3-03.奥さん、米屋です
俺はアルメピテ奥様の部屋にお伺いする前に、自分の奥方様であるフィエに説明と理解を求めるために話しに行った。
フィエからの回答はこうだった。
「コバタ、旦那様。
わたしもメルちゃんから聞いてアルメピテ奥様の事情は知ってる。……相手は恩多き奥様です。そして、わたしとしても悪い感情がある相手ではない。
……最近のご様子を見るに、コバタの言うよう限界なんでしょう。そうなってしまった原因の一端を、わたし達は作ってしまった。
………………わかりました。対処して差し上げて。
とはいえ! ひとつ憶えておいてね。わたしは『ウチの家族を増やす』なら、浮気だのどうのは言わない。それは身内のことなんだから。
でも、これは人妻に手を付ける『不倫』となることを強く意識しなさい。
……コバタはさ、情に流されるままでよく考えてないところあるよね。
あのね、わたしだって『奥方様』なんだよ? それに手を付けてしまう男ってのはどんな理由があってもロクでもないと分かってね?
……約束したばっかりの『コバタが来てから3ヶ月記念日』を潰した。チクショウ、夫婦生活って言うのはこういう理不尽を飲み込まねばならんのですか。
まぁ、次の記念日で埋め合わせして貰う他ないね。次をすっぽかしたら割と本気で怒るからね。覚悟しといてね」
フィエは渋い顔ながらも抑えた口調だった。苦言はあったものの、フィエは寛容な姿勢を見せた。……きっと俺のせいで内心は穏やかではない。
……でも。
言い訳がましいが、やっぱり世の中ヘンだ。何でか俺の前に美人が現れるし、状況的に断りにくくなるし……加えて俺からしても好感が持てる相手ばかり。
……確かに、これは不倫だ。ソーセス様・アルメピテ奥様から望まれ、フィエに話を通したとしても、これが不倫であることに変わりはない。
俺の中に、アルメピテ奥様への好意は確かに存在している。だからどう足掻こうとも無駄だ。
俺の後ろめたい気持ちの発生源は何より、アルメピテ奥様に『好意がある』ことなのだから。
夜半。俺は寝静まった邸内の廊下を歩く。
さすがに、昼下がりの情事とはならなかった。昼間は人の出入りがそれなりにあって、不必要にうわさが広まってしまう可能性もある。
メルが灯りを持っての案内を申し出てきたが断った。代わりに、忍びながら部屋周辺に人を寄せ付けないように申し付けておいた。
これは秘め事なのだ。アルメピテ奥様は……もしかしたら淫らかもしれないが、少なくとも正気な時は優しく暖かい微笑みをする素敵な方なのだから。
無暗やたらに他者を関わらせるわけにはいかなかった。それは絶対に良くない。少なくとも建前上はナイショの関係にしなくてはいけない。
廊下の窓から夜空を見上げる。美しい星。そして細く覗く月。
アルメピテ奥様の、現在の寝室。……末のお子様が使っていたという部屋。俺はそのドアを、出来るだけ細やかに叩いた。
「コバタです。お伺いしました」
数秒の間をおいて開かれる扉。かすかな香の匂い。少し冷える廊下に溢れる適度な暖気。やや薄暗く抑えられた照明。妖しく光る瞳。
美しい加齢というのは存在する。アルメピテ奥様は最早、若い身体というわけではない。……だが、その色香は決して衰えているように見えない。
「お待ち、していました」
控えめでお淑やかな女性が、奥に奥に秘めた情熱を燃やして、それでもなお控えめに発する声。悦びに憧れ、それを求めて止まぬ声。
俺は思う。ささやかに焚かれたお香より、この人の匂いの方が余程、媚薬効果を持っている。暖気とともに溢れた匂いだけでクラクラする。
俺は先ほどまで、行為に及ぶ前に充分な対話をするつもりだった。お互いをよく知ってからの、納得済みの関係を築くつもりだった。……でも、これは。
俺はアルメピテ奥様の香りに包まれたくて、少し性急に部屋へと押し入った。
(省略)
俺は自分を過信していた。なんとかなる、と。
どうにもならなかった。なんで、どうにもならないのか。……年季、テクニックが桁違いの相手だったからだ。
フィエ、ララさん、アーシェ、クィーセ。……彼女たちはまだ初々しい部分も多く残していると言える。
メルは彼女らとはまた違う。ひたすらにMだから。そしてレルリラさんと行なっていたという性知識は持っていたが、男性用ではなかった。
……奥様は『対男性用』の知識を充分に備え、磨いていた。さらに『男性に奉仕すること』に積極的で『自分のために受け入れること』にも貪欲だった。
……俺は負けた。
ソーセス様が、あんな皺くちゃのお爺ちゃんになっちゃった理由がよく分かる。『俺から命を吸い出して、新しい命を作ろうとしている』感じだ。
人妻って怖い……。あれだけしてツヤツヤした感じで寝れるんだから。
普段から家中を取り仕切り、家事も自ら積極的にやる奥様の体力は無限とも思えるほどだ。持久力という点において、若い娘にひけをとらない。
そういえば、アルメ奥様は6人の子供を『ほぼすべて自分で』育て上げている。貴族なのに使用人への依存度が低い方だ。
その美しさといい体力といい……何でちっとも衰えていないんだ。血筋か。アーシェの一族特有の高耐久・高性能遺伝子が搭載されているのか。
……俺は間男だ。奥様の目覚めまで図々しくも留まることはできない。寂しがり屋のアルメ奥様には申し訳ないけど、朝まで横にいるわけにはいかない。
俺は朝方、フラつく身体で廊下の壁に手を着きながらヨロヨロと撤退した。
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