3-26.メルとの枕詞
メルの親父さんが今日は泊まってけと言うので、俺とメルは同室、大ベッドで並んで横になっていた。
「今日は、なさらないんですか?」
「命令、お預け。……この間オカワリされ過ぎて、さすがにちょっと、な」
「耐えるのもご褒美です。命じて頂き、嬉しく思います」
「なぁ、メル。……俺をトゥイに縁付けたのはお前だ。どんな意図だ。
俺に交渉事の付け焼刃なレクチャーしたところで、たかが知れている。
メルは『最初からトゥイをこの現場に連れてくるつもり』に思えた。
命令だ、ちゃんと話せよ?」
「承りました。
……あの娘は『使える』でしょう? 今もウチの親父殿に気に入られて話をしている。……ああ、親父殿は『他人の女』には手を付けません。ご安心を。
あの娘は人脈持ちです。……無論、その多くは『下っ端』ですが、その人脈に対して強い『信用』を得ています。
人と人のつながりは網目のよう。あの娘は『下っ端』をたどって、いくつも希少なコネクションを持っているんです。使える女です。
今回、ご主人様からの依頼を受けることで、あの娘は賭けに出ました。私がそう『誘導』しました。……連れて行ったメンバーの人選でね。
あの娘は『利に敏い』から、この話に引っかかると思いました」
「……ちょっと待て、メル。話がちょっと急だぞ。わからんとこが多い。
質問、命令な。
トゥイがいきなり『俺の女』とかブラフかましたのは、何がしたかった?」
「後ろ盾の獲得です。あの娘は『完全な一匹狼』です。
アレは多くの人脈を持ちながら『部下もパートナーも持たず、身ひとつで』のし上がってきた異才です。
この世の中は『背景、つまりは後ろ盾』が重要です。本人の実力が何よりと言いたいところですが……それでもどうしても重要になってしまいます。
例えば私とて、この実家が無ければ『発育の悪い女』くらいにしか思って貰えないでしょう。今持っている様々な技術や人脈も『この実家』由来のものです。
そう……私の『影も踏めず、手も汚れぬ。身にひとつとて傷がない』という風評はこの実家なしには有り得ないのです。
アレにはそういう後ろ盾が一切ない。
女が身ひとつで成せること。どこかの徒弟、使いっぱしり、娼婦、教団の窮屈な魔法使い、愛人、などなど……アレはそうはならずに勝ち上がりました。
分配屋は楽な仕事ではありません。ずっとうだつが上がらず地を這う待遇のままの者も、トラブルでモメて死ぬ者も多いんです。
……ヒヨっこから育ててくれる師匠なんていないんですよ、あの職は。共食い稼業です。食うか食われるかです。
その厳しい道をひとりで行くことを決め、わずか7年。たったそれだけでアレはひとかどの立ち位置を得ました。……こんなこと、出来る者はほんの一握りです。
とはいえ『強くなったら下から足を引っ張られ、より強き者から搾取される』のは世の常です。彼女の持つ『立ち位置と金』は、簡単には守れない。
さて『立ち位置と金はあるけど、後ろ盾がない奴』ってどうなるでしょうね? ……ひとつ間違えると死ぬんです。殺されて、奪われる。
あの娘は一匹狼の誇りを持っていましたが、さすがにもう限界がきていた。私はそれを見抜いて、アレをご主人様と会わせてみた。
そしてアレは、ご主人様を『後ろ盾』として選んだ」
メルはトゥイと『アレ』と評しながらも、話している内容は褒めちぎりだ。……トゥイは『若き一匹狼の実業家』みたいなものか。そりゃ褒めるわな。
……しかも、完全に実力のみで上がって来たとか。そりゃヤベーわな。
「メルはトゥイの才能を見込んだということか。わかった。
……確かに潰されちゃうくらいなら保護して使うべきだな。
それにしてもトゥイは……なぜ、俺を選んだ? 俺は特に強いわけでもない。他にも適した後ろ盾はいたんじゃないのか。
命令、トゥイが俺を選んだ理由の推定」
「承りました。
ひとつ、ご主人様はお金に汚くない。……贈り物や趣味にはお金を必要とされますが、彼女の持つ『金を奪ったり騙し取る』気などまったくない。
……アレは守銭奴ですから、金に手を付けられるのは非常に嫌がります。
ふたつ、ご主人様は『様々な女』を侍らせています。……ここには『強力な人脈』が存在します。加えて言えば、そのほぼすべてが『武力』に長けます。
……アレに『敵対の可能性があって仲良くし辛い』の組織への人脈です。
みっつ、ご主人様は胆力をお持ちです。……最初からあったわけではないでしょうが、鍛えられました。今日の応対を見て、アレも心を決めたのでしょう。
……ご主人様は、アレに評価されるだけの漢気を見せた」
「うむむ。そーか? 漢気ゼロだった気がするけど。
……じゃあメル。トゥイを『これからどう使う』?」
「情報と動員です。
これより私は正式に『実家を出ます』。
これからも融通は利かせて貰えますが、それでも『動かせる力・得られる情報』は以前より減ってしまいます。彼女はその補強です。とても使える。
しかも都合がいいことに『彼女は後ろ盾の好みにうるさく』『我々が提供できる要素を強く欲している』『いざとなったら、切れる』
……ふふ」
「メル、悪い癖やめなさい。
俺が切るつもり全くないの分かってるだろ」
「……でも、そう使うのが正しい。あの娘は狂っていますから。
……そうですね、ご説明を。
ウチの親父殿は別に、優しくないんです。そして表に情報も出ない人間。裏深くの界隈でしか、そして地位ある者との会合にしか顔は出さない。
アレは一応は表側の人間。いくら情報通であっても限度があります。親父殿の人柄を推定するなんて、まず出来ないのです。アレにとっては詳細不明な人物。
ですから今日、アレがこの場に来るのは危険過ぎるんです。
ご主人様は『親父殿のご機嫌が崩れたら、私が嘆願して、命に代えても守る』と決めていましたから、お命に問題はありませんでした。
でもアレは『まだ出会って日もなく、手も付けられていない女』です。コバタ家の身内としては浅い。加えて『まだご主人様の了解も得ていない』んですよ。
なんで死体になっていないんでしょうね。ウチの『商売敵』なのに。……雑に潰したって親父殿は何も困らない。むしろゴミ掃除と思うでしょう。
アレは今日『出たとこ勝負』をして、勝ちました。
そしてその度胸と口車を、我々はこれからも使える」
「……じゃあ。
そんな風にトゥイを『誘導』できたメルの方が上手ってことか?」
「いえ。得手不得手、ですね。
アレの視野と、私の視野の差です。能力が上か下かではない意味での『方向の差』です。
あの娘は『人を使う仕事』をしていますが、『人を使う家に生まれた』わけではない。そう言った部分での差です。
こればかりは、ね。……認識の差ですから」
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