魔法少女、誕生 Part.03
先月投稿した『Part.02』の続きをお届けします。
それではごゆっくりご覧下さい。
吉岡パンへ実季が2度目の来店をしようとしていたその頃。
実季と智史の自宅近くの住宅街に在る真琴の家では玄関先で彼女と母である恵子が何やら話をしている姿が見られた。
「真琴。本当に行って来るのね?」
「うん。私、本当に行って来るからね、お母さん。」
恵子に向け決意を固めた表情をしながらそう告げる真琴。
長い髪を後ろに束ねた頭にはツバ付きの帽子を被り上は長袖のアウターに半袖のTシャツ、下はショートパンツにレギンス、足元はアシックス製のシューズというコーディネートから察するにこれからランニングに行こうとしている事が伺える。
「でもまぁ、あなた程の年齢の子ならたかが数キロ太ったぐらい何て事無いんだけどね・・・。」
「お母さん、しーっ!もしお父さんと斗真に聞こえたらどうするの!?」
恵子の発言に真琴は思わず赤面をすると右手の人差し指を口元に当てつつ横目で家の中に居る父の京介と弟の斗真に聞かれていないかを頻りに確認した。
「あはは。ゴメン、ゴメン!」
その素振りに愛おしさと可笑しさを感じる恵子は笑いながら平謝りをした。
少し間を空けた後、真琴は改まった様子で実季の母である早苗が経営する個人医院に隣接する調剤薬局『よつば薬局』で薬剤師として勤務する恵子の顔色を窺いながらこんな事を尋ねる。
「ねぇ、お母さん。念の為聞くけど痩せ薬とかって調合出来ないのかな?」
「そんなの薬剤師としても母親としても出来る訳無いでしょ?」
「うう、やっぱり・・・。」
この期に及んで往生際の悪い様子の娘を見兼ねてか突き放す様に却下する恵子。
それに対し分かっていた物の呆気なく却下された事で真琴は苦笑を浮かべながらも肩を落とした。
「さぁ、そうと分かったら走ってらっしゃい!」
「は~い・・・。」
諭す様な口調でそう語り掛ける恵子は真琴の首元にタオルを巻くと観念した彼女はゆっくりとした足取りで走り出すと自宅を後にした。
「あんまり飛ばしちゃダメだからね!あと危なくない様に公園を走ると良いわよぉ。」
「うん、分かったぁ!」
そう言いながら走り始めた娘の背中を見えなくなるまで見届けると恵子は微笑を一つ浮かべ安心した様子で家の中へと入って行った。
「(公園かぁ。行ってみようかな・・・。)」
恵子からの助言を受け一先ず目的地を公園へと定めた真琴はそれまでに体力を消耗しない様に気遣いながら走るのであった。
吉岡パンへと目をやると限定商品である『しっとりふんわり食感 果汁入りメロンクリームパン』が完売した事により購入目当てでやって来た客で込み合っていた数分前とは対照的にすっかり落ち着きを取り戻した店内では常連客と思わしき老婆が時折トングをカチカチと言わせながらパンを品定めしていた。
ピークの時間帯を終えたという事も有りレジカウンターにて智史が店番を兼ね片付け等の雑務を行っていると何者かがドアを開け店内へと入ってくる気配を感じる。
きっと『限定メロンパン』を目当てにやって来た客だろう。
そう判断した智史はその客が気分を害さない様に心掛けつつ『限定メロンパン』が完売してしまった事実を告げる為、出入り口の方を向くもその必要は無いと理解するのにそれ程時間は要さなかった。
「いらっしゃいませ・・・。って、あれ。実季?」
「あぁ、智史・・・。」
智史が視線を向けた先には出入り口に立ち何やら考え込んでいる様子を窺わせる実季の姿が有った。
「どうしたんだよ。お前、さっき『限定メロンパン』買いに来ただろう?」
「ううん、違うの。今度はパンを買いに来たんじゃないの。あの、ロージー牛乳、有るかな・・・?」
少々不思議に思う智史であったがたった今、実季が自分に訪ねて来た内容により再び店へとやって来たのはロージー牛乳を買い忘れた為であろうと解釈する。
「ロージー牛乳なら、ほらそこに有るよ。」
智史はレジの横に設置されているガラス張りの縦に長い冷蔵庫を指差す。
サンドウィッチ等のチルド商品が並べられている冷蔵ショーケースの隣に在り、上部にはめ込まれている白いアクリル板にはロージー牛乳が売られている事が一目で分かる様に赤い文字で『ROSY』とアルファベット表記されており、日焼けした形跡から長い間使用されている事が確認出来る。
「良かったぁ・・・。公園の売店が休みだったから、買えないかと思ったよぉ・・・。」
見付けるや否や実季は安堵した様子で冷蔵庫の扉を開け、250ml入りの紙パックに入ったロージー牛乳を2本手に取りレジカウンターの上に置く。
そのタイミングを見計らって少し前まで公園に居たであろう実季に智史は何気無く話しかけてみる。
「何だ、お前公園に行ってたのか?」
「え?うん。ちょっとね・・・。」
実季は智史に感付かれない様に注意しながらも無難な返答をすると支払いの為、財布から1000円札を1枚取り出し、レジの横に有るキャッシュトレーの上に置いた。
しかし2度目の来店をしてからという物、実季に対しどこか落ち着きが無い印象を受けていた智史。
そしてこのはぐらかす様な返答が決定打となったのか智史は思い切って実季を問い質す事にする。
「なぁ、実季。お前、もしかして何か隠し事でもしてるんじゃないか?」
『ギクッ!』
確信に迫る智史の問いに図星を付かれてしまった実季は動揺するあまり口から心臓が飛び出そうになるとその場で固まってしまう。
「え、な、何の事かなぁ・・・?」
そう言いながらシラを切りやり過ごそうとするも実季の性格上、それは不可能な様だ。
その証拠に実季の目は左右に激しく動いており誰がどう見ても動揺しているのは一目瞭然であった。
「『何の事かな』じゃねぇよ。お前、さっきからめちゃくちゃそわそわしてたじゃねぇか?」
「そ、そう・・・?」
「それに、目もすごく泳いでいるじゃねぇか。」
「ええ!!あれかな?私、ドライアイだからかなぁ・・・。」
「お前、コンタクトしてないじゃん?」
「うぅ、えっと、その・・・。」
矢継ぎ早に飛んで来る智史の言葉に耐えられなくなった実季は『ロージー牛乳』を小脇に抱えるとお釣りを受け取るのも忘れ、そのまま店を後にする。
「じゃ、じゃあね、智史。私、また公園に行かないと・・・。」
「公園?何でまた公園に・・・?って、おい、実季。お釣り!」
小走りに去って行く実季の後ろ姿目掛け懸命に呼び止める智史であったがそれを阻むかの様に一人の常連客が会計の為、トレイに菓子パン数点を乗せレジへとやって来た。
「智ちゃん、これ会計して。」
「あぁ、西村のお婆さん・・・。」
どうやらこの常連客の名前は西村という名前らしい。
智史の祖父母である泰造と静子と年齢的に近い見た目をしている西村は長い期間この店を利用しておりそれを象徴する様に幼い頃から顔馴染みである彼に対し親しげに話しかけて来た。
馴染みの客を無下にする訳もいかず、今ここで実季の後を追いかける事は無理だと判断した智史は一先ず会計をするのであった。
「休みなのに家の手伝いなんて偉いね。」
「いいえ、そんな事・・・。」
西村から労いの言葉をかけられ少し照れた様子で謙遜する智史。
そして会計を済ませ財布をカバンの中へ仕舞いながら西村はある事を尋ねる。
「ところで智ちゃん、此処には今流行りのあのパンは置いてないのかい?」
「『今流行りのあのパン』ですか・・・?」
見当が付かないといった具合に眉をひそめる智史は何の事か尋ね返すも西村は肝心のパンの名前を忘れてしまったらしく瞼をギュッと閉じると右の人差し指をしきりに振りながら懸命に思い出そうと試みる。
「あの、ほら、えぇと中にクリームが入ってて・・・。」
「え?クリームパンならそこの棚に・・・。」
「ううん。違う、違う。カタカナの名前でほら・・・。」
パンの名前って大体、カタカナなんだけどな・・・。
そう心の中で呟き苦笑を浮かべながらも西村に付き合う智史。
暫くして漸く思い出した西村は声のトーンを気持ち上げつつ智史に再び尋ねた。
「そうだ思い出した!『アレゴッツォ』。『アレゴッツォ』は此処には無いの?」
「え、何ですかその『アレゴッツォ』って?」
「知らないのかい?パン屋の家の子なのに・・・。」
そう言われても知らない物は知らない。
聞いた事の無いパンの名前に困惑する智史であったがそのイントネーションから大体の目星を付けると確認の為、西村に質問する。
「あの、さっきから言っている『アレゴッツォ』ってもしかして『マリトッツォ』の事ですか・・・?」
「そうそうそれ!今、凄く流行ってるそうじゃない?」
どうやら『マリトッツォ』を探し求めていた様だが、流行していたのは既に何年も前であり、今や販売しているパン屋も記憶に残っている者も少ないという事実を西村が傷付かない程度に教える事にする智史。
「ええ!それ、本当なの!?」
その事実がよほどショックだったのか西村は驚きのあまり声を張り上げるとその場に立ち竦んでしまった。
「(ああ、早くしないと実季に追いつけなくなってしまう・・・。)」
結果として西村に振り回される形となってしまった智史は出入り口の方に視線を向けながら焦りに似た気持ちを募らせるのであった。
そんな出来事が有ったとは知る由も無い実季は手に入れたばかりのロージー牛乳を小脇に抱え浮かない表情をしていた。
「取り敢えず、ロージー牛乳は買えたけど、智史に問い詰められて思わずお店を飛び出して来ちゃったから、お釣り貰い損ねちゃったよ。
ああ、高い牛乳代だったなぁ・・・。
それと明日、学校で智史に会った時、何て言い訳したら良いんだろう・・・。
そもそも、ロージー牛乳買うだけなんだから別にコンビニでも良いじゃん。
私ってば、何でわざわざ吉岡パンにまた行っちゃたんだろう・・・。」
つい先程の自分の振る舞いを思い返すや否や反省と後悔が入り交じった複雑な心境を覚える実季は重い足取りで歩きながら溜め息を1つ付くと一先ず少年を取り残してしまった公園へ戻る事にするのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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