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つい先週のこと  作者: 雪森十三夜
第一巻 中学校編「ちはっ、失礼します!」
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Ⅰ年 「特練Ⅰ」 (2)恥を知れ

 主人公「駿河轟」は、同じクラスの三条さんと「応援団」に所属する中学一年生。

 入学式で見た憧れの先輩「小林さん」とも再会する。

 学業と部活動という応援団生活の厳しい現実にも直面する中、新人が辞める大きな理由の一つ「特別練習」が幕を開けた。


 特練(おいこみ)が進んで後半に三部合同の練習が始まると、体力的に更に厳しくなった。国立競技場のスタンドでの応援を想定して、通しで行われる練習時間がさらに長くなる、通称「大通し」が始まる。

 それまでリーダー部の練習がキツイことだけを考えていたが、垣間見た女子部の練習も、細かな内容こそ違えど、厳しさは同じだった。

 女子部は副団長とチア・リーダー(通称・チア)に分かれている。副団長は着物に袴姿。応援上のテクニックも男子と一緒なので、普段の練習も男子の幹部と一緒だが、チアは別内容での練習だ。新人リーダー部員の僕等にとっては、三部合同練習で初めて其の練習内容を見ることになった。

 チアと言えば華やかなイメージしか持っていなかった。しかし、考えてみれば当然だが其の華やかさと外見の美しさを追求するために、ある意味、僕等以上の厳しい練習が行われていた。

 チア練習の総責任者は女子部責任者。リーダー部責任者と同様竹刀を持っている。

 チアでは滅多に直接竹刀で叩かれることはないが、其の分なのか声の高さのせいなのか、目の前での怒鳴り声がリーダー部以上に感じられた。


「足を上げる!」

「ハイィ!」

「上がってない! もっと上! それで上げてるの? 全然駄目ッ! 後で柔軟!」

「ハイーィッ!」

「腰、もっと落とす、腕は上! 笑顔で正面向く! 其様な笑顔で人が元気になるの? 鏡見て出直し!」

「ハイーッ!」

「全体にキレがない! 動きより止めのメリハリつけなさい! 姿見で練習し直し!」

「ハイィ!」


 女子は(体調が悪い時を除いては)体力的な限界点は男子より高いが、精神的な限界点が低いと聞いた。上級生からの強い口調の指導で、新人が泣き崩れたり、しゃがみ込んで了う姿は頻繁だった。

 リーダー部では、脱水や体温の関係で柄杓で水をかけられることはあるが、チアでは、しゃがみ込むと大きなプラスチックビーカーの水が容赦なく頭から降り注がれた。


「呼吸、整えて。立てる? 限界?」

「イエーッ!」

 半泣きになりながら立ち上がり、練習に戻る姿は、ある意味あっけらかんとしたリーダー部の練習と対比しても、それはそれで別の壮絶な光景だった。


挿絵(By みてみん)


 そういったお互いの、最初こそ目を背け度くなる状況が、何日間か続くうちに奮起に変わる、克己心に変わる。それが其処まで練習してきたプライドによるものだということは、皆が薄々感じていたと思う。

 リーダー部も女子部も下級生は汗と水でびしょ濡れになりながら練習が続く。水をかけられても、照りつける太陽と体温で、直ぐにジャージは乾いて了う。

 毎日、新しいジャージで練習に臨むこと。それが鉄則だった。「他人を不快にしない」というのも団のモットーの一つだったからだ。一般生徒は精々二セットで済むジャージが、僕らには最低四セットは必要だった。

 眼鏡をかけている団員は、みな、上級生から「輪ゴムで作る簡単な眼鏡バンド」の作り方を教わり、それを付けていた。そうでもしなければ、汗や水で眼鏡は直ぐに落ちて了う。


*    *    *


 吹奏楽部は副責任者兼主任指揮者が竹刀を持っている。本来、吹奏楽の演奏というのは、通常九時間もの長時間での演奏を想定していない。然も、残暑の屋外である。

 リーダー部、女子部、吹奏楽部ともに、声や音が一般生徒、選手に届かなければ応援の意味が無いのは当たり前だが、吹奏楽部は特に、其の重要性が高い。

 また、チャンス・メドレーと呼ばれる、リレーや長距離走の際に用いられる応援曲のメドレーは、幾つかの小曲を組み合わせ、チア用、リーダー用、両用と細かく演奏パターンが決まっている。其のパターンは片手を使ったサインで全て定義されていて、声の通らない競技場では全てが此の「片手で示すサイン」で意思が伝えられる。サインを見間違ったりすればとんでもない音が出ることになる。

 吹奏楽部の練習は、専ら、此のチャンス・メドレーの変わり目をいかに失敗なく行うかに尽きた。

 間違える都度、練習に対する意識が下がってくる都度、副責任者の叱責の怒声と竹刀の音が響く。


「ホルン! 其処で、最後、四拍目の息を好い加減に抜くな!」

「ハイィ!」

「お前らの音の終わりがチアの切り替えのきっかけなんだよ! 全体の中での役割を考えて吹け! さぼってんじゃないっ!」

「失礼しましたーっ!」


「スネア! 遅れるわ、ずれるわ、其様な程度なら、打つな! 居らん! もっと必死に練習しろ! 何のために二週間練習してきた? 恥を知れ!」

「ハイィ!」

「八重樫! お前何度サイン間違えた? 楽譜見せろ! 何だ、此の楽譜は! サイン書き込め! 此の馬鹿野郎っ!」

「失礼しましたっ!」


「良いか? サインも書き込んでないような奴は練習来るな! リーダーとチアに迷惑かけるな!」

「ハイィ!」

「倉橋! サイン返せ! ボーッとしてるくらいなら帰れっ!」

「ハイィ!」


 吹奏楽部は応援団の一部とは言いながらも、全員が「応援団」の《役職》を負う訳ではなかった。三年になった暁に吹奏楽部の責任者と副責任者兼主任指揮者になるべき《幹部候補》二人を、新人の時に立候補で決めている。此の二人だけが新人の時からリーダー部、女子部の同期と行動を共にする。他二部の苦労も知りつつ、吹奏楽部との連携に尽力する。

 「吹奏楽部としての責任を果たす」、其の一言にかける情熱が此の二人にあればこそ、三部一体の応援が可能になる「要石」と言われていた。以前、吹奏楽部に此の役職を必置して居なかった頃、リーダー部と吹奏楽部の折り合いが悪くなり、定期戦どころか「応援には一切協力しない。応援団から独立する。」という主張まで出たことがあるらしい。だからこそ、吹奏楽部の幹部候補生の「架け橋」としての役目は、決して疎かに出来ないものだった。


*    *    *


 三時間にわたる三部合同の練習「大通し」は、校歌斉唱に始まり、校歌斉唱に終わる。

 本番同様に、各部の組み合わせを変えていくことで適宜休憩を挟みつつ進んでいくが、それもそこまでの反省や伝達、水分補給で終わる。

 上級生からは《力のヌキ方、体力の回復を図る動き方》を教わるが、必死になるほどに力が入って身体が硬くなる新人と、倒れる前に話しかけるなどして上手く力を抜かせていく二年生の目配りのせめぎ合いだった。チアでは、担当部署の交代でこれを上手く采配しているようだった。

 上級生には長い練習と本番の繰り返しの中で積み重ねられてきた、人間の能力配分を上手く分散させるテクニックがあった。一方で下級生はそれに身を任せてさえいれば、あとはがむしゃらにやっていればよい気楽さがあった。(それが分かるのは進級してからであることは皮肉だが。)

 そうしたことまで分かってか否か、それでも全校の前で倒れるような恥は晒し度くないと、さらに、リーダー部で三人と、女子部で七人の新人が退団届けを出した。これで、最初二十七人も居た新人は、一挙にリーダー部七人、女子部五人の合計十二人まで減って了った。これに吹奏楽部の幹部候補二名を加えて同期は合計十四人。


 全校練習が始まる頃、初めて応援団の腕章を手にすることが出来た。幹部は、役職名と自分の氏名が入った新品のマイ腕章だが、新人と二年生は古くから伝統がある、と言えば聞こえが良いが、もう刺繍も解けがちになり、よれよれになった腕章だ。

 本当に自分に応援指導など出来るのだろうかと不安の儘迎えた全校練習でも、始まってしまえば不思議と身体は動き、そして声も出るものだった。

 アッという間に終わってみれば、これが練習の成果というものか、と新人全員が同じ思いを持っていた。乗り越えてみなければ分からないものがある、ということが初めて分かった気がした。其処には小学校までの学校行事やクラブ活動で経験したものとは到底比べものにならない不思議な充実感があった。

 漸く特練(おいこみ)を乗り越えた頃には、同期はもう名前ではなく愛称、つまり渾名で呼び合うのが常になっていた。同期十四名は、リーダー部が内村亮一(イチ)相馬真之介(ノスケ)鈴木正純(セージュン)山中泰介(タイサン)長崎勇弥(ヤーサン)城島圭典(ケーテン)、女子部が内村亮子(コーコ)岡山翔子(ショコ)、三条・ベルナデート・亜惟(ベーデ)古屋美鈴(デン)真田かほり(カーチャン)、吹奏楽部が川田肇(カーサマ)三島耀子(ヨーサン)。此のうち、三条さん(ベーデ)だけは、男子全員を渾名では呼ばず、名字を呼び捨てにするのが彼女の特長でもあり、また、彼女の独特の雰囲気がそれを許していたというか、似合っていた。


*    *    *


 最終日の集合時、団長の八幡さんは挨拶を穏やかにこう締めくくった。


「自ら努力の可能性を捨てない者は、その道の明日を歩むことが出来る。」


 入団半年にして早くも、幹部十四人と同数になって了った僕ら新人は、さらに試練の定期戦へと、其の歩みを進めていった。というより、雪崩れ込んでいったと言った方が正しいかも知れない。



 小林先輩の「予言」通り、同期の数が半減してしまった新人。

 駿河君が残れた理由は、彼の頑張り故か、はたまた他の理由によるものか。

 そして、特連の終了は本当に「辛さの峠を越えた」と言えるのか。

 まだまだ

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