3-18.箱開き。箱は開くか、逆側か
激戦の翌日。メルの実家。
朝食を取りつつ『今日とかメルのお父さんと会うことになるかな』と思っていたのだが、出かけているとのことだった。
……良かった。さすがに『お義父さん、俺は娘さんを調教している者です。娘さんを恋奴隷に下さい』というご挨拶はできない。
そして俺はハーレンと関係を深めるため、メルに寝室を用意させた。……俺って、変な意味で度胸が付いてしまっているんじゃないだろうか。
朝食後、ひと気のない談話用の共用スペース。ひとり物思いにふけっていたハーレンを見付けて近付く。
こちらを見て微笑んだハーレンに微笑み返し、俺は言葉少なのままその手を優しく握る。目を合わせてハーレンに同意の意思を確認すると、彼女は頷いた。
手を引いて寝室へと導く。恥ずかしげに俯きながらついて来るハーレン。
寝室はややハデな部屋にデカいベッドだった。……ちょっと贅沢を言うようだが、純情可憐なハーレンの初めての場所には似付かわしくない気もする。
ふたりでベッドに座る。性急であってはならない。
昨日の救出時のキスで、ある程度もう方向性は決まってしまっているとはいえ、俺は相手と話し、お互いを理解した上で関係を結びたい。
ハーレンの瞳を見つめる。
「ハーレン、俺はハーレンのことが好きだ。
ひどい扱いをしてしまったことは、反省している」
「……我も、コバタ殿とこういった関係になりたいと思っていた。
我も…………好きだ、あなたのことを」
「俺もハーレンからそう言われてうれし……」
だが、俺の言葉はそこで遮られた。
「……しかし、我のした愚かな逃避は。
一人の護衛の命を失わせた」
……それは俺にも言える事だった。俺がハーレンを遠ざけようという行動を取らなければ、今回の件は起こらなかったはずだ。
「……それは俺の、短慮のせいとも言える。
…………だが、命を奪ったのは悪意ある人間のやったことなんだ」
説得力がない言葉だと感じた。……俺にしてもハーレンにしても責任を感じている。俺が空虚だと思った言葉が、彼女に通じるとは思えない。
「我をこの場にまで導いてくれたことは、とても嬉しいことだ。
コバタ殿が心を打ち明けてくれたこと、我が想いを伝えたこと。それは、望んでやまなかったことなのだから。
……しかしこれは、死んだワーヨルユに後ろめたいことだ。恥ずべきことだ。彼女の喪も明けぬうちに。……あの娘の死を踏みにじって、今のこの状況はある」
ハーレンの目から涙が零れ落ちる。
俺はハーレンの護衛・ワーヨルユさんには会ったことがない。
……だからきっと、今のハーレンが感じているような思いはシッカリと共有出来てはいない。
顔も知らない人。……例えば、前の世界においてニュース番組で非業の死が語られても、それを痛ましく思いはすれど、涙を流すことは俺にはできない。
ハーレンと俺の間には、そういった感覚の相違がある。
そして、ハーレンは言葉を続けた。
「それにコバタ殿。
……あなたは。
あなたは私の乳姉妹であるアーシェルと関係を持っておられる。
……そして。
そしてあなたは、我のお母様と、関係を持っておられるのでしょう?」
……そう、そういう問題もある。俺も分かってはいる。
何の言い訳もしようがない。………………何の言葉も出ない。
ハーレンの言葉は続く。
「……それは道に外れています。
コバタ殿は、愛多き人なのでしょう。その気持ちを否定はしません。
ですがそれでも、我から見たそれは……。
それは……不貞であり、不義であり、不倫です」
先ほどから、まったく返す言葉がない。
俺は寛容なフィエに許され続けてはいるものの、道に外れている。外道。
……しかし、その。<じゃあなんでハーレンは寝室までついて来てるんだよ>
いや、その考えは良くない。<そういうこと、忘れさせて欲しいんじゃ?>
ちょっと待て邪心。そういう思考回路はやめろ。<相手もおかしいって>
クソ、消えろ。<……取り合えず、エロはせんでいいけど触れてやれ>
なんか都合良いことを邪心が言ってくる。<彼女を慰めるためだけ>
…………まぁ、やましい気持ち無しでなら。それなら問題無しか。
俺はハーレンを元気付けようと、その肩に触れた。
「ハーレン、俺は…………おふッ!!」
俺はハーレンの肘鉄を顔に受けた。……ハーレンは、部屋から逃げるように去っていってしまった。
俺は痛む鼻から血を流した、情けない存在だった。
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