3-29.千夜も待てぬ打ち明け話
俺はククノから、王侯の待遇を受けた。
いや、もともと女の子を侍らしている時点で王侯身分と言えるのだが、ククノが全身全霊で歓待してくれたことに、特別感を覚える。
ククノは技巧的に言えばどこか不慣れだ。でもここまでひたすら丁重に扱われる経験というのは、今までにない。
王宮で、相手に心尽くしをすると言うのは大変なんだな、と思う。
「ククノ、素敵だった。
……とはいえその、尽くし過ぎじゃない? ククノも疲れてるでしょ」
俺が無粋にもこんなことを言ったのは、俺がククノと一緒に眠りに就こうかと思っても、優しく静かに歌ってくれたりする甲斐甲斐しさを見てだ。
「ふふっ。今までして差し上げられなかったことを、欲張り過ぎました。
まずはあなた様の御心に沿うよう……そうさせて頂きます」
ククノは尽くす子だなぁ……嬉しいけど。これを当然と受け取れるほどに俺は王様的意識は持っていない。
俺はククノを抱き寄せながら言う。
「じゃあ、寝物語のリクエストだ。
……ククノの転生物語。ずっと気になっていた」
「…………ええ、それでは。
『2度に渡る転生の記憶、占めて60年の孤独のお話』を」
……2度? 60年?!
今まで俺の聞いていた話で、ククノは『この世界で30年生きて20年若返った』と言っていた。……つまり、あれってブラフだったのか。
俺はちょっとビックリしたが、まずは話を促した。
「記憶のある限り、最初に生を受けた場所は『コバタ様と同じ』でした。……少し慎重に言うなら『コバタ様が元居た世界と"同じらしき"場所』です。
もしかしたら細かいところが違う、別の世界なのかも知れません。
そこで女として生まれ、30年ほど生きて、死にました。不満多く地味で、特に……語るに及ばないような人生です。悲しながら。
それに今の『この身からすれば終わったのすら約40年前の事』になります。記憶はおぼろげ。夢やカンチガイだったのではと思うことすらあるのです。
それでも『あったこと』として確信できるのは『イヤな記憶』があるから。
才覚も力も無くちっぽけな『私』でした。
……悲しい人生は一度終わり。胡蝶の夢の様に。
そしてまた女に生まれ、『最初に転生した先』で30年ほど生きました。
そこでは生まれながらに高き身分を得て、多くの可能性を歩めるはずでした。
前の人生とは違うよう、彩り豊かになるように暮らせば良かったのに……。そこでの生き方は『鬱憤晴らし』でしかなかったのです。
恵まれた生まれをしたのに、他人の粗探しばかり。……侮辱を、嫌がらせを、謀略を、他者の足を引っ張ることを、悪言雑言、虚言を。
……転生の有利を『不幸を増やす』ことに使いました。
そして結局、幸せではなかったのです。不幸を振り撒いただけなんですもの。
得られたものといったら、心にもない賞賛、対価なしには出して貰えない笑顔、価値が無くなれば消える関係。
最期の時まで目に映る景色は濁ったまま。愚かで下劣な『わたくし』でした。
……そして今、『二度目の転生』をしてここに。今度は戦に狂った国に。
それは熱狂の国。これまでを塗り潰すような生き死にで溢れた鮮烈な生。今までの生き方より、この荒々しくも潔い人生哲学は好ましいものでした。
腐りきったエゴを捨て、学ぶ姿勢を持ち、多くを修めました。
……そして、人生は変わりました。『生まれ変わるよりも大きく』変わった。この世の中は楽しい。この身いっぱいに熱狂を詰め、生きるを為すのです。
前世では暗い喜びを得るために成したことすら、戦い生き残るためなら痛快。懸命に楽しんで生きていれば逆境ですら、心も血肉も湧き踊るのです。
そうして生き、流れ着いた先。……そこにいた人、迷い人は変り者でした。
婚約者を深く愛していながら、更に他の女性すら真に愛しているんですもの。随分と身勝手で強欲。しかし彼女らを傍から離さないだけの価値を持つ。
あなた様は、言わば王者の如く勝ち取ってきているのに……。なのに、あなた様はまるで自分を評価なさらない。当然の権利と思わない。
『戦って勝ち取っている』のに『不正に得た』とでも思っている御様子。そこは広き海原の上だというのに『掘り出し物』を見付けた気分でした。
あなた様は、この身がお支えすれば幾らでも。何倍何十倍と価値が付く。
そして……きっと、幸せにしてくれると。きっと、あなた様なら、と」
ククノの話は前半、寂しいものだった。……俺と同じように現代社会を生きたが、最初に転生した先でもあまり良い人生を歩めなかったようだ。
……まぁ『転生したから人生がハッピー』なんて、なるとは限らないよな。
転生前の人生で『幸せになる方法』『幸福と思える状態』を曲がりなりにも見付けておくか、あるいは俺みたいに『巡り合わせに恵まれる』しかない。
「……じゃあ、ククノ。
俺は『前の悲しい人生』については聞かない。俺から聞いたりはしない。
ククノも前、言っていただろ。『イヤな記憶をほじり返されたら誰でも気分悪くなる』みたいなこと言っていた。
忘れさせてあげたいけど、それはまぁ無理だ。……実際、俺も『前の世界で経験したイヤなこと』は全然忘れること出来てないし。
俺にやれること、それは『できるだけいつもククノが幸せで、悲しいことを思い出させないようにする』のを努力するくらいだ。
……俺の前では幸せでいてくれるか、ククノ。俺もそう思って貰えるようにする。俺やククノがお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで。
それで……俺は言うのもなんだが、今は随分と妙な状況と言えなくもない。ククノはもっとその、マトモな感じのが良かったか……?」
ククノは穏やかに微笑む。少女の笑みではない。ある程度、年経た人の笑み。
「……ふふ。その贅沢を言うのは、もっともっと後に。ずっと後に。
美味しいご飯を頬張っているときに、その種類なんかに選り好みを言っていたら飲み込めないでしょう? 味を楽しむのに今は精一杯。
まずはお腹いっぱいまで。……腹八分目や調理法にこだわるのはまだ先でいい。今は……この身にたくさん、あなた様なりの幸福を味わわせて下さい」
ククノは言葉を紡ぐ。そして、ゆっくりと昔に囚われた笑みから、ちょっと大人びた少女、いつものククノの笑顔へと変わっていく。
俺はククノの髪の毛を撫でて、俺の気持ちがもっと伝わるよう、微笑んだ。
「わかったよ。……とは言え、ワガママ過ぎない程度のリクエストなら俺は大歓迎だ。『そうしたい』と思っているのを、我慢なんかいらないぞ。
ククノがそうしてくれたように、俺だって『相手に尽くす』形での喜びはある」
言葉に答えるように、ククノはそっと俺の頬に手を当てる。俺の瞳を優しく見つめ込んで、まずはそうして心を伝えてくる。
「……うれしい。……でも、それは流石に慎み深く。
生きた長さなら、他の娘たちよりも長いんですから。
ワガママは……余裕があるときを見計らって、小狡く掠め取るように」
「……そーいえばククノ、ブラフでサバ読んでいたな。
30くらいから20歳若返ったって言ってたけど、実際は70年生きてるわけだし。
年数的にロリババアで間違ってなかった」
俺の無粋なツッコミに、ククノは渋い顔をする。
「…………。
お主なぁ……、そういうこと言わんのがいい男というものじゃろ?!
どの人生でも30以上にはなっとらんからセーフじゃ。
40代や50代の人生を経験したことはないから、まだまだセーフなんじゃ」
ククノが言う『微妙に諦めの悪い女性としてのセリフ』に、俺は少し笑った。ダチとしてのククノはまぁ、こんな感じだよな。
さっきの甘々でひたすら優しいククノもいいけど、こっちも気安い感じでいい。……俺はもうちょっとからかいたくなる。
「じゃあなんで『のじゃ』言葉なんだよ。……お婆ちゃんじゃないんだろ?」
「ぬ。……いや、その。
……こういうの、かわいいじゃろう?」
「うん、認める」
俺は即答した。可愛いのは正義。
「……ドン引きとかせんのか?
それがちょっと、不安だったのじゃが……」
「それは『女の子がかわいい服を着る』のと同じことだと俺は思う。
人によって好みはあっても、俺は好きだし、好きだから問題ない。
あと、ククノらしくて好きだ。
…………でも、俺、ロクデナシだから……。
ククノがトモダチとして話してくれていても、エッチな気持ちになってしまいそうで……こわいようぅ」
「性欲の強さがまるで十代のオトコノコじゃのう……。
まぁ、まだ若いしそれで問題ないじゃろ。その年齢で枯れておったら、これから何十年と続くであろう性生活に支障が出るじゃろ。
そのくらいでちょうどいい。……何より、この身が誘惑して反応が無かったらそれは寂しいことだからのぅ」
ククノは俺の顎を指先でなぞるように撫でる。……誘惑。これは明白な誘惑だ。
「…………ッ」
「お、ちょろいのぅ。
こんな不慣れな誘惑で、そうなってくれるとは有り難い限りじゃ。
……また、この身を『お腹いっぱい』にしてくれますか? 愛しきあなた様」
ククノの挑発を兼ねた誘惑の言葉。俺はもう耐え切れなくなって、この夜のお話は終わりとなった。
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