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3-02.散発的な戦端


 俺がこちらの世界に来てから3ヶ月。記念日の日。


 家族会議の日の午後、メルの実家で内偵していた敵リストの精査が終わってからコツコツと不穏分子狩りを始めている。今日で3日目。俺だけでもう8人だ。


 『新月』の魔法、透明化の能力が役に立った。時間をかけて慎重に進めば、どこであろうと入っていける。


 クィーセはララさんのサポートを受けて26人、メルは実家からのサポートを受けて38人。ひっそりと敵部隊を潰している。


 対処した人数に俺と差が大きいのは、クィーセ組やメル組は敵を部隊単位で処理しているからだ。消えても騒ぎが起こりにくい位置から消しにかかっている。


 とはいえ、もう72人もの人間が死んだことになる。


 それなのに帝都の街中に暮らす人々はまだ平穏で通常運行だ。戦争が始まってもこんなもんなんだろうか。大騒ぎとかそういうものを感じない。


 本当に戦争、始まったんだろうか。


 ……そんな俺の問いに対して、メルとククノからは断言された。もうとっくに始まっている、と。


 俺はまだどこか、信じ切れないでいるのかもしれない。戦争を経験することなんて、今までなかったから。


 俺は気を引き締めなければならない。……もう、予断を許さぬ状況なんだから。




 そんななか、ソーセス邸内にてハーレン様から呼び止められた。


「……コバタ殿。ひとつ、聞きたい。


 我も仲間に入れては貰えないか。もう……居ても立っても居られないのだ」


 ハーレン様は騎士志望の人間だ。そしてソーセス様の娘でもある。……どこかの情報ルートから、来たる脅威について知ったのかもしれない。


 だが、彼女は巻き込んではいけない相手に思える。……ハーレン様は豪快な態度を取る騎士娘ではあるが、俺の見る限り純情可憐で心優しい人なのだ。


 彼女が戦争という、厳しく無残なものに関わるのは得策ではない。


「……どこで知り得たかは分かりませんが、お断りします。


 あなたは……ハーレン様は関わるべきことではない。あなたにはきっと、もっとふさわしい身の振り方があるはずです」


「我は……聞いた。……恥ずべき行ないだが、盗み聞いたのだ。


 どのような激しいものであっても構わぬ。我は身の振り方など分からぬ小娘だ。だがそれでも……それでも心が、身が疼くのだ」


 やはり貴族としては国難に対して、そのように感じてしまうのか。


「ですが、それでもお断りします。


 お体を大切にされてください。あなたがもし……むごい目に合ったら悲しむ人がどれだけいる事でしょう」


「……そうか。メルスクにアーシェル……やはりそうなのか、むごいことに……。


 コバタ殿……。貴君は……貴君は我を受け入れてはくれないのだな」


 確かにメルもアーシェもむごい目に合う危険はある。この二人はハーレン様にとっても近しい二人だ。……きっと、それにも心痛めておられるのだ。


「厳しいことを言うようですが、あなたはまだ……覚悟が足りているとは思えないのです。ツラい物事を受け入れられるようには、見えない」


 ハーレン様は、薄く涙を浮かべて去っていった。俺は心が痛んだが、それでも正しい選択をしたと思う。彼女を戦争に巻き込んではいけない。




 そして、アルメピテ奥様にもお声がけ頂いた。


「コバタ様……私は夫より手紙を受け取りました。


 ……あなたに寄り添い、身を尽くすようにと」


 え、ソーセス様は奥様を戦時体制へ参加させるのか。考えてみれば貴族の妻だもんな、責務か。……おそらく、メル辺りが近況報告を行なっているのだろう。


 俺たちに協力を申し出て頂けるのはありがたい。だが、アルメピテ奥様は戦いの心構えや技術を持っていない。俺たちとの行動なんて危険だ。


「……お申し出は大変嬉しいのですが、それはお受けできません。


 奥様の御心は分かります。……ですがそれは、危ういことと思います。


 ……ソーセス様は、いったい何を考えておられるのでしょう。奥様の身を誰よりも大切に思っていると、俺に伝えてきたのに……!」


「あの人は、すべて承知の上なのです。


 ……私のこの、身の昂ぶり。これはもう、抑えれるものではないのです。


 恥を忍んで申し上げます。……私に、お情けを……!


 6人の子を持つ身が、はしたなきことと分かっています。


 フィエエルタ様という婚約者を持つコバタ様に失礼なこととも……!


 それでも、それでも……!」


 ……ん?


 …………これってその、肉体的不満解消の方のアレなのでは……?


 俺はどうやら、これからの戦争のことに意識が行き過ぎていて、内容を取り違えてしまっていたようだ。


 よくよく考えてみれば、アルメピテ奥様は大貴族の妻だ。戦時においてはもっと頼りになるソーセス様と共にあるのが道理であり、俺といる意味は薄い。


 それに、俺が最初からシッカリと相手の顔を見ていれば答えは明白だった。


 ……目からビーム出てるんじゃないかってくらいの情熱目線。アルメピテ奥様は、かなり限界近くまで我慢している状態と感じた。


 そして、俺を強く見つめてしまったことを恥じらい奥様は目を伏せる。


 え……この人、6人も子供を産み育てているのに全然スレてない。乙女の可憐さを持ち続けてる。どういう生き方をしてきたらこうなるんだ……。


 貞淑で夫を愛する妻、優しく子を愛する母。そして今のアルメピテ奥様は、純情な気持ちを残す一人の女性でもあり、その身を持て余して俺に助けを求めている。


 この人が、性欲の行き先を間違えたら『醜聞』だけじゃすまない。変な暴露とかされたら、それを恥じて自死してしまうんじゃないかって言う不安がある。


 そうとなれば、それこそ大問題だ。


 それに……こうなるであろうということはメルやソーセス様から散々言われていたことだ。結局は俺が、目を逸らしていただけ。


 ……ふと、思い浮かんだ寂しげな女性の顔。第3騎士団のメィムミィ副団長の顔。……俺は彼女に対して、まともに目を向けることなく関わった。


 そして結果として、彼女は死んだ。


 もし俺が、アルメピテ奥様と関係を持ったとして、それがどういう結果をもたらすかは分からない。……でも、ここで『見ないふり』はしたくない。


 俺は覚悟を決めた。……というか、アルメピテ奥様は不満解消する前のアーシェと同じで爆発寸前だ。どうにかしないといけない。


「分かりました。アルメピテ奥様。


 ……今夜、お伺いします」

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