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3-06.【法将の秘書官・ネイトベルア】海風、潮の香


 法将様は、私にとってお爺ちゃんみたいな方だ。


 子供の頃に引き取って貰って以来ずっと、近くに置いて下さった。教育や訓練、そして様々な娯楽を教えて下さった。


 逆にこちらから娯楽を教えたこともある。石の水切りだ。


 原始的というか、いかにも子供がやる遊び。だってあの頃の私は子供だったのでその程度のことしか教えられなかった。


 法将様は育ちがいい。だから、そういう如何にも『ガキの遊び』といった風情のことはやったことがなかったようなので、教えて差し上げた。


 当時の法将様は41歳だった。いい大人だ。なのに一生懸命で、とても楽しまれて遊ばれた。……昼に始めて日が暮れるまで、水切りで遊ばれた。


 そして笑顔で私に言うのだ。


「なんてことだ。もう日が暮れちゃったよ。せっかくネイトちゃんから遊び方を教えて貰えたのに……休みの内にもっと熟達したかった」


 ……うん、法将様ほど楽しく遊ぶ人いないよ。普通、数十分やれば飽きるでしょ、あんなもの。というか、その時点で誰よりも上手くなっていたでしょ。


 加えて言うと、この水切り上達には後日談がある。


 メルトヴィロウス王国との戦いで、湖の対岸に敵軍を見たとき、法将様は『石の水切り』をして敵将の馬に命中させた。


 暴れる馬に振り落とされた敵将。その様子を見て法将様は大きく笑い、我が軍もそれに喝采を叫んで、戦場の雰囲気を変えてしまった。


 ……国民や兵へのパフォーマンス、求心のためのアピール、語られるエピソード作り、そういうことを法将様は欠かさない。


 いかにも自然体でやっているように見せてはいるが、そうではない。効果が得られそうなことを選んで、積極的にやっている。




 トゥエルト王国へ向かう船団。そこから上陸、および河川を使ってウイアーン帝国へと向かう途中。


 今、法将様は私にこう言う。


「しかし、みんな私を信じてくれるものだね。ネイトちゃん。


 敵も仲間もみんな、信じてくれる。


 ウイアーンには確かに行く。だけどチョットだけツツいて終わり。有利な停戦協定を結びに行くだけだよ。初期の数戦でシッカリ不利を悟らせる。


 内乱だって起こるし『砂漠向こう』からの敵だって来るんだ。ウチとは停戦せざるを得ないし、そっちの処理にかかりっきりになるさ。いろいろ仕込んだから。


 それでウイアーンからは賠償をせしめて、我が国民へ届ける勝利とする。


 この軍の最終的な陣張りはトゥエルト。上陸後、要所をまずは強制占拠、トゥエルト王と折衝してペリウスの拠点と認めさせ、ヨチカを本国とで挟んで潰す。


 メルトヴィロウスもそれに連動する。東イェルト中央抑える好機だしね。


 ヌァントはこちらにチョッカイをかけて来るだろうが、返り討ちにしてやるさ」


 初耳だった。多分、私が初めて知った。法将様はいつも一番に教えてくれるからだ。どんな重大ごとであっても、まず私に話してくれる。


「……じゃあ、あの一連の準備は全部ウソですか」


「ウソって程でもない。準備したものは全部使うんだし無駄にならない。


 我国の未来のため、ウイアーンは抑える必要があった。


 帝国は皇帝サマとその周辺、中核は無能じゃないから脅威なんだ。愚帝と民衆に揶揄されながらもバランス取ったり危険因子は潰してる。


 『私が支援して増長させた無能』『私が作って紛れ込ませた妨害要員』をたくさん国政に浸食させたのにさ、まだ機能しているのはホント驚きだよ。でも、だいぶ動き辛いでしょ。


 最初からこちらがヨチカを攻めると分かっていたら、あの皇帝サマは動くさ。今でも『西イェルトの宗主国』としての行動は取ってくる。シッカリ横槍が入る。


 それをやられるとさすがにね、こちらの不利が大きくなり過ぎる。


 ……それに今、向こうに付けた『監視の鈴』が幾つも鳴り始めている。ちゃんと帝国の奴らは予見して動いているんだよ。


 アハハ、ご苦労なことだね。確かにあれは『私が作った組織』がそそのかして発生した『危険なクーデター要員』ではある。


 だけど待遇を改善、あるいは思想を矯正すれば『ウイアーンの戦力』とも言えるんだ。それを処断して消耗してくれるのは嬉しい限りさ。


 ウイアーンへの罠はあんなもんじゃすまないって気付くのはいつになるやら。


 それにヨチカ。あそこは我国の将来のための要所だよ。そして私の墓だ」


 墓……。法将様はこういうことを私に向けて言いたがる。悪い癖だ。


「まーた、そういうこと言い出すんですか。


 私で情報止めていますけど『死にたがり発言』は止めて下さい」


「だって、だってさ。


 近いうちに死んでおかないと国内の毒になるんだよ。後継のみんなには充分に内政は教えてあるのに、なぜか私に『確認のハンコ』を求めるんだ。


 私自ら外征するのはさ、みんながちゃんと判断して国を治める予行演習だね。


 もしボケてからハンコ押すような事態になったら、それは晩節キタナイでしょ」


「でも、死ぬのはやめて下さい」


「じゃあ何さー。段々ニブくなって、それからベッドで衰えて死ねって言うの?


 それはやだよ、ネイトちゃん行き遅れてでも看病しに来そうで凄くイヤ。いい加減、ネイトちゃんもお嫁さんに行きなさい。この前16になったでしょ。


 それよりさ、『勇ましく戦ったが無念、法将は敵の刃に倒れる』の方がいいよ。それを歌にして後世まで残してくれる方が楽しいじゃない。


 ヨチカ……レインステアとムーレーなら、私を殺せる。やってもおかしくない」


「あのねぇ。大きなお世話ですよ、ヨメに行く件は。


 というか『法将様の養女』ってだけで、変な価値が付いちゃってるんですよ私。求婚で寄ってくる奴ら、ホモかってくらい法将様しか見てない。


 あと、刃で死にたいなら私がやります。大恩ある法将様を、誰かに殺されるくらいなら私がやります。いつでも殺ります。どーぞ、お申し付け下さい」


 これは私の本音だ。大好きで大好きで仕方ない人を、私のこれまでの一生を支えて輝かせてくれた人を、どこかの馬の骨に殺させるのは嫌だ。


「困った子だね。昔っからそうだよネイトちゃん。


 私に一番影響力出せるのが自分って心得てる。悪賢い。ネイトちゃんは毒婦」


 ……本当にこの人は……もう。


 私とこうして雑談する時間以外は、ずっと『何かをやりつづけていないと気が済まない』人なのだから。


「毒婦……毒婦ねぇ。法将様にとって口に苦いだけで、私は薬だと思いますよ。


 毒だって量を調整して飲めば薬になることもある。……そうでしょう?


 私の独断で『会議や会合、会見、慰労訪問の数減らしておきました』からね。なんで船の上、海の上まで来てチョロチョロ動こうとするんですか。


 眠る時間はもっと増やしてください。一生懸命に眠って、一生懸命に夢を見る時間を取るように。


 ヨチカの島が墓というなら、海の上は揺りかごと考えて下さい」

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