表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/154

3-29.千夜も待てぬ打ち明け話


 俺はククノから、王侯の待遇を受けた。


 いや、もともと女の子を侍らしている時点で王侯身分と言えるのだが、ククノが全身全霊で歓待してくれたことに、特別感を覚える。


 ククノは技巧的に言えばどこか不慣れだ。でもここまでひたすら丁重に扱われる経験というのは、今までにない。


 王宮で、相手に心尽くしをすると言うのは大変なんだな、と思う。


「ククノ、素敵だった。


 ……とはいえその、尽くし過ぎじゃない? ククノも疲れてるでしょ」


 俺が無粋にもこんなことを言ったのは、俺がククノと一緒に眠りに就こうかと思っても、優しく静かに歌ってくれたりする甲斐甲斐しさを見てだ。


「ふふっ。今までして差し上げられなかったことを、欲張り過ぎました。


 まずはあなた様の御心に沿うよう……そうさせて頂きます」


 ククノは尽くす子だなぁ……嬉しいけど。これを当然と受け取れるほどに俺は王様的意識は持っていない。


 俺はククノを抱き寄せながら言う。


「じゃあ、寝物語のリクエストだ。


 ……ククノの転生物語。ずっと気になっていた」


「…………ええ、それでは。


 『2度に渡る転生の記憶、占めて60年の孤独のお話』を」


 ……2度? 60年?!


 今まで俺の聞いていた話で、ククノは『この世界で30年生きて20年若返った』と言っていた。……つまり、あれってブラフだったのか。


 俺はちょっとビックリしたが、まずは話を促した。




「記憶のある限り、最初に生を受けた場所は『コバタ様と同じ』でした。……少し慎重に言うなら『コバタ様が元居た世界と"同じらしき"場所』です。


 もしかしたら細かいところが違う、別の世界なのかも知れません。


 そこで女として生まれ、30年ほど生きて、死にました。不満多く地味で、特に……語るに及ばないような人生です。悲しながら。


 それに今の『この身からすれば終わったのすら約40年前の事』になります。記憶はおぼろげ。夢やカンチガイだったのではと思うことすらあるのです。


 それでも『あったこと』として確信できるのは『イヤな記憶』があるから。


 才覚も力も無くちっぽけな『私』でした。


 ……悲しい人生は一度終わり。胡蝶の夢の様に。




 そしてまた女に生まれ、『最初に転生した先』で30年ほど生きました。


 そこでは生まれながらに高き身分を得て、多くの可能性を歩めるはずでした。


 前の人生とは違うよう、彩り豊かになるように暮らせば良かったのに……。そこでの生き方は『鬱憤晴らし』でしかなかったのです。


 恵まれた生まれをしたのに、他人の粗探しばかり。……侮辱を、嫌がらせを、謀略を、他者の足を引っ張ることを、悪言雑言、虚言を。


 ……転生の有利を『不幸を増やす』ことに使いました。


 そして結局、幸せではなかったのです。不幸を振り撒いただけなんですもの。


 得られたものといったら、心にもない賞賛、対価なしには出して貰えない笑顔、価値が無くなれば消える関係。


 最期の時まで目に映る景色は濁ったまま。愚かで下劣な『わたくし』でした。




 ……そして今、『二度目の転生』をしてここに。今度は戦に狂った国に。


 それは熱狂の国。これまでを塗り潰すような生き死にで溢れた鮮烈な生。今までの生き方より、この荒々しくも潔い人生哲学は好ましいものでした。


 腐りきったエゴを捨て、学ぶ姿勢を持ち、多くを修めました。


 ……そして、人生は変わりました。『生まれ変わるよりも大きく』変わった。この世の中は楽しい。この身いっぱいに熱狂を詰め、生きるを為すのです。


 前世では暗い喜びを得るために成したことすら、戦い生き残るためなら痛快。懸命に楽しんで生きていれば逆境ですら、心も血肉も湧き踊るのです。




 そうして生き、流れ着いた先。……そこにいた人、迷い人は変り者でした。


 婚約者を深く愛していながら、更に他の女性すら真に愛しているんですもの。随分と身勝手で強欲。しかし彼女らを傍から離さないだけの価値を持つ。


 あなた様は、言わば王者の如く勝ち取ってきているのに……。なのに、あなた様はまるで自分を評価なさらない。当然の権利と思わない。


 『戦って勝ち取っている』のに『不正に得た』とでも思っている御様子。そこは広き海原の上だというのに『掘り出し物』を見付けた気分でした。


 あなた様は、この身がお支えすれば幾らでも。何倍何十倍と価値が付く。


 そして……きっと、幸せにしてくれると。きっと、あなた様なら、と」




 ククノの話は前半、寂しいものだった。……俺と同じように現代社会を生きたが、最初に転生した先でもあまり良い人生を歩めなかったようだ。


 ……まぁ『転生したから人生がハッピー』なんて、なるとは限らないよな。


 転生前の人生で『幸せになる方法』『幸福と思える状態』を曲がりなりにも見付けておくか、あるいは俺みたいに『巡り合わせに恵まれる』しかない。


「……じゃあ、ククノ。


 俺は『前の悲しい人生』については聞かない。俺から聞いたりはしない。


 ククノも前、言っていただろ。『イヤな記憶をほじり返されたら誰でも気分悪くなる』みたいなこと言っていた。


 忘れさせてあげたいけど、それはまぁ無理だ。……実際、俺も『前の世界で経験したイヤなこと』は全然忘れること出来てないし。


 俺にやれること、それは『できるだけいつもククノが幸せで、悲しいことを思い出させないようにする』のを努力するくらいだ。


 ……俺の前では幸せでいてくれるか、ククノ。俺もそう思って貰えるようにする。俺やククノがお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで。


 それで……俺は言うのもなんだが、今は随分と妙な状況と言えなくもない。ククノはもっとその、マトモな感じのが良かったか……?」


 ククノは穏やかに微笑む。少女の笑みではない。ある程度、年経た人の笑み。


「……ふふ。その贅沢を言うのは、もっともっと後に。ずっと後に。


 美味しいご飯を頬張っているときに、その種類なんかに選り好みを言っていたら飲み込めないでしょう? 味を楽しむのに今は精一杯。


 まずはお腹いっぱいまで。……腹八分目や調理法にこだわるのはまだ先でいい。今は……この身にたくさん、あなた様なりの幸福を味わわせて下さい」


 ククノは言葉を紡ぐ。そして、ゆっくりと昔に囚われた笑みから、ちょっと大人びた少女、いつものククノの笑顔へと変わっていく。


 俺はククノの髪の毛を撫でて、俺の気持ちがもっと伝わるよう、微笑んだ。


「わかったよ。……とは言え、ワガママ過ぎない程度のリクエストなら俺は大歓迎だ。『そうしたい』と思っているのを、我慢なんかいらないぞ。


 ククノがそうしてくれたように、俺だって『相手に尽くす』形での喜びはある」


 言葉に答えるように、ククノはそっと俺の頬に手を当てる。俺の瞳を優しく見つめ込んで、まずはそうして心を伝えてくる。


「……うれしい。……でも、それは流石に慎み深く。


 生きた長さなら、他の娘たちよりも長いんですから。


 ワガママは……余裕があるときを見計らって、小狡く掠め取るように」


「……そーいえばククノ、ブラフでサバ読んでいたな。


 30くらいから20歳若返ったって言ってたけど、実際は70年生きてるわけだし。


 年数的にロリババアで間違ってなかった」


 俺の無粋なツッコミに、ククノは渋い顔をする。


「…………。


 お主なぁ……、そういうこと言わんのがいい男というものじゃろ?!


 どの人生でも30以上にはなっとらんからセーフじゃ。


 40代や50代の人生を経験したことはないから、まだまだセーフなんじゃ」


 ククノが言う『微妙に諦めの悪い女性としてのセリフ』に、俺は少し笑った。ダチとしてのククノはまぁ、こんな感じだよな。


 さっきの甘々でひたすら優しいククノもいいけど、こっちも気安い感じでいい。……俺はもうちょっとからかいたくなる。


「じゃあなんで『のじゃ』言葉なんだよ。……お婆ちゃんじゃないんだろ?」


「ぬ。……いや、その。


 ……こういうの、かわいいじゃろう?」


「うん、認める」


 俺は即答した。可愛いのは正義。


「……ドン引きとかせんのか?


 それがちょっと、不安だったのじゃが……」


「それは『女の子がかわいい服を着る』のと同じことだと俺は思う。


 人によって好みはあっても、俺は好きだし、好きだから問題ない。


 あと、ククノらしくて好きだ。


 …………でも、俺、ロクデナシだから……。


 ククノがトモダチとして話してくれていても、エッチな気持ちになってしまいそうで……こわいようぅ」


「性欲の強さがまるで十代のオトコノコじゃのう……。


 まぁ、まだ若いしそれで問題ないじゃろ。その年齢で枯れておったら、これから何十年と続くであろう性生活に支障が出るじゃろ。


 そのくらいでちょうどいい。……何より、この身が誘惑して反応が無かったらそれは寂しいことだからのぅ」


 ククノは俺の顎を指先でなぞるように撫でる。……誘惑。これは明白な誘惑だ。


「…………ッ」


「お、ちょろいのぅ。


 こんな不慣れな誘惑で、そうなってくれるとは有り難い限りじゃ。


 ……また、この身を『お腹いっぱい』にしてくれますか? 愛しきあなた様」


 ククノの挑発を兼ねた誘惑の言葉。俺はもう耐え切れなくなって、この夜のお話は終わりとなった。

【ブックマーク・評価・感想など頂けると助かります】


筆者のやる気につながります。是非ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ