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3-04.人妻沼への救命ロープ


 一度では終わらない関係だった。……本来、こういう言葉は女性側での使用例が多いと思うのだが、俺は男性側の実例となった。


 アルメ奥様は控えめな方だ。領分というものを弁えており、俺の奥方様であるフィエや、ララさん、アーシェ、クィーセ、メルといった先達を蔑ろにはしない。それは決してしない。


 しかしながら、その範囲の外ではキッチリ余すことなく吸い尽くしてくる貪欲さがあった。……見事に吸い尽くされた。皿には何も残っていない食べっぷりだ。


 あれから時折、アルメ奥様から視線を投げかけられる。秘めやかな誘惑の目。


 ……もし、俺が断ればアルメ奥様はちゃんと我慢しただろう。だが俺にも『負けず嫌いな心』というものがあった。あの高度テクニック持ちに、勝ちたかった。


 俺は強い奴と戦って勝ちてぇというバトルマンガ主人公の気持ちを抱えてしまった。……あれは勇ましいのではない。破滅願望に近い。


 常日頃の一家メンバーとの交わり、不穏分子の暗殺業務、そして時間を見付けてのアルメ奥様との密会。


 ……結果としてたった数日で俺は痩せた。いつもより多く食べても、その栄養・エネルギーが血肉となる前に搾り取られてしまう。


 ダイエットの理想は筋肉を付けて基礎代謝をあげ、徐々に脂肪を落としていくものだと聞いた。しかし、今の俺の筋肉は栄養不足に泣いている。


 ごめん、筋肉。<ダンナ、ちょっと自重してくれねぇか。さすがにやべぇよ。ムリな意地張って体壊すのは良くねぇよ。これから戦争かもしれないんだぞ>


 ……昼下がり、アルメ奥様が俺に向けて微笑んでいらっしゃる。俺はその慎ましくも秘められた色香にフラフラと惹き寄せられてしまう。……奥様は、魔女。




 数戦後、俺が満身創痍で奥様の部屋から出てくると、ハーレン様と出会った。


 非常に気まずい状況だ。以前、憂国からの加勢を申し出て頂いたのに断ったという引け目もあるし、何より今の俺にはアルメ奥様の匂いが染み付いている。


 フィエからの言葉が俺の心に蘇る。


『これは人妻に手を付ける『不倫』となることを強く意識しなさい。


 コバタはさ、情に流されるままでよく考えてないところあるよね』


 ……俺は、アルメ奥様との関係は止めるべきだと自覚した。……そうだ。子持ち人妻って、要するに気まずくなる相手をたくさん発生させる存在なのだ。


 ハーレン様は、少し乾いた瞳で俺を見た。そして無言で立ち去った。




【お主さ、なーにやっとるんじゃ】


 ククノが心底、呆れた口調で話しかけて来た。この砕けた感じは『砂漠向こう』の言葉で話していると察した。


 ククノは既に、こちらの言葉を話せることをカミングアウトしている。つまり、これは密談というか、俺にだけ伝えたい内容を話すという事だ。


「マイフレンド、やっぱ今の俺って……ヤバい?」


【……よくもまぁ、この身にそんなことを訊けたのぅ?


 お主がアルメピテの不満を解消し、助けたことを悪いとは言わん。


 そこまでは……良識的にアレじゃが、お主の善意からの行動と認めんでもない。


 だがお主、今の自分の姿をよく省みてみよ。


 『クズ』じゃ。今、クズになっとる。心遣いも何もないクソ男になっておる】


 …………そうだな、よく考えずともそうだ。ククノは既に何度も、俺に対して寝室への招待を要求している。そして俺は後回しにし続けている。


 そのククノを前に、こんなこと言っている時点で俺は正気ではない。


「あ……ククノ。すまない」


【うむ。……今のお主は、周囲に目を配ることが出来ておらん。


 まぁ、この身は待とう。一度、心を決めたのなら簡単には変えぬ。


 しかし、フィエも不満を抱え始めた。合間を見てララが対処している。


 クィーセは今忙しく、フィエにばかり近付けん。お主への諫言もしにくい。


 アーシェとて状況を察して複雑な思いじゃ。アレ、アーシェの姉様じゃろうが。


 メルスクはお主のサポートに加え、脅威にも対処している。多忙にも程がある。


 レルリラは、お主に誘われて来てみたはいいものの、それから微妙な扱いじゃ。


 ……よもや、自分が何人の女を抱えておる身の上か、忘れておるのか?


 それに加えてハーレンへの対応が最悪じゃ。お主、アホか】


「…………」


 俺は言葉を失った。……マジで何やってんだ俺。


【いいか、アルメピテは今は満たされ余裕が出来た。焦らしてやればいいんじゃ。人妻なんて『焦らしてたまに』くらいが一番適切な扱いじゃろ。


 今、問題なのは『お主が変にこだわっておる』からじゃ。


 仮にアルメピテがソーセスから完全に鞍替して、お主に付き従うならともかく、それが無いのを分かっているのに『家の外部へ』種を蒔いてどうする。


 ……まぁ、責め過ぎるのも良くないか。お主は天運がアレじゃし。変なところで律儀に応対してしまう性格は、すぐに変えられるものでもない。


 ………………ん? まさかお主、自覚がないのか】


「……俺はクズです。……変な意味で律儀です。……自覚しました」


【そうではない。そっちの自覚も大事じゃが、そうではない。


 ……この世界の神からの影響を、お主は自覚しとらんのか。迷い人のクセに】


「……え。ジエルテ神の『不妊の呪い』のことならちゃんと知ってるぞ」


【そうではない。


 この世界は『お主の元いた世界』とは『要素』が少し異なる。


 ……お主は、こちらの世界に来てから変わった経験をしておらんか。


 そうじゃな、太陽に関して違和感を覚えたことはないか?】


 ……太陽? …………あ、そう言えば最近、フィエと話していて、あった。


【その顔はどうやら、覚えがあるようじゃな】


「……えっと、こちらに来てすぐ、フィエと出会ったときのことを話していたときなんだけど……『太陽の昇り』について俺と認識の差があった」


【どう違った?】


「……俺は太陽の光を感じて、最初いた場所から移動しようとした……と思う。


 そうだ。『太陽が眩しかったから』だ、それなら移動しても問題ないと思って。


 でもフィエは、俺と出会った時刻に『太陽はまだ昇っていなかった』って」


【なるほどな。……おそらくじゃが、それはフィエの認識の方が正しい。


 『お主とフィエが出会う"運命付け"が為された』のじゃろう】


 俺にはククノの言っている意味がよく分からない。……フィエは俺にとって運命の人だというのは疑う余地はないが、ククノの言葉はどこかニュアンスが違う。


「……?? え、ナニソレ。……運命付け?


 …………え? よく意味が分からないんだけど」


 ククノは俺の目をじっとのぞき込む。そうやって俺が落ち着くのを待って、真面目な顔でこちらを見つめながら口を開いた。


【いいか、この世界には『天帝たる神々』が明白に存在するのじゃ。


 よーくそのことを自覚せい。『この世界は、お主のいた世界とは違う』のじゃ。


 それを曖昧にしていると、天命に呑まれてしまうぞ】


 相変わらず、俺にはククノが言っていることがよく分からない。


「えと、えと。……教えてククノ。


 天命って……何が起こってるんです。俺、分からないです」


 ククノはその小さな手で、俺の手を握って導く。


【来い。この身の部屋にて教授する。


 こちらも迂闊じゃった。お主がまさか基本的な部分を理解していないとは】




 ククノと俺は個室に場所を移して、ちゃんと話すことにした。


 日は傾いて来ているが、まだ夕焼けには早い。そんな時間。


 ククノの個室。徒弟に出たお子様の部屋を借りているからかちょっとファンシィで可愛い部屋だ。ククノは俺を椅子に座らせ、自分はベッドにポフッと腰かけた。


 俺のダチの部屋。女の子のダチの部屋……か。


 余計なことを考えていると、ククノが講釈を始めた。


【まず聞け、神には3種類ある。


 普通には知られてはおらんことじゃから、この身の妄想と断じても良い。……いいか、このことは表で話すな。アタマおかしいと思われるかもしれん。


 再度言うぞ。……いいか、3種類じゃ。


 ひとつめが、偽神じゃ。概念でしかない神。『創作された神』じゃ。


 ふたつめが、亜神じゃ。『神っぽいな』って感じの奴らじゃ。


 みっつめが、存在する神。天帝(DEITY)。この身から見て『本物の神』じゃな】


 ククノから、いきなり神の話が始まった。


 しかもなんか……ククノの話しぶりからすると、宗教的なお話というよりは『動物とか魚とかの分類の説明』かのように感じる。


 つまりおそらくは、信仰についてとかではなく、種類・分類のお話。


「それは『ククノ的な神様の分類』ってことで、受け入れるけど……。


 えーと、えーと。それぞれ実例貰える?」


 種類だけ説明されても分からない。具体例がないと『あー、ああいう奴ね』という認識が働いてくれない。


【偽神はたくさん、いっぱい。例を挙げるにいとまがない。


 亜神、ジエルテがこれに当たる。そしてジエルテの他にも亜神はいる。


 本物の神は、戦火神、天上神、地母神、回転神などじゃな】


「……えっ。


 ジエルテ神って『神っぽい』感じなの? ガチの神ではなく?」


 俺は驚いて問うたが、ククノは落ち着き払って頷いた。


【ジエルテは1,800年以上生きていて、その能力も高く、出来る事も多い。


 ヒトからかけ離れた存在を神というなら、確かにカミサマじゃ。


 だが、お主の言うところの『ガチの神』に比べたら微妙な存在でしかない。


 『ガチの神』は世界を構成する。ジエルテはその手のひらの上の存在じゃ。


 分かりやすく言えば、ジエルテは『お主に会いに来た』程度の存在でしかないのじゃが、ガチの神は『お主とは最初から会ってる』くらいには差がある】


 …………ふぇぇ。ククノが『妄想と思っていい』と言った理由がよく分かる。スケールが大きくて、少なくとも俺には確かめようがない。


【まぁ、信じられんのも分かる。


 この身とて『転生した記憶』がなければ疑問を持つこともなかったじゃろう。きっとそれを『当たり前』と感じて、意識せんままだったじゃろうし】


 ……ん? 今さり気に重要なこと言いやがった。


「なぁダチ。俺の親友。ククノさん。


 アナタ、『転生した記憶』とかサラッと言うのやめて下さいよ。


 俺それ、初耳だぞ。……初出情報ですよね、マイフレンド?」


【あー、長くなるから、そっちは後でな。


 ……えーと、それでな『この世界の人間すべて』は『ガチの神から影響』を受けている。大人も子供もお姉さんも、この身やお主もじゃ。


 お主は特に『巡り合わせの運び』に影響を受けておる。


 つまりアレじゃ。『恋愛運とても良し 角を曲がる度に毎回、待ち人がパン咥えてぶつかってくる』ということじゃな】


 パチリ、とジグソーパズルのピースが嵌まったように。俺が今まで感じていた疑問が解けた気がする。……なんで俺がモテているのか。


「え……え。


 つまり、俺は神様の力で『不正にモテていた』ってこと?」


 俺の言葉に、ククノは髪の毛を逆立てるような表情で言葉をぶつけてくる。


【アホタレ! 違う! 人の話よく聞け! 早とちりでネガるな!


 さっき言ったじゃろうが……! 『この世界の人間すべて』が神からの影響受けておるんじゃ! お主だけへの特別な恩恵ではない!


 まったく……いま言ったところ重要じゃから、ちゃんと印を付けて憶えておけ。


 ……お主にとって『いきなりモテ始めた』ことが『何か不正があったのでは』と感じるのは、ネガティブな性格しておるからじゃ。自信がないからじゃ。


 神の恩恵を受けることは不正でも何でもない。怖くない、勇気を持つのじゃ。


 いいか。これまでにお主が深く関係を持つことになった相手は『お主を好きになる可能性が充分にある』女たちなのじゃ。


 別にお主が突然フェロモンムンムンな男になったわけではないぞ。……考えても見てみい、お主は誰彼構わずモテているわけでもなかろう?


 単に『相思相愛になれる相手が目の前に現れるようになった』だけなのじゃ。


 …………そして無論のこと、この身とてそうじゃ。


 お主は『都合よく巡り合う運び』において、神から影響を受けておるんじゃ。


 そして今のお主は、それに振り回されておる】


 なんだそのエロゲーかラブコメみたいな特性は……。……俺に都合のいい特性過ぎて、どうしても『不正』の疑惑を捨てきれない。


 俺の表情を見て取ったのか、ククノは渋い顔だ。ベッドから立ち上がりこちらにトコトコ歩いてくる。


【まーたネガっておるな。……お主は本当に厄介な性格をしておるのぅ。


 ……仕様がない奴。


 …………、………………、……ん、…………、…………ん。


 ……いいか、これをウソとか不正とか言うなら、この身への侮辱だと思え。


 これが不正なことであるなら『この身の心内にある恋情はニセモノ』と断じたも同然。……それは、一番許せん種類の侮辱じゃぞ】


 そう言うと、ククノはバタンとドアを閉めて出ていってしまった。いつもダチ的な振る舞いをしてくれるククノさんだったが、女の子らしい振る舞いをしてきた。


 ……いきなり俺の頬に両手を添えて、あまつさえ舌を深く入れてくるとか、最初にするキスとしては濃厚過ぎないか。


 ククノから『これでもう、トモダチじゃない』宣言をされてしまった気がする。




 ……ククノには、あとでいろいろお話を聞く。聞くしかない。


 だが今、早くも『コバタ家』に不穏な空気が漂っていることへの対処。それをまず最初に行なわなければならない。


 ……問題を解決して、落ち着いた状況で……ククノに応えるのは、ちゃんと支度を整えてからでなければ。

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