3-31.赤くはない紙
メルが机に置いた紙。
俺はこちらの文字が読めないため、メルが読み上げてくれた。
……それは、非人道的・徴集用紙だった。
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当家・次女メルスク ヘ
==支度ヲ下記ヨリ選ビ、提出ヲ
譲渡:累計 250マデ
上位:1名アタリ 50(ガリュンテイ +50トスル)
中位:1名アタリ 25
下位:1名アタリ 1
資金:10 = 銀万
道具:応相談
拠点:応相談
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俺は少し引きながら内容を確認した。
「ええっと、これって『人や資金、道具、拠点』の譲渡ってこと?」
「左様にございます」
うーん、なにこれひどい。譲渡するにしてもこんな形はない。
周囲も微妙な雰囲気だ。そしてそんなところにララさんとクィーセが帰還する。ふたりとも夜を徹しての執行作業だったというのに、まだ元気だ。
「帰ったぞー、12アガリだ。
何この用紙?」
メルから説明を受けたララさんは、特に動揺せず発言した。
「……なるほどな。
ティフェとディドアがあの時、拒否ったのはこういうのあるからか。
あの二人は確定だろ、どれに当たるんだ?」
「上位ですね。あのふたりは出来がいい。
ふむ。これで100消費ですか」
俺は思う。これでいいのかと。……しかしまぁ、どうするんだよ。人が増えすぎじゃあないのか。
次はクィーセから意見が出る。
「となると部隊として足りないのは、前衛・盾役です。
ハーレン様は前衛職ですが消耗できない。ララトゥリ姉貴とアーシェルティ殿は純粋な前衛とは言えない。当然、コバタさんも消耗できない。
家族を生き残らせる目的がある以上……イヤな言い方ですが『捨て駒覚悟で使える前衛』が欲しい。その人の働きで、部隊メンバーを生き残らせる人」
それにメルが答える。
「なら、上位からふたりほど、さらに追加ですね……。
人材は多ければ多いほどいいとは思いますが、消費が大きい。拠点や資金力も欲しい所なのです」
頼りになる人が増えるのはありがたい。……しかし他との兼ね合いが厳しくなるようだ。ここからは資金力やモノも必要になってくるのだろう。
……しかし『俺たちが幸せに暮らす未来』のためとはいえ、なかなかに自己負担分……持ち出し分が多過ぎない?
「メル、割り込んでだがひとつ聞きたい。
ウイアーンの皇帝陛下って、どんな感じなんだ。メルの実家さ、『権力にガッチリ食い込んでいる』んじゃないのか。
そこから資金や人員は引っ張れないのか?
俺たちの行動はウイアーン帝国を守る一助と言えなくもないだろう?」
メルは、振り向いてナントモ微妙な顔をした。俺の言うことは基本的にガッツリ受け止めるメルが、初めて見せる困惑の表情だった。
「……あの、ご主人様。
さすがに身分の差が大きすぎます。……実家の親父殿でも会えませんし、ソーセス様やアルメピテ奥様、アーシェルティ様でも容易ではない。
大貴族身分の方ですら、然るべき機を待ってしか会えない御方です。それも直接のお声がけがあるかすら分からないような雲上人です。
基本的に、皇帝陛下に連なる血筋の方としか会われませんし……。
国の代表の使節・嫁入り相手としてククノーロ様が宮廷に伺っていたとしても、会うまでに相当の手順が必要なくらいには遠い御方なのです」
スゲェ権威だな……。でもまぁ、それはそうか。ゲームとかのファンタジー世界なら王様との謁見は難しくないが、ここはまぁゲーム世界ではないしな。
クィーセも少し補足してくる。
「ボク、以前にヌァント王に謁見して頂いたこと有るんですけど、あんな気安く会える王様、本来いませんからね。
……まぁ、コバタさんが見誤るのも無理はないかも。大貴族のソーセス様に容易に会えてしまいましたからねぇ……。
アーシェルティ殿とも故あって会えて、そこからトントン拍子ですもんね」
クィーセの言う通りかも知れない。ウイアーンの大貴族であるソーセス様に成り行きとは言え、会えていることが俺の認識を歪めていた。
アーシェからのコネで『閣僚クラスの政治家』と会えてしまっている。それはアーシェの縁者だからと言うだけ。
そのアーシェが、微妙な発言をした俺をカバーするように言う。
「……コバタ、ここウイアーンは『西イェルトの宗主国としての自負』があります。少し特殊なお国柄なんです。皇帝陛下の動向もまた、それに準じています。
他の諸国では王侯と言えど、その姿を見る機会と言うのは皆無ではありません。ある程度、立場による足切りはあるとはいえ見ることはできます。
ここウイアーンは広く開発が進んでいます。その全土の統治に『皇族血統で、国内の地域ごとを治める"名目上の王"』が存在するのです。
気安くは無理ですが、会える可能性があるのはそこまでです」
「……わかった。すまん。認識を間違えていた。
正直、楽に考えていたけど……前の世界でも『そういう階級』と普通の人が会うのが難しいのは変わらなかった。こっちの世界でも、そりゃそうだよな。
となると『兵力を集めることができる権力者』と繋がりを持てたりは……?」
俺の問いかけにはメルが答える。
「目星は付けています。
私とトゥイ、そしてアーシェルティ様やハーレンケンセ様のコネクションをたどれば、行き着くことが出来る相手を複数人。
……ですが、慎重を期しています。
この戦争の仕掛け人は『ペリウス共和国・法将マファク』『ヌァント王・サロウス』『メルトヴィロウス王・イクルザロ』『フォルクトの邪教集団の教主』など、複数の大物が関わっている」
なんか国のトップクラスの名前がたくさん出てきた。……こういう名前に詳しそうなアーシェの方を見てみると平然とした顔。
「さもありなん。予測の内ですね。
メルスク。それは確たる証拠を持つと思っていいのかしら?」
「いいえ。確たる証拠など掴めませんでした。あちらとて素人ではありません。……決定的な証拠がないからこそ、今まで口にはしませんでした。
ですが今この時、彼らは『激しく、なおかつ統制の取れた動きを見せている』のです。つまり、『事前に現状をよく察知し、"かなり前から"準備をしている』
最終的な勝者を狙う者もいれば、現状より優位になることを望む者、単に時代の波に乗ろうとする者、様々です。
そういった様々な思惑が見えませんか? きっとアーシェルティ様には、一番ご理解いただけるでしょう。
我ら一家と、これら大物を天秤にかけて選んで貰える相手の見極めは必要です。こちらに大きな不利益となる協定は結べない。
そして何より『大樹に縁る』からには『その懐で殺されてはならない』『その動きが鈍く、我々を制限するものであってはならない』のですから。
権力者を利用するというなら、その見極めは命がけです。
ソーセス様やウチの実家は『引きずり下ろしや妨害への対処』で大胆には動けません。我々で『頼るべき相手』を見極めなくてはならない」
そして、そんな重苦しい話を一刀両断するように。
フィエとララさんが言った。
「それより今は、ティフェちゃんとディドアちゃんが『ウチの子』になることの方が議題として重要だよ。
話が逸れすぎ。各国トップの思惑とか割とどうでもいいことでしょ。そこは状況を見て対処していく事なんだし」
「フィエに同意。デカい話は権力デカい奴にやらしておけばいいんだよ。
メルっちさぁ。私ら一家の目的、見誤っていないか……?
メルっちに『地元をなんとかしたい気持ち』があるというなら、それには協力する。だが一家としては『私らが生き残って幸せに暮らす』のが何よりだろ。
必ずしも権力者に頼る必要はない。そーやって思考を固定しちゃうのは如何なもんかなぁ。急ぐあまり変なシガラミ作っても仕方ないし」
……まぁ『コバタ家』が目指すところはフィエやララさんの言う通りだ。
ちょっと無責任かもしれないが『一家を守るために全員でトンズラする』というのも選択肢の一つとして考えておかねばならない。
……まぁ、ここまでドップリ関わっておいて、そうは出来ないかもしれないが。
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