3-40.差異と戦争のセンチメンタリズム
翌日。今日は昼前からディドアとのデートをする。
俺は連絡役のメルと会う用事があったので、先に街に出ていた。メルからの報告は手短で、現状異変ないことを報告されただけだった。
「……ご主人様の今日のお召し物は……着て頂けているのですね」
「前にメルに仕立てて貰って、まだあまり着れてなかったからな。
今日はこれから、ディドアとデートだからいい服を着て来た。……着方大丈夫か、間違ってないか?」
「ちょっとだけ失礼。タイの結び目が……うん、こうした方が綺麗に見えます。
ディドアフォルツとデートですか。あの娘もなかなか抜け目ありませんね。
頑張り屋で働き者です。……どうぞ、良くしてやって下さいませ。
……ちなみに、私からもデートは希望してもよろしいでしょうか?」
メルとのデートか。……いや、ドMのメルとするのは『デート』とは呼ばんな。
「あー、メルのお散歩はさすがに帝都内でやる気はない。目立ち過ぎるのは俺の好みじゃないんだ。メルもそれに従え。
他の街に行ったときに時間があったらしてやるから、お預けな。命令だ」
俺の言葉に、メルは歓喜の色を浮かべた。……お散歩とは言ってみたものの、あんまりハードな奴は周囲に迷惑になる。ちょうどいい感じ考えておかないと。
メルが連絡業務に戻り、去ったあと、ディドアとの待ち合わせ場所へと向かう。時間にはまだ余裕があるものの、早めに到着して待っていようと思った。
俺はなんというか……そわそわしていた。また気心が知れていない女性とのデートに、不安が期待が入り混じった気持ちを抱えていた。
思えば最近、フィエとのデートでこういったソワソワ感はあまりなかった。俺にとってのフィエは、全幅の信頼を置き安心させてくれる嫁となっているからだ。
先ほど言葉を交わしたメルとも、一種独特な信頼関係を築けてからは安心を感じている。約束した『お散歩』も、おそらくメルの期待に応えられるだろう。
……だが、ディドアは違う。
ディドアは知り合って間もなく、彼女から向けられた好意もまだ淡い感情……。そこが少し頼りなく思えてしまった。
……双子の姉と同調して、つい勢いに任せてしまっているのではないか。
……俺に対して上下関係を感じて、忖度をしているのではないか。
……自身の立場に不安を覚えて、媚びてしまっているだけなのではないか。
……社畜時代の諦観を引き摺っていて、投げやりになっているのではないか。
俺、本当に好かれているんだろうかという、いつもの不安感。
ディドアは待ち合わせ場所に来たとき、ひとりの女の子だった。……やや武骨な黒系のコートに、無地で丈夫そうな生地のインナーにボトムス。
部屋着とか任務時に着ている服とは違う、彼女の私服だ。
今日のディドアは、クールで少し寂し気に見えた。……雰囲気ある子だ。アンタッチャブルな特別感……うぅ、なんて表現すればいいのか。
そう……いつもの双子コンビのディドアは、もう少しコミカルで頑丈そうに見えるんだ。でも、今日のディドアは儚げな強さを持った風というか……。
どう表現すればいいかわかんねぇ。『その女の子の持つ特別感』って難しい。
ディドアは落ち着いた感じながらも、少し小走りに俺に近寄って来た。可愛い。
「先に待たれているとは。
……場合によっては、斥候って『遅れて来る者』でもありますけど。
ともあれ、お待たせしました。お兄ちゃん。
デートのお誘い、嬉しいです」
ディドアはそう言って、ニコリと笑う。いつものダウナーな感じを残しつつも、今日はほんの少し感じが違う。
……あ、わかった。今日は『姉妹の妹』っぽい感じじゃなく、少しシッカリした感じがある。いつもはもうちょっと、姉に甘えたような態度をしている。
「全然待たせたりしてないから大丈夫。ディドアとデート出来て俺も嬉しい。
取り合えず今、何か問題なければ、ちょっと街でもブラつこうか」
「……問題? ああ、おしっことかですか? 大丈夫ですよ。
おなかもそんなに空いていませんし、体調万全です。
……こういう風に、ウキウキしながらブラ付くというのも贅沢なものですね」
やっぱり、双子コンビでいるときとは雰囲気が違う。
じゃあ行こうか、という風に俺が目で合図をすると、ディドアから含みがある微笑みを投げかけられる。どうやら『待て』がかかったようだ。
「ん、どうかした?」
「お兄ちゃん的には『まだ早い』と言われるかもですが。
……えと、私ちょっと憧れあるんです。……腕を、ホラ。なんていうか」
ふたりで腕を組んで歩きたいということか。……結構ロマンチスト? いや、ある意味当然の要求かも知れない。
俺が左腕に掴まりやすいようにすると、ディドアは嬉し気に、俺の腕に手をかけてきた。ガッツリと組むわけではなく、ちょっと控えめな感じだ。
多分、双子コンビでいる時のディドアなら、もっとガッツリと来る。
……いつもとの差異。雰囲気のギャップ。
……ドキリとする。俺は変に意識してしまい、ソワソワと胸の内がくすぐったい。そしてディドアからしても同じようだった。
「……ふ。……ふへへ。
結構照れ臭い感じですね。慣れない感じ。それにお兄ちゃんもそんな感じ。
私に対して緊張してくれなくっていいのに」
ディドアは照れくささを誤魔化すためか、茶化した雰囲気を出す。
「……ディドアと初デートだし、緊張はするって。
それにまだ、話題をどれから話すか決められてないし」
「話題ですか? どんなのを用意してきて貰えたんでしょう?
……今ならどれでも楽しく聞けそう。ふふ、楽しみ。
ですけど、まずはこちらから話を振りますね。
最初、デートって聞いたときはティフェも一緒かなって思ったんですけど……。
……まずは私だけ。
私を先に選んでくれた理由を知りたいですね。お兄ちゃん?」
いつも少しダウナーなディドアが今は分かりやすく、興味に目を光らせていた。
「……んー。ディドアは話しやすそうかなって気がしたから。
正直ふたり一気にエスコートなんて、押されっぱなしで俺には何もできない。
まぁ、ティフェに量りかねる感じもあったりで、その対策を聞いておきたい打算も半分だったり」
「半分打算。……でも、『打算』なんてアケスケに言っていいくらいには『話しやすそう』って思ってくれたんですね?
んん~。どうだろ。……これはきっと、嬉しいの方が強いのかな?
でも、初デートなんですからもうちょっとロマンチックに。『打算』とかいう言葉はオシゴト上だけにして欲しかったかもですよ~」
「じゃあもう言わない。……んーと、お詫びを兼ねてちょっと誤魔化させて。
ディドアは何か露天や屋台で欲しいのとかある?
見て回ってから決めるのでもいいよ。デートってそういうものだし」
「食べ物! 甘い感じのやつがいいです。まだ序盤だからちょい軽めのを。
動き良いよう、オナカ減らし気味で来たんですけど、早速もう足りない感じで」
そんな感じで、街デートをしばらくした。
ディドアはどうしても、職業病か目端が利く。メルの実家関係者の顔とかをぱっと見つけてしまう。……そしてちょっと気まずそうに顔を隠す。
俺の腕に、照れつつ顔を押し付けてくるディドアは……ヤバいくらい可愛い。
「……目がいいのも考え物だな。
ディドアが落ち着かないようなら、少し行く先ルートとか任せようか?」
「いやー。こういうデートで幸せアピールしてしまうのは……。
私としては、優越感より気恥ずかしさが勝ってしまうだけで……悪い気がするというわけではないんですけどね。……ハズい。
……ちょっと、聖堂方面いきましょか。あそこらにも割といるんですが、こういう下町よりは少ないので」
しばし歩いて、宗教的施設が集まった区画へ。
立派な聖堂が幾つも、そしてスペース的にも余裕あるよう確保されている辺り。……俺とディドアは、屋外に作り付けられた石の長椅子に並んで座る。
「ここらは、下町よりは静かだね、ハトも結構いる」
「下町辺りだとハトは取って食われてしまいますので。
一応この辺りは殺生禁止で、大っぴらに取っていたら捕まる感じです。
トリにとっても今の私にとっても、救いの場所ですね」
そう言ってディドアは、先ほど買ってあげたアメ菓子を袋からひとつ、自分の口に放り込む。
袋にまだ何粒も入っている中から一つ選んで、イタズラ的な笑みを浮かべて、無言のまま俺の口元へ。それを俺は無言のまま口に。……唇に指先の感触。
「……ふふ。買って貰ったお菓子で、お兄ちゃんを餌付けです」
そう言ってから、もう少しだけ細やかに笑う。俺もちょっと釣られてしまう。
それから彼女は、双子の姉であるティフェについて語りだした。
「……ここ、ティフェとよく待ち合わせした場所です。
斥候訓練が始まってから、私らはしばらく別々に暮らしていましたから。
組んで仕事させるにしても『二人が全く同じ』じゃ有効とは言えないですからね。別の師につけられての訓練。……上手く休息時間が合うわけでもなくて。
たまに待ちぼうけのまま、こうして座っていたり。あるいはティフェを、こうして待ちぼうけさせました。
うまく会えた時は……今、このデートのようにふたりでお話ざんまい。
……ザンネンだったのは、仕事と訓練の話題ばかりだったことですかね」
「……まぁ、普段が訓練と仕事だとそうなっちゃうよね。
今はもっと、色々話せている?」
「……その内容はなんとなく察せるんじゃないですか。
恋の話題です。降って湧いた話ですし。……ふたりであれやこれやと、トボシイ知識で話すのです。
一家の皆さんのオトナな話題について行きたいね、なんて話していて。
今まではサツバツなお仕事ざんまい。それが今は、前よりずっと自由で。……そしてまだ、自由な状態にちょっと慣れてなくて不安でもありまして。
そんなわけで、お兄ちゃんベッドへの急襲が計画されました。
恋を始めるのと、頼りになる人にお近付きになるの。……折角だからどちらの欲求も満たしたいなーってことで、ふたりは『やろう!』と結論付けたのです。
デートという『私たちには縁遠い』と思っていた事柄。……逢瀬。……逢引。お兄ちゃんより提示された魅力的な案により撃退されたわけですが」
……なるほど。この双子においては『デートと言う発想』があまり無かっただけだったのか。随分大胆なのかと思ったが、どちらかというと選択肢不足。
「じゃあ、ティフェもデートは楽しんでくれそうかな?」
「それは勿論。私よりおしゃべり好きですし、精神的に満たされたいタイプです。
私はホラ、ちょっと即物的といいますか、こういう買い食いが嬉しかったりで。
……でも、私としても一番うれしいのは、こうしてゆったり話せることですけどね。きっと普段では話せそうもないことを、口にできる機会を貰えたみたいで」
「普段、言えないこと?」
「……漠然とした不安です。
えーと、これは仕事としての話じゃなくてですね。私、個人としての話で」
そう言ってディドアは少し空を見上げた。水色と雲が混じった、寒さに透き通った空。……そして、ポツリと言葉を続けた。
「これから、戦争が始まります。
それは何というか、形のない巨人のようなもの。
意志を持って、何らかの意図によって動いている巨大なもので……。
実際、街が壊れ、人が死に……巨人が過ぎ去った後は、悪くすれば廃墟。
そして、その巨人さんは結局のところ、対話不能なんです。
『なんで街を壊すの』『なんで人を死なせるの』って訊いても、答えやしない。
……私の頭でイメージした『戦争という巨人さん』は無口なんです。
頭の中で、私の一番聞きたいことを問いかけても、答えは返ってこない。
そう、『私はどうなるの、私の近くにいる人たちも踏んじゃうの?』って。
そういう対話不能で、結局は意図不明な相手への、漠然とした不安。
……例えば法将マファクとか、ウイアーン皇帝陛下とかの意思もあるんでしょう。
でも結局は『戦争って、誰かひとりの思惑だけのものじゃない』ですから。
複雑に絡まった思惑は『明白な終着点を持っていなくて混沌としている』から。
……わからないものだから、怖いんです。
しかも今、私はお兄ちゃんにステキな青春の機会を用意して貰えてるんですよ?
初めてのデートは今のところ、ずっとソワソワドキドキと素敵なもので、まだデート途中なのに気が早い事ですが、次回にも期待を持てるのです。
……今は冬も近い、というかもう冬ですかね? 今日は風も無くてあんまり寒くないですけど。……春とか、夏の暑い季節まではまだまだ遠い。
私ね、実を言うと暖かい季節の方が好きなんです。冬の生まれなのに。
……そしてまた、そんな季節にお兄ちゃんと。
私の好きな季節に、ふたりでデート出来たらなぁ、って。
それを先ずは最初の皮切り、春になったら一番にすることとして、次はティフェと一緒に、お兄ちゃんの両腕にぶら下がってデート出来たらなぁって。
奥方様ともご一緒するデートをしてみたりとかして、そのときお兄ちゃんにちょっかいかけまくって、ちょっとヤキモチ焼かせてみたいなあとか。ふふ。
大勢でドヤドヤと、皆で遊びに行く機会だって欲しいですね。それも楽しそう。どこかに旅行もしてみたいなぁ。
それで女の子みんなで一緒に、夜通しで恋の話をしてみたりとかもしたいですね。……ふふ、恋のお相手はみな全てお兄ちゃんになっちゃいますけど。
うん、今アイディアがたくさん出てきてまして、ワクワクしているんです。
……だから。
だから。
『戦争っていう巨人さん』には、怒りこそないですけど、不安なんです。
どうか、踏み潰さないでね、って」
ディドアは、少し悲しげに笑った。
不安。漠然とした不安。……それは死への不安、それのせいで楽しい経験がやってくる前に人生が終わってしまうのではないかという不安。
もちろん『コバタ家』としても俺個人としても誰も死なせるつもりはない。……でも、圧倒的な力を持つわけじゃないし、未来が全て予測可能なわけでもない。
だからこその、ディドアの不安。
俺は勇気付けるように、ディドアの手を握った。……俺の言葉はヘタだ。きっと安心な理由説明をゴチャゴチャ言うしかできないから、無言のままにした。
外套のポケットに入っていた俺の手とは違って、ディドアの小さく柔らかい手は冷えてしまっていた。……先ほどまで俺の腕に遠慮がちにかかっていた手。
ディドアは俺をゆっくり仰ぎ見て、じんわりと微笑んだ。
「……寒い季節も、いいとこありますね。
お兄ちゃんの手が、とてもあったかです。……好き。
……うん。あんしん。安心貰えました。あったかい手。大きな手。
……えへへ。……こういうのって、いいな。
……なんだか、そう…………恋を、しているみたいで。
………………。
…………ん~と、そうだ。お兄ちゃん、気付いてました?
さっき餌付けさせて頂いたアメですね。実は4種類の味があるんですよ。
それぞれ果物のフレーバーなんです。
さっきのアメは、赤色リンゴ味。分かりましたよね?
じゃあ、追加の餌付けを。……安心を貰えたお返しに。
そして、クイズも兼ねてみるのです。……『これは何味?』ってクイズですよ。アメの色で、ネタバレしちゃうかもですので、目をつむって下さい」
突然、クイズを出すというディドアに、俺は従って目を閉じた。
……俺とつないでいない方の手で、ディドアがガサガサと紙袋をあさってアメを取り出す音がする。
「……うん。……じゃ、ちょっとだけ口を開けてね。お兄ちゃん。
唇で挟めるように、ちょっとだけ。……薄目開けたりしちゃ、ダメだよ。
………………。…………」
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