表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/154

3-26.メルとの枕詞


 メルの親父さんが今日は泊まってけと言うので、俺とメルは同室、大ベッドで並んで横になっていた。


「今日は、なさらないんですか?」


「命令、お預け。……この間オカワリされ過ぎて、さすがにちょっと、な」


「耐えるのもご褒美です。命じて頂き、嬉しく思います」


「なぁ、メル。……俺をトゥイに縁付けたのはお前だ。どんな意図だ。


 俺に交渉事の付け焼刃なレクチャーしたところで、たかが知れている。


 メルは『最初からトゥイをこの現場に連れてくるつもり』に思えた。


 命令だ、ちゃんと話せよ?」


「承りました。


 ……あの娘は『使える』でしょう? 今もウチの親父殿に気に入られて話をしている。……ああ、親父殿は『他人の女』には手を付けません。ご安心を。


 あの娘は人脈持ちです。……無論、その多くは『下っ端』ですが、その人脈に対して強い『信用』を得ています。


 人と人のつながりは網目のよう。あの娘は『下っ端』をたどって、いくつも希少なコネクションを持っているんです。使える女です。


 今回、ご主人様からの依頼を受けることで、あの娘は賭けに出ました。私がそう『誘導』しました。……連れて行ったメンバーの人選でね。


 あの娘は『利に敏い』から、この話に引っかかると思いました」


「……ちょっと待て、メル。話がちょっと急だぞ。わからんとこが多い。


 質問、命令な。


 トゥイがいきなり『俺の女』とかブラフかましたのは、何がしたかった?」


「後ろ盾の獲得です。あの娘は『完全な一匹狼』です。


 アレは多くの人脈を持ちながら『部下もパートナーも持たず、身ひとつで』のし上がってきた異才です。


 この世の中は『背景、つまりは後ろ盾』が重要です。本人の実力が何よりと言いたいところですが……それでもどうしても重要になってしまいます。


 例えば私とて、この実家が無ければ『発育の悪い女』くらいにしか思って貰えないでしょう。今持っている様々な技術や人脈も『この実家』由来のものです。


 そう……私の『影も踏めず、手も汚れぬ。身にひとつとて傷がない』という風評はこの実家なしには有り得ないのです。


 アレにはそういう後ろ盾が一切ない。


 女が身ひとつで成せること。どこかの徒弟、使いっぱしり、娼婦、教団の窮屈な魔法使い、愛人、などなど……アレはそうはならずに勝ち上がりました。


 分配屋は楽な仕事ではありません。ずっとうだつが上がらず地を這う待遇のままの者も、トラブルでモメて死ぬ者も多いんです。


 ……ヒヨっこから育ててくれる師匠なんていないんですよ、あの職は。共食い稼業です。食うか食われるかです。


 その厳しい道をひとりで行くことを決め、わずか7年。たったそれだけでアレはひとかどの立ち位置を得ました。……こんなこと、出来る者はほんの一握りです。


 とはいえ『強くなったら下から足を引っ張られ、より強き者から搾取される』のは世の常です。彼女の持つ『立ち位置と金』は、簡単には守れない。


 さて『立ち位置と金はあるけど、後ろ盾がない奴』ってどうなるでしょうね? ……ひとつ間違えると死ぬんです。殺されて、奪われる。


 あの娘は一匹狼の誇りを持っていましたが、さすがにもう限界がきていた。私はそれを見抜いて、アレをご主人様と会わせてみた。


 そしてアレは、ご主人様を『後ろ盾』として選んだ」


 メルはトゥイと『アレ』と評しながらも、話している内容は褒めちぎりだ。……トゥイは『若き一匹狼の実業家』みたいなものか。そりゃ褒めるわな。


 ……しかも、完全に実力のみで上がって来たとか。そりゃヤベーわな。


「メルはトゥイの才能を見込んだということか。わかった。


 ……確かに潰されちゃうくらいなら保護して使うべきだな。


 それにしてもトゥイは……なぜ、俺を選んだ? 俺は特に強いわけでもない。他にも適した後ろ盾はいたんじゃないのか。


 命令、トゥイが俺を選んだ理由の推定」


「承りました。


 ひとつ、ご主人様はお金に汚くない。……贈り物や趣味にはお金を必要とされますが、彼女の持つ『金を奪ったり騙し取る』気などまったくない。


 ……アレは守銭奴ですから、金に手を付けられるのは非常に嫌がります。


 ふたつ、ご主人様は『様々な女』を侍らせています。……ここには『強力な人脈』が存在します。加えて言えば、そのほぼすべてが『武力』に長けます。


 ……アレに『敵対の可能性があって仲良くし辛い』の組織への人脈です。


 みっつ、ご主人様は胆力をお持ちです。……最初からあったわけではないでしょうが、鍛えられました。今日の応対を見て、アレも心を決めたのでしょう。


 ……ご主人様は、アレに評価されるだけの漢気を見せた」


「うむむ。そーか? 漢気ゼロだった気がするけど。


 ……じゃあメル。トゥイを『これからどう使う』?」


「情報と動員です。


 これより私は正式に『実家を出ます』。


 これからも融通は利かせて貰えますが、それでも『動かせる力・得られる情報』は以前より減ってしまいます。彼女はその補強です。とても使える。


 しかも都合がいいことに『彼女は後ろ盾の好みにうるさく』『我々が提供できる要素を強く欲している』『いざとなったら、切れる』


 ……ふふ」


「メル、悪い癖やめなさい。


 俺が切るつもり全くないの分かってるだろ」


「……でも、そう使うのが正しい。あの娘は狂っていますから。


 ……そうですね、ご説明を。


 ウチの親父殿は別に、優しくないんです。そして表に情報も出ない人間。裏深くの界隈でしか、そして地位ある者との会合にしか顔は出さない。


 アレは一応は表側の人間。いくら情報通であっても限度があります。親父殿の人柄を推定するなんて、まず出来ないのです。アレにとっては詳細不明な人物。


 ですから今日、アレがこの場に来るのは危険過ぎるんです。


 ご主人様は『親父殿のご機嫌が崩れたら、私が嘆願して、命に代えても守る』と決めていましたから、お命に問題はありませんでした。


 でもアレは『まだ出会って日もなく、手も付けられていない女』です。コバタ家の身内としては浅い。加えて『まだご主人様の了解も得ていない』んですよ。


 なんで死体になっていないんでしょうね。ウチの『商売敵』なのに。……雑に潰したって親父殿は何も困らない。むしろゴミ掃除と思うでしょう。


 アレは今日『出たとこ勝負』をして、勝ちました。


 そしてその度胸と口車を、我々はこれからも使える」


「……じゃあ。


 そんな風にトゥイを『誘導』できたメルの方が上手ってことか?」


「いえ。得手不得手、ですね。


 アレの視野と、私の視野の差です。能力が上か下かではない意味での『方向の差』です。


 あの娘は『人を使う仕事』をしていますが、『人を使う家に生まれた』わけではない。そう言った部分での差です。


 こればかりは、ね。……認識の差ですから」

【ブックマーク・評価・感想など頂けると助かります】


筆者のやる気につながります。是非ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ