3-09.パバート。ヒーイズ、ゼントルメン
朝の会議を終え、早速の行動となる。昼の曇り空、風が吹いている。
作戦は『新月』による透明化を使った隠密偵察からだった。
敵の監視の及ばぬところまではララさんとクィーセが同行してくれるが、砦近くまで来てからは俺の単独潜入だ。
敵が現状でハーレンを害する可能性は、やや低いとの判断だ。最悪のケースでは護衛ともども既に殺されている想定もされた。
いずれにせよ、メルからもたらされた情報は推定でしかない。正確な情報を得てからの行動が望まれた。
「いいかコバタくん。
『迷うな』……あ、道に迷うなってことじゃないぞ。
中途半端な判断はとても危険だから『ヤバいと思ったら臆病に逃げ帰るのが"上等の判断"だ』からな。切羽詰まってのイチかバチかだけはやめろ。いいな。
私からキミへのアドバイスはそれだけだ」
「コバタさん。次はボクからのアドバイス。
『単独での対処なんて、ここのメンバーの誰であっても出来ない』んだよ。
たとえば、魔法使いにとって激ヤバなアーシェルティ殿であっても、周囲を包囲してくれる要員がいなければ満足な結果は出せない。
世の中で何か『大きな成果』があがったとしたら、それは大抵『名前が出る人だけじゃなく、多くの人が関わって成し得たもの』なんだ。
自分だけで何とかしよう、なんて考えは絶対ダメだよ」
ふたりからの言葉は頼もしい指針であると同時に、今回の潜入における危険さも示唆していた。
砦周辺は草地と平野、森から成る。
魔法使用を伴う訓練所周辺は危険であるという側面から、周囲に建物や人が立ち寄る場所はない。人里から離れた場所。
障害となるのは草だ。踏めば曲がるし音がする。ガサガサ音は勿論のこと、枯草がパキッと鳴りでもしたら警戒されるだろう。
つまり答えはシンプル。透明化して道の真ん中を歩いていく。
この草中、歩むべからず。……透明化ってやっぱ怖いな。隠れ潜んだ行動する必要がないんだもの。
不要なカチャカチャ音が鳴らないように通常の帯剣はしていない。……『地鞘の剣』って便利だなぁ。こういう意味でもチート能力だ。
偵察だから基本、敵に攻撃はしない。だがイザというときの魔法もある。
『太陽の矢』って、この世界の魔法の仕様を知れば知るほど、ヤバイものだって分かる。『魔力流動がない=察知されない』『即時発動』だもんなぁ。
今ならララさんが『太陽の矢』を見て、漏らした理由もわかる。この世界の常識からみればクソヤバチートだもんな。
砦が見えてくる。敵が哨戒を行なっている気配は、かなり近くに来るまで察知できなかった。俺がニブいのか、相手が熟練しているのかは分からない。
とにかく足音は立てないことを意識する。アーシェやクィーセから以前、隠密のレクチャーを受けているのが役に立っている。
……思えばこの隠密技能も、これまでの暗殺業務で実地訓練することで磨かれている。程よい緊張感こそあれ、不要にドキドキしたりはしない。
この砦は『訓練用の簡易的な砦』であるためか入口に門扉は設置されていない。
ただ、過去に門扉が設置されていた名残りはある。……訓練時に何度も蹴り壊されたりして、付けるのをやめたんだろうな。
こちらは最初からバリバリに警戒状態だ。さすがに、入り口付近には『潜んだ奴の気配』を感じることが出来た。……少しの様子見、問題ない。
クィーセからのアドバイスを思い出す。『現状を見るに、通り道に不便なモノはまだ設置していないだろうけど"見え辛い丈夫な糸"には気を付けてね』
それを確認するため入り口付近でしゃがんだり、角度を変えて見てみる。……多分大丈夫だが、足を前に出す時はゆっくりやろう。
砦内部に入った。男が一人、見え辛い位置で入り口を監視している。
こちらの気配を察してはいない。……とはいえサボっているわけではない。ずっと気を張っていたら長期の監視業務は出来ないから、省エネモードなのだろう。
廊下を歩く。見え辛い糸やワナがないか気を付ける。内部での監視者を更に発見。……常に『イザという時の逃げ道』を意識しながら、奥へ進んでいく。
……1階部屋の一室から話し声が聞こえた。
「オマエ分かってねぇよ。何考えてるんだよ。オレは許さねぇぞ」
……揉め事? 内部分裂でもしているのか。
先ほど声を荒げていた男が続けて言う。
「あのな『捕らえた女の子に強引にえっちなことをする』とか、ロマンがねぇだろ。
『優しく、優しく扱って、その内に相手がこっちにちょっとホレちゃう』って方が絶対いいって。そっちの方がエロいって。ロマンがあるって!」
…………なんだコイツ。なんでこんな奴がクーデター組織にいるんだ? しかもこのグループって熟練者が多いって聞いてたんだけど。
その男が対話しているもう一人が話し出す。
「……あのさ、一番の実力者であるアンタの意見は尊重するけどさ。そんなの絶対、創作でしか存在しないって。
こういう状況で成立するのって『強引にやっちゃう』とか『相手が恐怖のあまり、身体を安全の対価としてくる』感じじゃないか? 現実的に」
「アホ、そんなロマンがねぇ現実はクソだろ。ホレられちゃうのがいいんだろ。
……いいか、オレはオマエが言ったみたいなの、そういうの絶対に認めないから。他の奴らにも手を触れさせるなよ。ボスであろうとブチ殺すよオレは。
そもそもさ、オレが目を離している間に護衛の子を殺したよな。どういう判断だよ。想定の外だったよ。……マジで頭イカレてるのか。何でそんなことしたんだ。
オレ凄く怒ってるの分かるよな? もうひとりくらい拘束しておくのワケないだろ。なんでそういうモッタイナイ事するのさ。チクショウどもめ。
騎士見習の女の子、護衛の女の子、ふたりにホレられちゃってオレどーしよ、みたいなシチュエーションがなくなったんだぞ……!
あの娘のお墓を掘っているときの俺の無念な気持ち、お前に分かるか?
わっかんねぇだろうなぁ……!」
……護衛さんはすでに死んでいる。そして変態はそれに怒っているようだ。しかも自分の性癖のために怒っているっぽい。……なんだコイツ。イカレてる。
「あのさぁ…………。……わかった、わかったよ。
じゃあアンタが人質の面倒ちゃんと見ろよ。いちいち文句付けられるのイヤだから、メシからクソまでちゃんと面倒見ろよ」
…………変態がゴネて、相手は折れたようだ。どうやら実力の差はかなりのもののようだ。でなければアッサリ折れるわけがない。モメるはずだ。
『強引派閥』の男はさらに変態に向けて言葉を発する。
「じゃあ、今だって人質が心配だろ。2階の監禁部屋に様子見に行って来いよ。
もうアンタの相手するの疲れた……。あっちの見張りと交代して来いよ」
「当然だ。ホレられる機会は増やしていかないといけないしな。
ワクワクしちゃうな、もう! ロマン溢れまくりだよ。
オレは料理上手だし、彼女をお通じに連れて行く際にも紳士的に振舞えばきっと! 彼女はホレてくれるに違いないんだなぁ」
……異常者だ。絶対にそうなると確信していそうだ。
話し声がしていた部屋から、異常者の変態紳士が出てくる。ボサボサ髪の中年。
そいつはふっとこちらを見た。……その視線の先は俺の居る場所とは少しズレている。だが、察知された。
「なんかニオイしねぇか。……ニオイ、視線、肌感。……遠くじゃない、近い。
オイ、ちょっと警戒強めるよう通達しろ。なんか感じる。オレ感じちゃう」
俺は早々に離脱を決心した。いろんな意味でヤバい奴がいる。あんな異常者の近くにハーレン様を置いてはいけない。
あれはヤバい。ボスより強い『一番の実力者』で、変態だ。気まぐれで何をしでかすか分かったものではない。
俺は早々に、ララさんとクィーセのいる遠距離位置まで撤退した。
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