の自己満足で、ワガママな振る舞いなんです。利他的に見せかけた自己満足。尽くしたフリをして、自身の欲を満たしてみたのです。


 とても、胸の内がくすぐられるような気持ち。


 う~ん。お兄様にはわからない気持ちでしょうか? 無為な利他行動の快感」


 ティフェの言うことは少しわかった。……おそらくは自己陶酔の一種だろう。『相手に尽くす自分の姿』に満足を覚える行為。


「俺にもわかるよ。ただ、ティフェほど好んでやるわけじゃないけどね。


 そういう気持ちになったりすることはある」


「ええ、そうでしょうとも。


 お兄様が『甲斐甲斐しく振舞う私に、報いようとして』ここに連れてきてくださったことだって、きっと根は似た気持ちのはずですもの。


 ……人の気持ちって『本当の真の真にわかるか、感じられるか』っていったら、それは絶対無理なことなんです。


 双子の妹の心ですら『察する』ものでしかない。完全な共感とは無理なことなんです。だって『心をひとつに』なんて有り得ないから。


 だから、自分の心が響くこと。……私にとっては、それが大事なんです。


 ……お兄様を見たり想ったりして、その度に『心が響いて、もう戻れないくらいそれが条件付けられてしまう』のなら。……素敵な条件付けだと思いません?


 私にとって、きっと恋って、そういうもの」


 ティフェの言うことは、リアリスト的ながらどこかロマンチストだ。


 まぁ……俺も一番好きなフィエであっても、内心なんて分からない。でもそれでも、お互いに愛し合っていると感じるのは『極論を言うなら思い込み』なのだ。


 心が全く同じに響き合う……完全に共振するというのは多分ない。……きっと『似たタイミングで、それぞれに響いているだけ』なのだろう。


「じゃあ今日のデート、さっきまでのティフェの好みの方法で、いい感じに心が響いてくれたんだね」


「ええ、とても大きな収穫でした。……お兄様の背中を見て、その声にお応えしているあいだ、とても響きました。


 雑踏の喧騒でお声が聞こえにくくても、頑張って漏らさず聞くようにすること。その背中や首筋、後ろ頭を嬉しく見ながら、背中をお守りするため周囲にも警戒を怠らないようにすること。……そうして、それを愛おしく惜しんで頂けること。


 大満足です。キュンキュンしました」


 ティフェの感想は、意外と俗っぽい表現で締めくくられた。……しかし、結構に業が深い性癖なのではないか。『尽くす女ごっこ』とでもいうか……。


 つまりティフェは『恋に恋している』女の子……みたいな感じなのか?


 ……それは可愛らしいことだし、別に悪いことでもない。実際、そんなティフェはとても可愛い。


 しかし、自己完結されっぱなしにもしておけない。ここは恋愛対象を『恋 → 俺』に変換するため頑張らねば。……とはいえ、どうしたものか。


 咄嗟に思い付いた方法は、ぶっちゃけキザなやり方だった。……でもまぁ、自分の気持ちにウソを吐いているわけじゃないし、頑張って格好つけてみるか。


「じゃあ、ここまででティフェの要求には答えた。


 次は俺のワガママも聞いて貰おうか。


 ティフェ。両手をテーブルの上に。……そう、揃えてね」


 俺はティフェの対面の席から立ち、隣の席へと移る。


 そうして、ティフェが揃えて机上に置いた小さな両手を、俺の両手で覆う。……ティフェは少し面食らったように、目をパチクリさせて、俺を見た。


「えっと?」


「うん、これでいい。……じゃあ、そのまま俺の目を見ていて」


 しばらく、ティフェと見つめ合う。


 ティフェはしばらく頑張って余裕面を維持しようとしていたようだったが……ちょっとずつ、余裕顔から照れ顔に変わっていった。


「えと……なにか、黙ってしまいましたけど、私は黙る必要はないですよね。


 えっとその……。……ええと、その。……お兄様?


 まさか、あの、その……。


 もしかして、その……」


 ティフェは先ほどから口ごもり、唇を気にしている。……こちらの意図は充分過ぎるくらいに伝わっているようだ。


 俺はなおも無言でティフェを見つめる。……照れてて、めっちゃ可愛い。


「うぅ……。……さっきの『響き合わない』って言葉へのアレですか? 反証?


 こんな、他に客もいるような場所で、見つめ合うのすら、その……。


 えぁ、う。……その……う。


 あの……その……あぅ。……えと、降参をしたら許して貰えますか。


 もう……その、ちょっと私、限界ですから」


 ティフェの顔は真っ赤だった。……頑張ってはいるが、きっともうちょっとで目を逸らしてしまうことだろう。俺、ティフェのこういうとこ、好き過ぎる。


 無言で見つめ続ける俺から、ティフェはギリギリまで顔も目も逸らさなかった。


 かわりに、ティフェはそのまま、ふっと瞼を閉じたままにした。

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筆者のやる気につながります。是非ともよろしくお願いします。

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