3-01.【潜伏者のひとり】混乱の始まりを告げる鈴
事態は悪い方向に流れていた。
ラパルペルア・ロドンの末姫ククノーロは未到着のまま。海難事故による死亡説も出ている。計画の大幅修正を迫られ、組織内部はゴタ付いている。
そして第三騎士副団長メィムミィの事故死。あの女がいなくなったことが一種のガス抜きとなり、動乱の際に率いる配下の取りまとめ材料が減ってしまった。
更に今、明白に流れが変わったことの報せが入った。……顔も見せぬ『組織』の伝令は、密やかな声で告げる。
「上意下達。傾聴せよ。
内駒・先駆け・乱す機・近し。
大駒・至らば・外駒・合わせ。
境・砦は状況次第。
繰り返す。傾聴せよ。
内駒・先駆け・乱す機・近し。
大駒・至らば・外駒・合わせ。
境・砦は状況次第」
内駒とは私たち『組織』のことだ。大駒は法将マファクが率いるペリウス共和国からの遠征軍。外駒は『砂漠向こう』のホノペセタリク将軍が率いる軍。
つまり、ペリウス軍がウイアーンに到達した際、ラパルペルア・ロドンも合わせで動く。……我々『組織』は先駆け。近い時期に動かなくてはならない
『境・砦』とは、ウイアーン帝国の北にあるフォルクト王国との国境線の砦。
そこが『状況次第』という事は、上手くウイアーン帝国内部が混乱しなかったらフォルクト王国は手を引くという事だろう。
今回の伝令は、今まで受けてきた指令と明らかに方向性が違う。
……ハ。参ったなこりゃ。『放任・執行』の時流を取り戻すためのクーデターのはずが、明らかに外部に利用されてしまっている。
『外部からの侵略に立ち向かうため、惰弱な帝政を打倒する』から『外部から侵略しやすいように、帝政を脅かす』役割にすげ替えられてしまっている。
つまり、これは謀略だったということだ。我々『組織』の構成員の多くは騙されていたのだろう。……これまでの全ての指令は欺瞞、欺瞞だったのか。
……ああ、なんということか。騙されたのに気付いたときにはもう手遅れとは。こうなってしまっては、もう止まれはしない。
何故かって『組織はもう、クーデターに向けて動き出してしまう』からだ。
騙されたことに気付かぬ者が蜂起するだけならまだしも、この分だと意図的な着火役は用意されているだろう。
計画が一度動き出してしまったら、もう知らぬ顔などは出来ない。
動かないままでいれば、私は裏切り者として『組織』に殺される。動いて敗けたなら帝国から反逆罪で裁かれ、絞首台に昇ることになるだろう。
大義に殉じて死ぬならまだしも、私は騙されたことに気付いた後も『逆らえない操り人形』として死ぬのか。……これでは悲劇ですらない。滑稽劇だ。
これは詰みだ。私の目的も人生も詰んだ。……ああ、偉大なるウイアーンを再び。それは叶わぬことだったか。
ああ……なんと……なんということ。
…………いや、諦めるな。……それならば、動いて勝つまでだ。あの法将マファクが勝算無しに動くわけがない。この内乱を後押しする手を打っているはずだ。
それに、ペリウス共和国の目的は占領ではない。武力威圧によりウイアーンに負けを認めさせ、膨大な借金を帳消しにし、行きがけの駄賃で略奪を行なうだけだ。
そもそもウイアーン帝国はペリウス共和国からは大きく離れた土地だ。人口も多いから維持が難しい。文化的隔たりもあるし、統治しようとしても蜂起の嵐だ。
そうだ、法将率いるペリウス軍は用が済んだら帰る。留まりはしない。
……そうだ、その混乱に合わせて皇帝を誅殺すればよいだけの話だ。
そうだ! そうだ! そこから復興すればいいだけだ! 焼け野原から新たな国を作る。かつてウイアーンは小国だった。そこからやり直せばいいのだ!
そうだ…………もう、私には、そうするしか。……そうするしかないのだ。
指令から三日後。動きあぐねていた。他の誰も蜂起しない。機が見えない。
そして困った。手懐けた配下300騎。この内、180が突如の転属となった。しかもまとまった転属ではなく、分散配備。……おそらく、散らされた。
彼らは現状の待遇に不満を抱える同士ではあったが、情報漏洩の危険を冒さぬために詳細な計画は伝達していない。『帝政に異変ありし時は私を信頼し、ついてこい』以上の指令は出していないのだ。
人事異動となれば慌ただしく、その支度にかまけてしまう者もいる。現実的な物事に目を奪われ、まだ絵空事でしかない蜂起を忘れ去ってしまうのだ。
冷遇されて不満多き第三騎士団から転属になったこと、それだけで今までの不満を解消してしまった軽薄な奴らまで居るほどだ。
そして今、もっともっと困ったことがある。
団内深くの個室……執務机に向かった私の首筋に後ろから静かに当てられた刃。
私の後ろにいる、コイツは誰だ。
「大声は出すな。……言い残すことがあるなら聞く」
なんと分かりやすい死神だ。だが、不意打ちで殺さず、私が言葉を残すことを許す程度には優しいようだ。
……私にも矜持がある。情けない悲鳴や、助けを求める声はあげたくない。
「安心したまえ、騒ぎはせんよ。
団内の者ではないな。知らない声だ。……よくもまぁ、帯剣したままこんなところまで入ってこれたものだ。感服するよ。見事な手腕だ。
私を殺すのか。……なら、名乗るのが礼儀だ」
「礼儀と言うなら答える。コバタだ。
よく斬れる剣だから安心しろ。……次はもっと気楽に生きれるよう祈るよ」
……名乗るのか。律義な死神もいたものだ。それに加え、私の来世の幸福まで祈ってくれるとはお人好しが過ぎる。
「……そう祈ってくれることを嬉しく思うよ。コバタ殿。
よく斬れる剣か。……うん、いいね。それはなんとも助かるな。
この頭は不良品でね、近頃はさっさと取り外したい気分だった。
不平不満がたくさん詰まっていて、騙された自分の愚かさに血が上っていて。
そういったわけで、ずっと、頭が痛くてね。……本当に困っていたんだよ。
……さあ、言いたいことは言ったぞ。やってくれ。
誰かに残す言葉と言うのなら、貴君にもう遺したよ」
ゴトン、と床に視点が落ちる。確かによく斬れる剣のようだ。……だが、首が落ちたとき頭の横が痛かった。気遣いが足りていない死神め。
…………あ、でも、もう……これで…………。
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こうして『国難に乗じるクーデター扇動者』の一人は死んだ。
メルスクの諜報によれば、クーデター組織は一枚岩ではない。積極的な行動を旨とする過激派と、軽率に動くことを好まない慎重派閥があった。
彼の死は表沙汰にはならないにしろ、クーデター組織の構成員には伝わる。
この暗殺劇が慎重派閥への足枷となり、『足並みを揃えた行動を起こさせない』ことや『行動姿勢の差による内部分裂』を引き起こすことが期待されていた。
なお、この暗殺遂行はやや後手だった。
ウイアーン皇帝が行なった『騎士団内の不穏分子を分散させることで、思想の先鋭化を防ぎ、鎮静化させる』対応がそれに先んじていた。
クーデター組織の目論見としては『内部からの反乱が起これば上々』だったが、次善の結果である『有力な実行部隊である第三騎士団の瓦解』は達成されていた。
この暗殺事件は内々に処理されたが、それでも噂話として帝都へと滲み出た。ウイアーンの民衆は幾つもの不穏な噂に、小さくながらも動揺し始めた。
……何かが起こり始めている、と。
法将マファク、ヌァント国王、レインステア筆頭隊長といった策謀家たちは、ウイアーン第三騎士団に異変が起きた際、報せが届くように監視を付けていた。
それは、戦時において大きな戦力となり得る魔法騎士団に異常が生じ、機動力を生かした魔法支援が難しくなったことを示す。
そして、この死も決して些事ではなかった。
第三騎士団の中枢にまで食い込んだ『扇動者』が除かれたとなれば、それは最早、様子見ではない段階にまで、事態は進行しているということ。
ひとりの扇動者の首が落とされたこと。それは先触れの、小さな鈴の音に過ぎないかも知れない。
……しかしそれは、大いくさの戦鐘が鳴り響く前の、準備が整った合図。
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