3-41.【ライラトゥリア】浮浪老人、辺境に留まりて/道化、樹に縁りて魚を求む
夕刻、こちらへは到着した。帝都より二日半ほど。
ここはウイアーン帝国東部、東に大山脈を望む『破棄された砦』だ。
私は馬より降りて、内モモの痛みに少し呻いた。……馬乗るの久しぶりなのに、二日間に及ぶ長時間移動はナカナカに堪える。
いやぁ私、女で良かった。男なら余分に心配事や痛みがでるらしいからな。
道化なレルっちは『早駆け』で移動しながら、もう一頭の馬を曳き導いてくれている。あっちの馬も私が使う移動手段。
つまり私はこの二日、2頭の馬に代わる代わる乗ってきたというわけだ。……そこそこに強行軍といえるが、一応は時間的に切羽詰まっている状況だ。
とはいえ、ここまでスムーズな移動が出来たのは『ウイアーン帝国の陸上交通網』がシッカリしているからだろう。シャールト王国ではこうはいかない。
……かつての西イェルト全土の宗主国、……帝国か。……さすがだねホント。
「レルっちー、おつかれさん、ありがとさんね。
私、この砦の内部、完全に暗くなる前に見て来るからさ。
ウマにはちょい水飲ませておいてくれる? そう、こっちの子もお願いね。
……うんうん、ありがとね」
レルっちは、クリッとした瞳でこちらの言葉に頷き、馬二頭をやさしく導いていく。……あの道化帽子、ウマにモシャモシャ食われたりしないんだろうか。
さてと。今夜からの宿はこの目立たぬ廃墟……。……いや、打ち捨てられた廃墟じゃねえなぁコレ。現役で使ってるわな。
「誰かいる感じー?」
中に呼びかけてみると、ハゲ白髪の痩せて小さな爺さんが出てきた。
「……お着きになられました。ようこそ、お着きになられました。
拙老はこちらの砦番、拙老は番人にございます。
寝床、お食事、ご用意ございます。よろしければ風呂も沸かせます。
寝床の用意は十五人分まで、お食事も半分は冷や飯ながらご用意ございます。風呂は多少時間がいただきますが」
ゴハン、オフロ、ベッドの用意があるらしい。使用人付きとか良物件だなぁ。
「ゴハンもオフロも嬉しいけどさ、まずはじーちゃん。
じーちゃんのことなんて呼べばいい?」
「砦番とでも番人とでも。お気に召すまま、ご自在に」
「じゃ、バンニンじーちゃん。
ここの砦番って、セットでついてくる感じなの? じーちゃんも貰っていいの?
じーちゃんかなり強いっしょー、おトク過ぎない?」
「この砦、家を守ることをしております。
どこへもついて行くわけには参りませんが、ここにならば。
ここであるならば、置いて頂ければ何よりにございます」
「うん。置くだけ得だから居てちょーだいね。
で、どこまで聞いている感じ?」
「メルスク様の、一家となられた方々にご所有いただく、とまで。
あとは使用人の知るべきところでもございません。
この砦のあるじたる方が、こちらにいらっしゃる。
拙老は、そのご希望に叶うようにするまででございます」
「あー、バンニンじーちゃんさ。あんまカシコマらんでよ。
もっと適当に喋ってくれる方が、こっちとしてはやりやすいんだわ。
いやホント、何で強い人が管理なんてやってるのさ?」
「陽気な老爺でもよろしいと? 『砦番 a.k.a バンニン』でよろしいと?
陽《YO》ゥ……爺《YA》ァ……!
辺境の砦で老後Life。
悠々自適な老後Life。
今日来た娘らはSexyなコマチ。
狂喜したオイラはお迎え待ち」
なんだこの、特有の節を付けた喋り方は……。いわゆる詩吟とも違う。
そしてそれに合わせて老人が行なうのは、やや奇異に見える体の動きとハンドサイン。……どこか遠くの異質な文化か?
「……ナルホド。面倒なじいちゃんだから、放任されてるのな。
話し方戻せ、面白いけどさ。そっちのやられると喋るの、もっと面倒くせーわ」
「ツレナイ返事だゼ。ベイベー」
「なんだその喋り方。どこの文化だソレ。ここらの文化なの?
なんか若者文化に見える。じいちゃんにはあまり似合わなくない?」
「コレは『遠き方』生まれ、迷い人伝授。
Persona覆うは風体、面立ち」
「……うむ。趣深くはある。それは認める。でも、普段の話し方としては向いてないからマジでヤメロ。
ていうか、分かった。……じいちゃんのソレさ。攪乱技術だろ。
今みたいに『強烈な印象』を残して、他の場所では『違うキャラ付け』を使う。
そうやって『同一人物だと認識させない』っていうヤツでしょ。ネタはもう割れてるんだよ。……じいちゃんさ、私が警邏任務やってた人間って察してるでしょ?
手配書とか作ってた経験ある私からするとさ……ソレって目撃情報や証言情報がメチャメチャになって厄介なんだよ。
……じいちゃんてさ、もうホトボリが冷めないくらいヤンチャしてた人でしょ。もう都会で暴れられなくなって、今は田舎に引っ込んでるんだろ。
メルっちの実家関係って時点でさぁ、そういう系の人だとは思った」
「……戻しましてございます。
ところで、お連れ様が木に登っておられますのは一体?」
「……あー、アレな。サカナ捕ってるんだわ。
ホラ、ちょうど太い木の枝が川の上じゃん。あれで逆さにぶら下がって捕るんだよ」
「器用なことにございますな。手掴みですか」
「あー、手ェ生臭くなっちゃうな。
じいちゃん、まずはレルっちと風呂入るから用意お願い。覗くなよ。
んで、今レルっちが捕ってるサカナ、焼くのもお願いね。
今、水を飲ませてる馬をつないで飼い葉あげるのも手伝ってあげてな。
人見知りな子だから、警戒されるような振る舞いはしないように。
あとは周辺の近況情報もちょうだいね」
「数日は異変ないでしょう。先駆け・物見すらまだ気配がない。
こちら側は兵の動きが表れ始めておりますが、ここは道外れ、素通りでしょう。
風呂はこれからすぐに。サカナもお食事と合わせて出しましょう」
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